負けねぇよ
「まー、アイリスの拷問趣味は私の影響なのかもしれないんだけどな? あの子の誕生日にちょーっと手違いがあって、『拷問の歴史』とかいう本をあげることになっちゃってな。それからというもの、拷問に興味を抱いたアイリスはその、なんだ……心を許した相手、ていうか……ある程度の言動なら許してくれると分かった相手にはその……拷問じゃないけど、虐めたくなるらしくてな? やってもいいのかな? いいんだよね? みたいな姿勢なのに、やることはえげつないんだぜ? そりゃもう、踏んだり蹴ったり叩いたり……私やアリシアも標的にされかけたけど、私達はあの子よりも戦闘技術的にある程度才能があったから、なんとか逃げられたんだけどな」
さて、拷問部屋の中でつらつらとアイリスちゃんの拷問趣味について語るオリヴィアちゃん。そろそろ止めてあげた方が良いんじゃないかな? アイリスちゃんの性癖が部外者に漏れちゃってるからね? もしかして忠告されてるのかな、あまり親しくならない方がいいぞって。
にしても、あの子おっかなびっくりながらも踏んだり蹴ったりしてくるんだね。ステータス的にはそれほど強くなさそうだから、冒険者や騎士達には大したダメージにはならないんだろうけど、とある業界じゃ御褒美になるんじゃない?
となると……あの親衛隊の人達があんなにアイリスちゃんに尽くしていたのはまさか……いやいやそんなことないよね、だって騎士達だぜ? そんな16歳の女の子に踏まれたり蹴られたり叩かれたりしたいなんて、荒唐無稽な話があるわけがない。
ある訳ない、よね?
「にしても……なんでか知らねーけど、アイリスに気に入られようとする輩が多いんだよなぁ。うちの親衛隊とか……」
「この城は変態ばかりか」
「あーでも1回アイリスに滅茶苦茶嫌われた奴がいたんだよ。そいつはなんというか、好意的な奴とは違って、この辺の拷問器具に一通り掛けられたな。で、そこのギロチンで首ちょんぱ……あんときは狂乱したアイリスを宥め付かせるのが大変だったぜ」
オリヴィアちゃんはすいーっと自分の首の前で手を横に動かしながら、そう言った。
どうやら、アイリスちゃんは怒らせたらいけないらしい。正しくは、あの子と関わってはいけないってことだ。好感を持たれたらSMプレイに付き合わされ、嫌悪感を持たれたら拷問でぶち殺される。凄まじい変態だな。
もしかして、あの子の着ていた割烹着って白衣代わりだったりするの? 返り血を浴びない様にする為のもの、とか?
でも首ちょんぱかぁ、よしもう2度とアイリスちゃんには会わない様にしよう。あれは多分、レイラちゃんと同じ類の人種だ。気に入られたら王女の特権とか使われてこの部屋に連行されるだろうからね。
「で、お前は何しに此処に来たんだ?」
とそこで、本題に入る。
アイリスちゃんの話は一旦横に置いておいて、オリヴィアちゃんは僕が城に侵入した理由を問うてきた。元々この拷問部屋に連れて来た理由は、他の誰かに聞かれないように話をする為なんだろうし、アリシアちゃんにも聞かれたから同じ事を説明するのは面倒臭いけど、ちゃんと説明しないとね。
ぶっちゃけこんな薄暗い拷問部屋しかなかったのかなぁとは思う。
そして、僕はアリシアちゃんにしたのと同じ話をオリヴィアちゃんにも話した。屋敷のこと、仲間が誘拐されていること、だからあの屋敷について調べに来たこと、アリシアちゃんにはもう話をしたこと、全部だ。
「へぇ……あの白髪赤眼の子もか? 私が見た限りじゃあの子は結構強いと思ってたんだけどな?」
「うん、正直僕もレイラちゃんには勝てないね。負けも無いけど」
「それでも簡単に連れ去られたってことは……相手も相当の猛者ってことか」
