第一話 忌まわしき者
札幌市内の某所にあるバー、その名をディニーズバーというのだが、私は今夜もそこに酒を浴びにやって来た。
【東堂院】
「ウケケケッ!今夜も来てやったぜ!感謝しろよぅ。」
私の名は東堂院 紗樹。透明人間になるのが得意な、幻術師である。
幻術師とは、神術師の亜種なのだが、神術師については…あー…説明がめんどいから省略する。いや、嘘だって…ちゃんとするから。
それより今は…
【マスター】
「あ、いらっしゃい。毎度さまです。」
【東堂院】
「さぁ、さっさと酒をよこせ~!」
酒だ。酒を持って来い。
私は機嫌が悪いと、すぐに暴力に訴える節がある。自他共に認める、周知の事実というやつだ。
【マスター】
「はい、ビールね。」
【東堂院】
「わ~い♪」
しかし、私の機嫌はビール一杯で取れるので、あまり脅威になる事はない。
さて、機嫌も良くなった所で、色々と説明していこう。まずはマスターの事だ。彼女は若くして、両親からこの店を任され、以来ここを一人で切り盛りしている女マスターだ。親しいお客さんは、乃亜ちゃんと呼んでいるらしいが。
それと、先に話した神術師だの幻術師だのについてだが…
【東堂院】
「おかわり♪」
【マスター】
「相変わらずの飲みっぷりですね。」
これについては、話すと長くなる…神術師とはその字の如く、神の術を操れる術師の事だ。術と言ったが、何も術に限っての事ではなく、力や技、能力など幅広い意味でだ。つまり、人の身でありながら神に等しい力を持つ人間…これを神術師という。まぁ、その特徴の最たるは…時空間転移能力、すなわち時間や空間、果ては異世界にまで移動出来る能力だろう。
だが、神術師が能力を使用するのには、代償が必要になる。平たく言うと、命…すなわち生まれ持った寿命、だ。消費した寿命は、原則的に回復させる事は出来ない。能力の使用は、そっくりそのまま死に近づく事を意味する。まぁ、厳密に言うと死でさえないんだが…。
【東堂院】
「ビール♪」
【マスター】
「はい。」
【東堂院】
「どーも~♪」
…はて、何処まで?まぁ、いいか。それより今は、酒と…もうすぐ始まるバンドのライブを楽しもう。ここは、バーであり、ライブハウスなのだ。ライブのある日は+1,500円で飲み放題なので、とてもありがたい。
こうして、私はこの日も酒を浴びるほど飲んだのだった。
と、まぁ…このように私は、ろくでもない人間だ。
ろくでなしの私は、よく姿を消しては異世界へ行き、金儲けのネタを探し歩き…他人の人生を盗み見ては、それを元に物語を書いて、印税を得ようと試みている。まぁ、未だ一つとして、成功した試しはないがね…。
しかし最近…実りのない我が人生に、いい加減虚しさを覚え始めた。独り身…家族なし…このビールっ腹のように、私の人生はろくな中身もないまま、虚しく時が経つのを眺めるだけなのだろうか、と…。
そんな私が、表向き、バイトとはいえ珠算塾の講師をしているなど…滑稽を通り越し、世も末だろう。
さて…何故、こんな心にもない自虐に塗れたモノローグを語っているのかと言うと…とても冷静ではいられない事態だからだ。
【東堂院】
「…はて…私は、さっきまでディニーズバーにて、酒を浴びていたはずなのだが…何故、」
【??】
「グギャオァッ!」
何故、得体の知れない生物に、丸呑みにされそうになっているのだろうか?
いやいや、まず状況の解説よりやる事があるだろう。それは…
【東堂院】
「ヘルプミー!」
形振り構わず、助けを求める事。ふぅ、これでやるべき事はしたし、何も問題はな…
【??】
「ガァ…」
バクンチョ…ゴクンッ
……。…………。
って!
【東堂院】
「ない、訳ないだろっ!セイバー!」
【??】
「ギ、ブルベッ…」
私は慌てて、神技のセイバーを使って、内部からこの生物を真っ二つにした。
あぁ、神技とは元々は神が使う簡易な戦闘用の技で、神の力を使える神術師にとっては、空間転移の基本的な技だ。
無論、神術師の亜種である幻術師も、使用できるわけである。しかも、透明になるのが得意な私の神技は、肉眼では見えない。つまり、傍から見ると、この生物は内部から弾けるようにして、背中が真っ二つに裂けた事になっていたはずだ。
【東堂院】
「いや、それはどうでもいい事だな。」
差し当たって問題は、全身に被ってしまったこの…よく分からない生物の、ヘドロのような体液が、気持ち悪くて仕方ないという事だ。
【東堂院】
「……いや、違う。そうじゃなくて…」
何で、私は見覚えのない森の中にいるんだ?
