8話
「――ねぇ、愚妹。この一月、アンタは何をやっていたの?」
聞き流していた耳が拾った言葉。
姉の言葉に、酷く傷ついた……ことはない。
いつもの聞き慣れた言葉。
わたしと比較するため、自分が如何に優秀であるかを先に出し、それに対してわたしはどうなのかを問う。
もちろん、答えを返せるわたしじゃない。
一度だけ『花の世話を頑張った』と言ったことがある。
この解答に対して、『花なんて自力で育つわ。だって、もともと自然のものよ?』と返された。
確かに花などは自然のもの。人の手によって、いつでも手には入れるようになっただけだ。
でも、世話をすることを否定されるいわれはない。
育てることも世話をすることも知らない人に、言われたくなかった。
「ここで妹君を責める暇があるのならば、一時でも早急に、魔王軍の数でも減らすがよかろう」
「……風魔弓士、耳障りな言葉遣いはおよしなさい!」
「某には、そちらの声が耳障りである。聖王国、聖女は偏見を持つ者であるか?」
「事実は偏見ではありません」
「箱入り生娘の、なんと視野の狭きこと」
ディオルが言葉を吐き捨て、会話を強制終了させる。
平行線というより、暴投ばかりのキャッチボールかもしれない。
「劣化人間の所には、それ相応の人間しか集まらないってパパが言っていたけど……ここでも事実になるのね」
「っ!」
父は会社で重要なポストに居る……らしい。そのためか、他人を見る目は厳しかった。
少しでも他人より劣っていれば、容赦なく蹴落とす。
知ったのは、父の部下を名乗るおじさんという年齢の人が、『もう一度チャンスを下さい』と玄関先で土下座をしていた時だ。
結局、蹴落としたまま。
一生懸命頼んでいる人に対し、父は姉に『あれが無能な人間だ』と言い、わたしには冷たく『お前も同類だ』と言った。
……意味が分からない。
運動会も授業参観も、父として何一つしてくれない人に、決め付けられたくなかった。
三者面談も、進路相談も、来ないくせに……――
小学校から高校は、自宅から徒歩圏内のわたしに対し、姉は市立の有名校に母の送迎付き。
学力レベルに差が生じるのは分かっていながら、お前は駄目な人間だと決め付ける。
「…………リコが居なければ輝けない人間が」
「ユキ……?」
地を這うような低い声で呟きながら、剣に手をかけている。
抜刀態勢。
それを見ても、姉は余裕の表情。
抜けないのを、知っているんだ。
『勇者』が死ねば、世界が終わるから……。
「――ま、アンタがどこで誰と何をしようが、今みたいに呼び寄せることも可能よ。アンタの資質なんて、いつでも奪えるってことね。
覚えておきなさい。
アンタは『勇者』の資質を奪った片割れ。世界に対し、何もできない無能者。その資質を渡さない限り、世界は苦しみ続けるのよ!」
瞬間、ブゥンッ――と床に魔法陣が浮かび上がる。
召喚ではない。姉の周りにいる神官たちが、何かを呟いている。
同時に溢れる光りは、わたしを引っ張っていく。
どこへ?
分からない。
ただ、
『リコッ!』
どこか遠くへ行く気がした。
二度と二人に会えない、そんな遠くへ――
※ここで一区切りです。
今年の更新はこれで終わります。
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