閑話 白黒の彼女達
「それじゃ、聞かせて頂戴。期待してるよ」
「あはは……大したものじゃないんですけどね」
地面に座りながら言う僕に、目の前に立っているクロエちゃんは苦笑してそう返した。
ドランさんを仲間に入れた後、宿に帰った僕は、レイラちゃん達に街を出ることを告げた。特に不満も無く受け入れられ、明日には出発することが決まった。
それで、クロエちゃん達にもそれを教えたら、それじゃあ今の内にクロエちゃんとフロリア姐さんのセッションを見せてくれることになった。
場所を移し、何故か彼女達に連れられてやって来たのは、街の外だった。魔獣とかも出てくるっていうのに、わざわざ街の外に出てくるなんて変だなぁと思ったけど、その辺は彼女達にも考えがあるんだろう。
とりあえず、僕と僕に付いて来たレイラちゃん、リーシェちゃんは地面に座って2人の準備を見守っている。途中で合流して一緒に来たドランさんは、なんか知らないけどちょっと離れた所でなんかやってるけど、まぁいいや放っておこう。
「いやぁ、ちゃんと2人揃って人前で演奏するなんて、久々だな! 腕が鳴るよ!」
「!」
そこで、フロリア姐さんが出会った頃から持っていた大きな荷物が、その姿を現す。布袋の中から出て来たのは、僕が『元の世界で』見たことがある楽器だった。
「ギター……?」
「ん? きつね、これを知ってるのか?」
それは、ギターだ。姐さんは手慣れた様子でそれを肩に掛け、弦を弾いてチューニングをしていた。
でも、僕がその楽器の名前を呟くと、姐さんにも聞こえたのか、少し驚いた様子で僕に視線を向けて来る。
「うん、僕の故郷にあった楽器だよ」
「へぇ……これはアタシが生まれた村に伝わる楽器でな。なんでも、昔にいた物作りの得意な勇者様が作った異世界の物の1つらしい」
成程。そういえば何処かのギルドで誰かが言ってたなぁ、スカートとか異世界の物を作った物作りの得意な勇者が居たとかなんとか。ギターもその内の1つってことか、随分と色々造れる器用な人だなぁ。
もしかして、何かを創造することがその勇者の勇者としての力だったのかもしれないね。スキルやステータスじゃなく、技術的な部分で勇者の力を手に入れたとかさ。
まぁなんにせよ、ギターなんて久しぶりに見た。
「~♪ ~♪ ……よしっ」
うわ凄い、チューナー無しでチューニングしてる。絶対音感ってやつなのかな? それとも慣れてるのかな? どちらにせよ、あのギターは中々愛用しているんだろうね。大事に扱っているのは見てれば分かる。
そして、姐さんのチューニングが終わって準備が整ったのか、クロエちゃんが僕達の前に出て深呼吸をした。姐さんも、ギターを構えて既に集中している様だ。トントンとギターの面を叩いてリズムを取っている。
「―――じゃあ、始めますね」
すぅ、とクロエちゃんの夜空の様な瞳が煌めいた。両の瞳に、☆のマークがキラリと浮かんでいるのが見えた。フロリア姐さんの瞳にも浮かんでいたのと同じだ。禍々しいというよりは、まるで本当に夜空を模した様な瞳だ。
姐さんの月の様な銀色の瞳と、クロエちゃんの夜空の様な黒色の瞳が一瞬だけ、視線を交差させる。
瞬間、
「―――♪」
姐さんがギターを奏でた。弦を掻き鳴らし、けして上手いという訳では無かったけれど、その音は弾ける様で、心を弾ませる楽しい音色。色で例えるのなら、そう……ポップに弾ける元気な黄色。
でも、その音の中には何かに訴えかける様な―――心に響く何かがあった。
そして、姐さんのギターが前奏を奏でた後、クロエちゃんが大きく息を吸う。街の中でも聞いた、透き通るような声が音を紡ぐ。