幸いにも、すぐに湖を見つける事が出来た。
ひとまず、姿を消して服を脱いで洗った。中々臭いが取れなかったが、そこは自分の体臭だと思い、我慢するとしよう。服を乾かす間に、私自身も水浴びをしよう…そう思い、勢いよく湖に飛び込んだ。
ドボンッ
大きな水音だけが響く光景というのは、傍から見る分には中々に不気味だろう。
そんな事を思いつつ、体についた化け物の体液を洗い落としていく。
ここの季節はちょうど夏らしく、水浴びは何とも心地好い。まぁ、まだ真夏というには早い頃だと思うが、暑がりな私には少なくともちょうどいい水温である。
さてと、そろそろ上がろうかな。そう思い、水面へ浮上しようとしたのだが…そこで、とんでもない事が起きている事に気づいた。
【東堂院】
「ん?んんーっ!」
水面が…いつの間にか氷で覆われていたのだ。こ、これでは上がれないじゃないか!
【東堂院】
「ぶぁんぶぅっ!(ランス!)」
先の怪物に飲み込まれた時以上に大慌てで、私は右手を見えない槍にして水面の氷を叩き割り、何とか脱出に成功したのだった。
散々な目にあった…常人なら死んでるところだ。まぁ、私は人でなしなので無事だったが…。
しかし、立て続けにこんな事ばかりあっては、周囲への警戒を怠れないな。服は着たが…再び透化した方がいいだろうか?いや、それはそれで危険か。
にしても…先の怪物といい、何なんだここは?
【東堂院】
「…酔って、変な世界に来てしまったらしいな。さっさと帰った方が良さs…」
【??】
「……じぃーっ…」
【東堂院】
「ん?うおっ!?」
な、何だ!?この子、いつから?
そこにいたのは、青い服に水色の髪をした少女…いや、幼女だった。だが、ただの幼女ではない事は、彼女の背中を見ればすぐに分かった。
【東堂院】
『氷の…羽?』
その背に浮く、六枚の氷で出来た羽根…人間ではない事は明白だ。
それに、私の背後を取る見事な立ち回り…このお嬢ちゃん、デキる!
【??】
「ぷっ!あははっ!おじさんの顔、面白い!」
【東堂院】
「そ、そうかい?」
迂闊なマネは出来ない。とにかく、このお嬢ちゃんの力を測っておこう…。
そう思い、私はこのお嬢ちゃんの潜在能力を探ってみた。
【東堂院】
『…神通力…7000!?しかも、エネルギータイプは半永久式だと!?』
説明しよう。神通力とは、先に話した神術師にとっての寿命であり…存在の根源である魂の、力の大きさを示したものであり…知力や体力、精神力、そして戦闘力…全ての力の源である。
さらに、その神通力から生み出されている力…エネルギーの消耗タイプには、幾つかのタイプが存在する。通常は、エネルギーを使用した分だけ疲労(消耗)し、休息を取ったり、おいしいゴハンを食べたりすれば元気になる(回復する)のだが…半永久式というのは、エネルギーの消耗が半分ないタイプという事だ。分かりやすく言うと…例を挙げるなら、みんな大好きドラゴン〇ールの、魔人ブウみたいな存在だ。
【東堂院】
『厄介だな…ヘタに刺激しない方が良さそうだ。』
【??】
「ねぇねぇ、おじさん遊ぼう!おじさん、強いんだよね?さっき、アタイが凍らせた湖から出てきたの、あれおじさんでしょ?」
【東堂院】
「犯人はお前かっ!」
死ぬかと思ったんだぞ!まったく、最近の子供は…無邪気さだけで、何でも許されると思ったら大間違いだぞ!
【チルノ】
「アタイはチルノ!サイキョーの氷精だよ!おじさんは?」
【東堂院】
「…藤堂だ。」
あぁ、また偽名が増えた。もうどれが本名か、最近は分からなくなってきたな。
【チルノ】
「じゃ、とうどう!早速行くよ!アイシクルフォール!」
【東堂院】
「なっ!」
次の瞬間、私めがけ無数のつららが降り注いだ。かなりの大きさと鋭さだ…当たったら間違いなく刺さる!
