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真相は無情

毎日更新、今の所続いているけれど、書き溜めなんて物は第1話から無いのでこの先どこまで続くやら……(焦)

 魔王は、驚愕していた。

 それもそうだ、『赤い夜』……レイラ・ヴァーミリオンは、完全に死んだ筈だと思っていたのだから。

 精神の崩壊は深い絶望によって齎され、肉体の蘇生よりも治療が困難かつ決まった治療法もない。治癒魔法であっても回復は出来ないし、ある意味では蘇生不可能な致命傷を与える殺し方とも言える。だから確実にレイラを殺したと思った。最早戦闘に復帰する事は勿論、2度と話す事も出来ないだろうと、そう思っていた。


 なのに、その筈なのに、今目の前には右眼から血を流しながらも、笑顔で桔音に抱き付いているレイラ・ヴァーミリオンがいる。完全に死んだ精神が、心が、元に戻るどころか、通常時以上に絶好調な状態で復活を遂げている。

 それこそ、生まれ変わったんじゃないかと思う程に、レイラ・ヴァーミリオンは晴れやかで爽快な表情を浮かべている。心に掛かっていた暗い闇の靄が晴れた様な顔をしている。


 魔族の癖に、人間の様に感情豊かな表情を、している。


 それが驚きだった。しかも、それをしたのがたった1人の人間。死んでしまった魔族に、たった1人のちっぽけな人間が、そこまでの影響を与えられるというのか。


 ―――面白い!


「本当に面白い、面白いぞ2人目……人間ではあるが、魔王として敬意を払うぞ……名前は何だったか……確か…………そう、『きつね』」

「何を言ってるのかさっぱり分からないね」

「それで良いさ、個人的にはお前とレイラ・ヴァーミリオンとの間にどれほどの絆があるのか興味が湧いたが……今は良いだろう。それでそこからどうするつもりだ? レイラ・ヴァーミリオンにこの戦況に影響を与えるだけの力はないぞ?」


 魔王は復活したレイラを見ながら、不敵に笑ってそう言う。

 桔音もそれは理解している。残念ではあるが、レイラはこの戦況を覆すだけの戦力になりえない。とどのつまり、桔音と魔王の戦いは未だ拮抗したままだということだ。


 そして魔王は、この状況で更なる事実を突き付ける。


「それに、だ。きつね、レイラ・ヴァーミリオンを復活させたのは見事であるが……あの獣に対してはそうはいかないぞ? 断言しよう、あの獣を元に戻すことは不可能だ」


 ドランは、元に戻らないのだという事実を。


「……どういうことかな?」


 桔音の質問に対して、魔王はわざわざ懇切丁寧にそれを説明する。桔音にしっかり理解させる為に、そして不可能だという事実を覆せないのだと絶望させる為に。


 魔王が、ドランを見つけた後―――何をしたのかを。



 ◇ ◇ ◇



 時は少しだけ遡る。


 魔王は、桔音と別れた後にドランを見つけた。

 とはいっても、表情から何か抱えているなということが分かっただけで、すぐさまどうこうしよう、という考えには至らなかったのだが、眼を付けたドランに対して直ぐに接触したのだ。

 桔音には見破られたものの、魔王の偽装は気配や見た目、自分の全てを偽り人間だと思わせる程の代物。ドランは、魔王だと見破る事も出来ず、近づいてくる魔王に対して無防備だった。


 目の前まで近づいて来て、自分を見てくる魔王に対して、ドランは普通に困惑した。


「ふむ……」

「え、と……誰だ?」

「いやいや、お前が随分と浮かない顔をしていたモノでな。少し気になったのだ」

「あ……そう、だな。ちっとばかし知り合いにキツイ喝を入れられてな」


 ははは、と乾いた笑みを浮かべながらドランはそう言った。

 知り合い、というのが誰なのかは分からなかったが、魔王は目の前のこの男が抱えているのは、相当重いモノなのだというのを確信した。そして、今この時この男は何かで迷っているのだと。


