ジグヴェリアに襲い来る脅威
―――黒い彗星を見たという話が、ジグヴェリア共和国を中心に様々な場所に伝わっていた。
―――白い迅雷に襲われたという話が、同じくジグヴェリア共和国から様々な場所に伝わっていた。
唐突に現れた、白と黒の悪魔達。この2つの悪魔の違いは、被害を受ける存在の違いだ。黒は魔獣達のみを恐怖に陥れ、白は人間も魔族も関係無く立ち塞がる者を殺戮する。とはいえ、どちらにせよこの2つの悪魔達の存在は、新たな魔族ではないかと疑われた。
黒い悪魔は、『赤い夜』という存在か、それに類する存在ではないか?
白い悪魔は、これまでの歴史に無い、新種の魔族なのではないか?
そんな噂が、ジグヴェリアからグランディール、ルークスハイド、また別の国々に伝達している。
だが問題なのは、その2つの悪魔が同時に……ジグヴェリア共和国へと近づいているという話だ。
工業都市にして武器作りの最先端を行く物作りに特化した工業国家、ジグヴェリア共和国。その国にいる職人たちの腕は、どれも1級品……それこそ歴史に名を残せる程の腕を持った人材や、将来有望と呼べるほどの才能を持った人材が数多く集まっている国なのだ。
冒険者達は中堅ランクに上がれば誰もがこの国を訪れ、自分に見合う武器を注文する。そして、その武器を使いこなせるようになり、尚且つ天賦の才を持った冒険者が、人外の領域へと足を踏み入れる事が出来る。
それほどまでに質の良い武器職人に溢れているのだ。それは、各国の軍資材にも大きく影響しているし、冒険者、騎士達も、武器に関しては大きく影響を受けているのだ。
つまり、この国の崩壊は……人類の武器の大部分を担う職人達を失うこと。そうなればいずれ人類は魔族や魔獣達に勝てなくなるだろう。そして、最終的には多くの人間達が魔獣や魔族達によって滅ぼされる。もしくは家畜の様に扱われるゴミの様な人生を送ることになるだろう。
だからこそ、
この黒と白の悪魔の出現に、各国が動いた。
グランディール王国も、ミニエラ王国も、ルークスハイド王国も、あらゆる国々がジグヴェリア防衛の為に戦力を投入した。
共和国であるこの国は、あらゆる国へその武器製造技術を振るう代わりに、武力を持たない自分達の危機は他国に護って貰うという条約を結んでいる。だから、この白黒の悪魔達にジグヴェリアが危機に晒されるという事態に数多くの国々が動くのだ。
しかも、その国々の最高戦力を投入するのだ。
そう、つまり――――Aランク以上の冒険者や騎士達を。
「……何コレ?」
その話を踏まえて現在。その黒の悪魔の張本人、薙刀桔音はとても困惑していた。
何故なら、『瘴気暴走』を使いながらやっとの思いでジグヴェリア共和国へと辿り着いたというのに、ジグヴェリア共和国に入る為の門の前に大量の冒険者達が臨戦状態で桔音に刃を向けていたからだ。
その数はおよそ100人を超えている。各国の今投入出来る最強の人材達が集まっているのだ。おそらく、連携は取れないにしろ個々の力は大きい。この数であれば、Aランクの魔族であっても打倒することは可能だろう。
桔音はとりあえず、自分の身体に纏っていた瘴気を解除する。そしてその姿を見せた。すると、門を護る強者達が警戒心を強めた。
まぁ、魔族は総じて人型だ。レイラの様に、見た目は人間そっくりな魔族など幾らでも居る。戦った時は偽装された姿ではあったが、魔王もそうだったのだ。警戒は解けないだろう。
すると、その強者達の部隊の中から……代表して1人の冒険者が出てきた。おそらくは、あの中で最も強い存在だろう。
「―――知性があるのなら、答えて貰おう。此処へ何をしに来た、黒い悪魔」
蒼い煌めきを持った剣を突き付けて、出て来た男はそう言った。
だが、そう言われても桔音は正直意味が分からない。黒い悪魔とは誰のことを言ってるんだ? そんな考えが浮かんで、きょろきょろと周囲を見渡すものの、やはりこの場には自分以外に言われている存在がいない現実を知るだけだった。
そして、少し考えながら大体の見当を付ける。
(もしかして、『瘴気暴走』の僕を誰かに見られてたのかな? それで黒い悪魔? まぁ正直『不気味体質』で恐怖心煽りまくってたからなぁ……もしかして魔族とか思われてたるのかな?)
