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異変

 クロエちゃんが普通に会話出来るほどに落ち付いたあと、僕はクロエちゃんを宿へ送り、ギルドへと依頼達成の報告をすることにした。

 今はクロエちゃんを宿へ送っている最中だ。2人並んで街の喧騒の中を歩き、宿までの道を歩いている。弾んだ会話は特になかったけれど、取りとめもない雑談をする程度に、2人の間には言葉が飛び交っていた。


「この前きつねさんの前で歌った曲は、未完成なんです。歌詞がまだ出来てなくて……」

「へぇそうなんだ……聞いた限り恋の歌だったけど、他の曲も恋愛関係の曲なの?」

「ええ、私と姉さんが1番知りたい物が、恋という感情なので……自然と歌詞も恋愛絡みになっちゃうんですよね」


 てへへ、と苦笑しながらそう言うクロエちゃん。

 でも、恋愛絡みの曲は万人受けするだろうし、かなり良い選択だと思うけどね。とはいえ、未完成の曲かぁ……こういうのってどうやって完成させるんだろう? 僕は曲作りの経験はないからそういうのは良く分からないけど、是非良い曲にして欲しい物だ。


 とはいえ、恋絡みの曲かぁ……ワンフレーズ聞いた限りだと、まだ初恋を知らない女の子の曲だった。そして、恋を知りたい女の子の曲。最近のレイラちゃんみたいだね。

 そういえば、今朝はレイラちゃんの様子がおかしかったなぁ……クロエちゃんと一緒にニコちゃんの家に行ってから、あの調子だ。

 この分じゃ、クロエちゃんが何か知ってるのかな?


「ねぇクロエちゃん。昨日、レイラちゃんに何か言った?」

「!」


 だから聞いてみる。

 原因があるとすれば、クロエちゃんだろう。ニコちゃんやヒグルドさんがレイラちゃんにあれほどの影響を及ぼすとは思えないし、昨日はクロエちゃんの歌を聞いて、レイラちゃんも興味津々だった。

 とすれば、クロエちゃんが原因である可能性が1番高い。


 その証拠に、クロエちゃんはちょっと驚いた様に少し息詰まった後、口を開いた。


「昨日、レイラさんに……恋の話をしました」

「……そっか……あの子、『恋』ってなぁに? とか言ったでしょ? レイラちゃん、あれで中身は子供同然だからね」

「はい、『恋人』って何? とも聞かれました。それで、私が自分にとっての特別な相手、と説明すると、顔を真っ赤にしてずっと俯いてしまいました。それから、ヒグルドさんの新居へと去って行って……去り際に、きつね君に今日はニコちゃんの所にいるって言っておいて、と」


 つまり、レイラちゃんは知っちゃった訳か。自分の感情の正体を。

 恋愛感情をどういうものなのかを知ったから、僕が一旦有耶無耶にした感情がまだ溢れ出ちゃった訳だ……てことは、今朝のレイラちゃんはその感情に戸惑っていたってことか。

 

 魔王も出て来たし、ドランさんの復讐話も出て来たし、更にレイラちゃんが恋愛感情に気付いて戸惑ってる……はぁ、厄介な問題ばかりだ。

 まぁ、この異世界に来てから厄介事ばかりだけどね。本当、災難に災難続きだ。つくづく僕に優しくない世界だよ、全く。


「まぁ仕方ないか……後でレイラちゃんとも話を付けないとなぁ……」

「きつねさんは、レイラさんの好きな人を知ってるんですか?」


 僕の呟きに、クロエちゃんが探る様な視線で問いかけてくる。

 この子は多分、レイラちゃんの好きな人は僕だということを知っている。その上で、こう聞いているんだろう。

 レイラちゃんに好意を寄せられていることを僕が知っているのか、いないのか。その違いでレイラちゃんの恋愛感情の矛先が変わって来るのだから。


 でもまぁ、誤魔化す訳にもいかないだろう。


「知ってるよ、レイラちゃんが僕のことを好きなのは一目瞭然だからね」

「……それで、何故放っておくんですか? あんなに好意を寄せられておいて、どうして……レイラさんが可哀想じゃないですか」

「……そうだねぇ、なんでだろうね。僕にも良く分からないよ」


 あの時は、レイラちゃんの気持ちを落ち着かせる為に膝枕をして有耶無耶にしたけど、僕自身レイラちゃんの好意をどう思っているのかは分からない。

 レイラちゃんのことは嫌いじゃない。恋愛感情を抱いているかと言われれば、否だ。


 仲間だけれど、僕はレイラちゃんから寄せられる好意をどう思っているんだろうか? 嬉しい? 嫌だ? どちらにせよ、今の僕は元の世界に戻るという目的がある以上、レイラちゃんの好意に応えるだけの覚悟がない。

 僕自身、恋愛感情がどういうモノなのか分からないんだから。胸の高鳴り? 切ない気持ち? 赤くなる顔? そんな漠然とした感情を、自分自身でも理解出来ない感情を、はっきりと理解出来るはずもない。


