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未知の鼓動

 血塗れの状態で戻ってきたドランさんは、不思議なことに目を覚まさなかった。

 傷だらけと判断してすぐさま『初心渡り』を発動させ、ドランさんの肉体の状態を僕達と分かれた時まで巻き戻し、無傷の状態に戻したというのにだ。


 肉体的には何の外傷も無い上に、状態でいえば本当に何の支障も無かった状態に戻っているのだから、目を覚ましておかしくは無い筈だ。それにも拘らず、ドランさんはいくら呼び掛けても目を覚ます気配がない。

 これはどう考えてもおかしい。何か精神的な要因が関わっているのか、それとも魔法的な要因があるのか、どちらにしても……そうだとしたら僕には手の打ちようがない。

 『初心渡り』で巻き戻せる対象は、僕が認識出来る物。何かしらの魔法が掛かっていると分かっていれば僕にも巻き戻せるんだけど、ドランさんが何故目を覚まさないのかの原因が分からない以上、僕の力では巻き戻すことが出来ない訳だ。


 まぁもしかしたら、僕にも巻き戻せない類の力が働いているのかもしれないけれど。


「うーん……まぁ生きているのなら良いとしよう。問題は、リーシェちゃんが依然として帰って来ないってことだね」

「んー……どうしたんだろう?」

「ドランさんが何処に行ったのかを聞ければそこに行ってみるって手もあったんだけど……」


 リーシェちゃんが帰って来ない。それは、ドランさんが帰って来てからおよそ2時間経った今でも同じだった。そもそもドランさんが血塗れでどのように帰って来たのかも分からない。もしも自分の足で命辛々帰って来たのだとしても、都合良く僕達の居る部屋にやって来れただろうか? いや、無理だろう。


 だって、僕達の居た部屋は―――レイラちゃんとリーシェちゃんの部屋なんだから。


 ドランさんがやって来るとすれば、僕とドランさんの部屋だろう。階段からも近い部屋だし、まるで僕達が居た部屋を狙い澄ました様にレイラちゃん達の部屋にやって来る筈がない。

 だからこれは、ドランさんが自分の足で帰って来たのではなく……『何者か』が僕達の居る部屋の前に連れて来た可能性が高い。


 しかも、扉は部屋の内側から外側に開く構造になっている。にも拘らずドランさんが扉を開いた僕に倒れ込んできたってことは、扉に凭れ掛かっていた訳じゃなく……犯人が丁度僕が扉を開けた時にドランさんを突き飛ばしてきたってことになるんだ。

 でも、犯人の姿は一切見えなかったし、ドランさんを受け止めて直ぐに瘴気の空間把握を宿内全域に展開したけれど、それらしい気配は感じられなかった。


「空間把握で掴めなかったってことは、それほど高速で動けるのか……それとも肉体が存在しない様な存在なのか……?」

「ねぇねぇきつね君♪」

「何、ちょっと黙っててくれる? 考え中だから」

「私、リーシェ達が何処に行ったのか分かるよ?」

「はいはい……は?」


 これからどうするのか、犯人はなんなのかを考えている所で、レイラちゃんが何か妙なことをほざいた。リーシェちゃん達の向かった先が分かる? 嘘だろ、なんで分かるんだよ。


「……なんで分かるのか教えてくれる?」

「私の固有スキルでちょいーっと♪」

「固有スキル? 『狂愛想起(ブロークンハート)』って奴?」

「そう♡」


 固有スキルが増えてるなぁとは思ってたけど、まさかこんな所で役立つなんて思わなかったよ。魔王戦で使っていた節が無かったから、もしかしてその力は戦闘用のスキルじゃないのかもなぁとは思っていたけど、一体どんなスキルなんだろう?