まぁ当たっていた。
とはいえ、前に出て来た男の問い掛けも、どう答えるべきか迷うものだ。人間だと言われても、簡単に信じる様なちょろい者達ではないだろう。だが此処を突破出来ない以上、アリシアの推測でしかないものの、ジグヴェリア王国にいる可能性のある勇者達に会う事は出来ない。
となるとどうするか―――……。
「……答えられないか? 魔族であるなら、知性は高確率である筈だが?」
「んー……ごめんごめん。僕人間なんだけど」
「そんなことを言われても信じられるとでも?」
「あはは、思わないよ。でもさー、正直その通りなんだよ」
「……だが、貴様が魔族でない証拠は何処にもないだろう? まして、貴様のその気配……人間のものとは思えない」
なんでいつもいつも人外扱い? と内心思いながら、桔音は頭を掻く。嘆息して、どうすれば信じて貰えるかを考えた。
言葉じゃ信じて貰えない。武器を捨てようにも持っていない。素手であってもスキル的な武器があると疑われる。どう考えても、穏便なやり方で済む様な方法が思い付かなかった。
だから、桔音は穏便なやり方を捨てた。
「なら―――僕の命を賭けよう」
穏便ではないやり方で信じさせる―――つまり、己の命を賭けることで信じさせることにしたのだ。
桔音がそう言うと、前に出た代表の男を始めとして、集まった猛者達が全員身構えた。何故なら、桔音が飄々と歩み寄ってきたからだ。1歩、また1歩と近づいて来て、武器も何も出さずに近づいて行く。
「止まれ」
代表の男が制止を促すが、桔音は止まらない。
だが桔音は更に足を前に進める。
隙だらけで、瘴気も出さず、『不気味体質』も発動していない。そんな本当に丸腰の状態で、桔音は物怖じせずに前に進んでくる。
だが冒険者達は逆に、そんな桔音が不気味だと思った。警戒心は、桔音の1歩毎に上がっていき……桔音が本当に目の前まで迫って来た時、誰もが攻撃出来る体勢を整えていた。
そして―――
「……僕は人間だ」
桔音はそう言って、代表の男の目の前まで踏み込み、彼の持つ剣の剣先を自身の喉に突き付けさせる。男があとほんの少し力を加えれば、桔音の喉は貫かれてしまうだろう。それほどの距離。恐らくは、Aランクの魔族とてこの状況から反撃出来る者は少ないだろう。
それでも、この状態になるまで自分で近づいてきた。人間だと信じさせるために、自身の命を賭けたのだ。
ソレが出来る者が、果たしてどれほどいるだろうか?
「……1つ問おう、貴様が人間だとして……一体何者だ?」
彼はそう言って、桔音の喉に剣先を突き付けながら問う。
すると、桔音はここぞとばかりに自分のギルドカードを取り出して見せる。そして、改めて自己紹介をした。いつも通り、薄ら笑いを浮かべながら。
「僕の名前はきつね、Hランクの冒険者だよ」
その自己紹介に、猛者達は騒然となった。
目の前に居るのが、あの『きつね』。黒漆の紅姫と戦線舞踏を仲間に引き入れ、Hランクでありながらメキメキと頭角を露わにしてきた異端の冒険者。
というか、この集まった猛者達の中には桔音の知っている顔もあった。ミニエラの騎士団長、ヴァイス・ルミエイラ。そうリーシェの父親だ。桔音の姿を見た時、ぶっちゃけ彼は驚いていた。リーシェを連れて行った冒険者、きつね本人だったからだ。
魔族ではなく、唯の人間であることを知っている彼からすれば、弁護すべきだったのだが、彼はそうしなかった。理由は、今の桔音がどの程度の男になっているのかを知りたかったからだ。
結果は、
「フッ……あの頃とはまるで違うな」
想像以上だった。命知らずな所は相変わらず。だが、その度胸は普通の人間の領域を大きく超えていた。
自身の命を賭けて信頼を勝ち取る、その必要なら自身の命を賭けられる胆力。そして、これだけの強者達に刃を向けられて尚、薄ら笑いを浮かべて飄々としていられる精神力。もっと言えば、立ち居振る舞いが違う。
最初に出会った頃は死神の様な不気味な存在ではあったものの、人間の様に脆弱な存在だった。しかし今ではどうだ―――まさしく死神といって差し支えのない怪物に見える。
ヴァイスはダンディーかつ楽しげに笑みを浮かべながら、周囲とは違って既に剣を鞘に納めている。ジグヴェリアの危機と聞いて駆けつけたものの、これならどうやら危機はなさそうだと判断する。
そして、それはどうやら代表の男もそうだったようで……
「ふむ、成程……良いだろう、どうやらギルドカードも本物の様だしな。すまなかった」
そう言って剣を引いた。彼が鞘に剣を納めると、後ろにいた猛者達もその武器を各々仕舞った。
「いいよ、気にしてないし。ただちょっと聞きたいんだけど、僕ってそんなに人間に見えない?」
そして、桔音は剣先が自分から逸れて少しほっとしながらもそう言う。正直、ヴァイスを始めとしてドラン、この代表の男など、桔音を人外扱いする者ばかりで少し不安になってきたのだ。
桔音としては、人間であることを止めた覚えは無い。人外扱いされる謂われはさらさらないのだ。
というか失礼だろう、人を化け物呼ばわりなんて。そう思いながら、不服そうに溜め息を吐く。
「それについては謝罪しよう。何分、君の様な人間は初めてでな」
「まぁ良いよ、取り敢えずそこ通してくれる? この国に人を探しに来たんだし」
「そうか……それでは最後に1つだけ聞かせてくれ」
「?」
桔音が男の横を通り抜けようとした時、男がそう言う。その言葉に、桔音は足を止めて首を傾げた。桔音が人間だということを、桔音自身がその身をもって示した。だから桔音に対する警戒心は既に薄れている。
しかし、男とその背後の猛者達は桔音とはまた違う、別の何かに対する警戒心は欠片も薄れてはいないようだった。
ソレを怪訝に思った桔音が、男の問いを待つ。
「俺達はお前―――つまり黒い悪魔と呼ばれた存在と、もう1つ。白い悪魔と呼ばれた存在に対して派遣された実力者達だ」
「白い……悪魔ねぇ……」
ソレ使徒ちゃんじゃね? と思いながらも、桔音は視線を逸らす。心当たりがあり過ぎて何とも言えない気分になったのだ。
だが、言わない訳にもいかないだろうと思いながら、桔音は口を開く。
そして――……
「見つけました、少年」
―――言葉を放つ前に、後方からそんな声が掛かった。
ちなみに、各国1人か2人程実力者を派遣してます。自国の警備を投げ捨てる訳にはいきませんからね。
しかし100人前後となると、約50以上の国がある事になりますね!