 迷いのある心は、酷く脆く不安定だ。そして不安定な心は、少し小突いてやれば簡単に崩壊する。それこそ、魔王がレイラに対してやったように。

 そして、魔王はその不安定な心につけ込むべく、更に1歩踏み込む。


「そうか、ならば私が少しばかり話を聞こう。人に話すだけでも見えてくるものがきっとある」

「それは――――」


 魔王の言葉に、ドランは拒否しようとした。そんなことまでして貰わなくてもいいと、良心に従って遠慮しようとした。


 だが、魔王の瞳を見た瞬間、ドランは何かに取り憑かれた様に動きを止めた。そして、魔王がその手をドランの頬に添えて何やら魔力を流し込み、ぶつぶつと詠唱をすると、ドランの瞳から光が消えた。催眠術でも掛けられたように、ぼーっと虚空を見ている。

 これは魔法ではない。魔力を使って強制的に夢遊病の様な症状を引き起こしているのだ。


 元々、多くの生物は魔力を持っているが、その質は個々人で違い、1人として同じ魔力は持っていない。故に、自身の身体に最も適した魔力をそれぞれが持っていることになる。

 勿論微妙な違いであるが故に、適性に似通った点は出てくる。火魔法が得意な魔力質、風魔法が得意な魔力質、といったように、大きく分ければ同じ魔力となるのだ。しかし、やはり細かく細分化すれば微妙な違いが出てくる。

 他人の魔力を多少浴びたり、治癒魔法で体内に入ったりといった様に、他人の魔力は何かしらの用途で消費されるのであれば、多少身体に入ったとしても特に問題はないのだが、1度に大量の魔力を体内に放出される、または浴びせ掛けられると、生物は一時的に五感や平衡感覚、意識に異常が生じるのだ。

 更に言えば、この状態からもっと魔力を注ぎ込むと、筋肉や内臓器官の動きが乱れ、死んでしまう事もある。ドランの場合は、催眠状態で魔力は止められた様だが。


 そしてその状態になると、上下左右の感覚がはっきりしなくなり、意識もふわふわとした物になる。そして、外部からの影響を過度に受けやすくなる。つまりはある種のトランス状態に陥らせる事が出来る。

 勿論防ぐ方法もあれば、そもそも魔法耐性の高い人間には効かなかったりもするのだが、ドランの場合は油断していた事もあって、簡単に意識を持っていかれてしまった。


 ちなみに、これは幻術や精神干渉系の魔法に近い技術だ。死なない程度の魔力量を見定める技術も必要になって来る故に、誰でもが出来る訳ではない。

 ここから先は、自分の都合の良い様に相手を操作出来るだけの魔力操作技術等が必要になって来るし、相手の意識ではなく無意識の領域に干渉して、意識ははっきりしているのに行動を操作するなどの高レベルの技術もあったりもするが、今は置いておこう。


 とにかく魔王は、ほぼ催眠状態に陥ったドランの手を引いて、人のいない路地裏に連れ込んだのだ。

 そして、催眠状態のドランからレイラへの復讐の話、知り合いからやるならやればいい、と手厳しい指摘を受けた事、今はその事で復讐を止めるべきかを悩んでいる。といった事情を全て聞きだした。流石に、その知り合いが桔音であることまでは知りえなかったが、これは利用出来ると踏んだのだ。


 何故なら、ドランの言う『赤い夜』は桔音の傍にいるからだ。


「成程なぁ……ふむふむ……うむ、これは中々に良い駒が手に入ったではないか」

「……」


 虚空を見つめるドランは、魔力酔いのせいで未だに精神が不安定なままだ。催眠状態を解くには、さながら体内に入ったアルコールを肝臓が分解する様に、身体の中に入った他人の魔力を自分の魔力が全て体外へと放出しなければならない。

