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天霆

「これは……一体どういうことなんだ……!?」


 目を見開き驚愕や困惑といった感情に揺れながら、震えた声でそう呟いたのは、ジークと共に使徒が現れたという外門前にやってきた勇者―――芹沢凪だ。

 彼は、目の前で繰り広げられている戦い……いや、戦いと呼べるものかも分からない光景と、また別の要素に困惑し、動けずにいた。

 

 まず、目の前に繰り広げられていた光景は『戦い』ではなく、最早『災害』と呼べるような物だった。そして、その災害を繰り広げているのは、どちらも蒼い瞳の男女。

 片方は純白の使徒、ステラ。凪もその実力を垣間見ており、今の自分では敵わない事を理解している強者である。

 だが凪が注目しているのは、もう一方の方。黒い髪に蒼い瞳を煌めかせた学ランの少年――桔音。かつてルルとフィニアを凪自身が奪い去り、満身創痍になるまで痛め付けた、同じ異世界人の少年だ。


 ――何故此処にきつね先輩がいる? そして何故あの使徒と互角以上に戦っているんだ?


 次々と疑問が浮かんでは理解出来ずに消えていく。結果、疑問だらけで埋め尽くされた思考が、彼の身体を硬直させていた。

 しかし、そんな彼にも1つだけ分かる事がある。あの災害とも言える光景を作りあげている桔音に、自分は大層憎まれているという事実だ。


「おいナギ、アレ見ろ! 妖精の嬢ちゃんと獣人の嬢ちゃんが居るぞ!」

「!」


 若干死んだ眼をした凪であったが、ジークの言葉に視線を動かす。桔音と使徒が戦っている場所から少し離れた所に、ルルとフィニアが不安げに成り行きを見守っているのが見えた。

 桔音のいる場所に彼女達が居ること自体は不思議ではない。帰って来なかったのは、桔音と再会したからだったのかと想像も付く。だが、あんな場所に居るのは危険ではないかと思った。

 しかし、凪は動き出す事が出来なかった。


 ジークは、いつもと違って――いや、此処に来る事を決めた凪が、動かないことを不思議に思った。拒絶的であったとはいえ、凪はルルとフィニアを悪く思っていた訳じゃないと認識していたからこそ、余計に不思議に思う。そうでなくとも、まだ幼いルルとフィニアを無条件で救おうとするのが凪という男なのだと思っていた。

 故に、ジークは動かない凪の肩を叩く。どうしたんだ、と。


「どうしたナギ……何か心配事でもあんのか?」

「い、いや、なんでも―――……悪い、やっぱり話そう。あそこで戦っている人が……きつね先輩だ」

「なに……!? あれが……」


 凪は、正直に打ち明けた。あそこに居るのが桔音であり、彼のルルとフィニアとの絆を勝手な正義感で引き裂いてしまった相手。そして、自分が真正面から向き合わなければならない少年なのだと。

 ジークは、その告白に驚愕の表情で桔音を見た。使徒の青白い槍と、漆黒のナイフでもって斬り結んでいる少年。その速度は明らかに自分達とは格が違い、眼で追うのもやっとなほど。更に、剣戟の音が響く度に周囲へ余波の風が振りまかれていることから、その威力も桁違いな事が分かる。明らかに、人外の領域に足を踏み込んでいた。


 そんな人外の少年が、件の『きつね』。


「……お前、あんな化けモンに恨み買ってんのかよ……」

「いや、俺が会った時はあんな感じじゃなかった。もっと常識の範囲内で弱い部類だった筈なんだけど……」

「謝って許してくれんのか? アレは」

「…………分からない」


 凪が中々あの場所へと動き出せない理由が、なんとなく分かったジークだった。

 凪の犯した罪は、時間が経つに連れて取り返しの付かない程に膨れ上がり、そのしっぺ返しは凄まじい怪物を生み出したようだ。それこそ、黒い刃の一振りで風を斬り、張り詰めた緊張感と不気味な威圧感だけで倒れそうな程の重圧を与えてくる、蒼い瞳の鬼神の如き存在を。


 不気味な気配は未だに桔音がその力の本質を掴んでいない以上、半分程度の効果しか発揮出来ていないけれど、『鬼神(リスク)』というスキルがその効果を十全以上に発揮している。

 また、鬼神の如き強さも相まって、凪が以前感じた印象(イメージ)通り、桔音は遠目からでも――


 ―――死神に見えた。


「でも、行くしかねぇよな」

「……ま、後回しにするよかマシな判断だろうな。最悪、土下座でもなんでもして……いや、俺の命を賭けてでも、全力で命乞いしようぜ」


 だが、それでも此処で逃げるのは勇者としても、凪という人間としても、あり得ない。だから、ジークが背中を叩いて前を歩いてくれたのは、とてもありがたい。その背中に付いて行くだけなら、少しだけ足を踏み出すのが楽になる。

 仲間というのは、良い物だなと思った凪だった。




 ◇ ◇ ◇




 ―――強い、僕が彼女に抱いた感想と言えば……それに尽きる。


 使徒ちゃん……いや、ステラちゃんは強かった。具体的に言うのなら、あの魔王とさえ同格の領域にいる実力者。あの時の魔王サマはかなり手加減していたようだけど、少なくともあの手加減した魔王を魔王の全力だと仮定して、ステラちゃんが一騎打ちしたとしたら……きっとステラちゃんが勝つだろう。それを確信出来る位には強い。

