お仕置き
「きゃんっ! ……あんっ! ……ひにゃっ! ……むきゅっ!? ……ぅんっ!? ……にゃあっ!?」
その部屋では、小刻みに嬌声が響いていた。
そして、それと同時に肌と肌を打ち合わせる様な、生々しい音も響いていた。
薄暗い部屋の中、もう殆どの人々が就寝したであろう時間。白く柔らかな白髪を揺らしながら、1人の少女が、少年の膝の上にうつ伏せに抑えつけられ、そして少女が着ている黒いワンピースは、胸の下辺りまで捲り上げられていた。
つまり、少女の下半身はお腹から下が露わになっているということだ。一応、下着が重要な部分を隠してはいるものの、それを剥ぎ取られてしまえば、少女は最早、自身の下半身を隠す事が出来る布を失ってしまうことになるのだ。
そんな状態で、少女は少年の手で何度も何度も嬌声を上げさせられていた。彼女の身体は、嬌声を上げ続けていた故か、荒い呼吸と共に紅潮し、熱っぽい色気を醸し出している。
「あんっ! ……も、だめっ……! きつ、ね……くんんんぅ!? ぁひゃあ!? ごめんなさいっ! 謝るからぁ!? ひやぁあっ!?」
少女は懇願する様に、少年に許しを乞う。
だが、少年は余程頭に来ているのか、それとも少女のそんな姿を見て嗜虐心を満たしているのか、少年は口を閉ざして少女の肌を蹂躙する。
―――パシンッ
短い、もう何度目になるかも分からない、そんな音が響く。
「んああぁっ!?」
同時に、少女の一際大きな嬌声が上がる。
少年の手が……少女の、下着に包まれた白いお尻を叩いた音だ。既に何度も何度も叩いた故に、少女のお尻は赤く腫れ上がっており、じわりと浮かんだ汗が、更に少女の色気を際立たせていた。
「―――ふぅ」
そしてそこで、少年は一旦手を止めた。
視線を下に下ろすと、少女が自分の膝の上でビクビクと身体を痙攣させながら、横たわっている。捲り上げられた服を直す事もせず、自身のお尻に与えられた刺激と痛みに、身体を震わせていた。
ぐったりと気だるい雰囲気を放ちながら、少女はにへらとだらしなく笑みを浮かべていた。赤い瞳にはハートマークを浮かべ、紅潮した表情で赤い舌を出している。
被虐趣味があるという訳ではないのだが、己が歪んだ愛を寄せている相手から、刺激を与えられるという事実を喜んでいるようだ。
しかも、膝の上に乗っているということもあって、少女にとっては痛みは苦痛であったけれど、それ以上に触れ合える事実が嬉しかったらしい。
「レイラちゃん、どうしてくれるんだ。あんな公の場で指舐めプレイなんて、注目浴びちゃうじゃないか。明日からどんな顔してあの通りを歩けばいいの?」
「ひぅっ……あっ……ぅんっ……!」
ぺしぺしと軽くお尻を叩く少年だが、何度も叩かれたことで痛みに敏感になっている少女のお尻は、その小さな刺激だけで軽く嬌声を上げてしまう。
ベッドに座っていたこともあって、少女の両手はシーツを握りしめ、脚は叩かれる度にピンと伸びた。
「聞いてる?」
「あひっ……えへへぇ……♪ 聞いてる……ごめんなひゃい……♡ きつね君……ゆるひて……♪」
「え? なんて?」
「あぅんっ!? ご、ごめんなさい……♪ ……わた、私が悪かったでしゅ……♡ ゆるしてくらしゃい……♪」
ぺしんと叩くと、少女はまた大きく嬌声を上げて、今度は惚けた返事ではなく、ちゃんと謝る。
すると、少年は大きく溜め息を吐いて、捲り上げられた少女の黒いワンピースを元に戻す。いい加減手が疲れてしまったらしい。
そして、少女の身体をベッドに転がすと、ぐったりと疲労感で倒れたまま動かない少女を余所に、少年は立ち上がった。
大分お仕置きして気は済んだようだ。顔にはいつもの薄ら笑いが浮かんでいる。
「さて、宿を取ったは良いけど、なんで僕って毎回1人部屋なんだろう? ニコちゃんとヒグルドさんが1部屋なのは分かるけど、リーシェちゃんとレイラちゃんで1部屋、僕が1人部屋って凄い寂しいんだけど」
少年は、ベッドに顔を埋めたままぴくりとも動かない少女に言っているのか、それとも只の独り言なのか、特にどうという訳でもなくそう呟く。
まぁ、不満というよりも、特に現状を変えたいという訳ではないようで、ただの愚痴の様な物らしい。
「今日は依頼も出来なかったしね、それほど疲れてないし……その辺でも散策しようかなぁ」
少年の能力値は、防御面においてかなりの堅さを誇る。それ故か、少年は夜に外へ出歩こうがあまり危険はないだろうと考えていた。
彼は本当に強い者を知らないが、一応Sランクの魔族である少女の攻撃が一切効かないのだから、大丈夫だろうと考えているのだろう。本当のSランク魔族となれば、少年の防御力など容易に超えているのだが、少年は知らないのだから仕方ない。
「それはまぁ置いといて……今日はそろそろ寝ようかな」
少年はそう言うと、着ていた学ランを脱いで、少女をベッドの端に寄せる。ベッドは1つしかないのだ、スペースは有効活用しなければならない。
そして、半分空いたスペースに寝転がり、少年は掛け布団を掛ける。自然と、うつ伏せのまま動かない少女も、同じベッドで寝ることになった。
翌日の朝。
深夜に目覚めた少女が、少年が起きるまでの間腕を噛んだり舐めたりしているのに少年が気が付くのは、また別の話だ。
◇ ◇ ◇
翌日、僕は懲りずに発情モードになったレイラちゃんを引き剥がし、早々に部屋を出た。腕がレイラちゃんの涎でべたべたする。とりあえずこの腕をどうにかしないとね。
この宿には食堂があるのは御存じだろうけれど、料理をする為には水が必要。それは裏手にある井戸から引き上げている。ちなみに宿に泊まっている人間は、井戸を自由に使っても良い。
僕は宿の裏手に出て、井戸で腕を洗う。べたべたは取れたけれど、歯型は少しの間残るかもしれないなぁ……まぁ良いけどね、怪我はないし、ある意味僕の防御力の証明にもなる訳だし。
「おー! きつね、だったか? しばらくぶりだな!」
「あれ? 姐さんじゃないか、どうしたの?」
すると、そこにフロリア姐さんがやってきた。相変わらず寝癖のある髪を直す様子はなく、快活な笑みを浮かべながら此方へ歩み寄ってきた。タオルを持っている所を見れば、顔を洗いに来たのかな?
