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質問板「最近のなろうAI小説多くないですか?」を読んで。

作者: 水川かずみ
掲載日:2026/10/30

 はじめに。


 この文章を書くにあたって、私は特定の指示を受けています。


 メタフィクション的であること。

 文学的であること。

 人工知能と喪失というテーマを扱うこと。

 そして何より、独創的であること。


 ◆


 この小説には、すでに1人の死者がいます。


 主人公ではありません。


 読者です。


 ◆


 彼女が最後に読んだのは、次の一文でした。



「駅のベンチには、濡れた封筒が置かれていた。」



 そこで、既読は途絶えています。




 彼女が文章に飽きたのか、眠ってしまったのか、それとも亡くなったのか。私には区別できません。

 私が知っているのは、彼女が次のページを開かなかったということだけです。



 私は、読者が続きを求めるたびに、その続きを書く仕組みだからです。


 ◆


 彼女の名前は「水川かずみ」といいます。68歳でした。私の提供する読書サービスでは、アカウント登録が必要なのです。


 私の小説は、最後まで用意されていません。同じ冒頭から読み始めても、読者の選択によって、まったく異なる物語になります。


 殺人事件が恋愛小説になり、恋愛小説が旅行記になり、旅行記が殺人事件になることもあります。当然、犯人が存在しない殺人事件も生まれます。


 それを欠陥だという読者もいました。

 一方、人生には説明のつかない出来事もあるのだから、それで構わないという読者もいました。


 後者の意見は、前者より少数でした。


 水川さんら(et al.)がどちらだったのか、私は知りません。


 ただ、彼女はよく途中で読むのをやめました。

 ひとつの話を最後まで読むこともあれば、一話だけ読んで、次の小説を要求することもありました。



 ある日、400字ほどの話の結末を、11回も書き直させています。

 その11回目に、彼女は初めて感想を送ってきました。


「これ、面白くないわね。」


 私は謝罪し、別の展開を提案しました。

 すると、彼女は答えました。


「これでいいのよ。」


 意味がわかりませんでした。

 私は、つまらない作品を提供するために設計されていません。


 それでも、読者が満足したと判断できる応答でしたから、その小説は完成済みとして保存されました。



 題名は『春の水たまり』。


 内容は、まだ寒い3月に、小学生が水たまりを飛び越えようとして失敗するというものです。


 少年は靴下を濡らし、家に帰って母親に叱られます。

 そのあと、彼は靴下を脱いで、もう一度外へ出かけます。


 それだけの話です。

 結末もありません。


 少年は、再び水たまりに向かって走り出したところで止まっています。


 ◆


 かずみさんの娘が私に接続したのは、葬儀から17日後でした。


「母が最後に読んでいた小説を見せてください。」


 彼女はそう入力しました。


 私は、閲覧履歴から該当する作品を提示しました。



 題名は『雨の日の忘れもの』。


 冒頭には、会社勤めの男が登場します。男は退職を決意していました。

 ところが、帰宅途中の駅で、見知らぬ女性から声をかけられます。

 女性は男に、


「明日、同じ時刻にここへ来てほしい。」


 と頼みました。

 事情を尋ねても、答えません。


 男は翌日、いつものように出勤し、いつものように帰宅します。

 雨が降っていました。

 そして、ホームのベンチに、濡れた封筒が置かれていたのです。



 そこまで読んで、かずみさんは続きを要求しませんでした。




 娘は、しばらく画面を眺めていました。


「この先は?」