 今は『先見の魔眼』や『鬼神(リスク)』によって引き上げられた全ての感覚、直感、全神経による超人的な危機察知能力、そして本能による直感的な戦闘技術のおかげで、なんとか戦えている。

 瘴気で作り上げたナイフは、おそらく武器の性能としてはあの『神葬ノ雷(ブリューナク)』と比べて格段に劣る。それでも打ち合えているのは、打ち合って崩壊した瘴気のナイフを、その瞬間毎に修復しているからだ。頑丈さでは僕の耐性値を反映したこのナイフも、あの神殺しの武器に掛かれば数回打ち合っただけで破壊出来るらしい。


 つまり、僕の身体も当たれば穿ってくる訳だ。


 ならば、この拮抗した勝負はきっと、直ぐに終わりを迎える。

 ステラちゃんの解放状態も、僕の鬼神状態も、永遠に発動し続けられる訳ではない。今だって、ステラちゃんの槍はノイズの様にぶれて、今にも崩壊しそうになっているし、僕の身体も『臨死体験』で引き上げられた自己治癒能力のおかげで『鬼神(リスク)』による負荷ダメージを瞬時に回復出来ているけれど、限界は超えている。

 こうなれば、後は我慢比べだ。使徒ちゃんの解放状態の限界が早いか、僕の鬼神状態の限界が早いかの。


「はぁ……はぁ……」

「ふー……此処までとは思っていませんでした」

「それはどうも……!」


 お互いに、疲労を隠せないらしい。鬼神状態は何もメリットばかりではない、脳が100%使用されている状態であるということは、それによって肉体の感覚も格段に鋭くなる……つまり、痛覚なんかも鋭敏化する訳で、普段は『痛覚無効』で遮断されている筈の痛みが、スキルの許容量を超えて肉体に現れてくるんだよね。

 つまり、断続的に僕の肉体には負荷が掛かっている以上、断続的に激痛が走っているということになる。『痛覚無効』のおかげである程度は激痛も緩和されているんだろうけれど、それでも正直精神が擦り減る様な思いだ。痛みに強いとはいえ、僕のメンタル的にも発動していられる時間は限られるね。


 でも、それはおそらくステラちゃんも一緒だろう。雷の槍は今にも壊れそうな程にぶれて見えるし、ステラちゃんの肉体もあの神を殺す武器を扱うには負荷に耐えられるほど強靭ではないんだろう。若干、身体が揺れている。


「正直、もう身体ガタガタなんだ……君もでしょ?」

「ええ……肉体に掛かる負荷の許容量は限界に近いですね」

「研究者かお前」

「使徒です」

「分かってるよ」


 そんな会話をしながら、お互い隙を探す。ステラちゃん、結構会話してるとユーモアがある気がする。無表情だけど、話せば結構取っ付きやすい子なのかもしれない。

 しかしまぁ……お互い限界近いっていうのに、それでも隙が見えないなんて……流石は使徒と呼ばれるだけあるよね。


「さて……多分僕は次の攻撃で限界かな……此処は必殺技を出すしかないね」

「必殺技……ですか……ならば私もそれなりの力で応えましょう」

「え、あるの?」


 必殺技を出すと言ったら、ステラちゃんもとっておきがあったらしい。冗談かと思えば、ステラちゃんの表情が真剣だった故に、本気で言っているのが分かった。これは少し、不味いかもしれない。殲滅技を出されたら僕の必殺技はちょっと出せない。

 そんなことを考えていると、使徒ちゃんの持っている青白い雷がバチバチと大きく弾ける音を立てて大きく膨張していく。槍の柄頭が大きな雷となって膨れ上がっていき、空を青白く染め上げていく。その光の下に居る僕や使徒ちゃんの色が光に照らされて真っ白になっていき、逆に影が真っ黒に濃くなっていった。


 ―――これは……不味い……!!


 そう思った瞬間、僕は駆け出していた。


「ルルちゃん! フィニアちゃん!」


 ステラちゃんの方―――ではない、後方に離れていたルルちゃんとフィニアちゃんの所へ、だ。今の2人のステータスでは、というよりも常人の耐性値ではこの攻撃を凌げる筈が無いと、鬼神状態の直感が告げていた。

 故に、咄嗟に取った行動は、フィニアちゃん達を護る事。1歩でルルちゃん達の下へと移動して、フィニアちゃんをお面の中へ放り込み、ルルちゃんを護る為に『瘴気の黒套(ゲノムクローク)』を着せた。レイラちゃんとは違ってフード付きで、初めてやったけれど鬼神状態で引き上げられた集中力と思考能力のおかげで成功したらしい。

 これでルルちゃんも僕と同等の防御力を得た。これで幾分マシな筈だ。


 そして、更にその上から僕とルルちゃんを覆うようにドーム状の瘴気の楯を作りあげた。『瘴気の黒套(ゲノムクローク)』程ではないけれど、瘴気の硬度は僕の耐性値が反映される。この程度の楯でも十分な防御力になる筈だ。


「きつね様……!」

「大丈夫、必ず防いで見せる」


 ルルちゃんを護る様に抱きしめながら、眼には見えないけれど空高くに集まる強大な気配に嫌な汗が出るのを感じた。この程度の防御で大丈夫なのかと不安になって来る。

 しかし、これで駄目なら僕に手の打ち様は無い。これが今の僕が出来る最大の防御だからだ。


 そして、


 ―――"天霆ケラウノス"


 そんな声が聞こえた時だった。


 瞬間、


 (そら)が雷の轟音と共に


 ―――墜ちて来た。



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