異世界人の集まる所、使徒も寄る
「どうしたものかな……」
僕は、人知れずそう呟いた。
というのも、ジグヴェリア共和国へと向かう最中で立ち寄った街の中……ちょっとした騒動に巻き込まれたからだ。
ルークスハイド王国から走り続けておよそ1日。辿り着いたのは、小さな街だった。何処の国の領地に類しているのかは、アリシアちゃんから貰った地図を見ればなんとなく分かったけれど、どうやらこの街はルークスハイド王国とグランディール王国の国境の上にあるみたいで、どちらの領土なのかと言われれば、どちらにもとなっているらしい。
一応、この街の人間は2つの国のどちらにも属しているというスタンスを取っているようだ。税金に関しては、どちらかの国に収めれば良いという感じになっている。
街の名前は『ルピスシア』。まぁ立ち寄っただけで特に長居するつもりは無い。ちょっと食事をしたら出ていくつもりだった。
しかしまぁ、得てして考えている事は上手く行かないもので、簡素な食事処で食事をしていた僕の目の前に騒動は向こうからやってきた。
折角体力回復も図ってそこそこ美味しい食事を頂いていたというのに、いきなり大柄の男達がいっぱい入って来たのだ。しかも人相は悪いし、表情も威圧する為か無表情を貫いている。所謂、ヤの付く職業の方々か、借金取りみたいな人達だ。
対して、店の奥から出て来たのは小さな女の子だった。橙の髪を三編みにした、年齢的には12歳位の子だ。とはいえ少女1人だけだ。相手は十数人の大柄な男達、少女1人でどうにか出来るほど馬鹿な考えは浮かばない光景だね。
「ちょいとお邪魔しやすよケイナお嬢さん」
「……何? 冷やかしなら帰って欲しいんですけど……」
「いやいや、そろそろ返すモン返して欲しいんですがねぇ?」
「無い袖は……振れない。それに……もうウチには貴方達に渡せるものなんてありません」
「そんじゃ……約束通り身体で払って貰いましょうか」
定番中の定番の様な、定型文で為される会話が繰り広げられている。橙の少女は唇を噛んで、言い返せない状況に身体を震わせていて、正直食事をしている客としては不愉快というか、あまり見ていて喜べる光景ではないよね。
何これ、借金的な? テンプレなら借金をした親の代わりに、子が返済の責任を負わされたって感じだけど、合ってるかな? まぁ取り敢えずはこの出された食事は食べておきたい。
「オイオイ兄ちゃん、良いモン食ってんじゃねぇの」
「うるさいよ、今食事中だ見て分かるだろ」
「ッギィァああッッ……ッ!!」
「あ」
急いで食事を口にかっこんでいたら、人相の悪い男達の1人が話し掛けて来た。凄い睨みつける感じで顔を近づけて来たから、凄い自然な流れてフォークを舌に突き刺しちゃったじゃん。だらしなく口を開いてるからだぞ、ちゃんと口を閉じていればこんな目には合わなかったんだからね?
