表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/388

子供らしさ

「待て、それなら丁度良い―――私も協力しよう」



 アリシアちゃんは、そう言った。

 小さな身体で立ち上がり、扉を開けようとする僕の目の前まで近づいて来ると、上目遣いではないけれど強気に見上げて来た。不敵に吊りあがったその口端が、王女である彼女の風格と気品の高さを感じさせる。


 そして、


 彼女は僕に向かって手を差し出してきた。王女という立場に居る彼女の、けれど小さく、白く、柔らかそうな、唯の女の子の手だ。


「きつね、私も連れていけ。あの屋敷の問題は……私にとっては最重要事項だ」


 その手の意味は、仲間……というより協力者となる為の握手だ。協力者として、この手を取れという、彼女の無言の契約だった。

 この手を取れば、この第3王女は言葉通りに僕の協力者として、あの屋敷の案件について様々な協力をしてくれるだろう。それこそ、王族の権限を惜しみなく使ったやり方で。それは僕にとって、確かに美味しい話だと思う。デメリットといえば、王家との関わりを周囲に知られると、あの屋敷の件を解決した後ちょっと目立っちゃうかもしれないってくらいかな。


 でも、今の僕にはそれ位大したことじゃない。


 力になってくれるのなら、是非も無いじゃないか。存分にその王の権限と力を利用して、僕に協力して欲しいね。というわけで、僕は差し出されたその手を―――



「ごめんね、僕子供は危険な目に合わせない主義なんだ」



 ―――握らなかった。



「な……に?」


 確かに、確かにその協力は魅力的だ。是非も無い、王の権限や持てる力の協力が得られるのなら、それはとてもいいことなんだろう。僕にとってはなんのデメリットも無いし、まして相手は正体不明の見えない相手なのだから、得られる協力は少しでも多い方が良いのだと思う。

 でも、僕はアリシアちゃんの協力は、アリシアちゃんの協力だけは、受け取れないな。例えアリシアちゃんが百戦錬磨の武人だったとしても、僕は彼女の協力を受け入れられない。


 何故なら、彼女はまだ……『7歳の子供だからだ』。


 如何に王女でも、如何に聡明でも、如何に実力があったとしても、僕は子供の力は借りない。子供は護られるべき存在で、けして最前線の危険な場所へ連れて行って良い存在じゃない。

 そこに強い弱いは関係無いんだよ、子供は須らく護られないといけないんだ。普通に遊んで、食べて、寝て、平和な日常で平和に過ごすのが、生まれて来た子供に与えられるべき権利なんだ。


 僕はそれを与えられなかったからね。


 ―――せめて僕の不幸分、誰かが幸せじゃないと気が済まない。


 だから僕にはアリシアちゃんの協力は要らない。


「子供は子供らしく、笑顔で楽しく幸せに暮らせよ」


 僕は薄ら笑いを浮かべながら、アリシアちゃんにそう言った。

 文句は許さない。子供は戦いに首を突っ込んで良い存在じゃない。精々戦いに向かう大人の背中を見送って、心配しながら帰りを待つと良い。そして、大人が死んだら全力で泣けばいい。


 心配する側の気持ちも考えろ。そんな台詞を言ってくれれば、僕としては万々歳だ。


「……私を子供扱いするのか?」

「そうだよ、君はまだ7歳の子供だ。王女云々は関係無い、君が子供である以上僕は君の協力を拒否する」


 アリシアちゃんは、差し出した手を引っ込めて、不機嫌に僕を睨みつけてきた。

 この子は多分、大人びているからこそ、天才だからこそ、今まで大人と共に様々な意見を交わしてきたんだろうし、大人達もアリシアちゃんを、王女という立場とその才能を見て、自分達と同じ立場の人間として扱ってきたんだろう。

 でも僕は違うよ? 僕は君を特別扱いしないよ。天才? 王女? 知らないよそんなこと、僕からすればそこらに居る子供と同じ、唯の子供だ。


「私がこの国の次期女王だとしてもか?」

「へぇ、それは大層偉い立場なんだね。で? 何? 跪いて手にキスでもして欲しいの?」


 アリシアちゃんは僕に例え話としてそう言って来たけれど、僕はそれを一蹴する。例え話であったけど、きっとそれは本当のことなんだろう。アリシアちゃんは第3王女にして、この国の次期女王。それは本当に偉い立場の人間で、僕みたいな一介の冒険者風情がこうして会話すること自体、無礼に値する行為なんだと思う。


 でも、これだけは譲れないね。


「…………お前は本当に他の者とは違うな」


 アリシアちゃんはそう言って、ふっと肩の力を抜いて大きく息を吐いた。

 そして、癖のある髪をくしゃっと掻き上げる。睨む様だった視線はいつも通りの少し目付きが悪いだけの瞳に戻っている。唇を少し尖らせて、どうしたものかと考えている様だった。


 すると、また大きく息を吐いたアリシアちゃんは、また椅子に腰掛けた。


「私は自分で言うのもなんだが、天才だと自覚している。早熟過ぎるのも自覚している、だから私は王政を執り仕切れているし、大人達に混じって、彼らよりも優れた意見を出すことが出来る。子供扱いされた事など、私が覚えている限りでは3、4歳の頃までだ。物心付いた頃には既に政治に関わっていたからな」

「ふーん」

「だからお前の様な奴は初めてだ。確かに私は子供だ、しかし普通の子供とは違うだろう? だからいつの間にか子供扱いされない事が当たり前の様に感じていたが……よもやまだ私を子供扱いしてくれる者がいるとは思わなかったぞ」


