赤い夜としての罪
すいません、前回予告したタイトルですが、もう一度考え直すことにしました。
とりあえず、
今応募している大賞の選考に落ちる、もしくは賞取る(願望)までは、このままで行こうと思います!皆様、ご意見やご指摘ありがとうございました! これからもよろしくお願いします!
あ! あとグロ表現ありです。御注意を!
私が、レイラ・ヴァーミリオンじゃなくなった日、つまりは私が『赤い夜』として目覚めた日のこと。
私は、真っ赤に染まった村の真ん中で、立ち尽くしていた。
そこで初めて味わったのは、口の中に広がり喉を潤す、甘い果実の様に美味しく、赤い血の味。
初めて感じたのは、手に残っていた、肉を引き千切り、骨を砕く感触。
初めて見たのは、『私』が食い千切った人間だった肉塊と、ぶすぶすと燃え尽き真っ黒になっていた家の数々。
そして、私が初めて出会った人間は、レイラ・ヴァーミリオンの友達だった女の子。
彼女は、片腕が無かった。お腹の肉が抉れていた。とても美味しそうだった。そして、ぐしゃぐしゃに歪んだ表情で、泣いていた。
『レーちゃん……どうして……どうしてなの……私達、友達だったじゃない……なんで、なんでこんなことになっちゃったの……!?』
死にそうな声で、立ち尽くす私にそう言った名前も知らない女の子。友達だった『らしい』女の子。
私は、その時自分が魔族だって自覚があった。そして、人間だった頃の記憶はなかった。完全に、私は『赤い夜』として生まれ変わってしまっていた。
だから、私にはその泣いている女の子が餌にしか見えなかった。
ふらふらと近づいて来て、残った片腕を私に伸ばす女の子。私はその伸ばされた腕を引き千切って、食べた。女の子は悲鳴を上げなかった。
『レーちゃん……レーちゃん……! なんでよぉ……!!』
女の子は、もう痛みすら感じていないみたいだった。
ボロボロ泣きながら、私の眼を見て繰り返し『なんで』と呟いていた。でも、私はその子に向かって首を傾げながら言った。
『ん、貴女全然美味しくないや』
そして、私は女の子の上半身と下半身を2つに分けた。ぐしゃっと上半身が地面に倒れて、下半身は立ったままになる。
私は、上半身の方へと近づいて、その横にしゃがんだ。すると、もう死にそうなその子は、多分眼が見えていないにも拘らず、少しづつ光を失って行く瞳を虚空に向けながら、小さく呟いた。
『……レイラ……ヴァーミリオン……絶対…………ゆる……さ、な……ぃ……』
私が、私の名前を知ったのはその時。
そして、それと同時に『レイラ・ヴァーミリオン』を知る人間がいなくなった。
その時は、私も友達なんて興味がなかったし、人間は捕食する餌でしかなかった。まして、特別大切にしたい人や、食べるのを躊躇してしまう人なんて考えた事もなかった。
でも、今は違う。
私は、きつね君に会って変わった、と思う。
―――まず、私は『魔族』になった。
―――次に、きつね君に他の人間とは違う特別な興味を抱いた。
―――フィニアやリーシェみたいな、仲間? が出来た。
―――きつね君に、良く分からない想いを抱くようになった。
―――そして、私は……きつね君に『恋』をしていると言われて、迷っている。
分からなくなった。
『恋』が分からないから、怖くなった。『特別』が分からないから、逃げたくなった。
胸の中がぐちゃぐちゃになって、心臓が今までにない位高鳴って、血が沸騰する位熱くなって、胸が締め付けられる位苦しくなって、きつね君を直視出来ない位意識するようになった。
これが『特別』? これが『恋』?
だとしたら、ソレは苦しいことなんじゃないの? だって、好きなのにこんなに切なくなるなんておかしい。大切なのに直視出来ないなんておかしい。苦しいのが『恋』?
分からない。分からない。分からない。
でも、ソレが『恋』だというのなら、私は――――どうすればいいの?