あーあ、しかもフォークが男の血で汚れちゃった。もう使えないなぁコレ。ばっちいし。
そう思って、とりあえず新しいフォークを取って食事を再開する。もう後少ししか残っていなかったから、直ぐに完食する事が出来た。お茶を飲んで、ふぅと一息吐く。丁寧に御馳走様でした、と最後の礼も忘れない。
とそこで、僕の周囲に先程の人相悪い男達が居ることに気が付いた。こめかみに青筋を浮かび上がらせて、僕の事を見下ろしている。明らかにお怒りの様子だ。なんでだろう? 僕何もしてないんだけどなぁ。
「おい兄ちゃん……!」
「僕弟いないんだけど」
「ふざけてんじゃねぇ!!」
「ふざけてないんだけど……本当に弟居ないよ僕」
「そういう意味で兄ちゃんって言ったんじゃねぇよ……てめぇ、よくもウチの若いのに手ぇ出してくれたな?」
若いの? 僕より若い人なんて、この場じゃあの少女くらいなものだ。
とまぁふざけるのはこの位にして、さっきの舌をフォークで突き刺した人のことだろう。まぁあっちから絡んできたんだし、正当防衛ってことで1つ許してくれないかな。さっきまでそこの女の子に言い寄ってたじゃん。身体で払って貰うとかロリコン発言してたじゃん。なんでよりにもよって僕の方に矛先向けるかなぁ……面倒臭い。
とりあえず、『不気味体質』を発動。このスキルって広範囲効果のスキルだけど、対象を取捨選択出来るっていうのは便利だよね。おかげで、人相の悪い男達は数人失神、数人失禁して失神、残りは腰を抜かして失禁した。
男の失禁ってなんか……萌えない。女の子が恥じらいながら我慢してたけど漏れちゃいました的な失禁はこう……胸の中でざわってするモノがあるよね。
とはいえ、先程まで幼けな少女に詰め寄る男達という光景だったのに、反して椅子に座っている僕の回りで、死屍累々とした様子の男達が転がっている状況が出来あがってしまった。食事も美味しかったし、悪者も退治出来たし万々歳じゃないか。
なんだか知らないけど、橙の少女が僕の方に視線を送ってくるけど……さては、惚れたな? 僕が悪者を格好良く倒しちゃったものだから……はぁやれやれ、こんな幼い少女にも好かれるなんて、僕ってば罪な男だ。
「あ、御馳走様」
「え、あ、はい! ありがとうございます……」
「じゃあ僕はもう行くから、そこらへんの男達は……まぁ適当に片付けておいてくれる?」
「わ、分かりました……」
うん、こんな感じだろう。
僕はあたかも当然のことをしたまでです的な事を言いながら、店を出る。うん、良い事をした後は気持ちが良いね! さて、この調子でフィニアちゃん達の所にいる勇者もぶっ潰そう。今回は巫女相手の良い練習になったと思えば、遭遇して良かった騒動かもしれないね。
「さて、出発だ!」
「あの」
「え?」
良い気分で出発しようとした僕の背後から、誰かが話し掛けて来た。振り返ると、そこには先程の少女。橙色の髪の毛を揺らして、少し躊躇いがちな感じで視線をあちらこちらへと彷徨わせている。どうしたんだろう? まさか、愛の告白? いやいや、流石に僕の守備範囲が広いからって見た目小中高生の子は恋愛対象には出来ないって。法律的に。個人的にはアリだけどね。
そんなことを考えていると、少女は意を決した様に僕の顔を見上げ、一世一代の告白でもする様な勢いでこう言った。
「あの……お金、払ってないです……!」
僕の期待を返せ。
◇ ◇ ◇
少女の名前は、さっきの男達が言ってたようにケイナちゃんと言うらしい。元々あの店は母親の店らしいんだけど、今母親は病気で床に伏せっている故に代わりで店を切り盛りしているらしい。年齢は13歳で、僕の予想の1つ上だった。しかも、もう料理も経営術も中々身に付いているらしく、常連さんとかも付いて、お客さんに支えられながらもなんとかやっている様だ。
父親は生まれつき居ないらしく、借金に関してはその父親が作ったものらしい。その額なんと、金貨50枚。冒険者としてそこそこ稼げる僕にとってはそうでもない額に感じられるけれど、一般家庭なら直ぐに用意出来る様な金額じゃないね。
僕が立て替えても良いんだけどね。ほら、僕オリヴィアちゃんから白金貨20枚貰ったから結構お金には余裕あるし。目下製作中の僕の武器の代金を差し引いても、十分あまりあるお金がある。
