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閑話 勇者は原点に返る

 ―――きつね達が新たな成長を遂げ、次なる地ルークスハイド王国へと旅立とうとしていた時から、時間は少し遡る。



 自分自身の事を第二使徒ステラと名乗った白い少女との戦いを終え、気絶した勇者と巫女の2人は、翌日に目を覚ました。

 そして、ほんの少しではあるが距離を縮めていたジークとシルフィから、事の顛末を聞いた。

 自分達が使徒ステラに完全に敗北した事、そして見逃された事、全てを聞いた。勇者である凪は、自分の弱さに憂い、巫女もまた最初に戦線離脱してしまった自分を恥じていた。


 結局、最後まで立っていたのはジークとシルフィ、そしてルルとフィニアだけだ。本来なら自分が最後まで戦わなくてはならなかったのに、と凪は両の拳を握り締めて歯噛みする。


「まぁなんだ、こうして皆生きてる。今はそれで良いじゃねぇか」

「そ、そうですよ。これからまた強くなれば良いと思います」


 落ち込む凪と巫女セシルに対し、2人はそう励ましの言葉を投げた。ルルとフィニアはその光景をただ見ている。元々、勇者達に掛ける慰めの言葉など持ち合わせていないのだ。傍観に徹するしか出来る事は無い。

 とはいえ、またうじうじした空気になったことで、フィニアはまた少しだけ苛々していた。勇者と巫女というだけで嫌いなのに、正直こんな空気を出されたら出されたで、うっとおしいことこの上ない。


「はぁ……そうだな、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。もっと強くなるしかない、か」

「そうですね……あら? お面が……」

「お面なら返して貰ったけど」

「え!?」


 ふと、懐の中にお面が無い事に気が付いたセシルだが、フィニアがお面を取り返した事を告げると、目を丸くして驚いていた。

 ルルが持っているお面だが、元々は桔音の物なのだ。セシルが持っているのがそもそもおかしいということで、凪達はルルの持っているお面を取り返そうとはしなかった。セシルも、ルル達がとりあえず自分達から離れるつもりはないということを聞いて、お面に破損・盗難を防ぐための結界を張るだけで、また奪おうとは思わなかったようだ。

 

 そしてジークから、仲間としてこれからもう少しお互いを知った方が良いんじゃないかという話を持ちかけられ、凪とセシルはそれを承諾。

 元々セシルとはそこそこ仲が良かった事もあって、凪は1番気まずい関係であるルルとフィニア達に歩み寄る事にし、実行すると―――


「あの、ルルちゃんにフィニアさん」

「寄るなカス」

「すいません……」


 ―――フィニアの辛辣な拒絶にて撃沈。


「……私達より先に、お仲間の方々と親交を深めた方がいいと思います」

「……ああ、そうだな……分かったよ、ありがとうルルちゃん」


 とりあえず、ルルが拒絶的ではなかったのが幸いか。凪の中で、ルルはフィニアの鞭に対する飴の様な存在になっていた。フィニアの口撃でダメージを受けても、ルルの気遣いでなんとか持ち直せるのだ。

 必要最低限以上、かつ自分から会話を持ち掛ける事もないルルだが、凪にとっては十分癒しになっていた。距離感が近すぎず遠すぎない感覚が、ある意味で心地良いとも言える。


 すると、ルルの言う通りにセシル達に歩みより、少しだけ考えた凪は、言い辛いというか、あまり自分でもそれを言うのが怖いといった口調で、口を開いた。


「これから、もっと強くならなくちゃいけない。その為には、やっぱり……俺達はもう1度向き合わないといけないんだと思う」

「……何に、ですか? 私達がお互いに、ですか?」

「勿論、俺達はそれぞれ仲間として向き合う事も必要だ。でも、俺とセシルは魔王と戦う以前に、1つ乗り越えないといけない者がいる……分かるだろう?」

「……あのきつねという少年、ですか……」


 凪は、ステラと戦う中で気付いた。

 ルル達は桔音に虐げられていなかった事実、そしてそれに対して謝罪しなければならないということに。彼はそれも踏まえて次に会ったら真っ先に謝らなければならないと考えていた。


 しかし、甘い。いつか、じゃ遅いのだ。自分と桔音は、何時死んでもおかしくない世界に身を置いている上に、桔音は自分よりも弱かった。今はどうか分からないが、それでもまた会うことなく彼が死んでしまった時、フィニア達にどう謝れば良い。命を掛けても、足りない位だ。

