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復讐とは

 夜、宿で休んでいた桔音の下に、ギルドで今回の死者や事の顛末に関する話を終えたドランが訪ねて来た。


 そして桔音の思った通りというか、ニコの新居へ向かった3人の内、迷子になったフロリアは宿の近くをうろついており、此処へ向かっていたドランに道を聞いたところ、共に帰って来たらしい。

 話を聞いてみると、彼女はレイラとクロエ『が』はぐれて迷子になったとほざいていたけれど、桔音は嘲笑と共に軽く流したのだった。


 そして、その本人であるフロリアは先に自分の部屋へと姿を消し、その数十分後にクロエが帰って来た。桔音がフロリアが先に帰って来ていると教えると、1度頭を下げてフロリアの部屋へと階段を上がって行った。

 ちなみに、階段を上がる直前、クロエが桔音に言った。


『レイラさんは、ニコさんの家に泊まるそうですよ』


 桔音はその言葉に、了承の返事をしつつも首を傾げた。如何にニコのことを気に入っているからといって、一晩でも自分から離れるだろうか? と思った。

 まぁ、それは自意識過剰かと頭を振った。そういう気まぐれなんだろうと結論付けた。


 そして、食堂にいる人の気配が無くなった頃だ。

 ドランと向かい合って座る桔音は、対面のドランの目を見ながら、さてと仕切り直すように手を軽く合わせた。


「それで―――話って何かな? ドランさん」


 2人きりでの会話が望ましいということで、リーシェは部屋で待機している。食堂内にも人の姿はない。正真正銘、1対1の会話となっていた。


「ああ……お前―――というか、お前らと出会った時から感じていた身の毛も弥立つ様な嫌な気配……今日の戦闘でその原因が分かった」

「へぇ……もしかして愛の告白じゃないかと冷や冷やしていたけど、どうやらマジな話みたいだね」

「茶化すなよ、ソレに俺は妻帯者だぞ」

「ソレ今日1番の驚愕なんだけど!?」


 話の内容は、どうやら出会った頃から感じていた不気味な気配についてのことだった。

 だが、此処に来てドランに妻がいる事が発覚。桔音としてはそっちの方が驚愕すべき事実だと思った。

 とはいえ、ドランとしては随分と真面目な話らしく、桔音がオーバーに驚いてみせても冷静な顔付きで見返してくる。ソレを見た桔音は、嘆息して真面目な姿勢を取った。茶化せる様な雰囲気ではないと思った様だ。


「……それで? その嫌な気配の原因って?」

「レイラ・ヴァーミリオン……あの女、『魔族』だな?」


 ドランがそう言う。

 レイラが魔族だと、確信している様な口振りだった。


「……確信があるみたいな言い方だねぇ……根拠は―――バルドゥルかな?」

「ああ、あの魔族の言っていた言葉だ」



 ―――『赤い夜』? ……ハハハハッ! ってことはソイツ、レイラ・ヴァーミリオンかァ!! あの中途半端な魔族とも言えねぇ半端者が、ちょっと見ない内に一端の魔族になってやがる! 面白ぇなァオイ! お前どんな魔法使ったんだァ!? ッハハハハハハ!!!



 バルドゥルはそう言っていた。

 あの時は戦闘だったから、ドランは何も言わなかったけれど、この時点でドランは確信を持っていた。レイラ・ヴァーミリオンが魔族だと。あのAランクの凶悪な魔族……『赤い夜』なのだと。


 そして、魔族から見て中途半端だった『赤い夜』が、1人の魔族と成っているという言葉を聞けば、Aランクよりも更に厄介な存在になっていることも考えられる。

 だから思ったのだ。出会った時の不気味な気配……それは、『赤い夜』という怪物を目の当たりにしたからだったのだと。


「……それで? ドランさんは何が言いたいのかな?」

「……ここにレイラ・ヴァーミリオンがいなくて良かった。いれば俺は、多分斬りかかっていただろうからな」

「へぇ……どう意味かな?」

「さっきも言ったな、俺には妻がいると……いや、正確には『いた』……だな。俺の妻は、3年前に死んでいる――――真っ黒な影に包まれた、赤い眼の魔族に殺されてな」


 ドランは、桔音の瞳を殺意の籠った視線で見抜きながら、そう言った。

 その瞳に宿っていたのは、凄まじい殺意と憎悪。出会ってから今まで、大らかで気の良い男だったドランとは、まるで別人の様だった。膝に置かれた拳は、肌が白くなるほど握り締められている。