姐さんの弾ける様な演奏に対して、綺麗な声音が感動の歌を奏でると、まるでちぐはぐな演奏だというのに、何故かぴったり息が合っている。
それに何より……1人より2人で演奏している時の方が、断然楽しそうだ。
「―――♪♪」
ギターの音が、クロエちゃんの歌を支え、クロエちゃんの歌が、姐さんのギターの音色を引き立たせる。お互いがお互いを高みへと押し上げ合って、大きな感動を与えてくれる。胸打つ音色は、心に響いて感動を齎してくれる。
ああ、クロエちゃんの言ってた通りだね。
これは確かに、素晴らしい。
「きつね君……何これ、お腹にびりびり響くよ……凄い!」
「あはは、これが2人の本当の演奏だってことだよ。でも、確かに凄いね……」
レイラちゃんが、赤い瞳を見開いて食い入る様にクロエちゃん達を見ている。魔族の彼女も魅了する演奏、それはとんでもないモノまで引き寄せていた。
「なっ……!?」
演奏を聞いて、魔獣や動物達が次々と近づいて来ていた。
草原を駆ける狼の魔獣達も、土の中にいた土竜の魔獣達も、空を飛んでいた鳥達も、襲う訳ではなく、演奏に耳を傾ける様にして地面に座っている。
そして更に、ボコンッという音を立てて、喰らい手達が次々と地上に出てくる。
「これは……」
「成程……外で演奏するって言ったのは……魔獣や動物達にも聞かせたかったからだね」
クロエちゃんに視線を送ると、僕の視線に気が付いたクロエちゃんは、歌いながらにっこり笑顔を浮かべた。
そして、魔獣達が集まって来たのを見計らって、歌と演奏の調子が、小躍りする様な楽しい物に変わった。思わず踊り出したくなる様な軽快な歌が、空気に伝わって、更に多くの魔獣や動物達を引き寄せる。実際に、踊り出している猿の魔獣達もいる。
音楽は、人間や魔獣、動物といった種族の壁を乗り越える。
そう言っている様な光景だった。クロエちゃんと姉さんを囲むように、魔獣と、動物と、僕達人間、レイラちゃんの様な魔族まで、演奏に耳を傾けて集まっている。
しかも、隣に居る普段は獲物の動物達に、魔獣達は一切手を出さない。まるで、その行動が演奏に対して無粋なものであると理解している様だ。本能と生きる為に獲物を捕らえて生きる彼らにしては、あり得ない光景がここにあった。
まるで、今この空間だけは、平和が存在している様な、心地良い空間。
「―――♪」
「――♪♪」
ギターが響き、歌声が心を打つ。いつまでも聞いていたいと思わせる程の、感動の演奏。
でも、それが終わりを迎える。最後に空にも届かせる様な歌声が伸びていき、ギターが最後の音を奏でて少しずつ空気に溶けていく。
一瞬シン……と沈黙の空間が訪れた。
「ふぅ……あはは、どうでした?」
そして、クロエちゃんがにっこり笑ってそう言うと、僕は自然を拍手をしていた。そしてそれを皮切りに、魔獣達、動物達も騒がしく鳴き声を上げて、クロエちゃん達を賞賛した。喰らい手達も、ピーピーと鳴いて跳びはねている。
聞いた者全部魅了する彼女達の演奏は、この場に居る全員からの賞賛と共に、大きな感動を残して終わった。
すると、一頻り騒いだ後、魔獣達は去っていく。動物達を喰らう訳でもなく、ただ去っていく。動物達と魔獣達は、この場においては一切の争いをしなかった。
おそらく、この場を離れた後はいつも通り、狩り狩られる関係に戻るのだろうが、この場においてだけはそのつもりは一切無い様だ。
「凄かったよ、感動した」
「あはは、ありがとうございます」
「クロエ! 凄かったよ♪ なんか身体が震える様な感じっ♪」