 だが、魔王の魔力は質も濃く、量も多い。ドランの魔力に対する抵抗力の低さと、普段魔力を使わない事もあって、催眠状態から解放されるには、後数時間は掛かるだろう。


 魔王は、佇むドランに近づくと、凶悪な笑みを浮かべた。そして、ドランの頭を両手で挟みこむ様に力強く掴んだ。


「ッハハハ……ではお前の精神を破壊させて貰おう。お前に残るのは殺意と本能だけ―――無様な獣となって、悲願の復讐を果たすと良い……まぁその後の事は知らぬがな」


 そして、魔王は『精神干渉魔法』を発動させる。バチバチと赤紫色の禍々しい魔力の電流が、ドランの頭に向かって放たれた。


「あガッ……がガガがッッ……ぁぁああがギがガガギギギギッッ!!?」


 ドランが呻き声を上げる。瞳は白目を剥き、食い縛った歯の隙間からは泡がぶくぶくと溢れ、涎と共に地面に垂れる。バチッ、バチィッ、とドランの頭から何かが壊れ、千切れる様な音が発せられている。ガクガクと頭が揺れ、その大きな巨体がビクビクと揺れている。


「ッハハハハ! 良く鳴くではないか、心地良い悲鳴だぞ人間!」


 魔王はその悲鳴に対して楽しそうに笑い、更に魔力を強めた。魔力の電流はドランの精神を粉々に破壊し、理性と知能、記憶を抹消していく。

 本来の『精神干渉魔法』はもっと丁寧かつ繊細で、魔法の発動も見た目では分からないのだが、魔王の行使しているのは、かなり雑で荒々しい方法だ。敢えてこのような強引な発動を取って、精神を破壊しに来ているのだ。


 ドランの中から、今までの記憶が消されていく。人間としての常識も、モラルも、マナーも、理性も消されていく。残されているのは、無差別な殺意と、獣の様な闘争心のみ。


 ―――精神が崩壊していく。


 ―――ドランが人間から、何かを殺すだけの廃人となっていく。


「あガッ……ぁあああああッッ!!」


 だが、そこでドランは意識を取り戻した。精神が破壊されていく中で、僅かに残った理性を取り戻した。ショック療法だろうか、精神に掛かる異常な負荷が理性を取り戻すきっかけになったのかもしれない。

 それでも、ドランは直前で意識を取り戻した。


「ぁ……が、ぎ……! て、めぇえ゛……!!」

「ほぅ? 此処に来て我に返ったか、唯の人間にしては骨がある―――が、最早手遅れだ」


 魔王は更に魔力を強めた。電流が、バチバチと大きな音を立てて路地裏を紫の光で照らす。


「アガッ……! ぎグガぁぁァあああァァアああああ!!!」

「さあ、人間。今までの自分に、別れを告げろ―――お前は今日此処で死ぬ!」

「がぁああ――――――――ッッッ!!!」


 一際大きな叫び声を上げ、瞳から血涙を流し、ぼたぼたと口端から涎と泡を垂れ流しながら、ドランの精神は破壊された。脳の回線が焼き切れる様な衝撃と共に、目の前が真っ白になる。

 だが、自分自身の事も、常識も、過去も、何もかもが薄れて消えて行く中で、ドランは1番最後に交わした会話の中にあった言葉を思い出す。


 もう誰が言ったのかも分からない、でも、その言葉がやけにはっきりと聞こえて来た。



 ―――僕を復讐を止める為の『理由』にするなよ、臆病者が



 そして、その言葉がどういう意味なのかも考えられなくなり、全ての精神が崩壊したその時、ドランは魔王の手から崩れ落ち、膝を付く。もう、ドランという男は死んだ。

 ここに居るのは、ドランという男の残りカス。レイラへの殺意のみが残った、唯の廃人だ。獣の様な闘争心と、身体に染みついた戦闘技術、そしてレイラへの殺意。


 だが、ドランは倒れて行く最中でぽつりと呟いた。おそらくは無意識、自分でもその言葉の意味は分かっていないだろう。それでもぽつり、消えて行く精神と一緒に吐き出した。


「…………悪ぃ、な…………きつ、ね……」


 魔王はその言葉を聞いて、首を傾げたが、ふいっと踵を返すとその場を後にする。最早ドランに興味はないとばかりに、ドランの事を思考の片隅にすら思い浮かべず、その場を去って行った。



 そこからおよそ数十分後。



 目を覚ました廃人は、ふらふらと街の雑踏の中へと紛れ込んで行く。


 