 んー……まぁいいや。手段はどうあれ、行き先が分かるっていうのならそれで良い。今はとにかく、リーシェちゃんの所在が心配だ。遅くなってリーシェちゃんが手遅れになってしまったら、大事なツッコミ要因を失う破目になるからね。ドランさんがあんな状態で帰ってきた以上……リーシェちゃんの安全を直ぐに確保しておきたい。

 なんにせよ、仲間を失うのはもうこりごりだ。


「じゃレイラちゃん、それは何処?」

「うん……詳しく分かる訳じゃないけど―――」


 レイラちゃんはドランさんの顔を見ながら、ぽつりぽつりと何かを繋ぎ合わせる様にその場所を言った。




 ◇ ◇ ◇




 ―――くふっ……うふふふ……ひひひひっ……♪



 薄暗い、腐った臭いのする土地の上に大量の墓があった。そしてその墓石に囲まれるように、大きな、大きな、古惚けた屋敷があった。とても人の住めるような屋敷ではなく、また人の住んでいる気配のない屋敷だった。

 ドランとリーシェが受けた依頼にあった屋敷。窓ガラスが割れていて、屋敷内の床は所々崩れ落ちている。壁にも亀裂が走り、桔音の元の世界の人間なら―――『お化け屋敷』、と誰もが言う程に不気味な屋敷だった。しかも、何故かは分からないが深い霧が掛かっており、夜遅くであることもあって更にその不気味さを醸し出している。


 そして今、その屋敷の中で甲高い嗤い声が響いていた。まるで、悪戯っ子の様な、狂人の様な、そんな嗤い声だった。

 だが、その嗤い声が何処から響いて来るのか分からない。屋敷の中には、誰1人として嗤っている人間が見当たらないのだ。


 ―――愉しかったなぁ楽しかったよー……くひひっくひひひひっ……♪


 嗤い声の主が、また何処からともなくそんな言葉を吐く。一体何処から、一体何者が、一体何故、こんな声が響いているのか……それを一切感知させないままに、その『何か』は不気味に甲高い嗤い声を上げながら、そんな言葉を吐く。

 だが確かに、この屋敷にはこの言葉を発している者は見当たらない。が、しかし、しかしだ。


 ふと、その屋敷の中に……生きている人間の姿があった。


 紅い髪を持った少女。屋敷の玄関から繋がっている広いホールに、ぽつりと置かれた椅子があり、少女はそこに座っていた。勿論、この言葉の主は彼女ではない。

 少女には意識が無かった。持っていた筈の剣は無造作に地面に転がっており、何故か少女の紅い髪はそれを纏めていた髪留めを失い、重力に従って下へと流れていた。

 その身体に傷は無い、が……少女はまるで死んでしまったかのように眠っていた。起きる様子が一向にない。


 ―――人質、ヒトジチ……生贄? うん、生贄の方がそれっぽいかも♪ ひひひっ……あ~楽しみっ!


 少女の周囲でも、同様にそんな声が響く。それでも、その声の主の姿は全く見えない。

 怖いくらいに無人で、怖いくらいに不気味で、怖いくらいに明るい声音。


 人間は、未知なるものに恐怖する。分からないという事実に恐怖する。だからこそ、その未知の何かに対面した時、人間は2通りの行動を取る。


 未知から逃げる。


 未知を確認する。


 この2通りだ。よくホラー映画でもある様に、何が何だか分からないけれど怖いから逃げる者もいれば、知ることで安心感を得るために敢えてそれを確認しに行く者もいる。行動は真反対ではあるものの、その本質は恐怖から逃れたいという意志だ。

 だからこそ、この未知なる存在の声に対して、人間は逃げるか未知を解明するかの行動を取る。


 少女は後者だった。


 少女は、大柄の男と共にこの屋敷を訪れ……この声を聞いた。そして、この屋敷に来た目的もあって、2人はその声の主を探した。それが間違いだとも知らずに、屋敷中を探しまわった。しかし、見つかる筈も無い。

 この屋敷には、人間はおろか生物の姿はこの2人以外存在しないのだから。


 そして、探し回っていた2人は2手に分かれた途端に各個撃破とばかりに襲われた。


 『何か』に、襲われた。


 結果、少女は意識を失い『何か』に捕らわれ、男は重傷を負って、仲間の居る宿へと運ばれた。

 Bランクの冒険者である男も、Eランクでありながら男を打倒した実績のある少女も、その『何か』によって襲われ、少女は現在もだが……生殺与奪の権限を握られたのだ。


 ―――ふひひひっ……あの宿の子達、来てくれるかなぁ? 楽しみ~ふひひひっ……♪


 『何か』の嗤い声は屋敷に反響し、響く。薄暗い屋敷は、何者をも寄せ付けない不気味な雰囲気を放ちながら……次なる来訪者を待っていた。




 ◇ ◇ ◇




 レイラちゃんに聞いて、僕は1人でルークスハイド王国の南の方へとやって来ていた。

 レイラちゃんには、ドランさんを看て貰っている。大分ごねてたけど、オシャレイラとなって上機嫌だったこともあったのか、子供に言い聞かせる感じだったけど、ちゃんと頼んだら渋々従ってくれた。


