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4.好きでも嫌いでもありません

 


 あたしはただの一般人です


 誰かに強く想われるほど可愛らしい性格じゃありません


 普段は大人しくしてるけど、本当は毒吐きです


 捻くれた性格って、自覚もしているんです



 それ全部知ってるはずでしょこの先輩は。


 なのになんで、“いつも”とは違うことばっかりするんですか?






【4.好きでも嫌いでもありません】







「それじゃ、当日はこんな感じで頼むぞ。打ち合わせ通りしときゃなんとかなっだろ」

「……本当に、それやらなくちゃダメですか?」

「当ったり前だろ!? 楽しんでこその文化祭なんだからなっ! これくらいはしねぇと」


 何が楽しいんだか、暁先輩はからからと笑った。

 絶対、嫌がらせなんかじゃないかとか思うんだけど。


 暁先輩はいつもふざけたように言って、真面目にやり通す。そう関わった人たちが口々に言うのをよく聞いている。

 あたしに拒否権はないらしい。


「ま、よろしく頼むな? 相棒」

「くれぐれも、女性の恨みを買わない程度に、よろしくお願いします」

「うっわ辛辣。大丈夫だって、平気平気! んじゃ、またな!」


 尚も楽しそうに暁先輩は根拠もない自信で言い切って、部室から出て行った。ちらちら時計を確認していたところから見て、本当に忙しい最中だったらしい。

 あの龍神カンパニーの御曹司様だし、忙しいのは当然だろうけど。

 と、暁先輩のことを気にしている場合じゃなくて。

 後先のことを考えると、色んな意味で文化祭が憂鬱だ。


「あー……、面倒くさい」


 しつこい奴だって言ってたあいつがどんな手を打ってくるか。

 さっき暁先輩と打ち合わせしたこと。

 学校の名物競技の代表となったこと。

 しかもあの暁先輩とペア。


 ただの一般生徒の一人だったあたしが、なんでこんなことしなくちゃいけないんだろう。

 なんて言うか、あたしは突然主役に抜擢された脇役の気分だった。脇役を舞台の前に出すなんて、どんな歪んだ話なんだと思えるくらいに。

 深い深いため息をついて、あたしは写真部の文化祭までのタイムテーブルを引き寄せた。準備期間の撮影仕事を増やす代わりに、当日代わって貰える人を探さなくちゃ。

 すっごい、申し訳ないけど。


「……一年生に頼むしかないかな、仕方ないけど」


 三年生は引退組として数に入れられないし、同じ二年生はかなりきつきつにスケジュール組まれてるから、不安は尽きないけれどそうする他ないのかな………。

 とか何とか考えていた時に、やけに荒々しく部室の扉を開く音がした。


「ちょっと、そんな乱暴に開けたら壊れ……って、あれ? 先輩」


 注意しようとしたら、肩で息をしたあたしの言葉の応酬相手である先輩がそこにいた。

 すっごく慌てていたらしく、なかなか息が整わないみたいだけど。

 目を丸くしたあたしを、先輩は真っ直ぐに見つめている。


「どうしたんですか、そんなに急いで。らしくないですよ」

「……んな、こと……より」

「あーはいはい。とりあえず息整えてください、何言ってるか分かんないんで」


 適当に流して、まだ苦しそうな先輩の言葉を封じる。言葉の応酬はテンポとスピードが大事だから、こんな状況の先輩と話していても面白くない。

 とりあえず、扉を閉めて床に座り込んだ先輩の前にしゃがみこんだ。


「落ち着けましたか?」

「この前の俺の台詞だな、それ」

「言わせてるのは誰ですか、まったくもう……」


 呆れたように言うあたしをじっとみていた先輩は、ぽつりと呟いた。


「大丈夫みたいだな」


 何が、とは聞けなかった。むしろ何で、と聞きたかった。

 先輩が言う“大丈夫”は、きっとあいつの接触に対する大丈夫だ。

 この前のことを気にしてくれてたらしい。