 だからこそ、今直ぐに謝罪に向かうべきだと思った。いつか、なんて思ってしまったのは、やはりまだ桔音に対して恐怖と苦手意識を持っている自分を優先してしまったからだ。


 そんな甘い考えのまま、苦手なものを遠ざけたまま、勇者として戦うなど身の程知らずにも程がある。


 謝罪と、自分の苦手意識を乗り越える為、そして勇者とは何かを理解する為に、まずは薙刀桔音という同じ異世界人の少年と、向き合わなければならないのだろう。


「だから、ジグヴェリア共和国で武器を整え次第……きつね先輩に会いに行こう。少なくともそうしないと、俺は勇者を名乗れない」

「……そう、ですね」

「悪いな、皆……俺の問題で引き止める様なことになって」


 凪が謝ると、ジークが頭を下げた彼の肩をぽんと叩いた。シルフィも、気にするなとばかりに笑みを浮かべている。


「気にすんな、勇者っていっても……お前も1人の人間だ。迷うこともあれば、一旦原点に返る必要だってあるだろ」

「そうですよ、このパーティは貴方の仲間です……貴方が迷うのなら、それを断ち切るのも仲間の役目ですよ」


 ジークとシルフィは、もう凪を勇者として見ていない。1人の人間として、芹澤凪として見ていた。そもそも、勇者勇者と責任を押し付けてしまっていた節もあったのだ。

 だから彼らは仲間として、凪を支えることにしたのだ。勇者ではなく、凪という男を。


 そんな2人の言葉に、凪はほんの少しだけ、仲間として近づけた気がした。


「ありがとう……2人共」


 凪はまた頭を下げた後、はにかむ様に苦笑した。



 ◇ ◇ ◇



 さて、感動の演奏を聞いた翌日だ。


 結局、あの後ドランさんはレイラちゃんに軽くボコボコにされた。仲間として一緒のパーティに入ったということで、殺すのは止めてくれたらしい。その日はしばらくむくれていたけど、膝枕で機嫌を直してくれた。大体これで上機嫌になるから、ある意味扱いやすいといえば扱いやすいね。

 リーシェちゃんがジト眼で見て来てたのがちょっと居心地悪かったけど、どうやらリーシェちゃん的には膝枕ははしたない行為になるらしい。レイラちゃんが魔族なのと、僕がレイラちゃんを膝に乗せていることから許容したみたいだけど、レイラちゃんの膝枕で僕が寝転んでいたら流石に止めさせたとのこと。


 リーシェちゃん的には女子が太ももに異性の頭を乗せるのは、やっぱり許容出来ないらしい。典型的な委員長タイプだね、こういう部分は妙に清く正しい。

 

 で、その日の内に出発の準備も整えて、ニコちゃん達にも出発に付いて教えておいた。

 嬉しい事に、出発時にはクロエちゃん達と一緒に見送りに来てくれた。


「きつね君には随分と世話になったからね、何か困ったことがあれば微力ではあるが力になる。いつでも頼って来てくれ」

「ありがとうヒグルドさん。ニコちゃんも、寂しくなるね」

「……別に寂しくない」

「あははー嘘でもグサッときたよー?」


 相変わらずニコちゃんは嘘吐きらしい。ヒグルドさん曰く、照れているだけとのことだけど、幼女の拒絶は意外にダメージが大きいね。僕子供嫌いじゃないんだけどなぁ……どうしてこうも好かれないんだろう? こんなに優しい笑顔を浮かべているのに。


「れぃら」

「うふふ♪ ニコ、元気でね! また会いに来るから♪」

「……うん」

「よしよし♡」


 何故だ、何故レイラちゃんにはあんなに懐いてるんだ。嘘を吐かない上に抱き着くなんて、納得いかない。納得いかない! しかもレイラちゃん普通に頭を撫でているじゃないか、僕なんて触れさせてもくれないのに。何がいけないんだろう? 性別? でもドランさんには懐いていたしなぁ……父性か、父性が必要なのか。


「きつねさん」

「あ、クロエちゃんに姐さん」

「よう、見送りに来たぞ!」


 レイラちゃんとニコちゃんの微笑ましい光景を見つつ、ちょっと羨ましいなぁと思っていたら、クロエちゃんと姐さんが近づいてきた。


「クロエちゃん達はこれからどうするの?」

「はい、もうしばらくここで生活したらまた別の場所に行こうと思います」

「そっか、グランディール王国は止めた方が良いよ、行くなら断然ミニエラだよ」

「え? あ、はい」


 とりあえず、グランディール王国へ行くのは止めておいた方が良いと忠告しておく。あそこは碌な事が起きないからね。勇者の召喚された国だし、弱肉強食とかいっててだるいし。知ってる? あそこの巫女さんって凄く腹黒いんだよ、素晴らしく腹立つ性格してるから。

