ようやく解ったよ
あれ? なんだっけ? 何があったんだっけ?
あれ? 世界が縦になってる。元々こんな感じだったっけ? こんな感じだったかも。いやいや違う、世界は横線だったよ。じゃあ縦になってるのはなんで? ああそっか、私が横になってるのか。あれ? じゃあなんで横になってるの? 分からない。
あれ? 私の名前はなんだっけ? 名前ってなんだっけ? 分からない、何も分からない。私ってなんだっけ? 人間? 魔獣? 魔族……あれ? 何それ? ニンゲン? 美味しい、食べ物? 魔獣、ってなんだっけ? 肌色の身体だっけ? もさもさの毛皮? 分からない。
目の前に、壁を駆けている影が2つある。あ、違う、壁じゃないや。私が横になってるから、壁に見えるだけだ。じゃあなんだっけ? なんていうんだっけ? 地面? 床? ああそうだ、床だ床だ。床を走ってる影が2つある。
じゃあその影は何? 黒い服の、ニンゲン? 魔獣? 魔族? 左眼が赤い……あ、翠色になった。ヘンなの……変なの? 変? いや、変じゃないのかも?
『これも防ぐか!! 只管に堅いなぁ2人目!』
『全然効かないね、これなら赤ちゃんの方が強いんじゃない?』
『ハハハッ!』
2人目? 赤ちゃん? 2人の影が喋ってる。喋りながら、ぶつかってる……ぶつかってる? いや、戦ってる? 戦う? 戦うってなんだっけ? なんだっけ? 分からない。壁を1枚隔ててる様な、声が曇って聞こえる。
私も戦わなきゃ、私が戦うの? なんで? なんでだっけ? 分からない。私ってなんだっけ?
きつね君……きつね君? きつね君ってなんだっけ? 恋、恋人、特別、なんだっけ? 恋ってなんだっけ? 約束、話したい事…………ずっと一緒に、あれ? なんだっけ? 一緒は駄目だ。駄目なんだっけ? 分からない。
私はなんだっけ? 魔族……そうだ、魔族だ。7歳で、10年、なんだっけ? おかしいな、可笑しいな。可笑しいんだよ、そうだ、駄目なんだ。私は、魔族だから、人間と一緒は駄目?
きつね君は人間、人間だから離れないと。
魔族だから殺さないと。
人間を殺したから離れないと。
離れたくないから殺さないと。
言われたから、駄目だったから、誰に? 魔王に? 魔王ってなんだっけ? 魔族の王様、私の王様? 王様だから正しい? 殺さないと、離れないと、死なないと、一緒は駄目だから、人間は殺さないと? 嫌だ、人間は殺しても良い? 嫌だ、きつね君は人間。でも、きつね君は殺したくない? なんで?
「きつね……君……一緒に……」
駄目、一緒は駄目。私はなんだっけ? どうしたいんだっけ? どうしたかったんだっけ? どうすればよかったんだっけ? どうするべきだったんだっけ? おかしいな、分からない。
クロエが言ってた。クロエってなんだっけ? ニンゲン? 魔族? 歌が上手いの。綺麗な瞳? 言ってたもん。恋してる? 恋人なの? 分からない。特別な感情、特別な存在、なにそれ? 分からない。
なんて言われたっけ?
―――お前は今更な存在なんだよ。愛されていい存在じゃない、人間と居ていい存在じゃない
嫌だ、嫌だよ。私は特別? 違う、きつね君が特別。でも一緒にいちゃいけないの? いけないんだ、愛されるなんて駄目なんだ。嫌だ、嫌、イヤなの、いやだよ、そんなの嫌だ。嫌だもん。
なんだか残った眼が熱い。何か熱いのが頬を伝ってる。何コレ? 水? ミズってなんだっけ? 涙、涙だ、ナミダ、なみだ、駄目だ、分からない。泣いてるの? 私は泣いてるの? なんで泣いてるの? 嫌だから、嫌だもん、イヤなんだから、泣くの? 分からない。
「いや……イヤだよ…………駄目なの……嫌だから、駄目なの……」
きつね君、誰だっけ? そう、特別な人、人間? ニンゲン、一緒に居ちゃ駄目な人。
―――お前は今更な存在なんだよ。愛されていい存在じゃない、人間と居ていい存在じゃない。お前は魔族で、奴は人間だ。どれだけ焦がれようと、この2つの種族が結ばれるなんて事は起こり得ないんだよ。お前は多くの人間を喰らって来たんだろう? 殺して来たんだろう? 愛する者がいた人間を、未来に希望を持った人間を、この世に生まれて間もない人間を、ただの『餌』として殺し、喰らったんだろう? 無自覚に、愛を引き裂き、友情を破壊し、未来を閉ざし、絶望を与え、自分の欲望を満たしてきたんだろう? 赤い血を浴び、固い肉を噛み千切り、獣の様に嗤っていたんだろう? 快楽を感じていたんだろう? 人間にとっては不正解―――倫理を踏み躙った様な、最低最悪な行為で、犯罪者という危険な怪物扱いをされる存在だ。嫌悪され、排他され、受け入れられる事のない魔族。殺して殺して楽しんで嗤って、狂気にも似た愉悦を得た代償が、『拒絶』だ。そしてお前が如何に否定しようと、『化物』が人間にとってのお前だ。そんな化け物が、散々残虐非道を強いて来た人間に、今更受け入れられると思うか? 己の快楽の為に、今までどれだけの愛を引き裂いた? 数々の愛を引き裂いておいて、お前は人間に『愛』を求めるのか?
