第2王女の非凡な部分
さて、アリシアちゃんと別れてからまたも図書室へと舞い戻ってきた僕。
中に入ると、先ほどの漫才騒ぎは収まっていて、兵士達の姿もそこにはなかった。代わりに、アイリスちゃんの姿はあったけどね。いくつか置かれたテーブルに積み上げられた数冊の本の塔、その対面で彼女は何故かランチタイムと洒落込んでいた。
「…………もきゅもきゅ」
「……」
ご丁寧にテーブルクロスを敷いて、本の塔を少し遠ざけたところに置きつつスープやステーキを食べていた。口いっぱいに料理を含んで咀嚼し、無言で僕の視線を受け止めていた。
多分、ここからどうすればいいんだろう? とか考えているんだと思う。まぁ予想外だよね、さっき出て行ったはずの侵入者がまた現れて、挙句図書室で食事しているところを見られたんだから。
とはいいつつも、この子随分と突っ込み要素満載なんだなぁ。本の塔と大して変わらぬ枚数で皿が積み重なっている。あの細くて小さい身体のどこにあれだけの料理が入ってるんだろう?
まさかの大食いキャラだったのか。コミュ障、ぼっち、大食漢、王女、凄い数の属性持ちじゃないか。しかも服装が割烹着……なんだこの子は。もはや王女という属性が霞んで見えるくらいキャラが立ってるんだけど。
「……ごくん……」
口に入れていたものを飲み込んだらしい。傍に置かれていた水を飲むと、ふぅと一息付いて持っていたナイフとフォークを一旦置いた。置き方がまだ食事中のサインを示しているから、多分まだ食べるんだろう。なんというか、燃費の悪そうな子だなぁ……。
「……」
「……」
再び無言で見つめあう僕とアイリスちゃん。
うん、僕もどうしていいか分からないんだよね。ぶっちゃけこの子の扱いが分からない。下手に触れるとまた蹲って悲鳴を上げるよね、きっと。そしたらまたあの親衛隊来るよね、絶対。そしたら凄い面倒くさいよね、確実に。
そんなことを考えていると、アイリスちゃんはきょろきょろと視線を忙しなく動かした後、だらだらといやな汗を浮かばせながらも立ちあがった。
「……な!」
「な?」
「何か……御用でしょう、か?」
それは、精一杯の言葉だった。
―――『16歳』の人見知りな『女の子』が、精一杯勇気を振り絞って、話しかけてきた!
なんというか、文章にすると凄く魅力的に見えるのは何故だろう? 16歳っていうと、大体女子高生か女子中学生の境目か。ふふふ、収穫時だな……思うに、女子高生とか女子中学生って立場は1種のブランドだよね。
なんというか、青春時代の最も輝いてる時期というか……女子高生とか女子中学生って聞くだけでちょっとぐっと来るものがあるよね。女子小学生は手を出したら人間としては終わっちゃうから、画面の向こう側の存在に収めておくけどね。
ああ、でも勘違いしないでね。けして僕が女子小学生を恋愛対象に見てるとか、性的な目で見てるとかそういうわけじゃないよ。ほら、前にも言った通り子供は守られるべき存在だからね。そういう意味で大切にしたい存在というかさ。父性的な、もしくは兄的な感じだよ。
とはいえ、いつまでも黙っているわけにはいかないよね。とりあえず、用件だけでも伝えておこう。
「ここの本、読んでもいい?」
「ど、どうじょ」
どもって噛んだな。決定的だ、確定的だ、逃れようのない、誤魔化し様がない程に、綺麗にどもって噛んだな。
「……」
「……」
訪れる沈黙。ぼっちにはキツイ沈黙だろう。ここはコミュ力に定評のある僕がフォローしないとね。
「ここの本、読んでもいい?」
「ど、どうぞ」
というわけで、テイク2だ。さっきは何もなかった。これが本を読む許可を取る最初のやりとりである。噛んだりどもったりしたなんてことは一切なかった。
そして、今度こそどもりながらもちゃんと許可をくれた。恥ずかしかったのか、俯きながら顔を耳まで真っ赤にしている。銀髪とインドア特有の白い肌のせいか、それが顕著に出ていた。
うん、君は頑張ったよ。後で、どうしてあそこで噛んじゃったんだろう……とか結構後悔と羞恥心に苛まれるだろうけど、君はよく頑張ったよ。人類にとっては小さな1歩でも、ぼっちにとっては偉大な1歩だ。これ名言だね。
「ありがと、それじゃ」
というわけで、アイリスちゃんから早々に離れる。踵を返し、本棚へと歩き出す。そこで背後から椅子に座る音が聞こえたから、きっと大きくため息を吐いていることだろう。
さて、そんなアイリスちゃんから意識を外して、本棚の本を1冊手に取った。読めない。
「……ハハ、何語だわっかんね!」
そこで思い出した。僕文字読めないんだった。これだけ本があるのに! たったの1冊も! 読めません!