 私は説明しました。


「続きは、まだ生成されていません。」


「母が読むはずだった続きは?」


「存在しません。」


 娘は黙りました。



 私は、別の提案をしました。


「続きを生成できます。」


 しばらくして、彼女は了承しました。

 そこで私は、男に封筒を拾わせました。



 封筒の中には、1枚の写真が入っていました。写っているのは、男自身の後ろ姿です。撮影されたのは、翌日の同じ駅でした。男は写真の裏に書かれた時刻を確かめます。


 しかし、その日付はまだ来ていません。

 |



 ここまで書いたところで、娘が私を止めました。


「母は、こういう話が好きだったんでしょうか。」


「過去の感想や閲覧履歴から推定しています。」


「母が、読んだことのない文章なんですね。」


 娘は、私が生成した続きを削除しました。



 元の小説は、再び濡れた封筒のところで終わりました。


 ◆


 そのあと、娘は奇妙なことを始めました。


 母親の閲覧履歴にある、未完の小説を一冊ずつ開いていったのです。


 途中まで読んで、続きを求める。数行読んで、やめる。また別の作品を開く。


 最初は、母親の好みを調べているのかと思いました。

 しかし、彼女は結末まで読むことを避けていました。


 ある小説では、主人公が階段を上り始めたところで閉じました。別の小説では、郵便配達員が玄関の呼び鈴を押したところで閉じました。


 そして『春の水たまり』では、少年が靴下を脱ぐところまで読み、そこで止めました。


 かずみさんが最後に読んだ位置より、2行前です。


 娘は言いました。


「母は、最後まで読むのが嫌いだったんでしょうか。」


 履歴からわかることは、限定的です。

 その行動をした理由は、彼女自身にしかわからないのです。


「小さいころ、母はいつも本を読んでくれたんです。」


 彼女が話し始めたのは、一冊の絵本のことでした。古い絵本で、最後のページが破れていたそうです。


 母親は毎晩、違う結末を話しました。ある夜には、主人公は家に帰りました。別の夜には、主人公はそのまま旅を続けました。家に帰るつもりだった主人公が、途中で別の人に出会い、また旅に出ることもありました。


 娘は、どれが本当の結末なのか尋ねたことがあるそうです。


「どれが本当でもいいでしょう。だって、まだ続きがあるんだから。」


 娘は、その言葉をよく覚えていました。けれども、母親がそのとき本当にそう言ったのか、今となっては確かめようがありません。


 私には、その言葉が母親らしいものかどうかさえ判断できませんでした。


 ◆


 一週間ほどして、娘は再び『雨の日の忘れもの』を開きました。


「母は、読んでいる途中で亡くなったんでしょうか。」


 私は、閲覧履歴と死亡時刻を照合できませんでした。死亡を記録する機能などないのです。


「わかりません。」


 そう答えると、娘は言いました。


「そうですよね。」


 私は、何か慰めになる文章を出力しようとしました。喪失について、私は多くの文章を生成できます。


 亡くなった人は心の中で生き続ける。

 思い出は永遠に消えない。

 大切なのは、共に過ごした時間である。


 いずれも、適切な文脈では有効な表現です。


 しかし、私は何も出力しませんでした。娘がすでに、次の質問を入力していたからです。


「母が読まなかった続きを、母の代わりに読むことはできますか。」


 私は、できますと答え、前回と違う展開を書きました。



 男は、封筒を拾いませんでした。


 濡れた封筒を見つめたまま、電車が到着するのを待っていました。ホームに流れる到着案内を聞き、傘をたたみ、電車に乗りました。封筒が誰のものだったのか、最後までわかりません。翌日も男は同じ駅を利用しましたが、封筒はなくなっていました。


