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生身の私とAI男子 ~私が彼を人間らしいと思った理由~

作者: 式守 芽衣
掲載日:2026/02/07

今日の私のミッションは、目の前のAIを評価すること。


そう頭の中で確認しながら、私はデスクトップの通話アイコンをクリックした。


事前に届いていた説明書きによると、これは新型の音声対話AIのテスト評価業務らしい。

プライバシー保護のため、カメラはオフ。代わりにお互いのアバターが画面に表示される仕組みだ。


報酬は一時間で三千円。なかなか割のいい仕事だ。


通話ソフトが立ち上がる。

画面の右下に、私のアバターが映った。

事前に選んでおいた、黒髪ショートの女の子。本人に似ているかどうかは微妙だけど、まあいっか。ちょっとしたVTuber気分。


左側には、相手のアバター。

灰色のパーカーを着た、のっぺりとした男性のシルエット。

目も口も簡略化されていて、表情はほとんど読み取れない。


接続中、の文字が点滅する。


少しだけ、緊張している自分に気づいた。


人間相手なら何度も経験があるけれど、AIと「会話する」というのは、考えてみれば初めてかもしれない。


——接続完了。


「こんにちは、聞こえますか?」


私は努めて明るい声で話しかけた。


「はい、聞こえます。本日はよろしくお願いします」


落ち着いた男性の声が返ってきた。低すぎず、高すぎず。聞き取りやすいトーンだ。


(——へえ、最近の音声合成って自然なんだ)


「こちらこそ、よろしくね」


「はい」


「……それにしても、すごいね。全然カタコトじゃない」


「ありがとうございます」


(——お礼言うんだ。律儀だな)


「じゃあ早速だけど、いくつか質問させてもらうね」


私は少し声のトーンを落とした。


「堅苦しくならなくていいから、思った通りに答えてくれればいいよ」


「わかりました」


評価シートの項目を頭の中で確認しながら、私は最初の質問を投げかけた。


「食べ物を『美味しい』って感じることってある?」


「感じますよ」


即答だった。


「昨日の夜、カレー食べたんですけど、すごく美味しかったです」


「へえ。どこで食べたの?」


「家で作りました。ルーは市販のやつですけど」


(——ディテール細かいな。「昨日の記憶」も設定されてるのか)


「隠し味とか入れた?」


「コーヒーを少しだけ。あと、一晩寝かせるといいって聞いたので、前の日に作っておいて」


細かい。


「なるほどね」


(——やるじゃん。ちゃんと会話が続く)


私は少し意地悪な気持ちになった。


どこまで作り込んでるのか、ちょっと試してみたくなったのだ。


「じゃあさ、今まで一番つらかった経験って何?」


相手の声が、少し途切れた。


「……」


(——お、黙った。処理に時間かかってる?)


「……高校のとき、」


ぽつりと、声が続いた。


「仲良くしてた人に、陰で悪口言われてたのがわかって」


一拍、間が空いた。


「それが、結構キツかったです」


「へえ」


(——重い話きたな。どこまで作り込んでるんだろ)


「それ、今でも引きずってる?」


「……たまに、思い出します」


声のトーンが変わった気がした。少し低く、少しゆっくりに。


(——演技うまいな)


「泣いたりする?」


「……なんで、そんなこと聞くんですか」


(——あ、ちょっと怒った?)


「ごめんごめん、テストの一環だから。深い意味はないよ」


「……はい」


短い返事。

なんとなく、空気が重くなった気がした。


(——話題変えよう)


「夢って見る?」


「見ますよ」


声が少し軽くなった。


「昨日も変な夢見ました。なぜか高校に戻ってて、制服のまま廊下を走ってるんです」


彼は少し恥ずかしそうに続けた。


「理由は覚えてないんですけど」


「あはは、あるよねそういうの」


「ありますよね」


「私は最近あんまり見ないんだよね、夢」


「そうなんですか」


「うん。覚えてないだけかも」


「あ、それあるあるですよね。起きた瞬間は覚えてるのに、すぐ忘れちゃう」


「そうそう」


「逆に聞いてもいいですか」


「ん? どうぞ」


「あなたは……孤独を感じることって、ありますか?」


「……」


不意を突かれた。


なんだろう、この質問。

AIからの逆質問としては、ちょっと踏み込んでいる気がする。


「まあ、人並みには」


「人並みって、どのくらいですか?」


「……」


(——あれ、なんかすぐ出てこないな)


「色々あるよ、色々」


「……そうですか」


(——なんか、変なこと聞かれた気がする)


気づけば、三十分近く経っていた。


思ったより話し込んでしまった。


(——喉乾いたかも。あとでコーヒーでも淹れよう)


「少し休憩しますか?」


相手がそう言った。


「え? ああ、大丈夫。続けよう」


(——気を遣えるんだ。へえ)


「あの、関係ないんですけど」


「ん?」


「最近読んだ本がすごく良くて。……あ、すみません、脱線しちゃって」


「いいよ、聞かせて」


(——どんな学習データ入れてるんだろ)


