煌めく星の夜
目の前には、頭と首から下が切断され、力無い死体となってしまったバルドゥルがいた。
もしも1対1の戦いだったら、死んでいたのは僕の方だったかもしれないね。運良く仲間に恵まれたからこその勝利だ。
実力でいえば、Cランク上位―――下手すればBランクの領域に片足を突っ込んでいたバルドゥル。僕よりもずっと強かったバルドゥルですら、魔族の世界じゃ唯のCランク。
これじゃ勇者気取りも魔王どころじゃないな。魔族に会った瞬間死ぬんじゃないの?
もっと言えば、能力の危険度でいえばSランクのレイラちゃんだけど、それでもステータスでいえばCランク程度だった。ギルドの定めた魔族の危険度は、結局人間基準。人間にとってどれだけ多くの被害を加えられるかでそのランクが決まっている。
単純な強さで格付けした場合なら、レイラちゃんの魔族としてのランクは、多分Cランクになるんだろう。
「ステータス」
僕はそう思いながら、ステータスを覗く。超強い魔族を倒したんだ、それなりにレベルアップしている筈だ。
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv61(↑60UP)
筋力:20000:STOP!
体力:64560
耐性:268200
敏捷:65670
魔力:28900
【称号】
『異世界人』
『魔族に愛された者』
『魔眼保有者』
【スキル】
『痛覚無効Lv5』
『直感Lv6』
『不気味体質』
『異世界言語翻訳』
『ステータス鑑定』
『不屈』
『威圧』
『臨死体験』
『先見の魔眼Lv6』
『瘴気耐性Lv6』
『瘴気適性Lv6』
『瘴気操作Lv6(↑1UP)』
『回避術Lv5』
『見切りLv5』
『城塞殺しLv5』
【固有スキル】
『先見の魔眼』
『瘴気操作』
『初心渡り』
【PTメンバー】
トリシェ(人間)
レイラ(魔族)
ドラン(人間)
◇
おお、僕の耐性値がヤバい事になってる。
とりあえず、またレベル1に戻すと、筋力についた『STOP!』の表示も消えた。この分ならまだ伸びるだろう。
しかも、耐性がこうなれば、『城塞殺し』の威力が更に上がる。筋力に耐性の5倍の数値が加わる訳だから、『20000+(268200×5)=1361000』となる訳で……うわ、約140万か……やばいな、この分じゃもう1回バルドゥルと戦えと言われてもイケそうだよコレ。
「きつね」
「ん? ああ、ドランさん。魔族も倒したし、帰ろうか」
「ああ……そうだな、とりあえず……この冒険者達を運ばねぇとな」
僕の言葉に、ドランさんはそう言った。
見れば、僕達が戦闘を繰り広げていた場所からちょっと離れた所に、足止めで戦って倒れた冒険者達や騎士達が転がっていた。気絶しているだけの者もいれば、死んでいる者もいる。
必死に街を護ろうと戦った人達だ。ドランさんも、つい数時間前までギルドで話していた人が、目の前で死体となって転がっているのを見ると、思う所があるらしく、眉を潜めて目を閉じ、心の整理を付けている様だった。
まぁ、僕にとっては最初に非人間扱いしてきた冒険者達だからどうでもいいけどね。
「じゃとりあえず僕とレイラちゃんがまとめて運ぶよ。レイラちゃんは死体ね、僕は気絶した人を運ぶから」
「分かったよー♪」
「お前らちょっとは気を遣おう? な? 俺の気持ち全力で踏み躙ってるからね?」
「リーシェちゃんは死体からギルドカードと金目の物回収して、カードはギルドに死んだ人の報告に使うから」
「金目の物は?」
「僕達の軍資金にするに決まってるじゃないか。落ちてるんだから使っても良いんだよ」
「改めてお前最低だな」
そう言いながらもちゃんとお財布をスってる所、嫌いじゃないよリーシェちゃん。
ドランさんが僕達の事をなんだか人間の屑を見る様な眼で見ているけど、関係無いね。使える物は使わないといけないし、貰えるものは貰っておく主義なんだ。不要なものは貰わないけどね。
「死んだ冒険者の遺品は、現金を含めてギルドに提出。その後、遺族の物になるんだ、ネコババは駄目だぞ」
「……チッ、駄目か」
軍資金を稼ごうと思ったのに、どうやら規則違反らしい。いつ決まったんだよそのルール……僕それ聞いていないんだけど、ソレ有りなの? 事前説明でそういうのは説明しとくものじゃないの?
