3話
苦節一ヶ月。
「赤霊、集いしは我が情熱――〈フェルド〉!」
本を左手に。
かざした右手から、野球ボールくらいの火炎が生まれた。
ようやく安定して発動させることができた、魔法使い初級の呪文。
嬉しさのあまり、『やったー』と大声を出してはしゃいだ。
「成功率1パーセントだった頃が懐かしいよ」
ちなみに二十五日前の話だ。
この世界の一月は三十日と決まっている。一年は地球と同じく十二ヶ月だが、五日少ない三百六十日になっている。
ユキ(さん付けと敬語は禁止された)から魔法の基礎を学び、学科を学びながら実技に入ったのが、成功率1パーセントの頃だ。
本格的に実技に入ったのは、学び始めて十日――最初の失敗から五日後のことだった。
十回に一回の成功から、少しずつ成功率を上げ……今日、ようやく百パーセントにすることができた。
この世界の一般的と比べると、ものすごく遅い部類に入るそうだ。早い人では五歳で基礎を学び、二週間から二十日内には初級を使えているとのこと。
心配していた文字のことだが、驚いたことに、見たらすぐに読めてしまった。召喚された際の特典だろうか?
読めるし、書ける。学科に入るのはあと一月もかかると思っていた所の幸運だった。
「キミの努力が実った証拠だ」
そう言って、ユキは笑う。
一緒に喜んでくれる人が居るという現実は、何だかくすぐったい感じだけど、嬉しい。
……昔、テストで百点を取った時、喜んでくれた祖父母もこんな笑い方をしてくれた。
記憶の底に沈んでいたモノが、ユキの差し伸べてくれた手が救い上げてくれるような気がした。
「初級である四属性の一つを覚えることで、人が持つ魔力の扉が少しずつ開かれる。あとは扉の開放率により、使える術の階級も上がっていく」
「それも努力の積み重ね、だね」
「ああ。だが、覚える術は気をつけて選ばないとだめだ。特に、精霊石の本に術を刻む場合は……だ」
「刻んだ術は消すことができない――術に触れる度、何度でも思い返すよ」
手にした精霊石の本――
この本と契約をしたわたしに、最初にユキが忠告したことだった。
ページ数は持つものによって上限が変わる。成長によっては増える場合もあるらしいが、大抵は初期ページのままらしい。
わたしのページ数は十五。初級――わたしの場合は〈フェルド〉――は必ず覚えなければならない術のため、残り十四ページ。
覚えたいのはユキをサポートできる補助と回復、同じ場所に立って戦いたいから、攻撃も少し。
現存する魔法を知れば知るほど、どれも必要な気がして目移りしてしまう。
この十五というページ数は、精霊石の本を扱う者としては多い方になるらしい。
ユキが持った場合、推測では六ページくらいじゃないかと言っていた。理由は、得意とする属性術が少ないから……だ。
魔法を学ぶ上で、最初に出てくるのは人に備わった属性だった。
彼は『光魔剣士』という通り名のごとく、光属性を持っていた。滅多に居ない属性のため、魔法数は少ない。覚えた初級は四属性ではなく光、明かりを灯す〈ライト〉。
「今、ふと思ったんだけど……精霊石の本って、実は結構貴重だったしりて?」
刻んだら消せない欠点をと、少し重くて不便な部分を除けば、なかなかいいアイテムだと思う。
「…………まあ、なんて言えばいいのか……うん」
口ごもる。
気にして欲しくなかったのか?
「……精霊石自体、希少価値のある物だ。この本をくれた奴は、世界で最後の一冊と言っていたか…………何も言わず、説明だけで有耶無耶にしようかと」
そう言われ、
「あー、納得。うん、全然気にしないよ? むしろ、ありがとう」
すんなりと、受け入れられた。
それから心の中で、本をくれたと言う顔も名前も知らない人にもお礼を言っておく。
この本がなかったら、わたしは何もできないままだった。
「……そう言ってもらえると、救われる。オレからも、ありがとう――リコ」
苦笑しながら、頭を撫でる。
リコとは、わたしの名前。里子ではなく里子にしたのは、新しい自分を始めるため……かもしれない。
――本当は、祖父母が呼んでいた秘密の名前だったりする。
けどそれは、わたしだけの秘密にしておこう。
ユキと出会って一月が過ぎた。
わたしは未だ、助けてもらった村に滞在している。世界のことを中心に、常識を身につけるためだ。
魔法を覚えてようやく一歩、進めたような気がするけど、まだまだ『外への一歩』は踏み出せそうにない。
一緒に召喚されてこう言うのも悪いけど、勇者となった姉には一日でも早く、世界を平和にしてもらいたいな……なんて。
わたしは七瀬里子。
だけど、リコ・セブンス……それがこの世界を歩む、今のわたしの名だ。
※ユキとの出会いで少し、前向きになりました。
姉側の動き等は追々。