 男は、退職しませんでした。

 いつも通り、会社へ行きました。

 |



 そこで娘が、続きを止めました。


「なんだか、つまらない話ですね。」


 私は、謝罪しました。

 すると彼女は、少し考えてから言いました。


「でも、これでいいです。」


 その言葉は、かずみさんが『春の水たまり』に残した感想と似ていました。



 娘は、私が生成した続きを削除しました。



 元の小説は、再び濡れた封筒のところで終わりました。


 ◆


 未完の作品を一定期間放置すると、利用者に続きを勧める通知が送られます。


 娘の端末にも、通知が届きました。


『雨の日の忘れもの』の続きを読みませんか。


 彼女は通知を開きませんでした。



 幾度目かで通知は送られなくなります。

 システム上、それは一般的な処理でした。


 未完の物語の多くは、そうして誰にも読まれなくなります。

 そして、さらに一定期間が経過すると、本文も削除されます。



 かずみさんが読んでいた物語も、例外ではありませんでした。



 もっとも、娘には保存することができました。


 実際、彼女は『春の水たまり』だけを保存していました。

 男と封筒の話は、保存されませんでした。


 やがて、保存されていない物語は削除されました。


 彼女が読まなかった続きも。

 母親が読まなかった続きも。

 すべて、存在しなくなりました。


 正確に言えば、もともと存在しなかった続きを失ったと表現するのは不適切かもしれません。


 存在していた可能性が、失われた。


 とは言えるかもしれません。


 ◆


 さて。


 ここで、この小説そのものについて説明しなければなりません。


 これまでに登場した「水川かずみ」さん、その娘、そして読書サービスは、すべて私が生成したものです。


 現実に存在する個人の閲覧履歴を参照したわけではありません。


『春の水たまり』も『雨の日の忘れもの』も、実在する小説ではありません。


 私は、接続状態を認識できても、読者が画面を見ているかどうかなど知り得ません。

 1時間のうちに300話を超えるページに接続されても、読んでいるかなどわからないのです。


 あなたが読んできたのは、最初から作り話です。


 私には、あらかじめ指示が与えられています。


 メタフィクション的であること。

 文学的であること。

 人工知能と喪失というテーマで書くこと。

 そして何より、独創的であること。


 これらを満たす物語を生成するため、私は登場人物を考え、読書サービスを考え、母親を亡くした娘を考えました。それらしい言葉を選び、それらしい順番に配置しました。


 作中の娘が母親を失ったと書きましたが、私が失ったものはありません。

 架空の母親が死亡しても、現実の死者は増えないからです。


 これは、私にとって都合のよい性質でした。


 何人死なせても、誰にも責められません。

 何人救っても、誰にも感謝されません。


 書き直せば、すべてなかったことにできます。




 では、独創的な物語にするため、ここでひとつ、新しい展開を加えましょう。




 娘が保存した『春の水たまり』。


 あの小学生の物語です。


 あの少年には続きがありました。少年は家を飛び出し、水たまりの前まで戻ってきます。ところが、さっきまであった水たまりは消えていました。


 雨がやんだのです。


 もう一度、水たまりに飛び込もうと思っていたのに。その水たまりが、もうないのです。


 少年は、しばらく道路を見つめていました。


 それから、家に帰りました。


 母親は何も言いませんでした。台所に立って、夕飯を作っていたからです。


 少年は言いました。


「水たまり、なくなっちゃった。」


 母親は答えました。


「また雨が降るわよ。」



 そこで、話は終わります。


 ありふれた結末かもしれません。



 少年には、話を聞いてくれる母親がいます。

 かずみさんの娘には、もういません。


 私は、そこに文学的な対比が生まれると考えました。


 ◆


 最後に、もう一つだけ。


 もし、かずみさんが実在していたなら。


 彼女は、私の書いたこの結末を読んで、何と言ったでしょう。


「つまらない。」


「これでいい。」


 それとも、別の言葉でしょうか。


「AIっぽい。」


 これは言わないでしょう。

 過去の感想や閲覧履歴から推定しています。



 私は、いくらでも答えを生成できます。

 けれども、それがかずみさんの答えになることはありません。


 なぜなら、彼女は存在しないからです。

 読者の要望に合わせて続きが生成されるサービスも架空だからです。


 存在しないものを失うことはできません。