 『赤い夜』が―――つまり、過去のレイラ・ヴァーミリオンが、ドランの妻を殺していたというのだから、桔音としても、口を半開きにして眼を見開く程度には驚愕の事実だった。

 なにより、今も目の前にいるドランという1人の男が、『赤い夜』に対して憎悪を抱いているということが、桔音に大きな衝撃を与えた。


「……つまり、ドランさんはレイラちゃんを殺したいってこと?」

「ああ、あの魔族を倒した後……お前に引っ付いているあの女の背中を……何度斬ろうとしたか分からねぇよ」

「……それでも斬りかからなかった理由は?」

「お前が傍に居たし、なにより街中だったからな……死んだ奴らの報告もしなきゃならなかったし、お前が敵に回る可能性もあった……そうなれば敵討ちなんて到底出来やしねぇ」


 ドランは、レイラを殺したいと思っていた。最愛の妻の仇、言ってはいないが、妻が殺されたからドランは冒険者になったのだ。

 そして、『赤い夜』に対しての憎悪で此処まで強くなった。魔族の情報を手に入れれば、実際に現地へと赴き、魔族の討伐に力を注いできた。ソレは全て、『赤い夜』を殺す為の行動だった。


 故に、今回のバルドゥルの情報を追って、ドランはこの街にやって来ていたのだ。



 そして出会った―――この3年ずっと追い続けていた宿敵(赤い夜)に。



 此処にこうやって話をしに来たのは、ドランなりに考えた最低限の礼儀だった。

 『赤い夜』だとしても、今のレイラは桔音の仲間なのだ。黙って戦い、レイラが死んだとして、また自分が死んだとして、桔音が何も思わない筈がないと『思った』からこそ、こうして腹の内を打ち明けたのだ。


「……お前がなんと言おうと、俺は止まらねぇ。お前の仲間だとしても、俺はレイラ・ヴァーミリオンを殺す……お前が邪魔をしようってんなら……恨みはねぇけど、俺はお前も敵とみなす」


 ドランの覚悟は、本物だった。

 敵対するのなら、恨みのない桔音でも敵として剣を振るうと、そう言っていた。


「……ドランさん」

「分かってる! ……こんなことしても、アイツがソレを望んでいるわけはねぇってことくらい……! でもどうしたらいいか分かんねぇんだよ……黒い影の中、紅い瞳が見えた……そんで、気が付いたらアイツの死体が目の前にあったんだ……喰い散らかされたアイツの死体が、俺に覆い被さる様にそこにあったんだ……! 許せるわけねぇだろ……アイツとはこれからだったんだ……子供を作って、ほんのささやかでも、幸せな家庭を作っていこうってところだったんだからよ……!」


 桔音の言葉を遮って、ドランは思いの丈をぶつける様にそう言った。

 俯き、歯を食いしばって、涙も流さんばかりの震えた声。本当に、死んだ妻を思っていたという事が分かる。


「……」


 桔音は、軽く首を振ると、黙って立ちあがる。そして、肩を震わせるドランの横を通って後ろに立つと、ぽんと手を肩に乗せた。

 ドランは肩を叩かれたことで顔を上げ、桔音の方へと顔を向ける。桔音は、にこりと笑みを浮かべていた。そして、もう言わなくても良いとばかりに、力強く1つ頷くと、また歩き出す。


 そして、そのまま何も言わずに階段を上がっていき、食堂から姿を消した。


「……?」


 残されたドランは、誰もいない食堂の中、流れた涙を拭って眉を潜める。

 もしや何か取りに行ったのかと思って、少し待ってみるが、5分経っても、10分経っても、桔音は戻って来ない。


 おかしいと思って、ドランは後を追うように、遅れて階段を上り、桔音の部屋の扉の前にやって来た。首を傾げて、扉をノックする。


「おい、きつね? いるんだろ?」


 すると、中で動く気配を感じた。

 そして、扉がゆっくりと開く。すると、眠気眼を擦る桔音が中から顔を出し、欠伸をしながら出てきた。


「ふわぁ……何? 寝てるんだけど?」

「いやおかしくね!? 話の流れを切るにしてもぶった切りすぎだろお前!?」

「え? ああ、復讐ね、うんすれば良いんじゃない?」

「軽っ!? え、お前仲間だろ? ちょっとは止めるもんじゃないのかよ」

「あー……うん、そうだね。こほんっ……復讐なんて駄目だよ! 復讐は新たな憎しみを……なんだっけ? あ……そうそう思い出した。復讐は新たな憎しみを生むだけだから、止めるんだ!」