◇ ◇ ◇
魔王。レイラは初めて対面する魔王に、瘴気を展開して警戒を高めていた。
魔王がいたのは、この街で1番高い建物である時計塔。おそらくは点検や整備の人間しか入ってはいけないであろう、時計塔の頂上……街を一望出来るその場所に、魔王はいた。
レイラは魔王の気配を、その身に秘めた『赤い夜』の本能で察知して此処に来た。その後ろにはリーシェがいたし、見つけた時は桔音に言われたとおりに気配を消して隠れた。
魔王は戦っている桔音を見下ろしながら、不敵に嗤っていた。ぶつぶつと何やら呟いている。そして、一瞬レイラ達の方へと視線を向けた。
気付かれている。
それを理解したレイラは、リーシェを桔音の下へと向かわせる。
「リーシェ、きつね君を呼んで来て」
「……分かった、死ぬなよ」
リーシェは、レイラの言葉に頷いてその場を後にする。階段を駆け下り、時計塔を一気に下り、桔音の下へと去って行った。
そして、レイラは魔王の気を引く為にその姿を敢えて見せた。どうして、リーシェを行かせたのか、どうして自分が囮になるなんて選択をしたのか、いつものレイラなら、自分が囮になるなんて行動を取る筈がない。
寧ろ、リーシェを残らせて自分が桔音の下へと向かった筈だ。
なのに何故―――それは、レイラ本人にも分からない。
「―――が、奴はどうやら魔王には興味がないらしい……かなり残念ではあるが、それならばここで殺させて貰おう――――なぁ? それも一興であろう? 『赤い夜』よ」
魔王は、レイラではなく、戦っている桔音を見ながら不敵に笑みを浮かべ、心底残念そうな声音でそう言い、此方に視線を向ける。
レイラと魔王の視線が合った。
「魔王……だね」
「ああ、久方ぶり―――いや、お前とは初見であったな……今はレイラ・ヴァーミリオンと名乗っているのだったか」
レイラには、魔王との顔合わせの経験はない。これが初対面だった。
でも、魔王からすればレイラ・ヴァーミリオン……いや、『赤い夜』とは既に会った事があるらしい。とはいえ、レイラはその事実を知っても何か言える訳ではない。
ただ、警戒心だけは高めて、魔王の一挙手一投足を見逃さない様にしていた。
「……」
「そう警戒するなよ……私は今のお前には興味がある……あの中途半端な魔族であったお前が、何があったか完全な魔族に成っている……おそらくはあの2人目が原因なのだろうが……中々どうして、面白いではないか」
魔王が、警戒するレイラに対して不敵に笑い、立ち上がる。そして、両手を広げてその身に秘めた魔力を煌々と昂らせる。迸る魔力の奔流に、レイラの身体がぶるりと震えた。
それは、恐怖だった。自分よりも、圧倒的に上な存在を目の当たりにした時の、正常な反応だった。
「さて……此処に来た目的は1つだろう? 少し、遊んでやろう」
覆せない実力の差が、そこにあった。
技術とか、ステータスとか、戦い方とか、戦術とか、そういうモノは関係無い。勝ちと負けが、戦う前から決まっている様な―――言うなれば、『運命の差』がそこにあった。
「だがまぁ、私の敵は人間であって魔族ではない。同じ魔族である以上、戦う理由は取り敢えず無い」
「……それは、どういう意味?」
「簡単な事だ……お前が私に敵対するというのなら、殺そう。だが、お前が私の軍門に下るというのなら、それはそれだ……魔族の王として、私はお前を迎え入れよう」
魔王はレイラに向かって、手を差し伸べる。
仲間になるか、敵対するか、その選択肢を与えていた。それはつまり、生きるか死ぬかの選択を迫られている事を示している。
生きたいのなら、この手を取れ。この手を取らないのなら、此処で死ね。
そういうことだ。魔王は仲間を大事にするわけではない、配下の者の命は奪わないだけだ。自身の戦力になるか、ならないか、それだけのこと。
同じ魔族だからといって、殺す殺さないは別。だから、死に掛けた魔族がいたとしても、助けるわけではないし、敵対してきた魔族がいたら、躊躇なく殺す。
魔王は同族だからといっても、けして慈悲深い存在ではないのだ。
「さぁどうする? レイラ・ヴァーミリオン……我が手を取るか……無残な屍となるか……」
レイラは、差し伸ばされた魔王の手を見て考えた。
この手を取れば、自分は生きられる、死なずに済む、なら取っちゃえばいいと。
でも、一瞬その手を取ろうとして、頭に桔音や、リーシェの顔が過ぎった。レイラの手が、ぴたりと止まる。
この手を取ったら、自分は生きられる。でも、桔音は死ぬんじゃないか? リーシェは? そう思った。
―――後悔しませんか?
