8.好きか嫌いか迫られて
好き
それは他人に好意を抱くこと
嫌い
それは他人に嫌悪感を抱くこと
どちらでもない
なんて選択肢なんか無いようで
二者択一の法則に嫌気がさしてくる
あたしは曖昧なラインが好きなのに
【8.好きか嫌いか迫られて】
「あと一時間か……」
終了時間まではまだ時間がある。
驚いたことに、結徒先輩は食べきってしまった。
何をって、今回のレースでポイント提供している飲食店で出される食べ物。
お好み焼きとか焼きそばとかアイスとかクレープとか……見てるこっちが気持ち悪くなるくらいの山盛りの量を。
「……結徒先輩、胃袋大丈夫なんですか?」
「なんで?」
「何でって、あれだけの量食べるとか……見てるこっちが胸焼けしますよ」
「勝手に焼いてろ。んで? あらかた食い付くしたけど、この後どーすんだ?」
胃を押さえたのはあたしだけで、結徒先輩はけろりとしている。
なんであの胃に悪そうな量を食べきって何ともないんですか。
あたしの手元には、そうして手に入れてもらったポイントが十数枚ある。
手に入れてもらった。
つまりあたしは何もしてないわけで……
「あたしが、ポイント稼ぎます。反則だとか言われそうですし」
「おーおー、すげぇ自信だこと。さっきまで泣きかけてたくせにな」
「だから、デリカシーってものを知ってくださいよ。見かけだけは仮にも女性メイドでしょう? ミニスカニーソまではいて……」
「それ以上言ってみろ、即その口開けなくなっからな?」
「まだ持ってたんですか接着剤!?」
再び取り出した接着剤から逃げるように、あたしは先に進んだ。
この女装ドSメイドに皮肉を投げ掛けるのはやっぱりやめよう。
「おい、勝手に行くな。どこ行くか場所くらい言え」
「何でですか? 結徒先輩が番犬だからですか?」
「わん」
だから、わんって……。
きっとこれは肯定の意味なんだろうけど。
「……一年生の、展示場へ行こうかと」
「展示場? んなとこにあんのかよ?」
あるんです、実は。
展示ってそんなに人気ないから知られてないんだけどね。
個人の能力差とか関係無しになるような、記憶力とか発想力系のでポイントが手に入る。
暁先輩は部活類を回ってるらしいし、多分被らないんじゃないかな?
「で、てめぇにできんのかよ?」
「できるって言うか、やるんです」
大丈夫。
私はもう落ち着いてるし、あいつが妨害してくることはないと思う。
暁先輩がなんとかしてくれた、はず。
だから、やれることはきちんとやりきってしまいたい。
「んじゃ、行く……」
じゃんっ! と大きなシンバルが鳴ってから、軽快なメロディが結徒先輩の言葉を遮った。
……結徒先輩の携帯の着信音らしい。
こんなときくらいはマナーモードにしておいてくださいってば。
って言うあたしの視線なんか気にもしないで、結徒先輩は歩きながら通話し始めた。
「なんだよ。……は? それを俺に聞くのか? ……つか、自分でやれ」
「携帯使いながら歩くのって、マナー違反だと思うんだけど」
そんなあたしの呟きは幸いにも聞こえてなかったみたいで、結徒先輩はずかずか進む。
かと思ったら、急に振り返ってずいと携帯を押しつけてくる。
「は?」
「は? じゃねぇ、出ろ」
「命令しないでくださいよ。何様ですか結徒先輩は」
「遠野結徒様々」
自分で様二回付けるとか、どれだけ俺様なんですか。
暁先輩程ではなくても、十分自己中ですマヂで。
仕方なしに携帯を受け取って、耳に当てる。
「もしもし、代わりましたけど」
『……皆川?』
ピタリと、動きが止まった。
スピーカー越しに聞こえた声が、頭に届くのに時間が掛かっているようで、
でも、鼓膜に響いた瞬間に誰だか分かって……
「せん、ぱい?」
聞き返してみたけど、そんなの本当は必要なかった。
だって、あたしが間違えるはずが無い。
いつも言葉の応酬をしている先輩の声を、あたしが間違える方がありえない。
『……結徒の野郎、何も言わなかったな』
どこか恨みがましく呟いた先輩の声が、耳元で響く。
携帯を使ってるから当たり前なんだけど、声が近い。
結徒先輩は素知らぬ顔であたしの腕を掴んで歩き出す。