僕の話を聞いたオリヴィアちゃんは、顎に手をやりながらそう考察する。正直な所、相手の正体や素性が見えてこない以上、手の打ちようも無いし……あの屋敷にも下手に手が出せないのがネックだ。レイラちゃんも簡単に連れ去られちゃったんだし、少なくとも実力的にはレイラちゃん以上。
となると僕でも勝てない相手になってくる。相性もあるだろうけど、そんなのは運任せだ。相対しない限り分かることでもない。
だから迂闊に手が出せないんだよねぇ……それに、僕は自分から戦闘を仕掛ける経験があんまりないから、どう作戦を練ったものか。
「にしてもあの屋敷か……それなら私も多少知ってるな。なんでも、初代女王が死んで少し経った頃だったか……アリシアにも聞いたんだろ? あの屋敷に『噂』がたったこと」
「うん」
「妹が解決したい案件だっつーから、私も力になろうと色々調べてたんだけど……その噂がたちはじめた頃、あの屋敷は初代女王が死んで無人だったからか……『孤児』の隠れ家になってたらしいんだよ」
孤児? 確かにあの場所は今でこそあんな感じだけど、初代女王が死んだ時代は地面も腐って無かっただろうし、墓は不気味だっただろうけど、屋敷も人が暮らすには十分綺麗だったはずだ。
なら孤児の1人や2人程度、墓を不気味がって人の近づかない屋敷を住処にするには、絶好の条件だっただろうね。
となると……初代女王を慕って掃除に来た人達を殺したのは、その孤児かもしれない。子供でも、多少頭を使えば一般人の1人や2人、殺すのは訳ない筈だしね。噂の出所は、そこかな?
「お前のことだから察しは付いてるだろ? 私は噂の出所がその孤児なんじゃないかと思ってる」
「うん、そうだね。僕もそう思うよ」
「でだ、そこからおよそ60年くらいか? 2代目の勇者が召喚される直前だな……あの屋敷には別の『噂』が流れ出した時期がある」
別の、噂?
『初代女王の呪いで、屋敷に近づけば死ぬことになる』という噂だけじゃなくて、全く違う別の噂がたっていた?
しかも、60年後となれば多分ルークスハイド王国は2代目……下手すれば3代目の国王か女王になっているはず。そして、初代勇者は魔王を倒して帰った後……2代目が呼び出されてない頃ってことは、この世界に勇者が存在していない時期の話か。
オリヴィアちゃんは、その『噂』について話してくれた。
「その頃も孤児達の住処となっていたらしいんだけどな……ふと現れた数人の集団が、あの屋敷を定期的に訪れていたらしいんだ。それが噂の出所でな」
「うん」
「『あの集団は、女王の呪いで生み出されたアンデッド集団だ』って噂になったらしい。まぁ、実際その集団はほんの僅かな時期に現れていただけで、少ししたらいなくなったみたいでな。噂自体は直ぐに消えたらしいんだが……どうにもその辺りからなんだよ――――あの屋敷が唯の屋敷じゃなくなったのは」
どういうことだ? 屋敷が普通の屋敷じゃなくなった? つまり、その頃からってことなのかな? あの屋敷に深い霧が掛かって、不気味な雰囲気を放つようになったってことかな。
「あの屋敷には、その時から孤児も含めて誰も寄り付かなくなったんだ。そんで、変なことに地面が腐敗し、あの深い霧に包まれるようになった」
「随分と良く知ってるんだね」
「あんな場所でもルークスハイド王国の一部だし、しかも初代女王の屋敷だからな……昔の国王や女王達も、どうにかあの屋敷の噂とかを解消したかったみたいだぜ? この城の図書室にも幾つか記録帳が残ってんだよ」
でも、そうなると余計分からないよね。
『女王の呪い』『孤児』『約60年後に出てきた第2の噂』『謎の集団』……そして、『不気味な屋敷と化した屋敷』……あの霧や不気味な雰囲気、腐敗した土の原因は、その謎の集団で間違いないんだろうけど……それならあの屋敷から聞こえて来たあの声はなんだ? その集団はあの屋敷に何をしたんだ?