クロエの、そんな言葉が聞こえた気がした。
―――この手を取って、きつね君が死んで、リーシェも死んで、私『だけ』生き伸びて、後悔しない? 私は笑って、楽しく生きていられるのかな……?
そして思い浮かべた。隣に、桔音がいない時間を。発破を掛けてくれたリーシェの血塗れの顔を。そして、2人の死体の前、佇む自分の表情を思い浮かべた。
自然と、その想像の中の自分と、同じ表情になるが、レイラはそれに気が付かない。ただ茫然と、その想像の中の表情が、鮮明に心に残った。
何故なら―――思い浮かべた自分の表情には、見覚えがあったから。
「あの時の……女の子の顔だ……」
最初に出会った人間……レイラ・ヴァーミリオンの、友達だった女の子が、最期の最後まで浮かべていた顔。世界に絶望した様な、悲しみに暮れた様な、今にも……泣きそうな顔。
「む? どうした?」
魔王が、伸ばし掛けた手を引っ込めて俯いたレイラに、眉を潜めて怪訝な表情を浮かべる。
「……そっか、そうだったんだ……あの子も、こんな気持ちだったのかな……」
レイラは、初めて人の気持ちを理解した。我を失っていない時に、初めて殺した人間。自我がある時に、初めて食べた人間。あの少女の、家族と知人と友達を失った絶望の顔。
あの時は分からなかった気持ちが、今になって分かった。
「……駄目だ、私はその手を取れないよ」
「……理由はなんだ? この手を取らねば死ぬわけだが、そうまでして私と敵対する道を選ぶ理由は」
「私には、きつね君がいるもん」
レイラの言葉に、魔王はきょとんと眼を丸くして、意表を衝かれた様な表情を浮かべた。
魔王はその言葉の意味を受け止めるのに数秒掛かり、理解するのにまた数秒掛かった。
そして、完全にその言葉を理解すると、差し伸ばしたその手と、もう一方の手を自身の腹に当てると―――
「…………ハッハッハッハッハ!! 成程な、これは痛快だ! つまり、お前はこの魔王よりもあの2人目を選ぶと!! 魔族の身で在りながら人間に相当惚れ込んでいるらしい!! ッハハハハ!!」
―――大声で笑った。ツボに入った様に、心底楽しそうに笑った。
魔族の身でありながら、桔音という人間に惚れている。その事実がとても可笑しかったのだ。たった1人の人間の為に、魔王の誘いを蹴り飛ばしたのだ。
かつて、そんな理由で魔王と敵対する魔族など、見た事もない。
「ッハハハ……あー、久方ぶりだぞ、ここまで笑ったのは……! 愉快愉快、本当に面白いな……お前もそうだが、あの2人目は本当に面白い! 何処までも私の興味を誘ってくれるじゃないか」
魔王の爆笑が収まって来た頃、魔王は楽しそうにそう言う。すると、レイラはそんな魔王に対して少しだけ不機嫌になった。桔音がいるからという理由が、まるで馬鹿にされた様な気分だった。
だから、少し不機嫌に言う。
「……そんなに可笑しいこと? この理由じゃ悪いの?」
「悪いさ」
「ッ!?」
けれどその言葉は、魔王の冷たい言葉で切り捨てられる。先程まで笑っていた魔王は、笑顔を潜めて、冷酷な視線と、刺す様な威圧感でそう言った。
レイラの理由を、言葉を、全て否定した。
