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短編集  作者: 水降 恵来
5/8

S.S.No.5「EPローグ」

ファンタジーを題材に書いた作品。

エピローグはプロローグでもある。

「たああっ!!」

 凍える程の冷気や、全てを焼き尽くさんとする炎が入り乱れる中、残された全ての力を振り絞り、精霊の加護を受けている俺は聖剣を振るった。

 その剣は、眼前に立つ魔王へと吸い込まれていき、魔王の絶叫とともに、俺達の長き旅は終りを迎える。

「これで……世界は平和になるのですね」

 仲間の修道女が感慨深そうに話すのを聞いて、共に旅をしてきた魔法使いやアサシンも「やったわね!」とはしゃいだり、「……フッ」と言葉には出さぬも静かに笑みを浮かべたりしていた。


「クックック……」

 その雰囲気に介入してくるのは、倒したはずの魔王の笑い声であった。

 俺達はハッとし、再度戦闘態勢をとると、床に倒れた魔王を見つめる。

「何がおかしい!」

 不気味な笑いがはたりと止んだ。

「残念だったな勇者よ。お前達がしてきた事は、全て無駄なのだ」

「無駄な訳ないじゃない!」

 魔法使いが反論する。当たり前だ、これまで幾多の困難を乗り越え、旅をしてきたのだ。無駄であるはずがない。

「魔王は蘇る」

 この言葉で周りは一瞬で静寂に包まれた。

「お前達では倒せない。絶対にな」

 最後の言葉を言い残した魔王は、高笑いをしながら灰となって消えて行った。俺の頭の中には、先ほどの台詞が幾度も繰り返し再生されていた。

「なんなんだ一体……」

 得体の知れない気味悪さを感じながらも、俺達は魔王城をでた。魔王の台詞が、死ぬ間際の戯言であることを祈りながら。

 

 それから世界は平和な時代を迎えた。

 人々は勇者達の帰りを心から喜び、彼らを英雄と讃えた。

 勇者は魔法使いと結婚すると、二人の子供を授かり、村一番のおしどり夫婦となっていた。

 修道女は魔王との戦いによって、親をなくした子供達のために孤児院を設立した。

 アサシンは勇者達と別れた後、自分の居場所を探すと世界を旅していた。


 しかし、それは過去の話。

 過去形でしかつづれない明るい物語。

 今、勇者は光のない地下牢の中に居た。

「なぁ、俺が何かしたか?」

 問いかけても返事はこない。誰も居ないと知っていても話しかけてしまう、正直気が狂いそうだ。

 一つ大きなため息をつくと鈍った頭で俺は考える。

 俺達は守ったこの世界は、何時から俺を嫌ったんだろうと。

 そのときガチャリと地下牢のドアが開く音がした。


 ドアが開く少し前、自然豊かで美しい村に影が迫っていた。

 そこは、修道女が孤児院を設立した村であった。

 普段と変わらない、朝のお祈りの時間にそれは起こった。

 大勢の人が走る足音、鎧がガチャガチャとなる音、それは孤児院を囲み、全ての人影は携えた剣を握り締めていた。

「神よ、私達をお守りください」

 殺気に気づいた彼女は、子供達に決して外に出ないようにと言い残し、長年愛用してきた杖を持つと、彼らがいる屋外へと歩いていった。

(私が、必ず守ります……)



その頃、孤児院の近くで、影はアサシンにも牙をむいた。

 森の中、駆け抜ける疾風に、ガチャガチャと音を立てて迫り来る影、しかし重装備の影達では、彼に近づくことすら出来なかった。そんな中、彼は我が身ではなく孤児院のことを考えていた。

