野性と人間
―――拳が振るわれる。
―――蹴りが空気を切る
―――掴み掛かる手を薙ぎ払う。
殴る、躱す、蹴る、いなす、肘鉄、逸らす、手刀、打ち上げる、掌底、効かない――――
僕と魔族の戦いは、全ては攻勢一方と防戦一方の両極端だった。
魔族が攻撃してくる全ての手を、僕が全て無力化する。その繰り返しだ。
『先見の魔眼』を時折発動し、どうにか隙を探るものの、『城塞殺し』を叩きこむ隙がない。どうやらこの魔族は、身体能力においてはCランクの領域を大きく超えてしまっているらしい。多分、身体能力だけでBランクの領域に入っていると思う。
あのドランさんを劣勢に追い込む位だ、その身体能力を上手く扱う技術も凄まじい。しかも、知能を持ちながら野生の直感を持っているのは厄介だ。危機察知能力がずば抜けている。
僕が『城塞殺し』を入れようとすると、すぐに攻撃を中断して距離を取って来る。
「隙がない……なぁ」
「お前こそどうなってんだ? 人間でその堅さ……ありえねぇだろォ! ッハハハハハ!」
「まぁその辺は僕の唯一の取り得だからね」
かといって、向こうも向こうで僕の防御力を前に攻めあぐねてる。向こうの攻撃力が現状で最高なら、僕が負けることはない―――勝つ事も出来ないけれど。
―――さて……どうしたものかな……。
と、そんなことを考えていると、魔族は構えを解いて大きく溜め息を吐いた。
「っはぁ……こりゃ埒が明かねぇな……今のままじゃお前をどうこうする前に、俺の身体の方にガタが来ちまう」
そう言って、手をぶらぶらと揺らす。そこには、僕を殴ったり蹴ったりした分のダメージが来ていた。黒い装甲の様な肌は全身そうなのだが、堅く黒い拳には若干罅が入っていた。血が滲んでいる。
当然だ、自分の攻撃力で破壊出来ないモノを攻撃し続ければ、その威力は自身の身体に返って来る。
でも、問題なのはそこじゃない。
「今のまま? 変なことを言うね、まるで―――今以上のなにかがあるみたいじゃないか」
薄ら笑いを浮かべながら、僕は警戒心を高める。
みたい、じゃなくて、多分そうだ。今以上の何かが、この魔族にはある。場合によっては、僕の防御力を超えてくるかもしれない可能性がある。そうなったら……ちょっと防御力任せの捨て身の戦法はちょっと出来ないかな……。
「コレ使うとちょっと俺も歯止めが利かねぇからな……一応、話が出来る内に言っとくぜ」
「?」
「俺の名前は、バルドゥルだ。確認しとくが……お前、勇者か?」
「違うけど? 勇者なんかと一緒にしないで欲しいね、あのカスはここから真反対に進んだ所にいるんじゃない?」
バルドゥル、魔族はそう名乗った。そして、勇者かどうかも聞いて来た。
勇者を殺しに来たって事か? それならそれで都合が良いけれど、それで僕の方に来るのはちょっと止めて欲しいね。というかまた勇者繋がりかよ……まぁ、同じ異世界人だから通じる何かがあるのかもしれないから、仕方ないか。
「違うか……ま、それならそれでいい―――行くぞ、人間」
バルドゥルは腰を落とし、獣の様な瞳が完全に獣のそれへと変わっていく。
そして、雰囲気も気配も、知能や知性が感じられなくなっていく。姿勢が四つん這いになり、空気が震える。
先程まで身体の中に抑え込まれていた闘争心が、外へ溢れ出た様だった。
―――ヤバい……!