「分からない……? なんですかそれ! ちゃんと……ちゃんと応えてあげれば良いじゃないですか! 好きなら好きと、嫌いなら嫌いと、はっきり言ってあげれば良いじゃないですか! 少なくとも……私だったら……返事が貰えない事の方が、ずっと辛いと思います」


 レイラちゃんが魔族であることを知らないクロエちゃんは、そう言う。

 うん、確かに人間であるならそうなんだろう。僕にだって、それ位分かるさ。恋愛小説や少女漫画もいっぱい読んだからね。

 『保留』が1番の裏切り行為だってことくらい、理解してるよ。僕も、自分がその立場になるまではそう思っていたよ。女を待たせる男は、どんな理由があったとしても恥ずべき行為だと思う。


 そう思っていたよ。

 でも、自分がいざその立場になってみると良く分かる。応えるってだけで、こんなにも難しいのか。しかも、そこに種族の壁すら出てくるんだから厄介だ。


「……クロエちゃん」

「……なんですか?」

「恋愛って、好きと嫌いだけじゃ量れないんだよ」

「え?」


 僕はそう言って、宿が見えたことを機に歩く速度を速めて話を切り上げる。

 これ以上の事は言えないね。後は、僕とレイラちゃんが考えないといけないことだ。クロエちゃんが幾らレイラちゃんを可愛そうだと思っていても、これ以上は口出し出来ない。出させない。


「さ、僕はギルドへ向かうから、お別れね」

「……きつねさん。私はやっぱり、レイラさんの想いに応えた方がいいと思います」

「そうだね、僕もそう思うよ。クロエちゃんも、そうなった時には気を付けると良いよ」


 恋愛も知らない少女が、知った様な口を利くなとも思うよ。

 でも、それは言うべきではない。だって、クロエちゃんの言うことも正しいんだからね。


 だから、僕はただそう言って宿を後にしようとする。



 でも―――僕の足はそこで止まった。



「―――ッ……?」

「……? きつねさん、どうかしたんですか?」

「……ドラン、さん?」


 いつの間にか、街の喧騒は静寂に引き込まれていた。

 僕の視線の先、そこには、見覚えのある男が立っていた。俯いた表情は、影で見えず、大きな身体が道の中心で仁王立ちしている様は、日常の風景の中でも大きな違和感と威圧感を感じさせる。


 周囲の人々はその男に視線を集中させ、有無を言わさぬ異様で奇怪なオーラを感じていた。


 そう。その男は、ドランさんだ。

 見た目は、何処にも変化はないように見える。でも、僕の直感が告げている。今のドランさんは、昨日話したドランさんとは大きく違っている。違ってしまっている。


「なんだ……?」

「きつねさん? 一体何が―――」

「ッ!! クロエちゃん、下がって!」

「―――きゃっ……!?」


 黙った僕を怪訝に思ったのだろう。宿の中に1歩入っていたクロエちゃんが、僕の横を通って再度外へと出る。


 瞬間―――ドランさんが動いた。


 俯いた顔が前を向き、表情を露わにする。そこには、僕とクロエちゃんを見る充血した様に血走った瞳があった。歯を食い縛り、こめかみに青筋を立てている。

 おそらく、正気を失っている。これと似た様な物を僕は知っている……最初に出会った時のレイラちゃんだ。


 そして、ドランさんは正気を失っているにも関わらず、その身に宿った技術を惜しみなく使って、顔を出したクロエちゃんに斬り掛かってきた。

 僕はそれを見て、クロエちゃんの肩を抱き寄せて、ドランさんの剣から護る。僕の身体に当たった彼の剣は、僕の防御力の前に弾かれる。


「ッ……いきなりなんだ……!」

「き、きつねさん? 今、何が……」

「……クロエちゃん、とりあえず宿の中に入ってて……話は後だ」

「え? ………はい、分かりました」


 僕の言葉に、クロエちゃんは何も聞かずに宿の中へと入って行った。僕の言葉に、危険が迫っていることを感じ取ったんだろう。後で説明するのが大変そうだ。


 それにしても、何がどうなってる……ドランさんの様子がおかしい。完全に我を忘れているじゃないか。言葉も通用しなさそうだし、攻撃は効かないだろうけど、原因が分からない。