 しばらく走った後、音が聞こえなくなり、近くに人の気配が消えたことを確認する。彼は孤児院の方向を見ると、疾風のごときスピードで駆けていった。


 その頃、影に襲われている孤児院の前では、苦しそうに呼吸をしながらも杖を掲げ、影の侵入を抑えている修道女の姿があった。


 影達は彼女が作った、見えない壁を破ろうとするかのごとく剣を振るい、魔法を放っている。その一撃一撃が魔力を喰らい、精神を疲弊させている様子がはっきりと見えた。

「……そこまでだ」

 そのとき一陣の風が吹いた。

 風は瞬く間に影を払い、そこには彼らが暮らす国の紋章付きの鎧を着た兵士達が、意識を失い倒れていた。

「流石ですね」

 彼女は手に持った杖に体重を預けながら、彼に歩み寄ると彼にもたれかかる様にして倒れる。

「……大丈夫か?」

 彼の細くも温かい腕の感触がそこにあった。はい、と口にした後、彼女は思ったままのことを口にした。

「何故彼らはここにやって来たのでしょう?」

 気を失っている兵士達を見ながら、彼女は言い得ぬ不安感を拭えずにいた。

「……さあな」

 アサシンは何かを悟ったような悲しい眼をしていた。



 そのころある村の一軒の家が炎に包まれていた。

 家の付近には人だかりができ、人々は火を消そうと、村の中を奔走していた。

 数十分後、村人の力によって炎は消し止められた。しかし、家の損傷は酷く、もう人は暮らせそうにない。

「ねえ、あそこに何かない?」

 村人が指差した家の中には、何かが転がっていた。

 家の中に転がっていたのは、死体であった。一つの大きな塊が、二つの塊を抱いているかのように見える黒く焼け焦げた死体。

 所々に穴の開いた塊の左手には、指輪が昔と変わらぬ光を放っていた。


 その光景を見届けた一つの影は、人ごみに紛れて消えた。


 世界は何故このようなことになったのだろうか。

 理由は一つ、世界の王は彼らに恐怖した。

 平和な世に存在する、彼らが持つ力と名誉に。


 そして彼らが持つ力を恐れた国の王は決定した。

「勇者達を処刑せよ」と。

 そして影は動き出した。過去の英雄を消し、王の地位を守るために。



 開いた地下牢のドア、その扉の前には整った身なりをした国王がいた。

「かつての英雄も形無しだな」

 威厳ある姿と異なり、王の言葉には品のなさが伺える。そいつは、俺の記憶の中にある王の姿とは異なり、陰険かつ、最低に属する人間の臭いを感じた

 そいつは、まるで新しいおもちゃを自慢する子供のように、べらべらと今、外で起こったことを話す。

 妻と子供達は俺がここにいる間に殺され、アサシンと修道女は、犯罪者として指名手配中。孤児院にいた子供達は、彼らと生活していたというだけで、犯罪者に協力した罪に問われ処刑。

 俺は思った、こいつらは人間のクズだと。

 そんな中、俺の中で何かが切れた音がした。悲しみを吹き飛ばす程の怒り、憎しみ等、どす黒い感情が自分を支配していくのを感じていた。

「お前らは絶対に許さない……」

 歯を食いしばり、強く握りしめた拳を掲げると俺は言った。

「死んで悔いろ!」

 どす黒い感情と共に具現化された精霊の加護の力は今や、彼を守る力ではなくなってしまった。呪いと化した歪んだ力は、地下牢から溢れだし、王城は混沌とした闇に包まれていく。それは、全てを飲み込み、最後には世界を包み込んだ。


 世界を呪いが包み込んだとき、地下牢に生きた人間はいなかった。


「たああっ!!」

数多の矢が降り注ぎ、怒号が入り乱れる中、残された全ての力を振り絞り、精霊の加護を受けている勇者は聖剣を振るった。

 その剣は、眼前に立つ魔王へと吸い込まれていき、魔王の絶叫とともに、勇者達の長き旅は終りを迎える。

「仇は、とったぜ」

 仲間の武闘家が、壊れた天井から見える空に向かって話すのを聞いて、共に旅をしてきた弓使いや僧侶もそれぞれ、自分の手を見たり、頷いたりして勝利を噛みしめていた。


「クックック……」

 その雰囲気に介入してくるのは、倒したはずの魔王の笑い声であった。

 勇者達はハッとすると、傷だらけの体に鞭打ち、再度戦闘態勢をとる。そして床に倒れた魔王を見つめた。

「何がおかしい!」

 不気味な笑いがはたりと止んだ。

「残念だったな勇者よ。お前達がしてきた事は、全て無駄なのだ」

(ようやく分かった)

「無駄なわけあるか!」

 武闘家が反論する。当たり前だ、これまで幾多の困難を乗り越え、旅をしてきたのだ。無駄であるはずがない。

「魔王は蘇る」

(確かにその通りだった)

 この言葉で周りは一瞬で静寂に包まれた。

「お前達では倒せない。絶対にな」

(ああ、だってそいつは……)

 最後の言葉を言い残した魔王は、高笑いをしながら灰となって消えて行った。

(今は知らないだろうが、世界は残酷だぞ? 頼む、お前らは俺達とは違う運命を歩んでくれ、それが俺の……元勇者の最後の願いだ)


 それからのことは誰も知らない。

 誰からも語り継がれることのない物語。

 隠された真実は誰にも気づかれることもなく、灰になって消えていく。

 決められた物語ではないと信じ、人々が同じ道を歩まぬ事を祈りつつ、彼らは眠る。


 幸せだった世界を夢見て。


語られることのない物語  ~EPローグ~


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