あーあ、今度ミアちゃんに会ったらちょっと文句言ってやろう。
という訳で、回収したギルドカードや財布類は全部ドランさんに預けた。これからしばらくお金に困らないと思ったのになぁ。残念残念。
「あ、そういえば」
ふと思い出して、僕はバルドゥルの遺体を回収する。これも持っていこう。頭は埋めていこう、せめてもの弔いだ。彼は今まで会った中で1番戦いに対して純粋で、強い想いを持っていたからね。僕としても、彼には少し敬意を払おう。
で、首から下は勝者として僕がリサイクルします。敬意? ハハッ、バルドゥルも文句は言わないさ。敗者は勝者に従うものだからね、戦いに対する想いが純粋な彼のことだ、当然だと思う筈だよ。
「それ、持ってくのか?」
「うん、これならかなり良い素材になるでしょ」
「成程な……それで作るつもりなんだな?」
「うん。これで僕の、僕だけの―――『武器』を作る」
武器を作る。
バルドゥルの身体は、黒い装甲の様な肌をしているから、堅いし、高速で動き回る柔軟性もある。武器にするのならかなりの素材になる筈だ。
僕は、今でこそ高い防御力とカウンターのみの攻撃力を手に入れた。
でも、バルドゥルと戦ってみて分かった。僕には、1人で『勝つ』力がない。それこそ、勇者気取りを相手にした場合、スキル封じを発動されれば『城塞殺し』は使えない。防御力は高いから、負けることはないだろうけれど、勝つ事も出来ない。
―――それじゃフィニアちゃん達を取り戻すことは出来ない。
だからこそ、今の僕にはスキルやステータスに頼らない戦う力がいる。
さしあたって、瘴気で作る武器とは違う、自分だけの『武器』を作る。そこから、自分の持ち得るステータスやスキルを生かせる戦いの『技術』を身に付ける。
ステータスやスキルが強力なだけでは駄目だ。それでは必ずどこかで限界が来る。一定以上の相手には絶対に勝てない。
「……まぁいいんじゃねぇか? 武器があるのとないのじゃ随分違うからな」
「うん。そういえば、武器を作るのってどれくらいお金掛かるかな?」
「まぁ場合によるが、依頼者が素材を負担するなら大分安くなるだろう。大体銀貨50枚位じゃないか?」
うん……まずはお金を集める所から始めなきゃいけないらしい。
◇
それから、ギルドに戻って、事の顛末の報告をする。
「それじゃ、俺は死んだ奴らの事とかの話をしてくる。ああ、後でちょっと話があるんだ、夜にお前の宿へ行く」
ドランさんはそう言って、ギルドの奥へと連れて行かれた。多分、僕がミニエラでレイラちゃんの情報を売ったときみたいな部屋で話すってことなんだろう。
ちなみに、気絶していた騎士や冒険者達は、起きた者から各々行動を開始していた。緊急依頼で受注を停止していたけれど、バルドゥルが討伐されたことで再開された通常依頼を受ける者や、騎士の駐屯所へ戻る騎士、行動は様々だ。
あ、そうそう。バルドゥルの討伐の報酬で、金貨5枚手に入った。本当なら魔族討伐の報酬はもっと高額なんだけど、今回は緊急依頼だったからね。気絶した冒険者達も含めて山分けだ。足止めだって立派な功績だからね。
まぁ、実際に討伐した僕達の取り分は多いようだけど。
なにはともあれ、これで武器を作るお金が出来た。手間が省けたよ。
「ドランさん、話って何だろうなぁ」
「きつね君♪ これからどうするの?」
「ん? うん、武器を作るから武器屋行こう、武器屋」
「ふむ……私も訓練生時代からこの剣を使ってるからな……そろそろ買い替え時かな」
ドランさんの話は気になるけど、まぁまずは武器だよね。リーシェちゃんの剣も、見ればボロボロだ。良く手入れはしていたみたいだけど、限度があるよね。訓練生時代ってことは少なくとも2年ちょい使ってたって訳だし。
「じゃ、行こうか。武器屋に」
そう言って、僕達はギルドを出た。
◇ ◇ ◇
僕達がやって来た武器屋は、僕の泊まっている宿の近くにある武器屋だ。
店主は、ミニエラの所にいた様なドワーフではなく、普通の人間の鍛冶師。しかも女の人だった。
