13話
物語でも、逃走に順調はない。
待ち伏せなどはお約束だ。
「……ったく。戦場も知らない人間が、あたしに勝てると思ってたワケ?」
打ち倒した追っ手、その背中を踏みつけながらの一言。
ユキが『紅蓮闘拳』以下を塗り潰した理由が、何となくだが分かった気がする。
わたしが浮かんでいた巫女のイメージは、一言で言えばおしとやか。あるいは控え目。
カイネさんは巫女らしくない。
だけど、戦えない人を守るために戦うという意味では、誰よりも巫女なのかもしれない。
強く、そして気高い。
「本当なら身ぐるみ剥いで放置したい所だけど、時間がないから――路銀だけで勘弁してあげる。どうせ、あんたたちの私腹の肥やしにしかなんない金でしょーし」
言いながら、鮮やかな手つきで回収していく。
慣れすぎだ。
戦場でもやっていたのだろうか?
「リコ、そんな不思議そうな顔をして、何か気になることでも?」
「あ、えっと……豪快だな~って」
「そう? こーゆー追っ手には厳しく、それでいて二度とこんな気にさせないようにしないと、生命力の強い黒いヤツみたいに増えて困るしね」
「…………名前を言うのもおぞましい、アレね」
ゴのつく黒い物体はダメなんだ。その辺は女の子なんだなと納得。
かく言うわたしも苦手だったりするけど、見てしまったら退治はする。
……嫌々ながら。
でも、自分の身に起こるだろう危機は見逃せない。誰も助けてはくれないから。
しかし、世界は違ってもヤツは存在するんだね。
最初の『勇者』が連れてきたりして……なんて。
「ま、打ち所悪い場所ばかり狙ったから、早々復帰はできないと思うよ。回復させようにも、イフリーティスに治癒を扱える人は少ないしね」
「そうなの?」
「ん。土地柄ね。南大陸じゃ、気候のせいで丈夫な人間しか生まれないってのも原因の一つにされているのよ。
まあ、治癒が使える人間は世界的にも少ないし。全くゼロ人ってワケじゃないから、大して気にもしていないのよ」
「健康なのはいいことだよね」
多分、違うと思うけど。
「そういえばリコ、調子は?」
「え? あ、うん。今は大丈夫。水路は暑くなかったし、ここも海が近いおかげで何とか」
久しぶりにまともな体調だと思う。
ただ、体力は落ちてしまっている心配はある。
それでも、倒れている暇はないし、足手まといにもなりたくない。
強くならなきゃダメだ。身体もそうだけど、心はもっと。
「…………うぅ……巫女、カイネ…………な、にゆえ我らへ……仇、なす?」
「神官長がハゲでスケベじじいだから」
ミもフタもない。
直球ド真ん中。
カイネさんの即答に、声を発した追っ手は黙り込んだ。
……心当たり、あるんだね。
それを知っていながら仕えている、この人たちも同類かも知れない。
「――あたしはね、ここにいる彼女の力になりたい。それは巫女じゃなくカイネ・フラットとして、助け合うイフリーティスの一人として貫きたいこと。
あんたたちが必要なのは『巫女』であり、『カイネ・フラット』じゃないから、別にいいでしょ?」
「…………だが……精霊、は……」
「そーいえば、本当に精霊が言ったの?」
「――っ!」
どんな理由でカイネさんを巫女にしようと思ったのだろう?
何であれ、神殿は精霊を『使った』ことに違いない。たとえ名でも、きっと冒涜だ。
カイネさんは追っ手を踏みつける。
苛立ちと、怒りを込めて。
わたしもそうやって、怒りを態度に出せるようになりたい。
あの姉に、『バカ』って言って殴ってやりたかった。