10話
南大陸は、一年を通して寒い日はほんの三ヶ月ほどらしい。
寒いといっても、気温は春のポカポカ陽気くらい。
けど、カイネさんたちにとって気温十五度は、寒いそうだ。
それでも元々体温の高い南大陸人は、厚着をするほどではないと言った。
凄いのはどれだろう。
「リコ、生きてる?」
「……うん…………なんとか」
わたしはと言うと、一日の暑い時間帯はダウンして、夜の涼しい(といっても気温差はほとんどない)時間帯に、カイネさんの薦めで精霊の勉強をしている。
彼女は火の精霊を祭る神殿に仕えているそうで、魔法を勉強するなら精霊についても学んだほうがいいとアドバイスしてくれたからだ。
今は真昼の暑さにダウン中。
加えて今日は、気温が一番高くなる節目という厄日だった。
日本で言う真夏日や猛暑日が、ここでは時期で訪れる。対策を取り、この一日を乗り切ればあとは普通の暑さに戻ると言うけど……。
「困ったな~……ここより涼しい場所ってないし、神殿は逆にあっついし」
「……他の大陸から来た人って、わたしみたいになるの?」
「ううん。あんたはいきなり砂漠だから、ここの暑さに馴染めないんだと思う。初めて来る人間は港町で泊まって、暑さに親しんでから動くからね」
慣れず酷い人は一月くらい滞在しないと、大陸内部へは行けないらしい。
その大陸内部が、砂漠。
いきなり砂漠から入ったわたしは、身体が拒絶反応を起こしている可能性ある。これがわたしを診た医者の会見だ。
……砂漠に現れた点を不信がられたけど、体調で困ったらいつでも呼びなさいと言われた。
カイネさんの言う通り、手を差し伸べてくれている。
気温は死ぬほど暑いけど、心の温かさは暑くても十分だ。
「ん~……あとは、最終手段! 炎の精霊から加護をもらう――だけど」
問題なんだよね――と呟く。
炎の精霊は、南大陸イフリーティス大国を象徴している。この大陸に訪れる人の大半が、精霊への巡礼者だそうだ。
だから、わたしも巡礼目的で神殿へ行く分には構わないらしいが、問題はそれ以外にあると言った。
神殿内のごく一部は、炎の精霊をとても大切にしている。故に、外部からの巡礼者を嫌っている傾向があり、少々……というか、毎回問題が起こっている。
それを解決しているのがカイネさんたち。だが、それも限界が見えたとのことで、問題だと言ったのだ。
「――発端はね、五十年くらい前の『勇者』だったかな」
カイネさんは語る。
五十年前にも『勇者』召喚が行われ、復活しかけた魔王討伐に挑んでいた。
封印を強固にするため、当時の『勇者』はリアントゥーク国王の書状を持ち、炎の精霊の加護を求めてやって来たそうだ。
精霊も魔王封印に対する助力は惜しまないと、力を分け与えたそうだが……――
「その『勇者』はね、炎の精霊を屈服させてしまった。自分の力にするため……あるいは『勇者』としての使命感が強すぎたのかな」
「……えっと、わたしの世界の作り話だと、精霊に挑んで力を認めさせ、従わせるってことがあるんだけど」
「それは絶対にダメ。この世界じゃ精霊は上位。神の使途として敬うべき存在。彼らが世界を作っているから、あたしたちは生きていける。たとえ『勇者』でも、一時的でも、精霊を使役するなんて許されない」
ぎゅっと拳が握られる。
震えているのは怒り。
当時を伝え聞く人にさえも怒りが起こるほど、冒涜……だったのだろう。
「南大陸はね、一年を通して暑い国でも緑はあったんだ。それが五十年で、大陸の半分が砂漠になった。
……当時の『勇者』が炎の精霊を開放しなかったせいだよ。まあ、十年くらい前に死んでくれたおかげで、砂漠化の進行は弱まったんだけど。
精霊を屈服させるってことは、その土地の加護を失くすってこと。加護を失ったここは、死への道を歩むしかなかった。それがここでは砂漠化よ」
「現実……知らないまま死んだんだね?」
「そうよ。どの『勇者』も同じ。頭ン中は魔王を倒すこと。そのために必要な要素は手に入れて当然。みんなは『勇者』に力を貸して当然って『勇者』は思っている。まるで洗脳よね」
「洗脳……」
それはどの段階から?
姉は魔王軍一つを壊滅させたと言っていた。
事実なら、〝何か〟を犠牲にしている?
わたしも、同じことを?
「リコ?」
肩に触れたカイネさんの手に、思わず恐怖してしまった。
彼女は何も悪くない。
ユキもディオルも悪くない。
「…………ユキはあんたに、魔王を倒せって言った?」
ため息と共に紡がれた言葉に、はっ――と顔を上げる。
困った表情で笑っていた。
――答えは、ノーに決まっている。
※リコの言う『わたしの世界の作り話』はテ○ルズのことだったりします。主にPやE、Sなどですね。