「ちょいと井戸借りるよ」
そう言うと、姐さんは僕の目の前で井戸の水を汲み、顔を洗った。そして持ってきていたタオルで顔を拭くと、一息付いて、身体をぐいっと伸ばす。
「んー……ッはぁ……やっぱり朝早く目が覚めると気持ちいいねぇ。昨日はずっと寝てたからさ」
「へぇ、妹さんは見つかったのかい?」
「んにゃ、全く。皆目見当も付かないよ、いやはやまいったねぇ……あの子方向音痴だからさ」
この分じゃ姐さんの言い分が正しいのか分からないな。妹さんは姐さんの方が方向音痴だと思ってたりするんじゃないかなぁ。寧ろ、お互いに方向音痴なんじゃない?
姐さんが此処に居るということは、妹さんは全く違う街にいたりして。まぁ、仮にこの街に妹さんが来ていたとしても、出会える可能性は少ないだろうね。
「まぁ地道に探すさ」
「少なくとも、この3日間で街の外に何度か出たけど……黒髪の女の子は見かけなかったなぁ」
「んー……やっぱりこの街にはいないのかねぇ……とはいえ、いつかは会えるさ。生きてることは確かだからな」
「ふーん……まぁ頑張ってね」
「おう」
生きていることは確か、ね。なんでそんなことが言えるのかは分からないけど、何かしらの繋がりというか、そういう事を知る術があるということだろう。
まぁ、生きていれば会えるだろうし、生存確認が出来るというのなら安心も出来る。まぁ、どこぞの問題に巻き込まれて奴隷に落ちていたり、掴まっていたりという可能性は否定出来ないけどね。
どちらにせよ、そういった最悪のシチュエーションを考える前に会えればいいけどね。
「じゃ、アタシは部屋に戻るよ」
「うん、じゃあね」
姐さんはそう言うと、軽く手を振って宿の中へと戻っていく。僕はそんな彼女の後ろ姿を見送りながら、軽く身体を伸ばした。
◇ ◇ ◇
―――蠢く影があった。
ソレはギラギラと野生の獣の様なオレンジ色の瞳を持ち、黒く堅い肌を持つ人影だった。多少衣服を身に纏ってはいるものの、その服の下から押し上げる様な筋肉は隠せない。
2mは超えるであろう巨大な体を持ち、林の中をサクサクと歩いている。
「……邪魔だ」
そう呟いて、目の前の道を塞いでいた木々を片手でポキッと、まるで小枝を折る様に圧し折り、迂回する事もなく直進する。道がなければ作る、という何とも横暴な性格の持ち主のようだ。
その人影は、人間ではない。魔族だ。
既に村を数ヵ所壊滅に追いやり、人間は全て皆殺し……数百人の人間を殺した凶悪な魔族だ。
「ふー……人間の匂いがするな―――ん? 人間に混ざって魔族の匂いまでしやがる……変な魔族もいたもんだなぁ」
魔族はそう呟きながら、林の中から見える街に視線を向ける。
パキパキ、と手を鳴らして、ギシッと歯を剥いて笑った。爛々と好戦的な感情を見せる瞳に、魔族の身体から威圧感が溢れる。
楽しそうに笑って、歩みを進める。向かう先は、大量の人間の匂いと、そこにほんの少し混じった魔族の匂いのする街だ。
良く言えば戦闘好き、悪く言えば欲望に忠実な獣。
そんな性格の魔族、やはり人間を殺すのも好きではあるものの、同じ魔族でも喰らい付く様な問題児である。実力はCランクの上級程度、Bランクの魔族として名を連ねるのも、そう遠い未来ではないだろうとさえ思っている。
だがそんな彼が、数歩歩いたところでその歩みを止めた。
―――なんだ? この匂いは……?
気が付いた。
たくさんの人間の匂いの中に、ほんの少し混じった魔族の匂い。そして、その中にひっそりと混じった……人間とも魔族とも取れない様な、得体の知れない不気味な匂い。
初めて感じた気配だった。
「こいつは……なんだ? 魔族とも、人間ともしれねぇ匂い……魔王様……とも違ぇな……」
そう呟きながら、魔族は視線の先の街を見上げる。そして、
「……ハハハ! 面白ぇな、退屈しなさそうだ」
心底楽しそうに、笑いながらそう漏らした。
危険が迫って来ているようです。