 まぁ、あれだけ泣き喚いたら気にするなって言う方が無理なのかもしれないけど。


「誰から聞いたんですか。あたしが、あいつにまた呼び止められたこと」

「さっき、暁からな。ついでにペア組んだことまで聞いたぞ」

「あー、一から十まで教えてもらったようで。仲が良くて羨ましいですよ」


 落ち着いて話を返しているあたしに、先輩は少し驚いたみたいだ。

 あたしがまたこの前みたいになってると思ったんだろうけど。

 暁先輩が突拍子もないことばっか言うから、自己嫌悪に陥っている場合じゃなかった。

 あいつへの対策なのに、そう感じさせない暁先輩のペースに巻き込まれた感じ。だから、そんなには落ち込んではいない。

 あくまで、“そんなには”だけど。


「本気で羨ましいと思うか、あいつと仲良いなんて」

「ちっとも。ただの社交辞礼ですよ」

「残念だな、暁からしてみればお前は十分仲良しだ。文化祭ペアで俺がいつも味わう苦労を思い知るといい」

「うわ、嫌味ですかそれ。好き好んで代表になったわけじゃないんですけど」

「知ってて言ってるだけだ。伝わってて幸いだな」


 あ、いつもの応酬だ。

 深く触れかけてやめる、いつもの言葉のキャッチボール。互いに重くも深くも侵さない領域で、ギリギリのライン。

 あたしの好きな曖昧のポジションにいる先輩に、にやりと笑ってみせた。


「知ってましたけど、やっぱり先輩って腹黒ですよね」

「お前ほど毒吐きでもないし、暁みたいに策略家でもない上に、結徒(ゆいと)みたいにドSじゃないから安心しろ」

「どこに安心要素があるかさっぱり分かりません。……って。結徒って、あの遠野(とおの)結徒先輩?」

「暁とくれば、その結徒だろ」


 何処か疲れたように先輩は肩を落とした。

 遠野結徒先輩と言えば、暁先輩と並んで銀の王女とも呼ばれる美人な男の先輩だ。顔に似合わずドSで甘党なのは校内でも何故か有名なんだけど。

 そんな人たちと先輩が仲が良いだなんて、ちょっと意外だった。


「ま、そんなことはどうでもいいんだ。……暁は、そいつのこと何て言ってた?」

「……そこまで悪い奴じゃないって。あと……」

「あと?」

「……勘だけど、しつこい奴だって言ってました」


 自分でちゃんと口にして言うと、また身震いがした。

 あたしはそんなことされるような人間じゃないのに。

 しつこく追い求められてもいい人間じゃないのに。

 嫌気がさして、ぐっと唇を噛み締めた。


「暁が言うなら、あながち間違ってないのかもな」


 そんな不安になるようなこと言わないでほしい。ただでさえこの後について考えるだけでも気が重くなるのに。

 俯いて、表情を見られないようにした。

 何でしゃがんだりしたんだろ。これじゃあんまり隠せやしないじゃないか。


 だからほら、先輩の大きな両手でぐいと、無理矢理前を向かされた。

 正面には怖いくらい真面目な先輩の顔。

 逸らすことなんて許さないように、あたしの両頬を包み込んでいる。


「何不安そうな顔してんだよ、ストーカー被害にでもあってんのか?」

「……あたしみたいなのでも、そんなのになったらやっぱり怖いですよ。女の子の気持ちなんて、先輩には分からないでしょ?」

「確かに分からないけどな。でも、お前にはあの龍神暁って言うすげぇ奴が味方してんだろ。だから大丈夫だ」


 先輩まで根拠もなく大丈夫とか言うなんて、本当にらしくない。

 不安にさせたり宥めたり、なんなんだもう。


「それに、ここに頼りになる優しい先輩がいるだろーが」

「先輩、それ自分で言ったらありがたみも薄れます」

「自分で言わなきゃ誰も言ってくれねぇから言ってんだよ」


 分かれよな、と頬に添えられた手でつねられた。真面目な話をしてるかと思えば、ふざけるんだから。

 何するんですか、とお返しにぺしんと膝を叩いてやった。


「てめ、少しは俺に遠慮しろよな。これでも先輩だぞ」

「意地悪な先輩には遠慮する必要なんかないですよね。もうちょっと後輩可愛がったらどうですか」