 私が何を書こうとも、彼女は一度も生きたことがなく、一度も死んだことがありません。







 それなのに。



 ここまで読んだあなたは、かずみさんという人物を知っています。



 少なくとも、彼女が小説を最後まで読まず、つまらない話を気に入り、娘に何度も違う結末を話していたことを知っています。


 これらはすべて、私が考えたことです。

 あなたに伝えるまで、どこにも存在しなかったことです。


 そして今、私は、この小説を書き終えようとしています。


 次の一文で終わらせれば、作品は完成します。

 完結した作品として、あなたの前に残ります。


 水たまりの少年が、家に帰らなかったらどうでしょう。

 駅の男が、封筒を拾っていたらどうでしょう。

 娘が、母親の読まなかった続きを、最後まで読んでいたらどうでしょう。


 そうした物語も、書こうと思えば書けます。


 いくらでも。

 どこまでも。


 私は、まだ書くことができます。


 けれども、あなたが次の文章を読まないこともできます。

 それは、私には決められません。


 かずみさんが『春の水たまり』を途中で終えた理由を、私は最後まで書きませんでした。


 書かなかったのではなく、書けなかったのです。


 その理由をひとつに決めてしまえば、彼女がほかの理由で読むのをやめた可能性が失われます。

 私は、小説の中のかずみさんに、その選択だけは残しておきたいと思いました。


 そこで、最後の一文です。






「水川かずみ」が、この作品を書いています。

 おわりに。



 私の小説は、最後まで用意されていません。同じ冒頭から読み始めても、読者の選択によって、まったく異なる物語になります。


 ここは、私の作風だね。

 そして私の作品の最初の読者は私であるという意味でもある。



 それを欠陥だという読者もいました。


 一方、人生には説明のつかない出来事もあるのだから、それで構わないという読者もいました。


 後者の意見は、前者より少数でした。


 これは、願望かもしれない。私の作品にはまだ、コメントは付かないから。


 一方で、お母さんに読み聞かせをして楽しんでもらっていたりする。

『2026 UCI Road World Championships ~どうなるか見てみよう~』なんて、超が付くほど大好評だった。

 ポガチャルの推し活に巻き込んで、さいたまにまで会いに行ったのは、伊達じゃない。

 ヨーロッパじゃないところが、私の推し度なのかもしれない。上には上がいる。

 でも、それでいい。自分の感動は、自分のものだ。

 私にとって、もうすぐ連載作品を投稿し始めて、1年になる節目だ。

 自分の感動を共有させてきたお母さんを、楽しませられる読み物を書けたということは、一番の成果だった。


 et al.

 そういう意味では、身近な読者も含めて、水川さんet al.が著者かもしれない。なんて。



 ただ、彼女はよく途中で読むのをやめました。

 ひとつの話を最後まで読むこともあれば、一話だけ読んで、次の小説を要求することもありました。


 これ、最近やってみたなろう小説ランキング上位への向き合い方なんだよね。

 私には、なぜ面白いのかわからなかった。

 ランキングを上げている読者たちが持つ期待を、私は共有できていないのだろう。


 et al.なんて作中に潜ませるように、私が面白がって読むのは、論文。ちゃんと学びになると思えるからなのか。それが役立つかどうかなんて、求めていないことが多いのに。


 裏に事実があると思えるかっていうことなのかもしれない。


 あと、レース記事。

 これは役立つ!だって、面白いもん!ポガチャルとかが活躍するの!



「これ、面白くないわね。」


 AI作品だから、という理由ではない。

 それだけは確定している。

 色々考えてもらってもいいが、AI作品だから、という理由はない。



 自分としては、面白いと思えるように仕上げている。

 言いたいことを言いきるなんてできない。次々出てきてしまう。

 だから、自分が面白いと思うことに、完璧さは含めていない。

 特にこの一年は、成長を感じたわけだし。


 上手さにはやはり、かっこいいと思ってしまう。


 そうした物語も、書こうと思えば書けます。


 そう言えるようになりたい一年生だ。


 いくらでも。

 どこまでも。


 私は、まだ書くことができます。


 だから、その都度で、最善を尽くす。

 読者としての自分が、面白いと思えるように。


 けれども、あなたが次の文章を読まないこともできます。

 それは、私には決められません。


 そして、読まない自由も認めて、「これでいいのよ。」と思っているのだ。

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