「どうしたものかな……気絶させるにしても、ドランさん相手じゃ攻撃を当てることすら難しい……駄目だ、打つ手がないや」


 もはや千日手だ。防御力のおかげで死ぬことはない、負ける事もない、怪我する事もないだろう。でも、勝つ事も出来なければ、この場を収める事も出来ない。

 ドランさんの今の状況を、その原因を、突き留めないといけない。その為には―――


「僕1人じゃ……無理だね」


 ―――僕の他に、力になる人間が必要だ。


 いや、大抵の予想は付いている。ドランさんは元々、復讐の念を抱いていたんだから、それを利用した奴がいる。その正体は……『魔王』だ。


 あの野郎、良くも好き勝手してくれやがる。


「……仕方ない、僕1人でどこまでやれるか分からないけど……僕1人で出来るだけのことをしよう」

「……ぅ……ぁ…………ご……ロス……!!」

「掛かって来いよドランさん。いっちょ喧嘩と行こうじゃないか」


 ドランさんの相手をする。

 そして、出来れば気絶させる。最悪―――殺そう。

 仕方がない、僕は他人の命まで責任は取れないからね。殺してしまったその時は……悪いねドランさん、君の故郷に墓を作ってお酒でも備えるよ。


 僕はそう言って、ドランさんに向かって駆け出した。



 ◇ ◇ ◇



 クロエは、宿に入ってすぐに階段を駆け上がった。

 何があったかは分からない。正直、今も何が起こっているのか分からない。でも、自分に何か危険が迫って、桔音がそれを助けてくれたことは分かる。


 そして、桔音が今もその危険を戦っている事も。


 クロエには、戦闘スキルはない。あるのはただ歌うことだけ、戦っている桔音を助けるだけの力は、彼女にはないのだ。

 だから、彼女は階段を駆け上がり、ある部屋の前にやって来る。そして、ノックもせず、勢いのままに扉を開けた。


「助けてっ……助けて下さい! きつねさんが……きつねさんが……!」


 部屋の中に転がりこんで、大きな声でそう言った。



「きつね君が―――どうしたの?」


 

 そして、その助けを求める声に応えたのは、1人の少女。部屋の中のベッドに寝転がっていた、ふわふわの白髪の少女。赤い瞳を丸くして、クロエの言葉に不安げな声でそう言いながら、立ち上がり、クロエに向かって歩み寄って来る。


「答えて……きつね君がどうしたの?」

「分かりません……ただ、きつねさんが何かと戦っていて……今も……助けて下さい!」

「ッ……でも、きつね君は強いし……」


 白髪の少女は、助けを求める声に少し躊躇した。

 助けることに、ではない。桔音の下へと行く事を、だ。彼女は、桔音への想いに迷っていた。顔を合わせることを、躊躇っていた。桔音は強いからと理由を付けて、問題から逃げていた。


 初めて出会った特別な感情と、どう向き合って良いか分からなかったから。


「……レイラさん……それで良いんですか? もしも、きつねさんが此処で死んでしまったら……貴女は後悔しませんか?」

「……ッ……する……かも……」

「だったら今行かないでいつ行くんですか! きつねさんが好きなら行くべきです! きつねさんが大切なら行かなきゃ駄目です! きつねさんが特別なら……迷ってないでとにかく動きなさい!」

「! ……で、でも! 私は……こんなの知らないんだもん……!」


 クロエの叱咤に、レイラと呼ばれた彼女は焦る。桔音が大切ならば、此処で動け、という言葉が、レイラを更に迷わせる。後悔してしまうかもしれない、それは理解出来る。


 でも、分からないのだ。


 自分の抱く感情が。


 桔音へと向ける『特別』が。


 恋とは何だ? 愛とは何だ? 特別とは何だ? 私は、どうしたいんだ?


「迷うだけなら、後でも出来る!」

「ッ!?」


 そこへ、部屋の中に居たもう1人の少女。リーシェが声を張り上げた。レイラは驚いて振り向き、リーシェが剣を腰に提げて、外へ出る準備を整えているのを見た。

 リーシェはレイラを見て、凛とした表情で言う。


「レイラ、今は考えるな。迷っているのなら、今はとにかく私の後ろに付いて来い! 私が桔音の下まで連れて行ってやる! それでも迷いが立ち切れなかったら……」

「……?」

「私が一緒に悩んでやる。生憎と、恋愛経験はないけどな!」


 リーシェは、胸を張ってそう言った。レイラはそんな彼女に、ぽかんと口を開けて唖然とする。


 そして、数秒そうしていると、


「……うふふっ♪ 何それ……変なの♪ ……うん、分かったよ。連れてって、リーシェ♡」

「任せろ」

「クロエ、ありがと♪ ちょっと行ってくるよ」

「はい……姉さんと一緒に、待ってます。御無事で」


 レイラは笑った。

 そして、リーシェのおかしな言葉に馬鹿馬鹿しくなったのか、先程まで迷っていた思考を一旦全部掻き消した。何も考えなくて良い、今はただ、自分に付いて来いというリーシェの言葉を受け入れ、その通りに実行したのだ。


 ―――連れて行って欲しい、きつね君の所まで。


 ―――連れて行ってやる、私に付いて来い。


 レイラに恐怖を抱いていたリーシェと、リーシェに興味がなかったレイラ、その2人の間には今、確かに仲間としての絆が生まれていた。


 そして、2人は急いで桔音の下へと部屋を飛び出していった。


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