「あの……ありがとうございます、お客さんなのに手伝って貰って……」
「うんまぁ、困った時はお互い様って奴だよ」
まぁそれは置いておくとして、僕は今あの少女の店に入り直し、食事代をちゃんと払った後、格好付かないから男達を運び出すのを手伝うことにした。
失禁して気絶していない者はさっさと逃がして、残った失神者のみを店の外に放り出している訳だけど、筋力値がそこそこ高い今の僕ならかなりさくさく運び出せた。
「これで最後っと」
「……でも、どうしましょう……こんなことになったら、次はもっと強引な手で来るかもしれません……」
「んー……それもそうだね。じゃあえーと……あ、いたいた」
少女の言葉に、僕は気絶していたリーダー的な男に近づき、服の中を探った。すると、胸の内ポケットの中に1枚の用紙が入っていた。僕の世界で言う所の借用書的な書類だ。魔法陣が組み込まれていて、名前らしき文字とその横に血印が押されている。多分、これは契約の為の魔法陣なんだろう。
僕はその借用書をケイナちゃんに渡すと、リーダーに金貨50枚を握らせた。すると、書類の魔法陣がふっと消え、借用書が1人でに灰になって消えた。
ケイナちゃんは、僕と消えた借用書を持っていた手を交互に見ながら、目を丸くしている。それもそうだろう、いきなり目の前で借金が消えたのだから。
「な、なんで!?」
「ん、僕はどこぞの勇者と違って最初だけ救って後は放置なんてことはしない性質なんだ。助けるなら、借金返済まで面倒見るさ。気分で」
「えー……で、でも……私お金返せませんよ?」
「良いよ別に、どうせ使い道もないお金だし……恩着せがましいって訳じゃないけど、特に見返りが欲しい訳じゃないしね。なんなら次回から食事代無料にしてくれると嬉しいね」
「……はい、分かりました、次いらした時は無料で美味しい料理を振る舞わせて頂きます!」
うん、よろしく。と頷いて、僕はその場を去る。思わぬ所で時間を喰っちゃった、さっさとフィニアちゃん達の所に行かないとね。
ケイナちゃんに軽く手を振って別れ、そのまま街を出る。
しかし、
僕は今後―――ケイナちゃんの店を訪れる事は無いことを……まだ想像もしてなかった。
◇ ◇ ◇
桔音の居る場所とは少し別の場所―――しかし、かなり近い場所に……白い少女はいた。
第2使徒、ステラ――白い長髪に黒いヘッドドレスを付け、白い肌に白いドレスを着た、見た通り真っ白で、清楚で純粋な魅力を持った少女だ。露草色の瞳に映る感情は稀薄で、無表情な顔は無愛想であるにも拘らず何処か魅力的だった。
白いドレスは袖が無く、肩が露出する様なデザインで、腕を上げれば脇が見える露出度。そして細い腰を覆う白い布の下、脚の部分はレースやリボンの付いた布が広がる様に覆っている。だが、戦闘を行う為か片脚が太ももまで見えている。ちらりと見えるガーターベルトが、彼女の清純さの中に妖艶な一面を垣間見せていた。
「……少し、不穏な気配を感じますね」
呟き、白い彼女は歩を進めていく。
「―――……? なんでしょう……魔獣達が多いですね」
すると、彼女は自分がやけに魔獣達と遭遇する事に気が付いた。まるで何処かから逃げて来ている様な必死さを感じさせる魔獣達を、ステラは稲妻の槍で消し飛ばしていたのだが、明らかに数が多過ぎる。
気付いた後なら、その魔獣達のやってくる方向が大体同じ方向からだということが分かった。其方の方向に何があるのか、彼女は少しだけ気になる。
早めに桔音に会わなければならないのだが、魔獣達がこうも逃げてくるということは、その先に何かが居るという事……それを放置しておくほど、ステラも無感情ではない。
「……行ってみましょう」
方向を90度変更して、魔獣達のやって来る方向へと歩を進め始める。尚も逃げる様に迫って来る魔獣達は稲妻の槍で消し飛ばし、彼女の歩みが少しでも止まる事は一切無かった。
その先に、『不気味体質』を発動させて魔獣達に恐怖を植え付けている桔音が居ることを知らない彼女ではあったが―――ほんの少しずつ、様々な再会の時が近づいていた。
はい、使徒ちゃんも参戦。だんだんヴァイオレンスな奴ばっか参戦してて血みどろになってきたぞ!