そして、孤児が寄り付かなくなったってことは……ある程度の悪環境でも住処にしていた孤児達ですら、あの屋敷には『住めない』と判断したってことだ。
ならその原因はきっと、霧や腐敗した土の臭いとかじゃなく、もっと命の危険を感じる『何か』があったってことだと思う。
それが―――あの声の主なのか……それとも別の要因があったのか……。
「だがまぁ、きつねがアリシアを協力者にしなかったのは良かったな」
「ん?」
「あの屋敷はこんな断片的な情報だけでも危険な臭いがしてんだ……大事な妹をそんな場所に関わらせる訳にはいかねぇからな……もしも、きつねがアリシアをあの屋敷に連れて行っていたら……私はお前を絶対許さなかったぜ? それでアリシアが傷付こうものなら、私は第1王女としてお前を処刑してたぞ」
拷問部屋で言われると中々冗談じゃ済まないんだけど。それだけオリヴィアちゃんはアリシアちゃんやアイリスちゃんを大切に想ってるってことだろう。
まぁ、僕としてもアリシアちゃんを屋敷に連れていくつもりはないし、付いてくるなって言っても付いてきたら1回気絶させて城に送り返すね。
さて、それはそうとしても、だ。ますますあの屋敷の事が分からなくなった。如何せん昔のことだから不明瞭な部分が多過ぎるね。
あの声の主が、一体いつからいるのかが分からない。ごく最近のことなのか……それともオリヴィアちゃんの言う、屋敷が変質してしまった時期からなのか……一体いつからだ?
それでも……もしも後者だった場合、あの声の主は間違いなく人間じゃないね。
「……」
「ん? どうしたきつね?」
「んー、いやなんでもない。そろそろ帰るよ、侵入したことはアリシアちゃんに許して貰ったからそういう方向でよろしくね」
「え? あ、ああ、分かった」
僕はそう言って立ち上がる。この薄暗い部屋も息が詰まるからさっさと出たいし、この城で掴める情報は出来るだけ集めた。オリヴィアちゃんから、アリシアちゃん以上の情報が出てくるとは思ってなかったけど、意外だったね。
あとはまぁ、アイリスちゃんに会わない様にこの城を出るだけだ。間違っても会わない様にしないとね、関わったらその時点で色々と面倒臭いことになるしね。
「それじゃ、またね」
僕はそう言って薄暗い部屋から出た。
牢屋の続く道を進み、階段を上ってレッドカーペットのある廊下へと戻って行った。
◇ ◇ ◇
その後、無事に城を出た桔音は、外に出た後城を振り返った。
そして、大きな城を見上げながらふと嘆息した。得られた情報は多かった、でも決定的な情報が足りなかった。あの屋敷についての歴史を知ることが出来たし、それに纏わる様々な噂や、周囲の人間の行動も知った。
それでも、足りない。桔音の欲しい情報は何1つ手に入れられなかった。
しかし、これ以上のんびり情報収集しているわけにもいかない。
アリシアの話では、調査員が廃人となって戻ってきたのだから。レイラ達が同様の末路を辿ってしまった場合、桔音の力では元に戻せない可能性がある。
以前魔王に廃人にさせられたドランは、脳の回路を破壊された故の廃人化だった。つまりはまともな思考が出来ない程に脳を掻き回された様なものだ。
だからこそ、それをされる前に戻すことで正常な思考が出来るようになり、廃人と化したドランも自我を取り戻す事が出来た。つまり、桔音はドランの精神状態を巻き戻したのではなく、脳の状態を巻き戻すことで、思考出来る状態を整えたに過ぎないのだ。
つまり、精神を追い詰め、精神的ショックやストレスを与えることで、ノイローゼや鬱病状態にさせられた場合、桔音の巻き戻しは効かない。
如何に桔音であっても他人の精神の状態を見たことは無いし、またそれを把握出来るわけではない上に、触れる事も出来ないからだ。どう足掻いた所で、『人の感情や心』を巻き戻すことは出来ない。
―――となれば、決定的にレイラ達が壊される前に動く必要がある。
桔音はそう判断した。
「……相手の情報が無い、なら本人から収集させて貰うしかないね」
呟き、踵を返す。城に背を向け、彼は去っていく。向かう先はもう決まっている、情報も無い、相手の正体も分からない。それでも行かなければまた大事な物を失う破目になる。
ならば、
「行こうか、攻略法は……ぶっつけ本番で考えよう」
もう残された道は、あの不気味な屋敷に向かうしかないだろう。
霧に囲まれて、腐った地面の上に立ち、不気味なスピーカーの様な甲高い声が聞こえる、何処までも不気味なあの屋敷へ。
「あはは、簡単だよ―――不気味さ加減じゃ、負けねぇよ」
桔音は薄ら笑いで、不気味にそう呟いた。
桔音君が、1人で屋敷に乗り込む様です。