そして、動物達も魔獣達もいなくなった後、僕はクロエちゃん達に近づいてそう感想を言った。レイラちゃんも、興奮冷めやらぬ様子で身振り手振り凄かったという。多分、感動を言葉で言い表せないんだろう。この子そういう面では馬鹿だから、語彙力に欠けるんだよね。
でも、僕もこの感動は言葉で表現出来ないや。リーシェちゃんやドランさんも、素直に感動したようで、レイラの言葉に何度も頷いている。
「姐さんがお世話になったので……お礼になりました?」
「うん、十分なお礼を貰ったよ」
「ハハハ、そりゃ良かったよ。アタシも久々に気持ち良く演奏出来たし、満足して貰えたなら十分さ」
姐さんも、ギターをしまって快活に笑う。憎めない人だよね。
まぁだからこそ、あんな演奏が出来るんだろうし、その点は素直に尊敬出来るね。いつか、音楽で色んな所でその名を広めると思う。そしたら、きっと遠い場所に居ても歌が聞けるようになるんじゃないかな? ギターを作った勇者さんが、CD的な媒体も作っててくれればだけど。
無理かな、CDあったら買うよ僕。数少ないお金を切り崩して絶対買うよ。元の世界に帰ったら聞きたいなぁ、勉強時に聞いてたら絶対勉強どころじゃないだろうけど。
◇ ◇ ◇
「じゃあ帰ろうか。今日は明日の為に色々と準備しないといけないしね」
「そうですね……きつねさん達は明日出発するんですよね」
「そうだよ。ちょっと寂しくなるけど、生きてればまた会えると思うよ? また迷子の姐さん保護したりしてさ」
僕がそう言うと、姐さんは苦笑して、クロエちゃんはクスクスと笑った。
そして、皆揃って街へと帰る為に歩を進め始める。
すると、ドランさんがなんか僕とレイラちゃんの間に入ってきた。なんだろうと思ったけれど、歩いているだけで特に意味は無さそうだ。
でも、
「きゃッ……!?」
ドランさんの巨大な身体の向こう側から、レイラちゃんのそんな声が聞こえた。短い悲鳴と共に、どしゃっと何か落ちた様な音がした。
そして、ドランさんが隠れてガッツポーズを決めているのが見える。なんとなく察した。
ドランさん身体を押し退けて、レイラちゃんが居た筈の場所を見てみると、そこに彼女の姿は無かった。代わりに、地面に穴が空いている。中を覗き込んで見ると、レイラちゃんが落ちていた。
「……落とし穴……」
「っし……やったぜ!」
「ドランさん……なんかやってるなぁとは思ってたけど、これを掘ってたの?」
「ああ! 見事に嵌まってくれたな」
「だから子供かお前」
ドランさんの仕返しが、此処に来て炸裂。にしてもさ、落とし穴って……発想が幼稚だよ、これで良いの? 本当に良いの? この先こんな感じの悪戯に付き合って行かなきゃいけないの? うわ面倒臭いなぁ、仲間にしたの間違いだったかもしれない。
「きつねくーん……」
「ああはいはい……ほら、出れる?」
「うん……」
落とし穴に落ちたレイラちゃんを、引っ張り上げる。すると、穴から抜け出したレイラちゃんは、既に街へと走って逃げていったドランさんを追って、直ぐに追い付いて見せると後ろからドロップキックをかましていた。
どうやら、相当頭にきたらしい。まぁレイラちゃんも中身は子供だし、落とし穴に嵌められてイラッと来ちゃったんだろう。
「はぁ……どっちも子供か」
溜め息を吐いた僕に対して、クロエちゃんは苦笑し、リーシェちゃんは肩をぽんと叩いてくれた。
クロエちゃんが喰らい手を肩に乗っけていたのは、鼻歌でたまに寄って来るからです。2人は基本魔獣や動物達に好かれるので、あまり襲われないのです。