半ば引きずられるようにして、あたしはその後を追うべく足を動かしていた。
『まぁ、んなことはどうでもいいんだ。そっち、平気か?』
「……を」
『ん?』
「何をいまさらそんなこと言ってくるんですか! タイミング悪すぎって言うか遅いです!」
こんなこと先輩に言ったって、どうしようもないのに。
先輩は善意で心配してくれてるだけなのに。
どうしてこう、先輩相手だとガキっぽくなっちゃうんだろう。
『てことは、何か仕掛けられたってことか。今結徒といるってことは、ひとまずは大丈夫なんだろ?』
「……とりあえずは、大丈夫です。あたしなんかより、先輩の方が大丈夫じゃないんじゃないですか?」
『は?』
「今日でしたよね、入試。こっちのことばっか気になって、まともな返答できなかったなんてことだったら責任とれませんから」
『あいにくだけどな、どこかの誰かさんと違って俺は本番には強いんだ。これで落ちる気がしないな』
「なんですか、その暁先輩や結徒先輩みたいな根拠のない自信は」
いつもの会話だ。あたしと先輩の、言葉の応酬。
今はそれが無性に嬉しくて、視界が滲んだ。
「おい、目」
「なんでもないです」
『何だよ、やっぱりなんかあっ』
「だから、なんでもないんですってば!」
不覚にも涙がこぼれそうになったあたしは、慌ててごしごしと目元をこすった。
何で涙が浮かんだのかは分からないけど、泣くつもりはない。
だって、あたしのやるべきことはまだ終わってない。
「とにかく、あたしは大丈夫です」
『本当に大丈夫なのか? 説得力ないぞ、お前の大丈夫は』
「うわ、根拠もなく大丈夫言うような人に言われたくないですそれ」
『その言葉そっくり暁に言ってやれ』
「そうでしたね」
確かに、先輩よりは暁先輩に言うべき言葉なのかもしれない。
言葉間違えたな、って小さく笑った。
あいつに会った後で、ちょっと塞ぎ込んでいた気分がすっとしたような気がする。
なんやかんやで、先輩は励ましてくれてるんだよね、きっと。
「先輩」
『ん?』
「電話、ありがとうございます」
『……あぁ、気にすんな』
スピーカー越しに、先輩の苦笑が耳元で響いた。
本当にそこにいるみたいで、ちょっとくすぐったい。
『ま、頑張れよ。結徒や暁もいるんだし、そんな心配ないだろ?』
「別の心配はありますけどね―……。それに、先輩がここにいないし…」
言ってから、言葉にしてからはっと気付いた。
何言ってんだあたしは!
先輩がここにいないのは分かり切ってる……って言うかそうじゃなくて!
意味もなく自分で言ったことに焦ったあたし。
携帯越しの先輩は、何も言わない。
何か、何か言わなくちゃ!
こうフォローしなくちゃとは思うけど、何を言えばいいのか分からない。
頭の中が真っ白だ。
「あ」
何も言えずにいると、ふと止まった結徒先輩に携帯を取り上げられた。
ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべた結徒先輩は、さっと耳に携帯を当てる。
「ザマァみろ」
『ちょっ、おいてめぇ! 結徒お前何企んで』
「べーつにー?」
それだけ。
たったそれだけ呟いて、結徒先輩は一方的に通話を終わらせてしまった。
スピーカー越しに、先輩が何か叫んでいた気がしたけど、何を言っていたかまでは分からない。
「おい、行くぞ」
「ぇあっ、はいっ!」
「ふーん、弄りがいがありそうなこった」
「ちょっ、止めてください今は本当にマヂで止めてお願いしますから!」
ニヤニヤと笑い続ける結徒先輩が、本気で嫌になる瞬間だった。
あたしの頭の中は、ぐるぐると混乱している真っ最中だって言うのに!
ちょっと無理があったかな?
と思いつつ。でも、こうでもしないと後半先輩エアー扱いになるので。
そして携帯にしたのは、書いた時期が以下略。
スマホなんて当時なかったのですよ。
どうでもいい話ですが、結徒の着信音はクラシック系音楽だと思う。
暁はなんかネタボイスとか。
唯は最新のJ-POPで、伸紀は黒電話。
そんなイメージですが、男子たちの着信音ひどいなこりゃこりゃ。