そう思った時には、バルドゥルは僕の目の前に居た。
「―――ッ!?」
「ッラァァァアアア!!」
咄嗟に顔の横に腕を盾の様に持っていく。瞬間、横薙ぎの蹴りが腕に当たった。
先程までと違うのは、腕に感じる重みが、桁違いに上がっていること。メキメキと骨が軋む音が身体に響く、地面に付いていた足が宙に浮いた。
そして、バルドゥルがその足を蹴り抜いた時、僕の身体は後方へと吹き飛んだ。
地面をバウンドする様に転がったけれど、なんとか体勢を立て直し、立て膝の状態で止まる。すぐに顔を上げてバルドゥルを見た。
「―――フゥウウ……!!」
四つん這いで、獣の様に唸るバウドゥル。いや、獣そのものだ。
しかも、攻撃の威力が桁違いに上がっている。盾にした腕が、あまりの威力に痺れている。痛みは無いし、骨も折れてはいないようだけど、僅かながらに僕の防御力を超えて来たってことか……!
凄まじいな……これが本物の魔族か。これでCランク、化け物揃いだな、畜生め。
「きつね君!」
「あ、レイラちゃん……ちょっと不味い事になった」
「うん、見てたから分かるよ♪ でも、きつね君の頑丈さでなんとか防げるんだよね?」
「まぁ、多少押し負けるけど……痺れる程度だ」
そこに、レイラちゃんがやってきた。ドランさんとの作戦会議が終わったのかな? 瘴気の空間把握を展開して、バルドゥルの行動を把握しながらドランさんとリーシェちゃんの方をちらりと見る。
すると、ドランさんは苦々しい表情を浮かべながら歩いて来ていた。リーシェちゃんもその後ろから僕の方にやってきている。
「きつね……悪いがありゃヤバいな……Cランクには変わりねぇが、完全に身体能力はBランクに足を突っ込んでるな」
「そうだね、まぁ負ける相手じゃないけど……簡単には勝てそうにないね」
「とりあえず俺が戦って分かったことを教える……あいつ、攻撃力も凄まじいが……防御力もやべぇぞ」
「え?」
「きつね、お前『鑑定』スキル持ちだったな……あいつの能力値見てみろ、そっちの方が手っ取り早い」
そう言われて、僕はバルドゥルのステータスを覗く。ドランさんは『鑑定』って言ったけど、実際は『ステータス鑑定』で上位互換なんだけどね。
◇ステータス◇
名前:バルドゥル
性別:男 Lv82
種族:野性の魔族
筋力:68000(+34000)
体力:87800(+43900)
耐性:300 (1/100)
敏捷:52100(+26050)
魔力:50200(+25100)
【称号】
『野性の魔族』
【スキル】
『身体強化Lv6』
『俊敏』
『野性』
『徒手空拳術Lv5』
『直感Lv6』
『危機察知Lv5』
『怪力Lv4』
『魔力操作Lv2』
『狂暴化Lv6』
【固有スキル】
『狂暴化』
―――『狂暴化』発動中
◇
これは……なるほど、暴走状態、というより理性のタガを外すことで自分の力を底上げしているのか。理性や知能を捨てて、魔族でありながら魔獣の野性や感性を手に入れたってことか。
結果、耐性以外のステータスが2倍になってるみたいだ。でも、その分耐性が大きく下がっている。
1/100ってことは……元は3万ってことか、確かに攻撃力だけじゃなかったね。
「大丈夫だよドランさん、今の彼の防御力は大したことない。暴走状態になるスキルで防御を完全に捨てた攻撃特化の獣になってる……リーシェちゃんの攻撃でも十分ダメージが通る」
「何? それは良い事を聞いたが……その分攻撃力は上がってんだよな?」
「うん……僕の防御をちょっと上回る位だからね、一撃喰らったら終わりだと思った方が良い」
「マジかよ……」
僕達の様子を窺っているのか、バルドゥルは唸り声を上げながら四肢に力を込めている。今にも飛び出しそうだ。
「作戦は?」
「きつねが気を引いている隙を見て、俺達で攻撃って所だな……」
「そう……それじゃ僕に遠慮しないで良いよ、仮に僕に攻撃が当たった所で効かないから」