【東堂院】
「殺す気かっ!」
戦闘は得意ではないんだぞ!だ、だが…この程度なら…何とかつららを躱し、射程範囲から出る事に成功した。
【チルノ】
「あは♪やっぱり、とうどうやるじゃん!なら次は…パーフェクトフリーズ!」
今度は色とりどりの光弾が辺り一帯にバラ撒かれる…見た目は派手だが、こっちを狙って撃っているわけではないらしく、ほとんどは明後日の方ばかり飛んでいく。軌道も直線だし、これならさっきのより簡単に躱せる…などと思っていたら、
【チルノ】
「フリーズ!」
ピタッ
【東堂院】
「何っ!」
突然、光弾が停止し、その場にピタリと留まったのである。
気づけば、私の周りは完全に囲まれていた。
【東堂院】
「ま、マズイ…」
逃げ場のないこの状況で、追撃を受けては…
【チルノ】
「いっけぇーっ!」
【東堂院】
「ノオォォォッ!」
ピチューン
迫り来る冷気の弾丸をもろに浴び、同時に辺りには霧が立ち込めた。
【チルノ】
「よぉーしっ!アタイってばやっぱりサイキョーね!」
お嬢ちゃんはどうやら油断しているようだ。今のうちにここを離れよう。
幸いダメージは予想した程でもなく、周囲を取り囲んでいた光弾も消えていたので、私は姿を消した上で、霧に乗じてこの場から離脱した。
チルノside
【チルノ】
「よぉーしっ!アタイってばやっぱりサイキョーね!」
アタイの放った弾幕は、今までにないくらい見事に、とうどうにヒットした。
【チルノ】
「今日はなんか調子がいいわね。…あれ?」
立ち込めていた煙がはれると、そこにとうどうの姿はなかった。確かに当たったはずなんだけど…一体何処に?
【チルノ】
「ま、まさか…跡形もなく吹き飛んだとかっ!あ、アタイ、サイキョー過ぎ!って、そんなん言ってる場合じゃなくて…あわわっ、どうしようっ!?」
お、落ち着け、アタイ!天才だろっ!こんな時は…そうだ!ここは幻想郷なんだから、困った時は…
【チルノ】
「困った時の、巫女頼みっ!霊夢ーっ!」
アタイは全速力で、霊夢のいる神社へと飛んだ。
東堂院side
何なんだ、あのお嬢ちゃんは?何処かに飛んで行ったようだが、何をあんなに取り乱しているのだろうか。まぁ、私には関係ないが…。
さて、そろそろ帰ろうか。酔った勢いとはいえ、妙な世界に来てしまったものだ…これ以上ヒドい目に遭わないうちに、さっさと……ん?
【東堂院】
「な、何だ?時空座標が…定められない?」
これは、マズい…本当に、変な世界に迷い込んでしまったらしい。
【東堂院】
「なんてこった…これじゃあ、帰れないじゃないか…」
いや、別にこれが初めてではないが…簡単に帰れないのは事実。通りゃんせの歌詞じゃないが、まさにそのままだ。
さすがの私も、途方に暮れるより他ない。
【東堂院】
「なんて…どーでもいいか。どうせ、私が居なくても誰も困りはしない…居なくなったからって、誰が心配するでもない…」
私は幻術師…嘘と偽りに塗れた、薄汚い存在なのだから。
チルノside
【チルノ】
「霊夢ぅーっ!」
霊夢は神社の前で掃除をしていた。
よかった…こんな時に限って異変解決に出てきたらどうしようかと…。
【霊夢】
「ん?あら、チルノ。珍しいわね。夏場に湖を離れて、こんなとこに来るなんて。ま、涼しくなるから、こっちとしては大歓迎だけどね。」
そう言い、霊夢は笑った。出会った頃より、だいぶ大人びた笑顔で…妖精のアタイは歳をとらないから、変わり行く霊夢たちの笑顔が不思議であり、不自然であり、また羨ましくも思うわけで、ちょぴっとだけ見とれていたのは内緒だ。
【霊夢】
「どうしたのチルノ?暑さにやられた?」
【チルノ】
「え?あ、いや何でも…なくない!どうしよ、霊夢!?」
【霊夢】
「?」
アタイは、とうどうとの弾幕ごっこのいきさつを霊夢に話した。
【霊夢】
「…ちょっと、チルノ…あんたねぇ、何でそんな一般人に弾幕バトル仕掛けてんのよ……」
結果、霊夢は暑さも相まって、めまいを引き起こしたようだ。これも…アタイのせい?