「良いか? まず最初に言ってやる、お前は魔族で、奴は人間だ。どれだけ焦がれようと、この2つの種族が結ばれるなんて事は起こり得ないんだよ」
「そんなことっ……!」
「『ない』と言い切れるか? お前は今更人間と共に在れると思っているのか? 嘗て、お前は多くの人間を喰らって来たんだろう? 殺して来たんだろう? 愛する者がいた人間を、未来に希望を持った人間を、この世に生まれて間もない人間を、ただの『餌』として殺し、喰らったんだろう?」
魔王は言う。レイラの目の前まで踏み込んで、赤い瞳のその奥まで見透す様な視線でレイラを見て、心を上から押しつぶす様なプレッシャーを放ちながら、言う。
―――愛する者と結ばれ、その先の幸せを掴もうとした恋人達もいただろう。
―――自身の可能性を信じ、未来に向かって走っていた若人もいただろう。
―――この世に生まれて間もない、世界の素晴らしさも知らぬ赤子もいただろう。
―――まだ誰の愛も感じずに、この世界の絶望しか知らぬ弱者もいただろう。
「そういったあらゆる種類の人間を、欲望のままに砕き、千切り、削り、折り、喰らったんだろう? 無自覚に、愛を引き裂き、友情を破壊し、未来を閉ざし、絶望を与え、自分の欲望を満たしてきたんだろう? 赤い血を浴び、固い肉を噛み千切り、獣の様に嗤っていたんだろう? 快楽を感じていたんだろう?」
「……ッ……ぁ……!」
「いやいや、否定する訳じゃない―――ソレが魔族だ! 人間を殺し、己の欲望のままに戦い、そして人間に対して絶望を振りまく、人間にとっての『悪い奴』、それが魔族だ! お前のやってきたことは正しいさ、私が保証してやろう。お前の内に秘められたその欲望も、生き方も、魔族としては大正解だ!」
―――但し。
魔王は高らかにレイラを肯定し、そんな接続詞を入れて、言葉を切る。
レイラは、魔王の視線と言葉に圧倒され、硬直した身体を動かせないでいる。
展開した瘴気も魔王への恐怖からか、既に消えており、魔王の指先1つで殺せそうなほど、無防備な状態を晒していた。
だが、魔王はそんな隙だらけのレイラを見ながら、更に言葉を続ける。
「但し、人間にとっては不正解―――倫理を踏み躙った様な、最低最悪な行為で、犯罪者という危険な怪物扱いをされる存在だ。嫌悪され、排他され、受け入れられる事のない魔族」
「私は……そん、な……!」
「わざとじゃない、は通らないんだよレイラ・ヴァーミリオン。殺して殺して楽しんで嗤って、狂気にも似た愉悦を得た代償が、『拒絶』だ。そしてお前が如何に否定しようと、『化物』が人間にとってのお前だ」
レイラは、不安や否定した気持ちを表情いっぱいに浮かべて、魔王の言葉を否定する。いや、否定したい。したいのに、出来ない。
やったことは、取り返せない。人間にとっては、レイラは化け物であり、けして受け入れられる事のない存在である。それは、覆せない現実だ。
「そんな化け物が、散々残虐非道を強いて来た人間に、今更受け入れられると思うか? 己の快楽の為に、今までどれだけの愛を引き裂いた? いや、それは問題ではないな―――」
魔王は、動けないでいるレイラの顔にその手を添えて、不敵に笑みを浮かべる。そして、
―――数々の愛を引き裂いておいて、お前は人間に『愛』を求めるのか?
