屋敷攻略の仲間は
『ひひひっ……貴女もあの男の子を待ってるの? くふっ……ふひひひっ♪』
薄暗い屋敷は、昼間でも夜の様に薄暗い。屋敷の周囲を、24時間いつでも深い霧が包み込んでいるからだ。
そしてその屋敷の中で、眠っているリーシェの両隣に、ドランとレイラが座らされていた。椅子は無く、床にだが、意識があるのはレイラただ1人。ドランもリーシェも、意識を失って目を覚ます様子は全くなかった。
そして、その中で屋敷に響く不気味な声。楽しそうに、意地悪く、レイラに対してスピーカーの様な音声で話し掛けていた。
しかし、その声に対してレイラは行動を起こさない。指1本たりとも動かさなかった。
いや、違う。
動かさないのではない――――動かせなかった。
まるで見えない何かに拘束された様に、体育座りのまま身体を動かすことが出来なかった。赤い瞳だけは、きょろきょろと周囲を見渡しており、瘴気の空間把握を展開して警戒しているものの、声の主である気配はやはり感じられない。何処から話し掛けているのか、何処に居るのか、そもそも人間なのか、魔族なのか、それすらも分からない。
相手の一切の情報が得られないのだ。レイラは、眉を潜めながら不機嫌そうに唇を尖らせた。
「来るよ……きつね君は来るもん」
『くふっ……ふひひっ……そっかぁ、貴女は彼のことを信じてるんだねぇ……でもどうかなぁ? もしかしたら来ないかもしれないよ? 貴女達の事を見捨てて、もう何処かへ行っちゃったかもしれないよ?』
「ッ……ッあ……!?」
普段なら全く信じるに値しない様な言葉を、レイラは普通に聞き流そうとした。
しかし、その時レイラの脳裏に映像が走る。
桔音が、レイラ達の事を見捨ててルークスハイド王国から去っていく映像が。
ズキッと一瞬だけ頭痛が走り、レイラの表情が歪んだ。あまりにも鮮明で、印象に焼き付く様な映像。レイラの心に一瞬だけ不安が過ぎり、それが広がっていく。じわじわと浸食される様な不安感、もしかしたらという可能性。
桔音を信じる心に、少しだけ罅が入った気がした。信じているけれど、でも、まさか、もしかしたら、そんな考えが浮かんでは消えていく。
途端に、聞こえてくる壊れたスピーカーの様な甲高い声が耳触りになった。だが耳を塞ぎたくとも身体は動かず、聞きたくなくとも頭の中に直接響いてくるような声だ、塞いでも意味は無いかもしれない。
『ふひひひっ……来るかな? 来るかな? 来ないかもね? 来ないよきっと、くふふふっ……♪』
「うるさいっ! きつね君は来るッ!」
『あはっ、アハハ、アハははハハはハハはははハハハハはは!!!』
うるさい、煩い、五月蠅い、ウルサイ。レイラはぎゅっと目を瞑って、耳障りな声から意識を逸らす。何度も頭の中で桔音は来ると繰り返した。
しかし、目を瞑れば瞼の裏に、先程の映像が鮮明に浮かんでくる。ズキズキと頭が痛くなった。
もしかしたら、この声の主が何かをしているのかもしれない。この頭痛や、脳裏に浮かぶこの最悪の映像、頭に直接響く様な声も、全部。心をざわつかせ、頭の中を引っ掻き回す様な、そういう攻撃なのかもしれない。
そう考え付いた所で、レイラにはそれを防ぐ方法も、この身体を拘束している力から解放される力もなかった。
『ふふふっ♪ ふひひひっ……楽しいなぁ♪』
壊れたスピーカーの様な、甲高い声。その声は本当に楽しそうに、じわりと嫌な汗を浮かばせながら目を閉じて耐えるレイラに聞かせる様に、意地悪くそう言った。
「うるさい……! きつね君……!」
笑い声が、レイラの頭痛を大きくする様に、ガンガンと響いた。
◇ ◇ ◇
―――一方その頃、ルークスハイド城。
「はぁ……見つけたぞきつね。流石に、別れた翌日に城に乗り込んでくるとは思わなかったぞ」
