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桔音はやっぱり桔音

「おじゃましまーす」


 屋敷の玄関に続いている大きな扉を開いて、僕は屋敷の中へと踏み込んだ。埃臭いホールが広がって、罅割れた窓ガラスからは微かな月の光が差し込んでいる。

 深い霧のせいで本当に微かな光だけど、その光が唯一屋敷の中を照らす灯りになっている。やっぱりちょっとだけ、不気味だ。


 そして、ホールの中心まで踏み込んで一旦止まる。ぐるりと周囲を見渡して、2階に続く階段や2階の廊下、壊れた銅像や崩れた壁なんかを見た後に、僕は見つけた。


「リーシェちゃん?」


 2階に続く階段は、中央から上る階段があり、一旦踊り場を介して左右へと2方向に更なる階段が伸びている形になっている。

 そして、その踊り場でリーシェちゃんがぽつりと椅子に座っていた。意識は無い様で、ぐったりとした様子で死んだように眠っている。近づこうとしたところで、足に何かが当たった。見れば、そこにはリーシェちゃんが購入した新しい剣が抜き身で落ちている。


 抜き身ってことは、戦闘でもあったのかな? ドランさんがあれだけの傷を負う相手だ、もしかしたら魔族か……それとも幽霊かな? なんてね。

 まぁ、ファンタジー世界だし、幽霊が居てもおかしくは無いかもしれないけどさ。


「さて……どうしたものかな」


 無論、リーシェちゃんが目の前にいるんだから、近づいて叩き起こして連れていけばいいだけの話。でも、ドランさんをあんな目に遭わせた奴が相手なんだ、しかも瘴気の空間把握ですら気配を感じ取れない見えない相手……もしかしたら、見えないだけでリーシェちゃんの隣に立っているかもしれない。

 そして、近づいた瞬間―――ざっくりやられるかもしれないね。これは不用意に近づけない。


 まぁ何もないかもしれない。でも警戒するに越したことは無い訳で……まずはそうだね、1つ試してみよう。


 アレ(・・)が、僕を誘き寄せる為の餌なのかどうかを。



「―――丁度良く、手元に剣があることだし……ねっ!!」



 僕はそう言ってリーシェちゃんの剣を、『リーシェちゃんに向かって』投擲した。


 くるくると円を描くようにリーシェちゃんに向かっていく剣は、その勢いのままにリーシェちゃんのお腹に……突き刺さった。

 リーシェちゃんは一切悲鳴を上げることなく、目覚める事も無く、突き刺さった剣は重力に従ってずるりとリーシェちゃんの身体から抜け落ち、地面に音を立てて転がった。


 どくどくと、リーシェちゃんの腹から血が溢れ出る。


「ふーん……本物のリーシェちゃんみたいだね。そして、罠は無いっと」


 僕はそう言って初めて動き出し、リーシェちゃんの下へと歩き出した。

 もしかしたら、あのリーシェちゃんが本物じゃない可能性があったからだ。そして、もしもあのリーシェちゃんが偽物で、犯人が何らかの方法で変装したものだったとしたら……近づいた瞬間僕は攻撃されていただろうし、投擲した剣は刺さることなく弾き飛ばされていた筈だ。


 でも、そうならなかったということは、アレは本当に本物のリーシェちゃんで、ドランさんと同じく意識がない状態だということ。傷自体は『初心渡り』で巻き戻せるから致命傷にならなければ問題ないしね。

 そして例えリーシェちゃんが本物でも、近づいた瞬間に起動する罠があるかもしれなかった。でも、それも剣が何かに弾かれたりしなかった事で、無いことが証明された。後は落とし穴的な罠の可能性だけど……それもないだろう。

 正直、その程度の罠を仕掛ける意味がない。僕はたった1人で、ぱっと見じゃ武器を持っていないんだから、2人以上居るのなら2人掛かりで掛かってくれば良いんだし、1人でももっとやりようがある筈だしね。


 それに、この犯人の目的が見えない。意図的に僕達を攻撃しようって訳じゃなさそうだし、そもそもこの屋敷にだって、ドランさん達が依頼を受けなければ関わることだって無かった。


「つまりは依頼書から仕組まれてたってことかな?」


 そう言いながら、僕はリーシェちゃんの目の前まで辿り着く。そして取り敢えず剣で出来た傷を巻き戻した。服も一応巻き戻しておく。

 おっぱいに触れても問題ない所を見ると、やっぱりリーシェちゃん自体には特に何かされている訳じゃないみたいだね。うん、となると連れていっても問題ないのかな?


「警戒し過ぎたのかなぁ……?」


 そう呟きながら、僕はリーシェちゃんを抱えようとした。


 でも、その瞬間だった。



 ―――ふひひひっ……♪ だめだよぉその子を連れて行っちゃ♪



「……」


 なんか聞こえた。何処からともなく、なんか聞こえた。なんだこの声……甲高いけれど、女の子の声だ。でも、何処から聞こえてくるのか分からないし、声の主も分からない。

 どこぞの変態だ? こんな奇妙な演出をしてくる馬鹿は。


 まぁ姿も見えないし、僕の幻聴かもしれないしね。無視してさっさとリーシェちゃんを連れていこう。


 ―――駄目だって言ってるじゃない……それに、その子を連れて外へは出られないよ?