―――この現実は一生お前に付き纏う……それでも、お前はあの2人目と生きていきたいと言うのか?
嫌ッ! 嫌だ! 嫌だイヤだいや嫌々イヤいや嫌だ嫌なのイヤなんだ嫌なの! 私は、私は!
「私は…………どう、したいの……分からない……分からないよ…………!」
眼が熱い。熱い。水が流れてる、いっぱい流れてる、分からない。どうしたらいいの、私が何をすればいいの、どうするべきなの、どうしたいの、分からない。
私は、きつね君と……一緒に居ちゃ駄目なの―――?
「ごちゃごちゃ悩むなよ―――レイラちゃん!!!」
―――ッ!?
誰の声? きつね君だ。きつね君、一緒に居ちゃ駄目な人、一緒に居たい人。レイラちゃん? そうだ、レイラちゃん、私の名前、レイラ・ヴァーミリオン、私の名前。
きつね君、私の名前を呼んでる。私を見てる? なんて言った? 悩むな? 悩んでるの? 私は悩んでるんだ、悩まなくてもいいの?
「僕の知ってるレイラちゃんはそんなにごちゃごちゃ考えるキャラじゃない! 自分勝手で、我儘で、人のことなんて何も考えない自由気ままな変態発情馬鹿魔族だ! 何人間みたいにごちゃごちゃ悩んでるんだ、気持ち悪いよ反吐が出る!」
あれ? 私怒られてる? 貶されてる? きつね君、私になんて言ってる? 今までの私ってどんなのだっけ? 一緒に居ちゃ駄目、駄目なんだ。一緒に居たいよ、駄目だよ。嫌、嫌だ、私はなんでこんなに悩んでるんだっけ? おかしいな、おかしいな、なんでだっけ?
目の前に、きつね君がやって来た。もう1個の影は少し遠くに離れている。でも、すぐにきつね君の目の前に踏み込んできた。ぶつかる様な音がした。
戦ってる。きつね君、戦ってる。何と? 魔王だ、魔王と戦ってる。でも、きつね君は私を見てる。私を見てる。笑ってる、何処かで見た笑顔だ、何処で見たっけ?
