9話
ジリジりと焼けるような暑さに目覚めると、そこは一面砂の地だった。
周りには休めるような木陰も建物もない。
ユキもディオルも居ない。
暑さを感じている身体なのに、心が冷えていく感じがした。
多分これが、死ぬってこと。
心が死んだら、それは生きているって言えるだろうか?
「――あ、気が付いた?」
わたしを覗く、赤。
燃えるような赤なのに、熱さは感じられなかった。
「水、飲むでしょう?」
差し出されたコップに、頷いて受け取る。
少し温かったけど、乾いた喉を潤すには十分すぎる一杯だった。
そうして飲んでから気づく。
わたしは生きている。
赤は、目の前の健康そうな褐色の肌をした、女性の髪だ。ノースリーブの服に、ヘソ出し……地球でも、プロポーションが良くないとできない格好をしている。
「落ち着いた?」
「……はい。ありがとう、御座います」
発したわたしの声は、潤した喉なのに掠れていた。
おかしいはずなのに、悲しいのはなぜだろう。
「あの……ここは、どこ……ですか?」
「ん? 世界の南側、南大陸イフリーティス大国のフレールって町よ。あたしはカイネ・フラット。あんたは?」
「……リコ・セブンス。リアントゥークって国から飛ばされました」
「西の腹黒国から?!」
カイネさんはディオルと似た思考らしい。
何より、あの国はやっぱり腹黒なんだと納得する。
「もしかしてあんた…………『勇者』なの?」
「……どうして?」
「ん~……マナというか、気質が違う感じがするから。何て言うか、内側に光っているモノがあるっていうの? そーゆーのは光属性持ちか『勇者』くらいだから」
そう言われてもピンと来ない。
とりあえず、わたしの立場を明かす。
「わたし自身はオマケ、です」
そして助けてくれたお礼も兼ねて、これまで起こった身の上話をした。
『勇者』を証明する要素は何もなかったけど、話の内容から本当であると信じてもらえた。
元々、『勇者召喚』を行っているのはリアントゥークだけだから、疑う余地もなかった……らしい。
おそらくだけど、わたしが有害か無害かを試していたのかも。
嘘を言うか、バカ正直に話すかを。
「――ねぇ、さっきから話に端々に出る『ユキ』って、もしかして、ユキ・クロスロード? 光魔剣士の」
「はい、そうですけど……お知り合いですか?」
「知り合いって言うより、戦友かな? あいつの国、クラフトニアとうちのイフリーティスは友好関係にあるしね」
リアントゥークと違って――そう付け加えて。
聞けば、西大陸で一番権力を持っていて、外部大陸に対して威圧的らしい。
それは全て、『勇者召喚』ができるせい。魔王を倒して欲しかったら従え……と。
まあ、魔王側も驚異と見ているのは西大陸だけのようで、占領されている北大陸以外は魔物は出るものの、それほど被害はないそうだ。
カイネさんは『自業自得だね』と言う。
大陸の危機を、自ら呼び起こしているから。
「さて、と。起きたてで長話させちゃったね。フレールに居る限り、あんた――リコの安全は守るよ。ユキには連絡できると思うから」
「……すみません、カイネさん。ありがとう御座います」
「いいのよ。人助けに理由はないし、困っていたら手を差し出すのがイフリーティスのあり方だからね」
にっこり笑って言う。
あり方を差し引いても、いい人に違いない。
ユキの知り合いは、彼に似て、いい人で良かった。
――死ななくて、良かった……。
「カイネさん」
「なに?」
「ありがとう、御座います」
生きている自分に、助けてくれたことに。
そして、出会えたことに。
「…………この土地での水は貴重だよ。だから、どんなに嬉しくても悲しくても、涙は我慢すること。それこそ、この先も生き続けたいのなら尚更、ね」
「っ、はい」
滲んだ視界を拭い去り、返したわたしは多分、とてもぐしゃぐしゃな笑い方だったと思う。
「あんな顔されちゃ、助けてやりたくなるだろ?」