とっても良い国
連投!
「姉様」
「おーアリシア、無事だったか! 良かった良かった、心配したぞこの野郎!」
「んむぅ……」
アリシア・ルークスハイド、第3王女兼次期女王の彼女は、他国の使者がやって来る前の僅かな時間で、姉である第1王女、オリヴィア・ルークスハイドを呼んだ。
オリヴィアの年齢は20歳。容姿でいえば、アリシアを大人にした様な感じだ。違う部分といえば、長い金髪がアリシアの様に癖っ毛でなくストレート、目付きが悪いというよりは強気な瞳という部分か。後は瞳の色がエメラルドグリーンではなく、碧い部分もそうだろう。
背は高く、170cmは超えているだろう。スタイル抜群で、モデル体型という奴だ。手足もスラリと長いので、ボーイッシュな服装も似合っている。強気で男勝りな性格ではあるものの、そのスタイルと佇まいから、格好良いという印象が持てる人物である。ちなみに、ドレスを着るのが大の苦手。
そして第1王女でありながら、次期女王が第3王女であるアリシアに決まっている、という事実に対して特に不満はないらしく、アリシアを溺愛している。
アリシアが呼びだした訳だが、玉座の間に飛び込んで来て全力で抱きしめて来るほどの溺愛っぷりだ。癖っ毛のある金髪を撫で回し、力一杯抱きしめたことで、アリシアが苦しそうに呻いた。これは、ある意味日常となっている。
「こほん……姉様」
「お姉ちゃん」
「……姉様」
「お姉ちゃん」
「……お姉ちゃん」
「なんだ!」
一頻り抱きしめられた後、アリシアは会話を再開させようとした。
だが、オリヴィアが出鼻を挫く。どうも彼女は王女らしくないところがあり、呼び方も堅苦しいのが苦手なのだ。といっても、この場合はただ『お姉ちゃん』と呼ばれたいからなのだが、アリシアは毎回こうして呼び方を変更させられている。
アリシアがご希望通りに呼ぶと、満足そうに笑いながらオリヴィアは会話を再開させた。アリシアの口から溜め息が漏れる。
「はぁ……お姉ちゃんにお願いがあります」
「ああ、何でも言ってみ?」
「盗賊から私を助けてくれた冒険者がいるので、報酬を渡して来て欲しいのです」
「へぇ、確かにそれはお礼をしなきゃな。了承だ、私に任せろ」
アリシアのお願いは、桔音への報酬の受け渡しだ。
アリシアは次期女王としての仕事で忙しく、攫われていた時間のロスを取り戻す為に今日は特に忙しい。桔音に報酬を届ける時間が無い上に、攫われたばかりなのだから城から出るのも避けるべきだろう。
そこで、姉のオリヴィアにお願いすることにしたのだ。
彼女は、行動力でいえば王女という肩書きにあるまじき活発さを見せる人物で、小さい頃から今現在も、城から出て城下の人々と触れあっている。城下の地理にも詳しいし、冒険者達ともそれなりに交流がある。頼むには丁度良かった。
それにアリシアとしては、王女と知って尚態度を崩さなかった桔音という男と、個人的に仲良くしていきたいと思っている。簡単にいえば桔音という人物を気に入ったのだ。
だから、第1王女とも交流を持たせて外堀から埋めていこうという考えもある。いずれは何かしらの理由を付けて城に呼び、父である国王や、第2王女にも会わせようと考えているあたり、7歳とは思えない思考回路である。
「彼の名前はきつね、Hランクの冒険者です」
「きつね、な。Hランクなのか、そりゃ将来が楽しみな奴だ」
「はい」
Hランクと知っても、オリヴィアは嫌な顔1つしない。こういうオリヴィアの人を肩書きで判断しない所は、アリシアも尊敬している所だ。なんだかんだでオリヴィアはサバサバした性格をしている故に、話していて楽なのだ。
また溺愛してくれている事もあって、アリシアは立場上オリヴィアよりも偉いのだが、姉としてオリヴィアが好きだった。
「じゃ行ってくる!」
「あ……まぁ良いか」
オリヴィアは思い立ったが吉日、とばかりにさっさと行動を開始する。玉座の間から走り去ってしまった。