「十分可愛がってるだろ、お前以外の後輩は」

「それじゃ、あたしも敬う必要ないですよね。先輩には」


 いつもの言葉の応酬をしている時は、やっぱり他のことを考えなくて良いからか、気が楽。不安もどこかに押し退けられる。だから大丈夫。

 そう自分に暗示掛けするように、言葉を探しながら何度も何度も心の中で呟いた。


「何だよ、実は可愛がってほしいのか?」

「慎んで遠慮します。先輩を敬うつもりはさらさらないんで」

「そこは遠慮するなよな」

「わっ、ちょっと先輩!?」


 ぐいと、腕を引かれた。

 大丈夫と心の中で呟いていた呪文も途切れてしまった。

 気付けばあたしは先輩の胸の中。

 ぎゅっと背中に回る腕を意識しちゃうと、スゴい勢いで心臓がリズムを刻む音が響き渡る。

 ちょっと待って。これ一体どういうこと!?


「せ、先輩!?」

「本当に困った時は、迷わずに頼れよ。それしかできねぇんだから」


 胸元に押しつけられた頭を上げることなんかできない。

 あたしの顔が赤いのを気付かれないように下を向いていたから、先輩が何を思ってそう言ってくれたのかは分からなかった。


 まるであたしが意識しているみたいじゃないか。


 恥ずかしいと思うのと同時に、隅に押し退けた不安だった心が消えたように思えたなんて。

 本当に何なんだこの先輩は。


「大丈夫、なんとかなるしなんとかする。だから、そう卑屈になるなよ」

「……っ」


 強くぎゅっと抱き締められてから、先輩はそっと腕を解いた。

 最後に大丈夫だと強く思わせるような、暖かな温もり。

 何処か夢心地な気分で、あたしは先輩からそっと離れた。

 先輩と、目を合わせることなんてできない。


「あ、一つ釘打っとくけど、暁にだけはマジ惚れするなよ? 後が面倒だから」

「……分かってます」


 なんでそう何事もなかったように振る舞うかなこの人は。

 意識しているのはあたしだけってこと? そんなの恥ずかしすぎる。


「まぁ、その前に俺に惚れそうだな。顔が真っ赤だぞ」

「そ、そんなことしたの誰だと思ってるんですか!? 最低ですよ最低!!」

「いつもの冗談だって。何むきになってんだよ」


 本当に、最近のあたしも振り回されてばっか。

 先輩もだけど、あたしだってらしくない。

 これのどこがいつものだ。いつもとは全然違うの分かってるくせに。

 あたしの学校生活、こんなはずじゃなかったんだけどな。


「こんにちはー。あれ? 先輩方どうしたんですか」

「ちょうど良い、悪いけどタイムテーブルの変更があるんだ。お前当日の仕事増えても平気か?」

「あ、はい。クラスのも特にないですから」

「悪いな、当日三年はみんな受験日で手伝えないんだよ。人手厳しいけど頼むぞ、まずここと……」


 先輩は何事もなかったように、やってきた後輩に勝手に変更を伝えていた。引退しても元部長だからか、勝手は分かってるし一年生も素直に受け入れてる。

 あたしは、ただ顔の熱を冷ますほうが優先で、それどころじゃなかった。


 それでも、一つだけ感謝はしている。

 あたしの中であの言葉は結構嬉しかったみたいだ。

 不安じゃないって言ったら嘘になるけど、そんなに重く感じない。


 あぁ、あたしには強い味方がいるじゃないか。

 そう考えさせられるだけで気が楽になるなんて、あたしも相当現金な人間だと思うけど。


「本当に、なんなんだ……」


 未だ静まらないドキドキを胸に秘めながら、あたしは小さく呟いた。

 先輩には、絶対絶対聞こえないように。



徐々に長くなってきていますね申し訳ないです。

まだ、まだ大丈夫です。えぇ、まだこれくらいは大丈夫書ける。


これ先輩視点も書き上げたいなぁとは思うのですがどうでしょうか。

あ、すみません聞くなって話ですよね恐れ入ります。

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