「そりゃ頼もしいな」
話が終わった所で、僕がバルドゥルに向かって駆け出す。対して、バルドゥルも地面を蹴った。速度で言えば、バルドゥルの方が圧倒的に速い。だから、気が付いた時には僕の目の前まで入り込んでいる。
でも、僕には視えている。『先見の魔眼』でバルドゥルの動きは捉えている。
「ッルァァアアア!!」
「ッ……! はぁっ!!」
飛び込んでくる勢いに、回転の遠心力を加えた回し蹴りを、上体を反らすことで躱し、そのまま倒れる勢いで蹴りを入れた。
でも、バルドゥルの野性の直感が『城塞殺し』の危険を感じ取ったのか、すぐさま大きく後退して蹴りを躱した。僕は体勢が崩れて背中から倒れる。
それを隙と思ったのだろう、バルドゥルは地面を蹴って僕の下へと近づく。
「あはっ♪」
でも、それは僕が1人で戦っていた場合だ。倒れた僕に覆い被さる様に跳び掛かって来たバルドゥルに対し、レイラちゃんが迎え撃つ。
レイラちゃんの拳が、バルドゥルの顔面を捉えた―――が、バルドゥルは片足を伸ばし、地面を蹴ることで身体を回転させ、レイラちゃんの拳を受け流す。
「ぐっ……!?」
「ルァァ!!」
そしてそのままレイラちゃんの背後に回ったバルドゥルは、裏拳でレイラちゃんの背中を叩いた。レイラちゃんの口から苦悶の声が上がる。
体勢が崩れた状態で放った裏拳だったからか、レイラちゃんには大したダメージは入っていない様だ。
僕はその隙に立ち上がり、バルドゥルに向かって走り出す。今度は、手に瘴気のナイフを創り出し、加えて瘴気の空間把握と『先見の魔眼』を加えた先読みで、カウンターを狙う。
向こうの攻撃は、僕以外一撃でも喰らえば重傷は免れない。でも、それはこっちも一緒だ。僕の『城塞殺し』が入れば、一撃でバルドゥルを戦闘不能に追い込む事が出来る筈だ。
「お――――ッりゃぁあっ!!」
「ッルルルァァァァ!!!」
僕の振るったナイフと、バルドゥルの堅い拳が衝突し、火花を散らす。
力では押し負ける―――なら、受け流す!
「ぁぁあああ!!」
「ッ!?」
拳に対して斜めに刃をぶつけたことで、お互いの勢いに刃が拳を滑る。切り裂くことは無かったけれど、そのおかげで僕の身体がバルドゥルの懐に入った―――!
拳を握り、バルドゥルの腹に―――叩きこむ!
「終わり―――だ!!」
が、僕の拳は空を切った。いきなりバルドゥルの姿が消えたんだ。
そして、僕はこの時点で1つミスを犯した。戦闘に夢中になることで、ドランさんに教えられた姿勢を―――崩してしまっていた。
そんな僕に、いつのまにか僕の真横へと移動していたバルドゥルが、前のめりに姿勢を崩していた僕の真上から、踵落としを落とした。
「ッッッ………ッあ……!!?」
背中に走る衝撃、痛みは無いけれど、僕の耐性値を超えてメキメキと身体の内側から嫌な音が鳴り響く。肺から空気が漏れ、痺れるようなダメージが身体全体に伝わるのが分かった。
地面に身体が叩きつけられ、その衝撃で地面が揺れ、小規模なクレーターが出来る。凄まじい威力、いかに拮抗した攻撃力と防御力だとしても、隙だらけの僕に、全力で攻撃を入れられたバルドゥル。隙だらけだったのだから、如何に防御力が高かろうと、その分だけ通るダメージは大きくなる。
「ぐ……げほっ……ちょっと効いた……!」
僕はそう呟きながら、咳き込みつつ立ち上がる。ダメージは大きかったけれど、戦えなくなる程じゃない。
「きつね! 大丈夫か!?」
そんな僕の下に、ドランさんが近づいて来た。剣を振るい、バルドゥルを遠ざける。
「大丈夫……ちょっと痛かったけど、問題ないよ」
「そうか……なら良いが……あいつ、強いな」
「うん、完全に入ったと思ったんだけど……あんな状態から躱せるなんて、なんて反射神経だ」
僕は少し距離の遠い場所に佇むバルドゥルに視線を送りながら、ぐっと歯噛みする。
―――これは、ちょっと……キツイなぁ……。