「あ、アリシアちゃんみーっけ!」
「見つけたのは私だ馬鹿」
図書館から出て、しばらく歩いたところでアリシアちゃんを見つけた。昨日別れた時とは衣装がまるで違う。平凡だった服装は、何処かの制服みたいな服の上から王様っぽい赤いマントを着た衣装に変わっていて、頭には煌びやかな王冠が乗っている。
金糸の様な癖のある金髪はある程度整得られていて、軽くだけどお化粧がされた彼女は、幼い少女でありながらも、その風格と威厳のある佇まい、貫録のある表情から、何処か大人びた魅力があった。下手すれば、並の大人よりも大人っぽい。
カツカツと小気味良い足音を響かせながら僕の目の前まで近づいてきたアリシアちゃんは、精一杯小さな手を伸ばし、僕の胸ぐらを掴むと、自分の顔の前まで引っ張り寄せた。
そして、その小さな平手で思いっきりビンタしてきた。
「……大丈夫?」
「お前、どんな身体してるんだ……」
まぁ、ご存知の通り僕の防御力は凄まじく、通常時は意識していなくても絶対値の半分程度の防御力は常時発揮されてる。アリシアちゃんが多少運動能力に秀でていても、僕の防御力を抜けるほどの攻撃は出来ないだろう。
つまり、僕無傷。アリシアちゃんの手の方が若干痺れた筈だ。
「で、いきなり張り手なんて御挨拶じゃないか」
「戯け、城へ勝手に侵入したのは何処のどいつだ?」
「え? 侵入者? 許せないなぁ、僕も力になるよ! 侵入者探し!」
「はぁ……侵入者はお前だ馬鹿」
あ、やっぱり? まぁ門兵をのして城に入ったんだし、形式上は侵入者に分類されるよね。
とはいえ、口約束でも第1王女にお呼ばれしたんだし、少しは歓迎してくれてもいいと思うんだけどなぁ。まぁ、アリシアちゃんがそう言うなら仕方ない、侵入者ってことで大人しく捕まってあげるよ。
7歳の女の子に付き合ってあげるのも、年長者の務めだよね。
「で、何する? おままごと?」
「処刑してやろうかお前」
そんなこと言ってる場合じゃなかった。権力の差は覆せないらしい。
と、そんなやりとりをしつつも、どこかアリシアちゃんは楽しそうだ。やっぱり、堅苦しい日常の中で生活してると、他愛のない会話が楽しかったりするのだろうか? だったらとりあえずアイリスちゃんに人とのコミュニケーション能力が付くよう会話してあげてよ。見ててちょっと哀れ過ぎるからね、アレ。
さて、といっても僕の用件はそんなことじゃない。都合よくアリシアちゃんが見つかったんだ。さっさと用件を済まそう。あの屋敷についてだ。
「アリシアちゃん、君に聞きたい事があって来たんだ」
「……ふむ、急に真剣になったな。だが良いだろう、立ち話もなんだ、私の私室で話そう」
「え、本当? やったぁ、僕女の子の部屋に入ったことなかったんだ!」
「急に入れたくなくなったぞ……全く、こっちだ」
とりあえず、あの屋敷について……何か少しでも情報を引き出せればいいんだけどね。
◇
「それじゃあ、何の話が聞きたい?」
辿り着いたアリシアちゃんの部屋は、かなり殺風景だった。子供らしい物が一切無く、寝て起きて着替える為に必要最低限の物しか無い様な、そんな部屋だ。一応部屋の前には警備の兵士がいて、僕のことを一旦警戒したけど、アリシアちゃんが良いと言えば直ぐに通してくれた。
にしても、この子……本当に子供っぽくないなぁ。7歳にしては大人び過ぎてるよね、こんなに早熟だと、苦労はしなさそうだけど親としてはあまり面白くなさそうだ。自分達で産んだ幼い子供達と過ごす日々こそ、両親が大切にしたい宝物だと思うんだけどなぁ……大人になるってことは、親から自立するってことなんだから。天才ってのは良いことだけど、良いことばかりでもなさそうだ。
