第2王女
さて、翌日。
僕が目を覚まして、今日が何日だったっけとカレンダーを探し、カレンダーが無いことに気が付いて異世界に来ていたことを思い出し、勇者諸々の件を思い出し、一頻り憎しみを思い出して、レイラちゃん達が攫われた事を思い出すまでに約20分程掛かった後だ。
寝癖とか顔を洗うとか身支度を整えながら、今日何をするのかを考える。ちなみに、『初心渡り』で寝癖が無かった頃まで巻き戻すのは、睡眠中の回復も無かったことにしてしまうので出来ない。
レイラちゃん達が攫われて、久しぶりに静かな朝を迎えることが出来た訳だけど、まぁ僕のパーティが僕以外全滅してしまった現実は改善しないとね。
それにしてもドランさんって不憫だよね。重傷のまま運ばれて、死にかけた所をなんとか回復したら目覚めることが出来なくて、挙句また攫われたっていうね、不憫過ぎて逆に笑える。これから先も、何かある時はまず真っ先に犠牲になるタイプの人間なんじゃないかな?
とまぁ色々考えたけれど、これからどうするかな。まずはあの屋敷について調べないといけない訳だけど……如何せん僕はこの国に来たばかりで歴史とかに疎い。そういうことに詳しい人間の助けが必要なんだけど、誰かいないかなぁ―――あれ? いるじゃん、王女様が。
「良し、まずは城へ乗り込むか」
礼儀もへったくれも無いけれど、僕の大事な物を取り戻す為だから別に良いでしょ。城に乗り込んで、取り敢えずオリヴィアちゃんかアリシアちゃんに会おう。あの子達なら頭良さそうだし、歴史にも詳しいでしょ。
「善は急げ、かな……」
行動を開始しよう。どうやらのんびり戦闘技術を学んでる暇も無いらしい。
◇ ◇ ◇
桔音が行動を開始しようとしていた時、ルークスハイド王国の城の中は既に仕事を始めていた。メイド達が騎士達の汗の染みついた衣服を洗濯し、騎士達は上半身を裸にするほど汗だくになって剣を振るっている。
文官や神官達は書類仕事や教会の管理、そして次期女王となるアリシアにほぼ国の王政を任せている国王は簡単なサポートをし、次期女王アリシア、そしてソレに連なる第1王女、第2王女達は各々自分のやりたいことをやっていた。
元々、第1王女オリヴィアも有能だ。本来年齢的な意味ならオリヴィアが次期女王になるのだろうが、アリシアがあまりの天才だったこと、そしてオリヴィアが堅苦しい立ち場の女王になることを拒否したからこそ、アリシアが次期女王となったのだ。
第2王女は?
そう思う者もいるだろう。
確かに、第1王女オリヴィアが女王戴冠を拒否し、アリシアにどれだけの才があったとしても、第2王女の意志を無視してアリシアが次期女王になるのは、姉妹の絆を大切にするアリシアやオリヴィアからすれば、少し罪悪感がある。
だがしかし、第2王女には―――アリシアやオリヴィア程の才能が無かった。
頭が悪い訳ではないが、王政が執れる程良い訳ではなく。
率先して何かをする様な性格ではなく、寧ろ人見知り。
運動もそれほど出来る訳でもなく、身体が弱い訳ではないが華奢。
出来ることはそれほど多くなく、出来ない事は多い。
多少抜けている所もあり、王の器としては些か不十分だと誰もが思った。
それこそ、アリシアやオリヴィアでさえも、彼女の事を悪く言いたくはないが非才なのだと思う程だ。
彼女は、初代女王アリスの血を色濃く継いだアリシアやオリヴィアとは違って、金糸の様な金髪も持っていないし、容姿だって煌びやかで美人だという訳でもない。寧ろ、彼女は16という年齢でありながら背は低く、スタイルだって良い訳ではない。顔も美人というよりは一見普通の女の子だ。
それを彼女自身も理解している。故に、彼女は女王の座を自分から辞退した。
こうして初めて、第3王女であるアリシアが次期女王として就任することが決定したのだ。
さて、そうして各々が仕事をする城の中。真っ赤な絨毯の敷かれた道を進む2人の少女がいた。
「姉様、きつねに報酬は渡してくれましたか?」
「おいおいアリシア、お姉ちゃんと呼べって言ってるだろー? 全く……ああ、渡して来たぜ。結構奮発したのに反応薄かったのがちょい残念だったけどな」
「ふむ、なら良いですけど……ああ、渡した金額分はちゃんと財務管理の方に報告して下さいね」
「ッハハ! 幾ら渡したっけか? 忘れちった」
「はぁ……後できつねに確認しに行かないといけないですね」
次期女王アリシアと第1王女オリヴィアだ。彼女達は、オリヴィアの渡した桔音への報酬の件で話していた。
元々、オリヴィアの持って行ったお金は国の金だ。後でアリシア自身が次期女王として稼いだお金から補充されるが、何時どういう目的で使ったのかの記録は付けなければならない。
だがオリヴィアはそういう面でも少し寛容というか、大雑把だった。竹を割った様な性格とでもいえば良いだろうか。
「ッハハハ! まぁ今度きつねを城にでも呼べば良いだろ。普通とはちょっと違う雰囲気の奴だし、城に呼んでもそれほど恐縮する様な奴じゃなさそうだしな」
