11話
イフリーティスのフレールに辿り着いて一月。
飛ばしたハト(伝書鳩に似た手紙配達用の鳥類)からの返事では、ユキたちと合流できるのはあと一月はかかるそうだ。
今はクラフトニアに滞在し、気候と時期を見計らいながら、リアントゥークの同行も探っているとのこと。
『勇者』の活躍は、国の思惑通りの成果らしい。
それに比例して、魔王の動向も激しくなった。当たり前、か。
「手紙、返事を書くなら明後日までね。あ、内容は返事不要のヤツね。どうせ返事が来る前に、合流しちゃうだろうし」
「会えるのが分かっているなら、書かなくてもいいかなって思うんだけど……」
「ま、それもそうよね」
この一月で、わたしの体調は少しだけ改善された。
……と言っても、不調は変わらないまま。
結局、炎の精霊の加護は受けられなかった。イフリーティスにとって重要な存在だから、仕方ないと諦めるしかなく。
その代わりと言うのか、水と風、地の基礎魔法を教えてもらった。
水は飲み水用。
風は周囲の空調管理用。
地は地熱から身を守るため用。
これらの魔法は、気温が厳しい時だけに使用している。頼らない方が、この先滞在する上では体調にいいと言われた。
だから、だろう。少しだけ体調が改善されているのは。
「……ねぇ、ユキと合流したら旅に出るの?」
「一応。でも、わたし自身、この世界でどうしたらいいのか、まだ何も見えていないんだ」
「ふーん。まあ、あたしも役目があってここに居るんだけど……あたしという人間がやりたいことって、思いつかないんだよね。
――ってことで、あたしもあんたと一緒に行くことにしたから。ユキには伝えてあるし、オッケーもらってる」
「えーっと……」
戸惑うわたしに、カイネさんは思いっきりいい笑顔を向けた。
たとえるなら、ひまわり。
――そっか。夏空の下に咲くひまわりと同じなんだ。
わたしが元気になれるのはきっと、そうなんだと思う。
「冗談抜きで、あんたの辿る道の力になりたいって思った。最初は単なる人助けだったけど、いつの間にかあんた――リコを助け続けたいって思ったわ」
「それって……」
どういう意味なのか?
頼りないのか、それとも……――
ただ、これだけははっきり言える。
ユキやディオルの時と同じだ。
〝わたし〟が満たされる感覚。
嬉しいってこと。
「わっ! だから水は貴重なんだってば!」
ゴシゴシとタオルを押しつけ、慌てるカイネさん。
だけどその顔は、『仕方ないな~』と言っていた。
年の離れた姉が居たら、こんな感じなんだろうな……きっと。
『お姉ちゃん』
あの姉をそう呼んだことはない。名前もない。
姉は、姉。
多分、昔は『お姉ちゃん』とか呼んでいたと思う。今は覚えがないので憶測。
知らず、無意識に線を引いていたのかもしれない。なんて、これも単なる憶測だ。
「こら、なーに辛気くさい顔してんの! 人生、笑えなくなったら終わりだよ?
それにユキと会った時、ちゃんと笑えなかったらどうするの? 心配かけるのは不本意でしょ?」
「……うん。できれば」
「だったら顔を上げる、前を向く! 見える? 今、リコの前には誰が居る?」
褐色の肌に赤い髪。
ノースリーブのヘソだしルックな元気娘。
カイネ・フラット――
そう言ったら、笑って怒られそう。
「カイネさん」
「そう……あたしが居る。リコは、一人じゃない。たとえ周りがどうでも、リコを呼ぶ人間が少なくとも三人居るってこと、忘れないよーに」
眉間を突かれ、ユキ、ディオル、カイネさんの名前を呟く。
見知らぬ世界でわたしは、一人じゃない。孤独じゃ、なかった。
忘れてはならない、大切なこと。
「うん! 大分笑えてきたね。リコは可愛いんだから、笑わないと損よ?」
「か、可愛い?!」
「どうしたの?」
「…………言われたことがなかったから、気が動転しちゃった」
姉と比較されていないからだろうけど、ちょっとムズ痒いというか、照れくさかった。