まぁ、それは僕が口出しする事でもないか。
「うん、この国の南の外れにある屋敷なんだけどね?」
「!」
「何か、知ってることない?」
早速本題に入る。すると、屋敷について口にした瞬間、アリシアちゃんの眉がピクリと動いた。どうやら何か知っている様ではある。
「……あの屋敷には近づくな。あれは、人の関わって良いモノではない」
アリシアちゃんは、少し声のトーンを落としてそう言った。
『あの屋敷には近づくな』、つまりアリシアちゃんは―――というよりルークスハイド王国の王家は、あの屋敷について何かしら関わったことがあるってことだ。
それはなんだ? あの声の正体は? あんな屋敷があるのに取り壊されない理由は? あの大量の墓は? なんだ、それが知りたくて僕はここに来たんだ。
「理由を、教えてくれるかな?」
だから聞いた。僕はあの屋敷に関わらなければならない理由がある。
教えて貰えないと、ちょっと困るなぁ。
すると、アリシアちゃんは少し考えた後、躊躇いがちに答えた。視線は少し横へと逸れていて、言っても良い物かと悩んでいるというよりは、言い辛そうというか、言いたくなさそうな表情で。
「……あの屋敷は、この国の建国初期に建てられた物だと……老朽化の具合から逆算した結果、分かっている」
「そうなんだ……」
「歴史書によれば、この土地は初代女王……アリス・ルークスハイドの生まれた故郷の土地だ。そしてあの屋敷のある場所には、元々大量の墓しか存在しなかったのだ。屋敷は、アリス女王の住まいとして後から建てられた物。なんでも、アリス女王自身があの場所に屋敷を作ることを望んだらしいが……あの大量の墓が誰の墓なのかは、誰も知らない。アリス女王は知っていた様だがな」
「……」
アリシアちゃんの言葉を聞いていると、あの屋敷はどうやら初代女王の屋敷だったらしい。元々墓場だった場所の上に建てられた屋敷、まるで幽霊でも出そうな話だ。
もしかして、あの声の主ってそのアリス・ルークスハイドの幽霊だったりして。そうだったらちょっと対抗手段が思い付かないな。幽霊だから、物理攻撃は効かなそうだ。
そう考えながら、僕はアリシアちゃんの話の続きを聞く。
「アリス女王はあの屋敷の中で死んだ。それから無人となったあの屋敷は、女王の屋敷として取り壊されることなく今まで残されている。しかし……屋敷が無人になって直ぐ、あの屋敷には妙な噂が立つようになったらしい」
「噂?」
「『あの屋敷には、アリス女王の呪いが掛かっている。近づいた者は死ぬ』、とまぁそんな噂だ。あり得ない話ではないだろう? 『呪い』の力自体は現実あるし、『呪い』に関しては術者が死んだ所で解けない類の強力な代物もある。極めつけは、実際にあの屋敷を掃除しに行った初代女王を慕っていた者達が、本当に帰って来なかったらしい……そのせいもあって、あの屋敷に近づく者はいなくなった」
この話を聞いて、僕は考える。
初代女王が死んだのが何時なのかは分からない。でも、きっとその呪いの噂が立ち始めた頃から、あの声の主は存在していた可能性がある。となれば、やはり魔族か……あるいは長寿の種族か……どちらにしても、人間ではないだろう。
もしくはその噂を知っている者が、噂を利用してこんな奇妙なことをしているか、だけど……やっぱり人間ではない可能性は高い。Sランクにしてはステータスが低いレイラちゃんでも、その実力は確かなんだ。それを軽々と攫って行く力を持った者……人間の可能性は低いと考えた方が無難だろう。
あとは可能性として、本当にアリス女王の呪いか、だね。
「噂を信じている訳ではないが、干渉しない限りは無害なこともあって、今は私達も無干渉でいるのだ」