 そう言うアリシアちゃんは、少しばかり僕のことを呆れた様な視線で見た後、ふと微笑んだ。


「良いだろう。それならば私は屋敷には赴かない……だが、別の方向から協力する事は出来るだろう?」

「別の方向?」

「この国で、あの屋敷の問題解決に対して必要な事ならば、ある程度無茶なことをしても罪には問わない。城への出入りも許可しよう。図書室の本に関してはアイリス姉様と話を付けないとならないが、閲覧自体は許可する。まぁ図書室はアイリス姉様の管轄なのだ、それにオリヴィア姉様の過保護もあって、人見知りの激しい性格でな……図書室の本を閲覧する際は、アイリス姉様を怯えさせない様にしてくれ」


 ふーん、そういう意味での協力か。確かに、危険は及ばないし、唯僕が動きやすい様に色んな物の許可をくれた訳か。まぁ許可なくてもやるけどね、図書室も城も自由に入るし、罪に問われても必要ならやるし。

 でもまぁ、許可してくれるっていうのならそれでいいか。この程度なら口約束で済むし、図書室の件も使用上の注意みたいなものだしさ。


 後で罪に問われたら逃げよう。戦闘技術は学んでいられないだろうけど、勇者のトコに向かうしかないか。


 さて、それじゃ図書室へ向かうかな。


「ありがとう、それじゃあねアリシアちゃん。いっぱい食べて、寝て、早く大人になると良い」

「ふん、そう言われずとも時が経つのは早い。うかうかしてると、お前も見惚れる程の絶世の美女に成長してしまうぞ?」

「あはは、それはまた大層な自信だね。楽しみにしてるよ―――それじゃね」

「ああ、それじゃあな。さっさとあの屋敷の問題を解決してくれ」

 

 アリシアちゃんはそう言って、僕にしっしっと手を振った。どうやら本当にもう屋敷に行くつもりは無いらしい。子供は子供らしく、そう言った僕の言葉を汲んでくれたのか、それとも諦めたふりなのか、それは分からないけどね。


 さて、それじゃもう1回図書室に行こうかな。アリシアちゃんの話では、アイリスちゃんを怯えさせない様にとの事だけど……それってかなり難しそうだなぁ。


 そんなことを考えながら、僕は殺風景なアリシアちゃんの部屋から出た。



 ◇ ◇ ◇



 桔音がいなくなった部屋で、アリシア・ルークスハイドは1人、嘆息した。


 彼女が生まれたのは、年齢から逆算して分かる通り7年前。そして、彼女が生まれると同時に、国王の妻にして彼女の母、つまりは王妃は死んでいる。

 当時、アリシアを身篭った時から、段々と王妃の体力は減っていき、身体も段々と衰弱していった。それも、お腹が大きくなっていくのと同時に、段々と……じわじわと、だ。



 ―――まるで、お腹の子に全てのエネルギーを吸い取られているかの様だった。



 しかし、彼女はアリシアを産んだ。そしてそれと同時に、彼女は全ての力を使い果たした様に亡くなった。自らが産み落としたアリシアを抱き締める事も無く、死んだ。

 そして、国王はアリシアに『アリシア』と名付けて愛し、今まで育てて来た。

 だが、アリシアの才能はかつてのアリス・ルークスハイドの再来と謳われる程の代物だった。1歳の時点で2本の足で立って歩くことが出来、2、3歳の頃は歴史書を中心に様々な本を読み耽っている様な、大人しい子だった。更に、本を読み始めてしばらくしてから、彼女はすらすらと話すようになった。


 彼女が4歳になった頃、政治や会議などに連れて行った所、誰も考え付かない様な意見を出すようになった。


 それからだ、彼女がその天才ぶりを露わにしていくのは。政治に口を出すようになった4歳の当時から、現在の7歳までの3年間で、彼女はルークスハイド王国の様々な問題を解決してみせた。

 住人の不満もかつての半分以下に減ったし、経済的な問題や、城の業務システムの改良等、様々なことを成し遂げている。その突出した才能は、最早最初の1年で誰もが認めた。


 ―――彼女こそが、天才なのだと。


 だからこそこれまで、彼女は自分自身を子供扱いする様な相手はいないと思っていたし、いても自分の素性を知らない様な相手だろうと思っていた。

 しかし今、桔音という存在が現れて改めて思い知ったのだ。自分がまだ、子供なのだと。


「……子供、かぁ……ふふふ、そんなこと言われるの久しぶりだなぁ」


 呟くアリシア。その口調は、桔音やオリヴィアの前で話していた様な荘厳な口調ではない。普通に何処にでもいそうな女の子の、普通の口調だった。心なしかトーンも少し、柔らかい。


「面白いなぁ……きつね、きつねかぁ……ふふふ、子供だって。ふふふっ……」


 楽しそうに、可笑しそうに、くすくすと笑うアリシアの表情は、年相応の少女そのもの。

 彼女の普段の態度は、どうやら作っていたキャラだったらしい。荘厳な口調も、王様然とした風格も、貫録ある表情も、全部脱ぎ捨てたアリシアの姿が、そこにあった。


 おそらくは、国王も、姉妹であるオリヴィア達も、兵士達ですら見たことがないアリシアの本性なのだろう。この殺風景な部屋の中、1人だけでいる間だけ見せるアリシアの顔は、何処かすっきりしたような……そう、まるで久々に新しい玩具を買って貰った子供の様に、嬉しそうな表情だった。


「……少しはこの部屋にも何か置こうかな? 子供らしくぬいぐるみとかね? ふふふっ」


 アリシアはそんな表情のまま、部屋を見渡してぽつりと呟いた。


正解 完全拒否(結構真面目な理由)


桔音君が珍しく真面目だ。そしてアリシアちゃん、可愛い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