「は?」


 声は言う。リーシェちゃんを連れていく事は許さないと。

 それを聞いて、僕は目を細めた。というのも、僕の背後―――首筋に落ちたリーシェちゃんの剣が突き付けられていたから。しかも、剣が宙に浮いている。


 怪奇現象、というだけならそれで良いんだけど……声が聞こえている以上、この剣もどうやら誰かが意図的に突き付けられているってことなんだろう。でも、その突き付けている当人が見えない。それか、この剣を何処か遠くから操作している以上、反撃が出来ない。


「まぁ、この剣で突き刺そうと僕は傷1つ負わないけれど……何が目的?」


 僕はそう言って、姿の見えない声に向かって聞いた。何が目的なのか。

 意味は分からないけどどうやらこの声の主は僕達に用があるらしいし……逃げる事も許してはくれない様だからね。その辺ちゃんと聞いておかないと。不安なのは、目的も無くこんなことをやっている場合だけど……どちらにせよ関わらずはいられないらしい。



 ―――ひひひっ♪ これはちょっとしたお遊びだよ……その子、貴方の仲間なんでしょ? 助けられるかな? 出来るかな? くふふっ……ふひひひっ……♪



 声はそう言った。

 お遊び……ドランさんは死にかけて、リーシェちゃんは目を覚まさない、その状態でこの正体不明の声を相手に、2人を助けないといけないってことだ。


 どうやら、この声は僕達に何かしたかった訳じゃないらしい。たまたま、ドランさん達が関わったからこうなった、ただそれだけ。つまり、暇潰しってことか。


「……リーシェちゃんに何をしたのかな?」


 ―――ひひ、にひひひっ……起きない、起きない、目覚めない、助けられるかなぁ?


「……ふーん。目覚めない、か」


 リーシェちゃんを見て、呟く。

 どうやらこの声の主は、リーシェちゃんに目を覚まさないよう何かしらの力を行使したらしい。おそらくはドランさんにも同じことをしたんだろう。魔法か、スキルか……それとも何か別の力か……なんにせよ、やっぱり僕に何か出来る訳じゃないらしい。


 さてどうするかな……ここでリーシェちゃんを無理矢理連れて行ったとして、この声の主をどうにかしない限り2人は目覚めないだろう。となると、下手に刺激しない方が得策なのかもしれない。

 此処にリーシェちゃんを置いて、一旦撤退するのも1つの手ではある。その場合……リーシェちゃんが死ぬ可能性も捨てきれない訳だけど……この声に、交渉が利くのかが問題だけど。


 そんなことを考えながら、僕はこの不利な状況を打破する方法が思い付かない。スタート時に2人も人質を取られた状態だなんてね。冗談じゃなく、ちょっと不味い。



 ―――考えてても良いのー? うふっ……くひひひっ……貴方の大事なもの、ぜーんぶなくなっちゃうよ? ひひっ、くひひっ……アハハハハハハ!!



 でも……そんなことを考えている時間もないらしい。




 ◇ ◇ ◇




 結局、僕はリーシェちゃんを置いて屋敷を後にした。本来ならリーシェちゃんを置いて行きたくは無かったけれど、多分あの声の主は頭が良い。リーシェちゃんが死ねば、僕がどんな行動を取るのかくらい想像が付いている筈だ。

 この状況を遊びだと言ったあの声の主ならば、その展開は望まない筈だ。僕はそれに賭けて、リーシェちゃんを置いて行く選択をした。得体の知れない相手だ、リーシェちゃんを無理矢理連れていく事で戦闘になるのは避けたい。


 何せ、ドランさんを一方的にあそこまで重傷に追い込んだ相手だ……しかも、今回は見えない相手……幾ら耐性値が高くても、それを突破してくる手段を持ってる可能性もあるしね。


 そして、僕は急いで宿へと戻ってきた。あの古びた屋敷から全速力で走ってだ。

 言ってしまえば簡単だが……あの声は言った、『大事な物がなくなるぞ』と。今の僕にとっての大事な物……今の僕にはこの命以外に大事な物といえば、仲間位しかない。

 その他の大事なものは全部、あのカス勇者に奪われたからね。


 つまり、レイラちゃん達に何かあったかもしれないのだ。


 宿の扉を開けて、急いで2階へと駆け上がる。そして、すぐにレイラちゃん達の部屋へと向かい、扉を開けた。



 そこには―――



「はぁ……はぁ……っ……やられた……!」



 レイラちゃんも、ドランさんも居なかった。

 しかもまるでそのまま消えてしまった様に、部屋は荒らされた様子がない。

 僕は部屋の中へと踏み行って、ドランさんの寝ていたベッドに触れてみた。すると、まだ少しだけ温かい。

 つまり、レイラちゃん達がこの部屋から居なくなったのはついさっきだということだ。それこそ、僕が屋敷からこの宿へと向かって走っていた途中のことなのだろう。あの声の主は、それをやってのけるだけの手段と実力を持ってるってことだろう。


 そう、Sランク魔族であるレイラちゃんを、部屋を荒らさずに連れ去ってしまう実力を。


「……なんだこれ、リーシェちゃんもドランさんも、そしてレイラちゃんも、あっという間に奪われたってこと?」


 僕は、誰もいない部屋の中、そう呟く。


 あの声の主が、どういう存在で誰なのかは知らない。けど、こんな一瞬の間に何もかも掻っ攫って行く様な相手なんて、また随分と厄介な相手が来たものだ。


「……また1人、か」


 気付けば、また1人になってしまった。この世界に来た時、フィニアちゃんが現れるまでは1人だった。でも、そこからはずっと誰かが居た、フィニアちゃんが居て、ルルちゃんが家族になって、リーシェちゃんが仲間になって、不本意だったけどレイラちゃんが付いて来て、なんやかんやでドランさんが仲間になった。


 そして、今……なんやかんやで僕1人だなぁ。


「良し、あの屋敷ぶっ壊そう」


 そう呟いて、僕は―――



 ―――ベッドに潜りこんで、寝た。


 

「でもまぁまずは休憩だよね、ほら眠いし」


桔音君、やっぱりいつも通りでした。

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