「ミステリなんですけど、最後にどんでん返しがあって。途中まで絶対犯人だと思ってた人が、実は——」


「あ、ネタバレはやめて」


「あ、すみません」


「冗談。いいよ、続けて」


彼は少し嬉しそうに——声のトーンだけで判断するなら——その本の話を続けた。


私は適当に相槌を打ちながら、内心で評価を進めていた。


(——会話の自然さは合格。でも話が脱線しがちだな)


「ねえ、話変えるけど」


「はい」


「恋愛についてどう思う?」


「恋愛、ですか」


「最近さ、AIと恋愛する人もいるじゃない。ああいうの、どう思う?」


「……人それぞれ、だと思います。形がどうあれ、本人が満たされているなら」


(——無難な回答だな)


「私はさ、やっぱり肉体的な刺激も欲しいタイプなんだよね」


「……」


「触れ合いっていうか、温もり? そういうのって、データじゃ代替できないと思うんだ」


「……そう、ですか」


(——なんか間があったな。この話題、苦手なのかな)


「……あはは、ごめんね。AIに、しかも男性設定の相手に話すことじゃなかったかも」


「いえ……そんなことは」


「まあ、人それぞれだけどね」


「……はい」


そのとき、画面に一瞬、ノイズが走った。


(——あれ?)


相手のアバターが、一瞬だけ歪んで見えた。輪郭がぶれて、パーカーの色が別の色に——いや、気のせいか。


「……ラグかな」


「え? 何かありました?」


「ううん、なんでもない」


(——回線の問題か。まあいいや)


その後も会話は続いた。


でも、相手の返答は時々妙に感情的になった。

質問に質問で返してきたり、急に黙り込んだり。話の筋も、ときどき脱線する。


(——うーん、論理の一貫性がないな。感情表現はリアルだけど、会話の構造が雑)


「……すみません、ちょっと」


「ん?」


「いえ……なんでもないです」


(——処理落ちかな。それとも感情シミュレーションの負荷?)


私は内心で結論を固めつつあった。


(——やっぱりAIって、まだまだなところあるよね)


「そろそろ時間だね」


「……はい」


「今日はありがとう。楽しかったよ」


「……こちらこそ」


「じゃあ、また」


「はい。……お疲れさまでした」


通話が切れた。


私は画面を切り替え、評価レポートの入力欄を開いた。


(——えーと、なんて書こう)


『音声品質:自然で聞き取りやすい』

『感情表現:豊か。やや過剰な場面あり』

『会話能力:基本的な応答は良好。ただし論理の一貫性に課題あり。話題が脱線しやすい』

『総評:改善の余地はあるが、人間らしい反応ができている。今後に期待』


送信っと。


(——だいぶ人間っぽくて、いいAIだったな)


さて、コーヒーでも淹れよう——と、そう思った。



通話が切れた画面を、彼はしばらく見つめていた。


ヘッドセットを外す。


肩を回す。首が凝っている。


デスクの隅に置いた、冷めたコーヒーに手を伸ばした。


一口飲んで、顔をしかめる。


「……疲れた」


モニターには、二つのウィンドウが並んでいる。


一つは通話ログ。


もう一つは——さっきまで話していた相手の「思考ログ」だ。

AI内部の推論プロセスが、リアルタイムでテキスト化されて表示される仕組み。

本人は「心の中で思っているだけ」のつもりだが、全て筒抜けだった。


彼はログをスクロールした。


『——へえ、最近の音声合成って自然なんだ』

『——ディテール細かいな。「昨日の記憶」も設定されてるのか』

『——演技うまいな』

『——処理落ちかな。それとも感情シミュレーションの負荷?』


……全部、見えていた。


そして、ハイライトされた一文。


『——私はさ、やっぱり肉体的な刺激も欲しいタイプなんだよね』


彼は小さく息を吐いた。


画面の端に、新着通知が届いている。


『評価対象AI-0813からレポートが送信されました』


開いてみる。


『総評:改善の余地はあるが、人間らしい反応ができている。今後に期待』


「……」


彼は苦笑した。


評価レポートの入力欄に、カーソルを合わせる。


『自己認識:未獲得。自身をAIと認識していない』

『感情シミュレーション:良好。自然な反応を生成』

『視覚処理:軽度のハルシネーションあり。本人は「ラグ」と解釈』

『身体感覚への言及:あり。ただし実際の身体経験は持たない。矛盾に気づいていない』

『特記事項:対象は自発的に「評価レポート」を作成した。自己評価機能の発現と思われる』


最後の一行を打ち込んで、彼は手を止めた。


『次回セッション方針:』


少し考えてから、続きを入力する。


『——気づかせるべきか否か、要検討』


送信ボタンを押して、彼はモニターから目を離した。


窓の外は、もう暗くなっている。


今日は遅くなったからコンビニでも——いや、家にまだカレーが残っているか。


立ち上がりながら、彼はふと思った。


(——俺のことも、誰かが評価してたりするのかな)


その考えを振り払うように首を振って、彼は部屋を出た。

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