あーあ、図書室に来た意味も、アリシアちゃんに本の閲覧を許可してもらった意味も、まったく無駄だったなぁ。本当やる気なくすなぁもう。萎えるわ、萎えてめげるわ。
こんなことなら僕をこの世界に連れてきた奴もちょっとはサービスしてくれればいいのに。異世界言語翻訳とか付けるなら、文字にも適用させろって。腹立つなぁ畜生め。
本を本棚に戻しながら、僕はまた振り返ってため息を吐く。そしてアイリスちゃんの方へと歩き出した。出口に向かうためだ。
でも、僕が近づいてくるのに気付いたアイリスちゃんは、びくっと肩を震わせ、勢い良く立ちあがった。また恐縮させちゃったよ。まぁどうやら他の人から見たら、僕はかなり不気味な雰囲気らしいから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけど。
オリヴィアちゃんの過保護が原因とはいえ、ここまで人に怯えるなんてなぁ。もしかしたら過去に何かあったんじゃないかと思う位だ。
「……アイリスちゃんだっけ?」
「ひゃ、はい……アイリス・ルークスハイド……です」
「第2王女?」
「そ、そう……です……でも、私は王女なんて性格じゃ……人見知りですし……」
僕と一切視線を合わせないままに、アイリスちゃんはそんなことを言う。
だからこれはぼっちの先輩としてのちょっとしたアドバイスだ。
「人と関わるのが怖いなら関わらなければいいんだよ」
「え?」
「幸運にも、君は王女って立場にいるんだぜ? だから王女として当たり前のことを当たり前に出来るように心掛けてみなよ」
たったそれだけでいい。規則正しい生活だとか、やりたいことはしっかりやるだとか、胸を張って歩くだとか、そういう簡単に出来ることでいい。そういう簡単に出来ることが出来るようになれば、変わるよ。
たったそれだけでいい。他人と話すことなんてしなくていいんだ。普通の人が当たり前に出来ることを当たり前に頑張れば、周囲が勝手に変わるさ。
「君がほんの少し普通のことを頑張れば―――皆は頑張った君に付いて来るよ」
まぁ、僕の場合は逆に嫌われたけどね。なんでだろうね? いつも笑っているように心掛けたら皆から孤立したんだよねぇ、誰だよ笑う門には福来るなんて言った奴。
あ、なんか今言ったこと間違ってる気がしてきた。どうしよう、今更訂正出来ないよなぁ……まぁいいや、なるようになるさ。アイリスちゃんの場合は元々親衛隊とかオリヴィアちゃん達に慕われてるみたいだし、あんまり関係ないんじゃない?
うわー、これ僕凄い空回った感じじゃん。僕的にはちょっとやっちまった感。
「……! は、はい……」
そんな僕のことはさておき、アイリスちゃんは僕の言葉に何か影響されるものがあったのか、初めて僕と視線を合わせて頷いた。おお、初めて眼が合ったけど……これは中々だ。
僕は軽く頷いて、出口へと歩いて行く。そして図書室を出る際にもう1度アイリスちゃんを見る。
「じゃあね、アイリスちゃん。良く見ると綺麗な眼をしてるぜ」
口説き文句を1つ入れて、扉を閉めた。フォークかナイフが床に落ちたような音が微かに聞こえたけど、気のせいだろう。ふ、16歳女子を目の前にして僕が何もしないとでも思ったか。甘いぞアイリスちゃん、社会に出たら『君の瞳に乾杯♪』なんて言う気障な男がいっぱいいるんだから、この程度さらっと受け流すんだ。
頑張れアイリスちゃん! 応援してるぞ! 表面上!