 ドランさんが起きたら一緒に来るように言っておいたから、多分今頃うざい位ドランさんの身体を揺すってるんじゃないかな?



 ◇



 一方その頃のレイラ。


「ねぇねぇ起きてよー、おーきーてーよー!」

「ぐっ……ごぶっ……ぶふっ……ぐはっ……!?」


 ドランに馬乗りになり、腹の上で腰を浮かせては落としてを繰り返している。エロい。

 だが、ドランは反射反応で空気が肺から吐き出される声を上げるものの、全く起きる気配は無いようだ。



 ◇



 まぁともかく、レイラちゃんから教えて貰ったのは、ルークスハイド王国の南の方にある古びた屋敷だってこと。行き方までは分からないけれど、南の外れにあることが分かったらしい。もしかしたらレイラちゃんの固有スキルはイメージを読み取る力なのかもしれないね。ドランさんを見て、ドランさんの頭の中にあった屋敷のイメージを読み取ったとか、そんな感じかな? まぁ、確証は無いけど。


「……うーん、とはいえこの屋敷は違うよなぁ」


 という訳で、辿り着いたのは、超古惚けた屋敷。墓に囲まれるように聳え立つ崩壊寸前の所謂幽霊屋敷だ。『不気味体質』を持つ僕が言うのもなんだけど、超不気味だね! ちょっとした肝試しの会場に使えそうな位、良い感じに不気味だ。

 しかも、手招きしてるかのように門が開いてるのがちょっとアレだ。テンプレだ。入ったら勝手に閉まりそう。というか絶対閉まるよね。


 でも、正直此処がレイラちゃんの言っていた場所なのかも分からないし、入らなくても良いんじゃない? というかぶっちゃけ入りたくない。明らかに面倒事の匂いがぷんぷんするんだよね。


「でもまぁ入らないと始まらないよねぇ……どうしていつもいつもこうなるんだか……はぁ」


 半ば諦めムードで呟きながら、僕は屋敷の門を潜る。


 そして、数歩進んだ所で門が―――



 門が……



 門、が……



「……閉まらねぇのかよ!」



 閉まらなかった。最近テンプレ多かったんだからその辺統一すればいいじゃん、なんで此処に来て期待を裏切るんだ。


「はぁ……まぁ変に嫌な展開を感じさせるフラグが無かっただけ良いかな」


 そう呟きながら、僕は屋敷の方に視線を向けて溜め息を吐く。

 すると、後ろからガシャン! と大きな音がした。吃驚して振り向いたら、門が閉まっていた。ちなみに誰もいない。


「……時間差かよ!」


 なんなんだ、このちょっとテンプレに変化球入れてみました的な感じ。凄い腹立つんだけど。やるならもう少し人が怯える感じでやれよ、こんな素人がやった感じの演出……最早ネタじゃないか。

 お化けも出て来ないようだし、墓場ならゾンビ出せよゾンビ、噛まれたらゾンビ化するような奴。定番かつリスキーな感じが怖いじゃん。


「はぁ……なんかやる気無くなってきた。リーシェちゃん連れてさっさと帰ろ」


 僕はそう呟きながら、屋敷の玄関へと歩き出す。この分ならかなり楽にリーシェちゃんも取り戻せるだろう。もう深夜だし、さっさと寝たいからね。



 ◇



 この時僕はまだ予想もしなかった。まさか、このネタの様な演出をする存在に……


 ―――何もかも奪い取られる破目になるなんて。



はいオシャレイラとか女王とか言って喜んでいた人、ギャグパートはもう終わりだ―――こっから未知との壮大な戦いを始めよう。

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