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2.嫌いだなんて、嘘です



 逃げ出したあたし。


 逃げ場所なんかあるはずはないのに。


 部室に逃げ込んで、自己嫌悪に打ち拉がれたくて……



 それなのに、一人にさせてくれないのは、


 先輩の捻くれた優しさなのかもしれない






【2.嫌いだなんて嘘です】








「ちわぁー…って、あれ? 先輩だけ?」

「あ? あぁ。みんな打ち合わせに行ったよ」


 ちょっと肩の力が抜けた。

 先輩だけなら特に気を遣わなくてもいいや、なんて失礼なこと考えちゃったけど。


 あたしが所属している写真部は、実を言えばちょっと忙しい。

 文化祭の準備に追われていると言えば聞こえは良いけど、どちらかと言えば他の部所からの依頼に終われている。広報部だとか生徒会だとかその辺からは特に。


「先輩は打ち合わせとかないんですか?」

「まさか。俺は三年だぞ? 免除だ免除」

「とか言って、面倒くさいからサボりにここにいるだけですよね。実は」

「ま、そんなとこだけど」


 否定はしないやる気のない先輩に、ないやる気をひねり出そうとしてたあたしが情けなくなって、深くため息を吐いた。


「なんだよ、幸せ逃げるぞ?」

「そうですねー」

「うわ、何その適当さ。俺仮にも元部長で先輩だぞ」

「そうでしたねー」


 まともに相手をしてられなくて、机に突っ伏した。顔を伏せていれば、今自分がどんな表情をしているかなんて分からないはず。

 自分の中がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいのか分からなかった。


 あたしがしたことは正しかったの?

 残酷なことをして、自分を正当化しただけだったのかもしれないって、心の何処かで囁く声がする。


 そうなのかもしれない。

 我が身可愛さに、あたしはあいつの気持ちをふみにじった。かと言って、付き合うつもりは毛頭ないのは事実だし。

 あの状況で言ったことも、到底許せそうにない。


「……面倒くさ」

「お前がそれ言うなよな」


 思わず漏らした独り言に、先輩は苦笑しながら律儀に応えた。

 あたしのごちゃごちゃなんて、先輩にはちっとも分からないくせに。


「別に、先輩に理解してもらおうとは思ってませんし」

「奇遇だな、俺もお前に理解してもらおうとは思ってない」


 じゃあ言うな。

 なんて、悪態も吐けないほどにさっきのことがずしりと重くのしかかってくる。


 そもそも、先輩がなんでここにいるの?

 ……一人になりたい。誰かがいることが苦痛に感じる。


「……受験生なら素直に勉強してればいいじゃないですか。ここにいる意味ないですよね」

「あ? ただの暇つぶし。面接練習までの時間潰しだから、可愛い後輩の様子を見に来ただけ」

「うわー、嬉しくて涙が出ちゃいますね」


 棒読みで返す。

 どうせ先輩だってただの言葉遊びで言っているんだ。気持ちなんかこめる必要ない。


 顔を伏せたまま、いつも通りの会話をしている自分に腹が立つ。

 胸が塞がりそうなくらい苦しいのに、自己嫌悪で気持ち悪いのに、あたしは一体何してるんだろう。目頭が熱くなった。

 先輩が、苦笑いを漏らした声が聞こえた。


「お前本当に容赦ねぇのな。ま、そんな風に言い返してくるからこそ好きなんだけど」


 ガタッ!! と大きな音が遠くから聞こえた気がした。

 目を見開いた先輩の瞳がやけに印象的だった。


 待って。

 今、先輩はなんて言った?