【チルノ】
「いや、でも…そんな弱いヤツじゃなかったんだよ?本当だよ?」
【霊夢】
「生身の人間なんて、半分不死身のあんたたちに比べれば恐ろしく脆いわよ!」
…えーと…つまり、これは……
【霊夢】
「はぁー…しばらく大人しくしてなさい。もし、そのとうどうって人が里の人間なら、間違いなくうちに報告が来るわ。そうなったら、私はあんたに相応の罰を与えなきゃならないから、覚悟しておきなさい。ま、報告も捜索依頼も無ければ、私がどうこうするわけじゃない…閻魔が説教しには来るでしょうけどね。」
【チルノ】
「あ、アタイ、探して来る!」
【霊夢】
「は?」
【チルノ】
「だって…とうどうが見つからなかったら、アタイあの閻魔に怒られるんでしょ?み、見つかればいいんだよね?」
【霊夢】
「いや、だから…あんま騒ぎになったら…」
【チルノ】
「絶対に見つけるもんね!お説教も夢想封印もいやぁっ!」
【霊夢】
「だから、待ちなさいって!」
アタイは神社を飛び出し、元来た方へと急いだ。早く、とうどうを見つけなきゃ…。
【チルノ】
「とうどうーっ!とうどうーっ!」
湖に戻ってきたアタイは、クマの子を探す勢いで、辺りを探し回った。
でも、やっぱりとうどうの姿は影も型抜きも見当たらない…。
【チルノ】
「とうどう…うぅ…うわーん!」
こんなハズじゃなかった…新しく見つけた遊び相手と、ほんの少し本気の弾幕ごっこがしてみたかっただけなのに…。
取り返しのつかない事をしてしまったと気づき、アタイはどうする事も出来なくて、恐怖と不安を堪え切れなくなってしまった。
東堂院side
やれやれ、戻ってきたと思えば、あのお嬢ちゃんは何を慌てているのだろうか。
どうやら、私を探しているようだが…何をそんなに必死になっているのか…。
【チルノ】
「とうどう…うぅ…うわーん!」
ついには泣き出してしまうし…何がしたいんだ?私には滑稽にしか思えない…。
…本当に……何なんだ?私なんか、居ても居なくても変わらないだろうに…存在そのものが偽りと言っていい、薄汚い幻術師なのだから…。
【東堂院】
「…それなのに…」
気づけば、私は無意識のうちに透化を解き、お嬢ちゃんの背後に立っていた。
【チルノ】
「とうどう?とうどうっ!」
私に気づいたお嬢ちゃんは、がしっと私の腰に抱き着いてきた。ひんやりとした体温が、初夏の陽気の中では心地好いくらいだ。
【東堂院】
「何故…泣くんだ?」
【チルノ】
「だって…とうどう、死んじゃったかと……とうどうだって…」
【東堂院】
「?」
【チルノ】
「とうどうだって、泣いてるじゃん。」
私は、自分の頬を触ってみた。なるほど、確かに濡れている…汗とは違うようだ。
【東堂院】
「…いつ以来だろうな…涙を流すのなんて……」
いつ以来だろうか…誰かに、心配してもらえたのは…居なくなって、泣くほど心配されたのは……。
ろくでなしの人生を歩み続けて…気づけば、家族も友人もいなくなっていた…世界にただ一人、取り残されたような孤独感すら、いつの間にか慣れ親しんで忘れていたんだ。でも…今ならはっきり分かる…
【東堂院】
「…一人は…嫌だ……」
偽りに塗れたこんな私でも…叶うなら、友が、仲間が…家族が、欲しい……。
心の底から、そう思えた。
数日後、私は湖のほとりに小屋を建てて暮らし始めていた。
【チルノ】
「パパーっ!」
【東堂院】
「ん?どうした、チルノ?」
あの日に出会った氷精のお嬢ちゃん、チルノとは、義理の親子として一緒に暮らしている。
まぁ、妖精であるチルノに、人間の親子の関係が理解出来ているかは疑わしい…しかも、ウチの子はどうやら割とおバカらしいので、飽くまで親子ごっこだ。
【チルノ】
「大ちゃんと遊んでくるね。」
【大妖精】
「こんにちは。」
【東堂院】
「やぁ、こんにちは。」
娘の友達である大妖精ちゃんは、礼儀正しく会釈してきた。さすがは妖精たちのリーダーだ。
【東堂院】
「娘がいつもお世話になっているようだね。」
【大妖精】
「いえ、そんな…」
【チルノ】
「ほら、大ちゃん!早く行こうよ!行ってきます!」
【大妖精】
「あ、チルノちゃん!待ってよ~!」
【東堂院】
「気をつけて行ってきなさい。あと、夕方には帰るんだぞ。」
二人の妖精は、元気に飛び立っていった。
昔の私なら、こんな生活なんて虫酸が走るとでも言うのだろう。だが、やはり…家族がいるというのは、中々にいいものだ。これだけは、偽らざる本心だと胸を張って言える。
【東堂院】
「さて、当面の問題は…職探しかな?」
まだまだ課題は多いが、良き父親になる為に、頑張らねば。