ああそうだ、思い出した。
「君は自分勝手で良いんだよ、勝手なキャラ崩壊なんて僕が許さない」
あの白い子と戦った時の、優しい笑顔だ。私の何かが、変わった笑顔だ。変えられた笑顔だ。私が、1番好きな笑顔だ。きつね君の、笑顔だ。
「1個だけ聞くよ、レイラちゃん」
きつね君は、凄い。さっきまで、ぐちゃぐちゃだった私が、どんどん真っ更になっていく。なんでだろう? 凄い、とにかく凄いの。あったかい、安心する、なんでだろう? とにかく温かいの。安心するの。おかしいな、おかしいなぁ。
「レイラちゃんは、僕と一緒に居たい?」
居たい、居たいよ。一緒に居たいの、居たいんだよ。
でも、痛いの、胸が痛いの。一緒に居たら駄目だから、駄目なの、嫌だ、嫌だから、痛いの。一緒に居たいの。涙が止まらないの。熱いよ、眼が熱いよ、きつね君の顔が、ぼやけてる。こんなに熱いのに、身体は寒い、寒くて、寒くて、痛い。きつね君の言葉は温かいのに、あったかすぎて、苦しいよ。
でも、もしもこの時だけ、私のやりたいことを、好きにやってもいいのなら―――
「わた、しは……一緒に居たいよ……きつね君と……」
私の手が、冷たい手が、真っ白な手が、きつね君に伸びて行くのが見える。動かしているの? 私が動かしているのかな? 多分そうだ、私が動かしてる。無意識に、私の手がきつね君に伸びて行く。
でも、手を伸ばし切っても、きつね君には届かない。ほんの少し、あとほんの少しが、届かない。
でも、
「―――それじゃあ、一緒に居ればいい」
届かなかった私の手を、きつね君の手が掴んだ。
あとほんの少しの距離を、きつね君が埋めてくれた。そして、いつもの薄ら笑いを浮かべながら、言ってくれた。
一緒に居ればいいって、言ってくれた。
魔族だから、一緒に居ちゃいけない。人間を殺したから、一緒にいちゃいけない。そう言われて、その通りだと思って、嫌だけど、諦めないといけないって思って、ずっとぐちゃぐちゃだったのに、きつね君は一緒に居ても良いって言ってくれた。
「やりたいようにやればいい、いいかいレイラちゃん。大事なのは人に言われた事に従うことじゃない、ましてや魔王に言われたことなんて気にする必要はない」
「きつね……君……」
「君が、どうしたいかだ。『僕と一緒に居たい』、それが君の願いなら……他人に言われた事なんて気にしなくていい―――君は自由だ」
私は、自由。
そっか……私は、自由だ。魔王に言われた事なんて、気にしなくてもいいの? なら、それなら……私は、私は……!
「私は……きつね君と一緒に居たい!」
胸が熱い。涙が止まった。切ない気持ちも、締め付ける様な胸の辛さも、全部全部今は何処か気持ち良い。
快楽的じゃなくて、もっと精神的な、気持ち良さ。気持ちが楽になる、気分が良い、なんだか抑えきれないわくわくした感情が、爆発する様に溢れ出る。
心臓が、何度も何度も、大きく鼓動する。
凄い、本当に凄い! きつね君、きつね君きつね君! 凄いよ、凄い! こんなに面白くて、こんなに楽しいのなんて、生まれて初めて!
そっか、そっかそっか、これが『好き』! これが『恋』ってこと! 楽しくて、一緒に居るだけで嬉しくて、ずっとずっと、こんな時間が続けばいいと思える位、気持ちが昂る! 初めてきつね君を食べた時、左眼を食べた時、あの時の最高の快感と同じ位の最高の気分だよ。
「レイラちゃん?」
「きつね君……きつね君きつね君!」
「うわっ!?」
気が付けば私は立ち上がって、右眼が無くなったのも気に止めずに、きつね君に抱き付いた。魔王が目の前にいるけれど、魔王も驚いたのか動きを止めてる。
でも、例え魔王が此処で攻撃してきても、私は気にせず抱き付いただろう。だって、やっと気付いたんだ、やっと分かったんだ、やっと解ったんだ、これが『恋』!
クロエの言っていた通りだ、確かにこれは―――『特別』!
「きつね君! 大好き! すっごく大好き!」
「それ言うのちょっと早くない? 僕さっきまで凄い怒ってたんだけど」
「うふふうふふふ♪ 私の為に怒ってくれたの? 嬉しいっ♡ 好き好き! あぁもう超愛してるよぉ♪」
抑え切れない。あぁもう! どう言えば良いのか分からない! でも、こう言うしかない、こうとしか言えないよ。私は自由に、自由だから、好きな事を好きなままにやっていいんだもん。
好きだってことは、好きだとしか言えない。とにかく、この胸から溢れ出て仕方ない気持ちは、ほんの少しも残さず伝えたい、だから全部『好き』で吐き出しちゃおう。
「……ちょっと煽り過ぎたかなぁ、復活早過ぎ」
「うふふうふふふ♪ きつね君、良い匂い♡ 全部好きっ! 大好きっ♡」
「前以上に自分勝手になってない?」
「私はこれで良いんでしょ? だって私は、きつね君の事が大好きだもん♡」
これが、私の全部。悩んでいたのが馬鹿みたいに思える。
私が言える全部が、この言葉に詰まってる。私の中の想いが、全部の『好き』にいっぱい詰まってる。きつね君に知って欲しいこと、感じて欲しいこと、全部が私の『好き』に詰まってる。
私はこれでいいの。だって私は、きつね君が大好きだもん。
「……全く、本当に面白いなぁ。一体お前は何者だ? 2人目」
レイラちゃん復活しました。
でも、未だ魔王の脅威は去っていない。さぁどうする!