「ふーん……で、アリシアちゃんはどう考えてるの? あの屋敷について。本当に初代女王の呪いだと思ってるの?」
「そんな訳ないだろう。私は初代女王の呪いなど信じていないし、まして死ぬなど唯の噂だ」
「だろうね、老朽化の具合を計測したって言ってたし……計測したってことは屋敷に近づいたってことなんでしょ?」
「そうだ、無論死んだ者など誰もいない」
噂は噂、アリシアちゃんはそう言った。多分計測自体は屋敷の外からやったんだろうけれど、この様子じゃあの声自体は聞いていないらしい。
しかも、死んだ者はいないってことは屋敷に入らない限り、あの声は手出ししてこないってことなのかな? でも、ドランさんを運んだことといい、レイラちゃん達を攫ったことといい、屋敷の外でもある程度行動が可能らしいし……しかも完全に証拠が残らない程、何の前触れも無く、気配も無くやり遂げる力を持っている。
ほぼ完全なステルス能力。もしくは魔王の様に転移系の力を持っているか、だね。
「だが、依然としてあの屋敷には何かが『いる』……それは確かだ」
「ん? それはどういうことかな?」
すると、アリシアちゃんが不意にそう言った。
「噂が立つだけの何かがあの場所にはあった筈だ。偶然にしろ必然にしろ、故意的にしろ自然現象にしろ、何かしらの何かがあった筈なのだ。それが確かに人を殺した事実を残している以上、私達王の立場に居る者が見逃すことは出来ない」
「ふむ」
「私達は一時期、それを調べたことがある。しかし、自然現象的な物といえばあの深い霧のみ……アンデッドらしい存在も確認出来なかったし、考え得る可能性は全て潰した」
でも、アリシアちゃんはそう区切って重々しい口調で続けた。
「半年前、調査の為に連れて来ていた1人の研究員が……行方を晦まし、廃人となって発見されたのだ」
それは、あの声の主がやったことだろうか? そう思いながらも、今の僕に起こっている事が半年前にもあったことを知る。いきなり行方を晦ました研究員と、いきなり姿を消したレイラちゃん達、状況が似ている。
また、廃人となって見つかったってことは、あの声の主が廃人になるまで追い詰めたのか……それとも魔王の使っていた精神干渉魔法を使い手なのか、その辺だろう。
となると―――レイラちゃん達もそうなる可能性は、大きい。
「……これはのんびりしていられないかもしれないな」
「む? ……そういえば、何故あの屋敷について調べている? それに、先程会った時から思っていたが……お前の仲間はどうした? 白髪の女など、お前にべったりだったではないか」
「うん、まぁちょっとあってね。あの屋敷に居る何者かに攫われちゃったんだよね」
「ッ!?」
でもまぁ、色々と情報は手に入った。聡明なアリシアちゃんの持ってる情報だ、これ以上の情報はオリヴィアちゃんからでも手に入らないだろう。
となると、まずは初代王女―――アリス・ルークスハイドの時代から調べてみるのが1番かな? あの屋敷のあった場所と、噂が立った時期、その辺から調べて行こう。あの屋敷の声の主、アレがなんなのかを知らない限りは……手の打ちようがない。
「よし。ありがとうアリシアちゃん、侵入者云々の話は悪いけどどうにか誤魔化しておいて頂戴。とりあえず、図書室の本を閲覧しても良いかな?」
僕はそう言って立ち上がり、部屋を出ていこうとする。そして、アリシアちゃんに図書室の本の閲覧許可を取る。
すると、
「待て、それなら丁度良い―――私も協力しよう」
アリシアちゃんは、そう言って僕と同じように立ち上がった。
第3王女が、仲間になりたそうに此方を見ている。どうしますか?
・仲間にする
・仲間にしなくもない
・仲間でしょ?
・馬鹿、何言ってんだよ……俺達、もう仲間だろ?
さぁどれ?