そう言って、見開かれたレイラの赤い右眼を―――その指で潰した。
「ッッッぁぁァァァぁあああっあ゛ああああッああっあああああ゛あ゛あ゛ッ!!!!」
レイラの、喉が張り裂ける程の悲鳴が上がる。ガクガクとその身が震え、レイラの両手が魔王の腕を掴む。
しかし、魔王の手は振り払えない程に力強く、レイラの右の眼を潰した指は、ぐちゅぐちゅと潰した眼球を掻き回す。
「ハハハハハッ!! 良い声で啼くじゃないかレイラ・ヴァーミリオン! これがお前が人間にやって来た事だろう? そして、これが魔族だ!! その痛みを良く覚えておくと良い! さすれば、来世で皆に愛される人間となれるかもしれぬからなァ!」
「あァぁああぁッっっギッぁああああ!!? いたい痛いイダイ痛いぃぃぃ!!!」
そして、右眼が完全に原形を留めないほどに掻き回されたレイラは、一旦魔王の手から解放される。
だがその場に蹲って、夥しい血液が溢れ出ている右眼を抑えて無様に叫び声をあげる。どろり、と右眼の残骸が地面に落ちた。
ソレを見て、レイラは目の前に立っている魔王に対して、完全に恐怖心を抱いた。精神的に追い詰められ、否定され、そして圧倒的な力の前に右眼を潰された。
かつて、自分が桔音にやったように―――
「なぁレイラ・ヴァーミリオン」
「ひっ……こ、来ないで……来ないで……!!」
「私が怖いか?」
「―――ッッッ!!?」
レイラは右眼を抑えながら、這うように魔王から逃げようとする。だが、魔王はその首を掴んで、レイラの身体を宙へと持ち上げた。ぷらぷらとレイラの足が宙を彷徨い、右眼から流れる血液が身体を伝って、足先から地面へと垂れた。
そして、魔王の言葉にレイラは声にならない叫び声をあげる。白い肌は血液が失われていくからか、それとも魔王に怯えているからか、あるいはその両方で、青褪めて行く。恐怖に精神が追い詰められ、レイラの歯がガチガチと音を立てて震えている。
魔王の否定出来ない言葉と、圧倒的力の前に与えられた激痛が、レイラの心を完全に圧し折っていた。それこそ、抵抗する意思すら湧かない程に。
「お前は今更な存在なんだよ。愛されていい存在じゃない、人間と居ていい存在じゃない、だってそうだろう? お前はそれだけのことをしてきたんだ」
「ひっ……ぁ……やめて……もう、やめて……!」
「目を逸らすか? ハハハッ! それもいい、だが目を逸らしたところで、この現実は一生お前に付き纏う……それでも、お前はあの2人目と生きていきたいと言うのか?」
「ぁ………――――」
魔王はそう言って、レイラの首を放した。どさっとレイラの身体が地面に落ちる。そして、それと同時に、
―――レイラの心が完全に壊れる音がした。
無事な方の赤い左眼から、すぅっと光が消えた。死んだわけではない、生きているけれど、レイラの心が完全に壊されてしまったのだ。
ぺたんと座りこんで動かないレイラに、興味が失せた様な表情を浮かべた魔王は視線を切る。そして、レイラに背を向け、レイラから離れていく。
そして、その背後のレイラの身体が、ふらりと揺れて……そのまま後ろへと倒れて行き―――
「―――ふざけたことをほざくじゃないか」
そんな言葉と共に、1人の少年に受け止められた。
そして、その言葉と同時……魔王は自分が『死ぬ』映像を幻視した……いや、『させられた』。
じわりじわりと、心を蝕む様な死神の威圧感。ぞくぞくと背筋に走る悪寒。
―――なんだ…………この私が、恐怖している……!?
バッと、勢いよく振り向き、同時に大きく距離を取った。
「レイラちゃんに、随分と色々やってくれたみたいだね……」
そこに居たのは、魔王が今朝に見た、両の瞳で色の違う、薄ら笑いの似合う少年だった。
違うのは、今朝には感じなかった魔王である自分が恐怖する威圧感と、凶悪なまでに吊り上がった薄ら笑いの不気味な気配。
その少年は、力なく倒れているレイラを抱え上げると、端の方へと移動し、寝かせた。そしてゆらりと立ち上がり、その視線を魔王へと向ける。
「…………驚いたぞ、あの獣はどうした?」
「リーシェちゃんに相手して貰ってるよ……そんなことよりも、よくもレイラちゃんに酷いことしてくれたね、僕この後レイラちゃんと約束あったんだぜ? このままレイラちゃんが死んだら、話の内容が気になって夜も眠れなくなるじゃないか」
少年は、魔王に向かってゆっくり歩み寄りながら、不気味に嗤う。
「死活問題だよねぇ? だから責任取って―――ちょっと死んでくれる?」
その言葉には、表情とは裏腹に、今までにない程の……怒りが含まれていた。
桔音、激怒。