「まぁ、そうですね……そういえば、アイリス姉様は?」
「ん? ああ、アイリスなぁ……そういえば何処行ったんだろうな? また図書室で本を読んでるか……それか調理場じゃねーか?」
そこでふと、会話の中に誰かの名前が出て来た。『アイリス』、察しの通り第2王女の名前だ。
―――アイリス・ルークスハイド。
かつて存在した歴代の才ある王女達の中で唯一、凡人と呼ばれた王女である。
「そうですか……まぁそれなら良いですが、昨日の誘拐騒ぎがあっても姿を見なかったので」
「あー……多分誘拐騒動のこと自体認知してねーと思う、アイリスはかなり抜けてる所があるかんなー……まぁそういう所が可愛いんだけどな!」
「あーそうですかー、それじゃ私は執務室で書類仕事をしますので」
「ああ! 頑張れよ!」
「……そこで手伝うぜ、とでも言えば素直に尊敬出来るんですけどね」
歩きながら、執務室に辿り着いたアリシアの言葉に、オリヴィアはそそくさとその場を後にした。その背中を見送りながら苦笑しつつアリシアはそう呟き、執務室の扉を開けて中に入る。
と、その時だ。
「アリシア女王様! 緊急で報告したい事が!」
1人の兵士が慌ただしく駆けて来た。
執務室の扉を閉めようとしていたアリシアは、ぴたりと止まって再度廊下へと出る。そして、兵士が自分の前で膝を着くと、話してみろ、と報告を促した。
すると、兵士は深く頭を下げながらも大声ではっきりと簡潔に報告した。
「―――侵入者です!!」
何? とアリシアは怪訝な表情で首を傾げた。
◇
さて、アリシアに報告がいった様に、ルークスハイド王国の城内に侵入者が1人。門兵の制止を拒否して、逆に門兵をのしたその侵入者は、まるで隠れる様子も無く我が物顔で城内を闊歩していた。
きょろきょろと、広い城の中で何かを探すように視線を動かしている。黒い服を着て、両眼で色の違う少年だ。武器を持っている様子は無いが、佇まいは素人そのものだが、何処か隙がない。
「うーん、アリシアちゃんもオリヴィアちゃんも何処に居るんだろう? お友達が遊びに来たんだから迎えに来てくれてもいいと思うんだけどなぁ」
少年はそんなことを言いながら、レッドカーペットの上を歩いていた。兵士達は少年を探してバタバタと城内を駆け回っていたが、1人での侵入故か未だ見つかっていない。
部屋はそこらじゅうにあるのだが、少年は何故か城内の構造が分かっているかのように迷いなく進んでいる。良く見ると、彼の手から微かに黒い瘴気が見えた。
というか、此処までいえば分かるだろう。普通に侵入者は桔音だった。
瘴気の空間把握で城内全域とは言わずとも、自分を中心に半径数百メートル程度なら構造を理解していた。だからこそ、周囲の部屋の中に人が居るか居ないかを把握しているし、アリシア並の小さい子供が居ない事も把握している。
「ん? この先に結構広い所があるなぁ、なんだろう? コンサート会場?」
城を学校の様な場所だと勘違いしているのか、それともボケているのかは分からないが、桔音はそんなことを言いながら一直線に瘴気で確認した広い空間へと足を運ぶ。
辿り着いたその空間の扉を開けると、その奥には大量の―――本が並んでいた。
本、本、本、何処を見渡しても本ばかり。あまり読書が趣味ではない者や活字の苦手な者からすれば、見ただけでくらっときそうなほど、本だらけの光景だ。
桔音は元々本が好きだ、虐めの影響だったが毎日図書館で本を読み漁っていた程である。
だからこの本だらけの光景に、桔音は少しだけ楽しくなった。普通の図書館では比べ物にならない程の蔵書量、縦にも横にも広い空間だ、まるで世界中の本を掻き集めた様な図書館だった。
「うわー、すっごい本の量! エロ本ないかな?」
「……誰ですか?」
「え?」
と、そんな大量の本を前に歓声を上げた桔音の横から、落ちついた声が掛かった。警戒心が多大に含まれたその言葉に、桔音はその声のした方へと視線を向ける。
すると、そこには1人の少女がいた。
桔音よりも少し歳が低いだろうか、椅子に座っているから良くは分からないが、身長はそれほど高い様には思えない。桔音よりも15cm程小さいだろうか。
顔立ちはそれほど美人という訳ではないが、整っているといえば整っている。愛嬌のある普通に可愛い子だろう。といっても、クラスに1人は居そうな普通な可愛さだった。
少しだけ顔立ちがアリシアやオリヴィアに似ているが、彼女達とは違って、少女は透き通る様な銀色の髪だった。少し垂れ目な瞳が、初めて会う桔音に対して少し怯えと警戒の感情を見せている。
「あ、こんにちは! 僕きつね、アリシアちゃん達に会いに来たんだけど」
「アリシア達に……? も、もしかして貴方……!?」
桔音の言葉に、少女は身を引きながら警戒心マックスの姿勢で言った。
「まさか―――お友達という存在ですか……!?」
あ、この子ぼっちだわ。桔音はその言葉に、そう感想を抱いた。
名前と本人、別々に出てきましたが第2王女アイリスちゃん登場。個人的にはこの子が1番王女組で扱いやすいですね。