「ど、どうしたんだよ急に………。誉めたんだぞ、俺は」

「あたしはっ!!」


 たじろぐ先輩を、真っ正面から睨み付けた。睨み付けたつもりだった。

 視界がぼやけてそれができてるかは分からない。

 喉の奥で何かが詰まっているみたいに言葉が引っ掛かる。きっと、さっき言うまいと封じ込めたせいなのかも。

 それでも、無理やり引っ張りだして叩きつけるように叫んだ。




「あたしはっ、大っ嫌いだ!!!」




 あぁ、あたし最低だ。そんなの分かってる。

 先輩は何も悪くないのに、酷い言葉を投げ付けてしまった。

 あたしがあいつのこと最低とか言った以上に、あたしも最低だ。

 いっそここから消えてしまいたい。


「落ち着け。何があったんだよ、お前今日なんかおかしいぞ?」


 今先輩がどんな表情でそう言ってくれているのかは分からないけど、乱暴に頬を擦られているってことから、初めてあたしは泣いているんだと気付かされた。

 止めようと努力しても、なんで止まらないかなこの涙は。


「あぁ、いいいい。もぅいっそ泣いちまえ」


 ぽんぽんと頭を叩いてくる先輩の言葉に、あたしは声をあげて泣いた。

 さっきの出来事も思わず口にしていたのは、先輩が妙に優しかったからかもしれない。

 苦しかったことを全部吐き出した。


 好きですって、たくさんの人の前で言われたこと。

 知らないそいつに、的外れな答えを突き付けて逃げてきたこと。

 本当にこれでよかったのか悩んでいること。

 自分の情けなさと醜さに嫌気がさしたこと。


 言わなくてもいいことまで、全部、全部。先輩は、相づちをしただけで何も言わなかった。

 少ししてから涙も止まって、ついでにしゃっくりも止まったあたしは、まだ熱い目蓋を押さえながら俯いた。

 冷静になってみると、かなり恥ずかしいかもしれない。

 かもじゃない、恥ずかしい。


「……落ち着けたか?」

「……おかげさまで」


 自分勝手な感情のままに大っ嫌いだとか言った先輩相手に泣き喚いて、……穴があったら今すぐ入りたい。


「……すみません」

「うわ、お前が謝るとか珍し」

「あたしだって、謝るときは謝りますよ。失礼な」

「悪い悪い。つい、な」


 いつもの調子じゃないと気が狂うとでも言いたいのかは分からないけど、完全に出鼻を挫かれた。

 なんてことしてくれるんだ。せっかくちゃんと謝ろうと思ったのに。

 タイミングを外すと言いにくいことこの上ないんだから……。


「……そんなに、自分を追い詰めなくてもいいと思うぞ?」

「は?」

「は? じゃねぇよ。お前は全部自分のせいって考えすぎ」


 何の話をしているのか、始めは分からなかった。

 でも、あたしが泣きながら話した内容のことを言っているんだって、何となく分かる。

 ……そこはそっとしていてくれてもいいと思うんだけど。


「あとは、ちょっと周りを気にしすぎだな。自意識過剰はよくねぇぞ」

「じゃあなんですか、先輩ならどうするんですか。あんな状況に立たされたら」


 余裕ある言い方に、むっとして言い返した。

 周りには同学年の生徒。

 目の前には名前も知らない誰か。

 好きですだなんて告白をされた。

 偉そうに言う先輩なら、どうするか。

 もちろんあたしより華麗に切り抜けるんでしょ?と目で挑発しながら、先輩の答えを待った。


「気持ちは嬉しいけど、他に好きな人がいるんだって言って断る」

「え、断っちゃうの?」


 驚きのあまり敬語が消えた。そんなことを気にするような先輩じゃないからよかったけど。

 先輩はさも当然とでも言うようににやりと笑った。

 ……ちょっとムカつく。


「はっきりとした答えを求められてんだから、イエスかノーのどちらかを出してやらねぇと。相手も踏ん切りがつかねぇだろ」

「……周りに目が無ければそうしたんですけどね」

「尚且つ、他に好きな人がとか言っとけば、一途に想ってんだろうなとか思われて、むしろ好感度アップだしな」

「うわ何この策略男、もしかして実際に使ってたりするんですか」

「知りたいか? 俺のもてっぷりを」

「慎んで遠慮します」


 ちょっと悔しかった。あたしが出した答えは間違ってたように思えて。

 軽口に皮肉を返したのは、拗ねたからだと自覚はある。子供っぽいとは思うけど。


「なんにしろ、お前はそんなに気にしなくていいんだ。また何か言ってきたら、その時手を打てばいいさ。だろ?」

「あたし先輩みたいに計算高くはないんですけど」

「それだけ俺に毒を吐けるくらいなら十分だと思うぞ」

「なんですかその判断基準は」


 あまりに先輩が気楽に考えるものだから、思わず吹き出した。先輩も笑うから、ならそれでいいかと思えるのが不思議だと思う。

 ふと気が付けば、ごちゃごちゃだった心がやけに落ち着いていて、苦しいのもなくなっていた。

 本当に不思議だ、この先輩は。


「笑えられるなら平気だな。あとは目の腫れぼったさくらいか?」

「……え? せんぱ」


 ひんやりとした手が、あたしの目蓋を覆った。

 冷たさが心地よいけど、やるやらやるで一言言ってほしい。

 そっと、瞳を閉じた。


「あぁ、まだ熱いな」

「先輩が泣けって言ったから、遠慮はしませんでした」

「そこは遠慮しろよな」


 先輩の苦笑する声が聞こえる。今のあたしには、何も見えない。

 だから、今度こそ言った。


「……先輩」

「ん?」

「大っ嫌いだなんて言って、ごめんなさい」

「あぁ、それくらい気にしてねぇから」

「……嫌いじゃないですよ、先輩のこと」


 真っ暗な視界には何も映らない。

 先輩が今どんな表情をしているかは分からないから、だから素直に言えた。


「お前は本当に曖昧なラインが好きなんだな」

「そうですね。否定はしませんけど、こうして先輩と言葉の応酬するのは好きですから」

「あぁ、そりゃ俺もだ」


 そっと先輩が近づく気配がした。気のせいなのかもしれないと思うくらい、ほんの数秒。

 気付いたときには手も離され、目蓋を持ち上げて見た視界にはカバンを手にした先輩の姿がうつりこんだ。


「お前も落ち着いたみたいだし、俺そろそろ行くな」

「あぁ、面談練習でしたっけ? ……ん? 先輩もしかして推薦入試ですか」

「もしかしなくても推薦だ。俺は優等生なもんで」

「うわぁ、どこからどう見ても微塵すら優等生に見えませんね」

「言ってろ。そんじゃな、ちゃんと冷やしとけ」


 最後にそんなこと言い残して、先輩は部室から出て行った。

 いつも通りの会話に一番したがっていた人が、いつも通りからズレていたなんて。

 心が荒んでいたせいもあるけど、優しいだなんて感じじゃったじゃないか。


「……ばーか」


 でも、ありがとう先輩。

 まだ熱を保った目蓋を自分の手で冷やしながら、あたしは小さく笑った。



先輩登場。彼らの名前が決められなくて、ですねゴニョゴニョ。

えと、これ書いたのが5年前くらいなので、ちょっと出てくるモノが古いかもです。


そして、恋愛モノが好きな割に、自分が書くと照れくさくなってそんなに甘くはならないのが緇雨クオリティです。

期待したほど甘くならなかったら、もう、こいつの照れの限界値は低いんだなとか思ってください恐れ入ります。


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