 そして―――桔音という少年の姿を、その左目の赤い瞳を見て、殺意の膨張と共に斬りかかる事になる。



 ◇ ◇ ◇



「つまり、奴がああなったのは我が魔法によって引き起こされた『結果』だ。ああなっては、私にも治せない。治癒魔法でさえも治せないし、強引に無茶苦茶に完膚無きまでに破壊し尽くしたからな、精神干渉魔法ですらも治せない。無論、私を殺したとしても治らないぞ?」


 治らない。その事実だけが、厳然としてそこにあった。

 魔王の魔法で操作されている訳ではない。精神を破壊された結果が、ドランの今なのだ。今のドランにはなんの魔法も掛かっていないし、なんの仕掛けもない。ただ、廃人と成っただけのドランが、暴れているだけなのだ。


 治癒魔法も、精神干渉魔法も、傷付いていないものは、粉々に壊れたものは、治せない。


「……ふーん、そっか……じゃあ残念だけどドランさんは殺すことにするよ」

「ほぅ? 即決か、人間にしては随分と冷酷な判断をするな?」

「あれはドランさんじゃなくなったんだろ? だったらドランさんの名誉の為に殺してあげるのが1番だと思うね」

「ふむ……成程、またしても予想外だ。つくづく面白いなぁ、きつね」


 だが桔音は、その事実に対して直ぐにドランを殺す事を決めた。普段通りのトーンで、なんともない様子でそう言った桔音に、魔王は予想外とばかりにまた不敵な笑みを浮かべた。


「でも、まずはお前を殺す事にするよ。ほら、ドランさんにはお世話になったしね。復讐しないと駄目でしょ?」


 そして、桔音もまた凶悪な笑みを浮かべながら、そう言う。魔王の威圧感と桔音の『不気味体質』がぶつかり、再度火花を散らした。

 2人の戦いが再開されようとしている。今度は、レイラにしたことへの怒りに、ドランを殺された事に対する怒りも加わって、桔音の殺意が魔王へと突き刺さる。


 お互いが、凶悪な笑みを浮かべていた。


「レイラちゃん」


 だがそこで、戦いが再開される前に、桔音はレイラに話し掛ける。彼女がこの場にいるのは危険だと判断したのだ。


「なぁに?」

「リーシェちゃんの所に」

「やだ♪」

「……リーシェちゃんの」

「やだ♡」

「……」


 だから桔音は、リーシェの所へとレイラを向かわせて、援助を頼み、この場から離れさせようと考えた。

 だが、レイラは先程から桔音に抱き付いたまま離れようとしない。更に言えば、桔音の頼みを察して先に拒否の言葉を吐いた。予想外の返答に、桔音は思わず数秒思考が停止する。

 なんというか、復活してから以前にも増して自分勝手になっているとは思っていたが、此処までとは思っていなかった桔音。厄介なのがもう1人増えた気分だった。


 そこで、なんとかレイラを引き剥がそうとする。


「1回離れよう?」

「やーだー♪ あむっ! がぶがぶ……♪」

「うん、噛むのやめよう? 首涎塗れになるから」

「んふふー♪ 好き好き♪ 大好き♡ 超愛してるっ♡」

「分かったから、分かったから大好きな僕の言う事聞いてくれない?」

「やだ♡ きつね君と一緒にいるの! 良いでしょ? だって私はきつね君が大好きだもん♡」


 あまりの自分勝手なレイラの言い分に、桔音は黙った。

 ふと思い出すのは、出会って間もない頃の、超自分勝手だったレイラ。あの頃のレイラは、桔音を捕食対象としてしか見ておらず、桔音が普段からうざいと思う程我儘だった。

 最近ではかなり従順で、うざい言動はなりを潜めていた故に、可愛い物だと思う事もしばしばあったし、桔音としても時々魅力的な女の子に見えた。


 だがこの時、桔音は久々に思った。


 ―――こいつ超うぜぇ。


 ある意味、魔王より厄介だった。


ドランさん、元に戻せませんでした。代わりに、レイラちゃんの我儘度が元に戻りました。

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