 桔音は、耳をほじりながら、視線を合わせず、心底どうでもよさそうな表情でそう言った。ドランはそんな桔音の態度に、呆気に取られる。

 何故この男はこんなにも無関心な態度を取っているんだと理解が追い付かなかった。


「正直さぁ、復讐とかどうでもいいんだよね。ドランさんの奥さんが殺された? ソレを聞かされても僕としては『ああそうですか、それは御冥福をお祈りします』としか言えないんだよ。まして、レイラちゃんが殺した犯人だとしてもさ、そんなこと知ったこっちゃない」

「なっ……!?」

「殺したきゃ勝手に殺せよ。わざわざ僕に許可なんて取りに来なくていいよ? それとも何? 止めて欲しいの? 復讐しても奥さんがソレを望んでいないことくらい分かってるとかなんとか言ってたけどさ、実際どうか分からないよ? 復讐してくれって言ってるかもよ?」


 桔音は、薄ら笑いを浮かべながらそう言う。

 復讐したけりゃすればいい。わざわざ復讐の許可を取りに来るな。桔音はそう言っていた。


 別に、復讐を推奨しているわけではない。ただ止めようとは思わないだけだ。ドランがどれだけ復讐したかろうが、復讐を綺麗事で着飾ろうが、結局やろうとしてるのは『殺し』で、ただの『復讐』でしかない。


「止めて欲しいんだとしたら残念だったね、僕は止めないよ? 今更やりたくないんだとしたらお疲れ様、3年間無駄にしたね! やりたいんだとしたらどうぞご勝手に、奥さんがあの世で狂喜乱舞してるのを祈ると良いよ」

「……あの女を殺しても良いのかよ? お前の仲間だろ?」

「仲間だよ? じゃあ逆に聞くよ。レイラちゃんは奥さんを殺したらしいけど、殺しても良かったの? お前の妻だろ?」

「っ!?」


 桔音の言葉に、ドランは言葉に詰まった。


「殺せば良いじゃん。レイラちゃんがドランさんに『奥さん殺すね』って事前に言ったの? 言ってないでしょ? だったら同じ様に殺せばいいじゃん、僕に言うなんてまどろっこしいことしないで、勝手にレイラちゃん殺しに行けば?」

「それとこれとは……話が違うだろ」

「一緒だよ。結局のところ、お前はレイラちゃんを殺したくないんだろう? 復讐する自分を止めて欲しいんだろう? 分かってるんだろう? 自分のやろうとしている事が、レイラちゃんと一緒だって。そしてソレを理解しているから、怖気付いたんだろう?」


 桔音は、薄ら笑いを浮かべながら叩み掛ける。

 ドランは、扉から1歩2歩と離れ、対面の壁に背中をぶつけた。桔音の言葉を、否定出来ないのだ。全部図星だったから、否定出来なかった。


 レイラを殺すということは、レイラとやっていることと同じだということ。ソレを理解しているからこそ、仇を目の当たりにして怖気付いてしまったということ。復讐を止めて欲しいから、桔音に話をしに来たということ。

 全部その通りだった。


「レイラちゃんは僕の仲間だから、僕には復讐について知る権利があるから、事前に話に来た……とか、そんな障子紙並の建前は良いよ」

「……っ……」


 桔音はドランの目の前まで踏み込んで、薄ら笑いを止めた。そして、怒りの表情でドランを睨み付けながら、その手に作った瘴気のナイフをドランの喉元にそっと添えた。

 ぷつり、とドランの首の肉をほんの少し斬る。赤い血が、滲んだ。



「―――僕を復讐を止める為の『理由』にするなよ、臆病者が」



 ドランは、一瞬息の仕方を忘れた様に、呼吸を止めた。

 桔音は、それを見てふっと表情を元に戻し、また薄ら笑いを浮かべてナイフを消した。踵を返し、部屋へと入る。

 

 そして扉を閉める直前に顔だけ振り返り、動けないでいるドランに向かって言った。


「ああ、でもまぁ、3年間追って来たんだもんね。それを無駄にするのも可哀想だし―――なんなら明日、レイラちゃんに言って奥さんの件について謝らせるよ? それじゃ、おやすみ」


 扉が閉まる。


 ドランは、それからしばらく……その場から動く事が出来ず、立ち尽くしていたのだった。


という訳で、ドランさんの妻レイラちゃんに殺されてました。

次回辺り、状況が変わってくる……か?

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