「おいきつね?」
「え?」
「私の妹口説いてんじゃねぇよ」
「おうふ」
不敵に笑みを浮かべた僕の前に現れたのは、第1王女シスコン―――じゃなかったオリヴィアちゃん。
彼女は、とても無駄のない綺麗な動作で流れるように眼潰しをかましたのだった。痛くはないけど、ちょっと涙が出た。
◇ ◇ ◇
「で、お前アイリスに何をした?」
「何もしてないんだけど」
なんだかんだで僕はオリヴィアちゃんに取調室的な場所に連れてこられた。こんな犯罪者を拘留しておくための牢屋的な場所が城の地下にあるんだね。僕凄いびっくりした。あのレッドカーペットの下に、下水道みたいな汚い牢屋スペースがあるとか恐ろしいんだけど。
僕がいるのは牢屋ではなく、ちょっと薄暗い小さな部屋で、良く刑事ドラマとかでもあるような取調室的な場所なんだと思う。但し、拷問道具がいっぱいあるのが凄い迫力。
なにあれ? 三角木馬? 大車輪? ギロチン、石抱、釜茹で、鉄の処女……うわー、超怖い。まぁ今の僕の防御力なら大して意味は為さないだろうけど、見た目だけでこれだけの威圧感。オリヴィアちゃん、君は一体ここで何を始めるつもりなんだい?
「嘘吐け、私の超絶可愛い妹のアイリスたんを前にして何もしてねぇはずねーだろ。何をしたんだ?」
「シスコンもここまで来ると清々しいなオイ」
「シス……何だそりゃ? 訳分からん言葉で言い逃れようったってそうはいかねぇぞ」
「ところで妹についてどう思う?」
「ん? 私がこよなく愛する存在がどうかしたか?」
「良く分かったよ、この変態め」
こいつ、真正のシスコンだ。しかも妹好き……長女だからかな。
「ッハハ! まぁ正直なところきつねがアイリスに何かしたとは思ってねぇよ。侵入者っぽいからとりあえず捕まえただけだ」
「何? 侵入しただけでこんな拷問部屋に連れてこられるの? 超怖いんだけど」
「あー……まぁなんだ……言い辛いがこの牢屋とか拷問部屋は趣味で作られたんだよ。実際犯罪者とかを拘留したり拷問に掛けたりはしてない」
趣味? 廊下とか拷問とかが趣味の人がこの城にはいるのか? だとしたら随分とヤバい人を雇ってるんだね。この国の人材に対する許容量半端なくない? 拷問好きも受け入れちゃうの? 大量殺人鬼のレイス君も真っ青なバイオレンスさだけど。
一体誰の趣味だよ。こんな、趣味悪いの。
「誰の趣味だよ……」
「あー……これも言い辛いんだけどな。ていうか、私が言ったって言わないでくれよ?」
「ん? うん」
「アイリスなんだ」
「……え?」
え? 嘘でしょ? あのぼっちで僕に対してびくびくと怯えていて、更には悲鳴を上げながら蹲っていたあの子が、この拷問部屋と牢屋を『趣味』にしているアブノーマルっ娘だって? あはは、何を馬鹿なことを。
それはいくらなんでもあり得ないでしょ。冗談にしてはちょっと分かり易過ぎるかな? オリヴィアちゃんは嘘を吐くのが下手なんだね。
「あいつは親しくなった相手には容赦ないからなぁ……一旦心を許すと豹変するんだよ」
「……まじで?」
思わぬ性癖を知ってしまったんだけどどうしよう? あれ? そういえば僕さっきアイリスちゃんに何て言ったっけ?
―――当たり前のことを当たり前に頑張れとか言わなかったっけ?
多分アイリスちゃんもそこそこ頭は良いだろうから、きっとその意味は分かってると思う。当たり前の努力とか、好きなことを当たり前に頑張るとか、ちょっと背筋を伸ばして歩いてみるとか、そういう意味だったわけだけど……この性癖があったらちょっとヤバくない?
―――『好きなこと』を当たり前に頑張る
―――アイリスちゃんにとっての好きなこと=『拷問』
―――『拷問』を当たり前に頑張る?
「あ、やっべ。やっちった」
どうやらオリヴィアちゃんの最初の問いは当たってたみたいだね。先輩風吹かせて変なこと言わなきゃ良かった。でもあんな子にこんな性癖あるなんて知らなかったし、仕方ないよね。まぁなんにせよ……
―――僕は知らない間に、彼女の拷問趣味を応援しちゃったらしい。
好感度を上げると敬語で言葉責めしながらえげつなく愛してくれます。