アリシアは、まだ報酬の金額を言っていないのに、と思って呼びとめようとしたが、既に彼女の姿はない。
だが、いつもの事だから良いかと開き直る。アリシア自身は自分の命の価値を白金貨10枚としたが、オリヴィアはけして馬鹿ではない、確実に自分を助けてくれたお礼として適した金額を渡してくれるだろうと思ったのだ。
「アリシア様、ミニエラ国の使者の方がお見えです」
「うむ、通せ」
「はっ」
思考を切り替える。
アリシアはオリヴィアがへまをするとは思っていない。
何故なら、彼女もまたアリシアに劣らぬ天才だからだ。王政を執り仕切る程の知性は無いが、常人よりも頭は良いし、何より騎士顔負けの運動能力を持っている。
桔音の元の世界ならば、完璧超人を素で行ける人材なのだ。
◇ ◇ ◇
「で、きつねだったな。武器屋を探してるんだろ? 案内するぜ?」
僕の目の前に現れて、いきなり第1王女とか名乗った女性はそう言って僕の手を取った。
渡された布袋の中には、白銀色の硬貨が20枚位入ってる。多分これが白金貨という奴だろう。でもおかしいな、僕が聞いていたのは白金貨10枚って話だったんだけど。20枚入ってるよ? いいの? 僕貰っちゃうからね、返せって言われても返さないからね。という訳で、僕は学ランのポケットに布袋を仕舞った。
で、僕の手を握ってさくさくと歩き出すオリヴィアちゃんの力強いエスコートに、僕の足も歩き出す。武器屋に案内してくれるっていうのなら、是非案内して貰おう。王女様に案内して貰えるなんて、感謝感激飴食べたいってことで。
「……」
「ん?」
そんなことを考えていると、引っ張られて進みだした僕の後ろにいたレイラちゃんが、オリヴィアちゃんの握られているのと逆の手を握って来た。俯きながら顔を赤くしているけれど、少しだけ頬を膨らませている。嫉妬か。
両手に美女と美少女、どうやら僕にも夢のモテ期という奴が来たらしい。まぁ片方は超コミュ力の高いだけの第1王女だけどね。
そんなことより武器屋だ武器屋。
「そうそう、私からも礼を言うぞ。可愛い妹助けてくれてありがとな」
「お礼なんてそんな、当然のことをしたまでだよ。盗賊を見たら轢き殺せって誰かに教えられて育った気がしたんだ」
「ッハハ! そりゃ随分と大胆な教えだな!」
第1王女、オリヴィアちゃんは随分と王女らしくないね。寧ろ冒険者って言われた方がしっくり来る。さっぱりした性格だから、結構話しやすい。フロリア姐さんは姉御肌だったけど、オリヴィアちゃんはなんか違うよね。頼りがいのある大人って感じ?
あんまり表現するのが難しいから良いや、とりあえずかなり親しみやすい人ってことで。
にしても……。
「おっ、オリヴィア王女! 今日もお忍びですかい?」
「ッハハ! 今日は妹のお願いで来たんだよ」
「オリヴィア王女! これ持ってってくださいな!」
「おー! ありがとな、茶屋のお婆ちゃん!」
「オリヴィア王女! この前はありがとうございました!」
「ああ、もう団子丸飲みなんて馬鹿なことすんなよー」
オリヴィアちゃん、結構国の人に好かれてるんだなぁ……これだけ親しみを持たれている王女様も珍しい。普段は王女様って城の中に引き籠ってるイメージがあるから、余計にだ。
国の皆も、王女だからって恐縮している感じも無い。本当に親しみを持って接してる。まるで近所に住んでる人に話し掛けるみたいだ。気の知れた者同士って感じなんだね、オリヴィアちゃんとこの国の人達は。
にしても、あの人80歳位なのに団子丸飲みしようとしたのか。馬鹿だな、でもその意気は認める。挑戦心溢れてるよお爺さん。
「ほら、食うか? 今貰ったんだ」
一頻り周囲の人達との会話を終えると、オリヴィアちゃんは僕とレイラちゃんに貰った小さい袋を差し出してきた。中に入っているのは、元の世界でも見たことあるお菓子。金平糖だった。