聞けば元Dランク冒険者で、魔獣との戦いで足を負傷してから、冒険者としてはやっていけなくなったので、鍛えた身体能力を生かす為に鍛冶師になったらしい。
名前はリュカさんという人だ。
「この素材で僕の武器を作ってほしいんだよね」
「ん……人型って事は魔族か? とんでもない素材持って来たな……さっき街に侵入してきたっていう魔族を倒したのはアンタらか?」
「そうだよ、僕の拳でちょちょっとぶっ殺したんだよ。僕凄いでしょ」
「凄いけど胸張って功績自慢されると小物に見えてくるな」
おっと、小物呼ばわりか、まぁ僕だけの力じゃないから良いけどね。空気を軽くする為の冗談みたいなものだし。
それにしても、リュカさん露出度高いな。工房が備え付けの店だから熱いのは分かるけどさ。
「とまぁ冗談はこれ位にして……この素材なら私に任せない方がいいと思う」
「え?」
「Cランク魔族の素材なんだ、私じゃなくてもっと質の良い人材に頼んだ方が良いと思うよ。折角の素材が死んじゃうからね、頼むなら……ルークスハイド王国領だし、王都の職人とか……ちょっと遠いけど、物作りの技術でいえば最先端の工業都市『ジグヴェリア共和国』の職人とかだな。一流の職人がいっぱいいるよ」
ジグヴェリア共和国ねぇ……王国じゃないだけ平和そうだけど、ルークスハイド王国に行く途中だからなぁ……とりあえずルークスハイド王国で戦闘技術を学んだら、そのジグヴェリア共和国に行こうかな?
武器もそれまでは瘴気で代用しよう。良く考えれば、扱う技術もないのに良い武器使っても宝の持ち腐れだしね。
「じゃあ僕のは今度でいいや、リーシェちゃんの武器を新調しよう。外で待ってるから」
「ああ。すまない、剣を買い替えたいんだが――――」
リーシェちゃんとリュカさんの会話を背後に、僕はレイラちゃんと一緒に、店を出る。
まだ時間でいえばお昼過ぎ。バルドゥルを倒すのに結構体力使っちゃったから、今日はもう依頼はしたくないね。
「きつね君きつね君♪ 手、出して♡」
「ん? はい」
店の壁に寄り掛かっていると、隣で同じ様に寄り掛かっていたレイラちゃんが、そう言う。僕は、言われるままに掌をレイラちゃんに差し出した。
すると、レイラちゃんは僕の手を両手で掴み、自分の方へと持っていく。そして、がぶり、と噛み付いた。美味しそうにかぷかぷと僕の手を噛んでは舐めたり口に含んだりしている。
ああ、なるほど。
確かに好きな時に舐めて良いって言ったもんね、でも一言くらい断りを入れよう? 手を差し出させていきなり噛み付くとかおかしくない?
「んふふ♡ おいしー……あはぁ♡ さいっこぉ……♪」
「……はぁ……君はいつも通りで幸せそうだね」
「ぷは……うん? うふふうふふふ♡ きつね君、私はいつだって幸せだよ♪」
「?」
「だってほら、隣にきつね君がいるもん♪」
「……」
全く……この子はどうも天然で可愛いこと言うねぇ。子供の作り方も知らないのに、純粋過ぎて眩しいよ。人や魔獣を食べる悪魔の癖に、毎晩発情するヤンデレ魔族の癖に、どうしてこうも綺麗に見えるんだろうね。あぁ、ある意味子供だからか。無邪気っていうもんね、邪気塗れだけど。
心底不思議でならないね。
まぁ、こんなやり取りが出来るのも、僕の耐性値が高いからこそだけどね。普通なら喰われてお終いだし。
「あのー、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん?」
そんなことを考えていると、肩を叩かれ、声を掛けられた。
声の方へ視線を向けると、そこには僕よりちょっと背の低い女の子が立っていた。アホ毛がぴょこんと立った艶のある黒髪で、紫色のマフラーを付けており、黒いコートで、足には膝下程の黒いブーツを履いていた。
でもその少女を見て、驚いたこと―――というより、言葉を失ってしまった。
何故なら、その少女は――――夜空みたいな綺麗な瞳をしていたから。
「すいません。迷子の姉を探しているのですが、知りませんか?」
少女は苦笑しながら、そう聞いて来た。
桔音君の防御力がマジヤバいことに。
で、妹さんとエンカウント。