 それに比べて、ミニエラは良い国だよ。ギルドの受付嬢はミアちゃんを始めとして皆優しいし、美人だし、何より面倒な問題が起こらない。レイラちゃんがストーカーして来た事はあったけど、今思い返せば……うん、あまり良い思い出でもないね。まぁあれは例外ってことで。


 でもまぁセクハラ冒険者に、妙に冒険者に憧れを抱いてる青年冒険者とか居たし、冒険者には注意した方が良いのかもしれない。

 まぁ、あそこにはリーシェちゃんのお父さんとかいるし、リーシェちゃんの名前を出せば力になってくれるだろう。


「ミニエラのギルドの受付嬢に、ミアちゃんって人がいるんだけどね。多分僕の名前を出せば多少力になってくれると思うよ。あとあの国には騎士団長がリーシェちゃんのお父さんだから、頼りにして良いと思う」

「へー、リーシェの父親って騎士団長なのか。凄いな」

「ちなみに、リーシェじゃ伝わらないからね。リーシェちゃんの本名はトリシェだから、本人も若干忘れかけてるけどトリシェだから、騎士団長さんに会ったらトリシェって言わないと分からないよ」


 僕の言葉に、そういえばそうだったと言わんばかりの表情を浮かべるクロエちゃんと姐さん。忘れてたのか、まぁ僕も『ステータス鑑定』のスキルが無かったら忘れてたと思うから、仕方ないだろうけど。なんだか不憫だなぁ、リーシェちゃん。

 まぁ『リーシェ』って愛称を付けたのは僕だけどね! 後悔はしてないけど、反省はしよう。リーシェちゃんもあまり気にしていない様だから、大して悪いとは思ってないけどね。


 そういえば、ミアちゃん達どうしてるだろう。あのオジサマもきっともっと強くなってるんだろうね、騎士は日々研鑽を怠らないらしいし、普段は訓練三昧らしいしね。

 今度ミニエラに行ったら、クレアちゃんの妹っていうあの青髪の子とも話してみようかな。お姉さん繋がりで話も広がるだろうしね。ミアちゃんとも久々に話してみたい。


 ミニエラに居た頃が懐かしいよ。今思えば、あの頃が1番平和だった。


「それじゃあ、ミニエラに行って困ったら頼らせて貰います」

「うん、姐さんが迷子になったらそうするといい」

「おいおい待てよ、それじゃアタシが毎回迷子になってるみたいじゃないか」

「え? 今更何言ってるんですか姐さん」

「え、酷くない?」


 本当に仲の良い姉妹だよね、この2人は。また会えると良いな、そして出来ればまた演奏を聞きたい。今思い返しても、やっぱり凄い演奏だったからね。

 

「さて……それじゃあそろそろ出発しようか」

「うん♪」

「ああ、そうだな」

「つーか、なんで御者出来る奴居ないんだよ。良くここまで来れたな……」

 

 今回の御者はドランさん。ていうか、これから先ずっとドランさんだ。僕は馬の操縦なんて出来ないし、レイラちゃんに任せたらそれはそれで不安だし、リーシェちゃんは騎士見習いだったから乗馬の訓練は受けていないらしいし、直ぐに習得出来る様な物でもないでしょ。


 頑張れドランさん、君に決めた! なんてね。


 もうかなり借りっ放しだけど、まだ借用期間は過ぎてない馬車に乗り込んで、ドランさんが手綱を握った。

 そして、馬がゆっくりと進み出す。荷馬車の後方から顔を出して、僕達は見送りで街の外門にいるクロエちゃん達に手を振った。


「また会いましょうきつねさん!」

「元気でな!」

「身体には気を付けるんだよ!」

「……ばいばい」


 クロエちゃん達は、口に手を添えて口々にそう言ってくれた。全員が手を振り返している。ニコちゃんも、小さくだけど手を振ってくれた。なんかちょっとだけ嬉しかったりする。

 でもまぁ、魔王云々と面倒事はあったけど……僕達もまた1つ成長出来たし、レイラちゃんも吹っ切れたようだし、ドランさんという仲間も増えたし、クロエちゃん達の演奏も聞けたし、こうして見送りしてくれる人もいる。良いこと尽くしじゃないか、終わり良ければ全て良しともいうし……まぁ良い街だった。


「うん、中々楽しい街だった」


 だから、また来よう。

 ニコちゃん達とも、また会いたいしね。


第七章、終了です。勇者と魔王は、桔音を中心に動き出しました。

第八章はルークスハイド王国! また個性的なキャラが次々と登場します! 勇者との対面は、第九章になると思います! あとちょっとですよ!

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