金平糖なんてあるんだ。やっぱりこれも物作りの得意な勇者の産物なのかな? お菓子作りも出来たんだね、凄いなクッキング勇者。
「なぁにコレ?」
「金平糖って言ったかな? まぁそこそこ高い砂糖菓子だ」
「へぇ……ん、甘い♪」
「僕も久しぶりに食べるなぁ……うん、甘い」
レイラちゃんが1粒口に入れると、途端に顔を綻ばせた。基本的に女の子だから甘い物が好きなのかな? まぁ、砂糖は甘い物第1位の存在だよね。
僕も久々に食べたけど、元の世界の金平糖と何ら変わらない味だ。なんだかちょっと懐かしい気分。
でも、この世界だと金平糖は高いのか。やっぱり調味料の価値は地球と違って高いみたいだ。
「この国は王国ではあるけど、王家と国民はそこそこ交流を持ってるんだ。まぁ王家の方が国民と交流を持つ為の催事を開いたりするし、私なんかよく城から抜け出して街に降りてるから、結構顔が広いんだぜ?」
「へぇ、だから王女様が居ても皆恐縮しないんだ?」
「ああ、この国の初代王女様が元々国民と交流を持つ事に積極的だったらしいし、その方が国民の意見を聞けて、それが内乱が起こらないことにも繋がったんだ。今じゃこの国の慣習みたいなもんだ」
ルークスハイド王国、滅茶苦茶良い国じゃないか。グランディール王国なんて目じゃない位だよ。
まず王家が国民に歩み寄ってる所からして違うよね。見た感じ本当に仲が良いし、最低限の礼義は払っている上で、王女達と上手く交流を持っているから、不満があれば言い易い環境が出来あがっている。
王家と国民の信頼関係が最高の形で作り上げられている。
まぁ騎士達はちょっと頭の固い所があったけど、冷静さと感謝は忘れてなかったし、余所者の僕に対しても頭を下げる礼義を払う部分もあった。真面目なだけで良い人達なんだろう。
それに、アリシアちゃんもオリヴィアちゃんも、王女という立場が鼻に付かない。『王女』として、ではなく彼女達は対等な人間として振る舞っている。
だからこそ好感が持てるんだろう。対等に振る舞ってくれるからこそ、皆が『王女』と認めてくれる。皆が認めてくれるからこそ、『王女』という立ち場に立てるんだろう。
「うん、良い国だね」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか」
「いやもうね……うん、本当良い国だよ……」
何処かの国にも見習ってほしい位ね。
「っと、ほら此処が武器屋だ。この国で1番腕が立つ鍛冶師の居る店だぜ」
しばらく歩いたからだろう。僕達は食事処のある道を抜けて、道具屋の多い道にやって来た。
そして、オリヴィアちゃんに連れられて来たのは、少しばかり大きな鉄の匂いのする店だった。看板はあるけど、文字が読めないから取り敢えず武器屋ほにゃららと認識しておく。
「まぁ初見の人に対しては気難しい人だが、悪い人じゃねーから大丈夫だ」
「ん? もしかしてドワーフの人?」
「へぇ、良く分かったな」
ミニエラでもドワーフのおじさんに剣を作って貰ったし、ドワーフって事武器に関しては真剣というか、誇り高いというか、そんな感じなんだね。
まぁそういうのは嫌いじゃないけど、さてさてどんな人なのかなぁ……ミニエラのおじさんみたいに頑固おやじだったしたら面倒臭いなぁ。
そう思いながら、僕は店の扉を開けて中に入る。
すると、中にはドワーフらしく小さなおじさんが居た。頭にタオルを巻いて、作業着を着ている。手に持っている剣をじっくり見ている所だった。多分鑑定か品定めしていたんだろう。
彼は僕達に気が付くと、剣を置いて近づいてきた。そして、僕を見上げながらじろじろと見た後、こう言った。
「人間臭ぇぞ!」
「人間だもの」
漂う馬鹿臭がするのは、気のせいじゃない筈だ。
さて、馬鹿っぽいドワーフ登場。何かに秀でた人って馬鹿だったりちょっと抜けてたりしますよね。