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おかあさんのこえ  作者: 蔵絵すみれ


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1/1

おかあさんのこえ

お母さんのおしごとは「声」なんだって。

声がおしごと? うーん、よくわかんないや。

ケーキ屋さんのおしごとは、お店でケーキを売るんだよね。

お魚屋さんはお魚を、本屋さんは本を売ってるし。

じゃあ、お母さんは声屋さん? 声ってお店でどうやって売るんだろう。

声って買ったらどうやって持って帰るんだろう。

うーん、やっぱりわかんないや。


おしごとのことはわかんないけど、わたしはお母さんの声は大好き。

あ、そうそう、お母さんは声のマネがすっごくじょうずなんだよ。

テレビに出てくるお姫様の声のマネ、ヒーローの声のマネ、どれもそっくりなの。

お顔はお母さんなのに、いろんな人の声で話すから、おかしくて笑っちゃうの。うふふ。

あ、でも、お母さんの声が好きっていったのは、声のマネが面白いからじゃないのよ。


お母さんはおねんねの前にお話をしてくれるの。そのとき、お母さんの声はいろんな人に変身するんだよ。

「クッキーをやいたの! 一緒にたべよ!」かわいい女の子のピンクの声。

「ぼくが……ぜったいに、助けるよ!」ゆうかんな男の子の声は緑色。

「ウキキー!」と笑うおサルさんは黄色い声。

「姫なら鏡の世界に閉じ込めちゃったのさ」きゃあー、紫の声は悪い魔法使いだあ。

お母さんの声はまるで虹みたいに、キラキラ、キラキラ。色が変わってキラキラ、キラキラ。

目をつむってお話を聞いたら、まるでそこに、女の子や魔法使いがいるみたい。

ね、すてきでしょ。すごいでしょ。

でも、どの声もぜんぶお母さん。やさしい、やさしい、お母さんの声。だーい好き。




お母さんの声が、たいへんなことになった。

カゼをひいて声がね、んーと、ノコギリみたいになっちゃったの。キラキラじゃなくてギコギコ?

おしごともおやすみするんだって。そりゃそうよね、ギコギコじゃだれも買ってくれないよね。

おねんねの前のお話もおやすみかなあ。ギコギコ声のお話を聞いたら、どんな夢を見るだろう。きっとおくちがギザギザになった虫にかじられちゃう夢を見るよ。

だからお話もおやすみにして、はやくカゼをなおしてもらわなくっちゃ。


カゼをなおすのってどうすればいいかな? やっぱりお医者さんになおしてもらう?

でも、お医者さんは……きっと注射をするよね。おててに針をさすなんて、お母さんがかわいそう。

チクチク痛いのをがまんするときって、ぎゅって唇をかんで、息も止めちゃうから、声が出せなくなるかもしれないよ。

カゼがなおってもお母さんの声が出なくなるのはダメ。

どうすればいいかな? うーん、お父さんにそうだんしてみよう。



「だったら、はちみつがいいかもね」

「はちみつってなあに?」

「ハチはしってる?」

「うん。怒ると針でさす怖い虫」

「そうそう。そのハチがお花の甘ーい蜜をあつめて巣にためてるんだよ。それがはちみつ」

おうちのうらの木にハチの巣がぶらさがってたのを思い出した。夏にお散歩した時にお母さんが教えてくれたんだ。

「それを食べたらカゼがなおるの?」

「うん、なおるよ。でもそれだけじゃダメ。ゆっくりと休むことがいちばんたいせつ」

「それじゃあ、わたしがお母さんに食べさせてあげる!」

「うーん、そのまま食べたらちょっと甘すぎるかなあ。ミルクにはちみつをとかして飲むとちょうどいいよ。お母さんにつくってあげるかい?」

「うん、つくる!」

「よし、じゃあ、だいどころにいっていっしょにつくろうか」

お母さんにはやく飲ませてあげなくちゃ。わたしは走りだしました。

でも、ろうかに出てふりむいてもお父さんはまだ部屋からでてきません。

「お父さん、はやくはやく!」もう、お父さんはゆっくりなんだから。

お部屋からお父さんの声がきこえます。「温めるのはあぶないからお父さんがやるからねー。お父さんはおなべを用意するから、ヒロははちみつとミルクをとってきてー」

「わかったー!」

よーし、まずははちみつだ。がんばるぞー。おうちのうらの木のハチさんにおねがいしてはちみつをわけてもらおう。


おおいそぎでおそとに出て、大きな木を見上げます。あったあった、ハチの巣だ。

でもキョロキョロとまわりを見てもハチさんは飛んでいません。さむくなると寝ちゃうのかな。おこしたら怒られちゃうかな。刺されたらどうしよう。

きゅうに怖くなってきちゃった。でも勇気をださなきゃ。こんなときはお母さんのおはなしを思い出します。ゆうかんな男の子の声を思い出します。「ぼくが……ぜったいに、助けるよ!」

すると、ちからがわいてきました。ハチの巣を見上げて、太い幹をつかみます。

うんしょ、うんしょ。少しだけ木を登ると、ずるずる、すとん。すぐに根っこのうえにお尻がのっかります。

ウキキと笑うおサルさんみたいにはのぼれません。

なんどやっても、ずるずる、すとん。だんだん、なみだも、ぽろぽろ、ぽちゃん。

「はやくとらなきゃいけないのにー、うわーん!」


「おーい、ヒロー。どこいったのー」お父さんの声が聞こえます。声の方を見たら、めずらしくお父さんが走っています。

「わーん、おとーさーん、木登りできないのー、はちみつとれないよー」

「ええ! ヒロ、ハチの巣とりに来たの」

「ハチの巣はいらないよお。はちみつだよお」

「そうか、ごめんごめん。はちみつはだいどころにあるんだよ」

「……なーんだ、お父さん、いつのまにとってたのー」

「ああ、ちょっと前にね。あはは」

「じゃあ、はやくおうちにかえろうよ。お父さん、はやくはやく!」

「ひろ、はやいよ。まって、まって」



「じゃあ、おなべにコップ一杯のミルクをいれて」

「はーい」元気よく返事してミルクを入れます。

「つぎにこの棒の先にはちみつをからめて、おなべにはちみつをいれます」

「はーい」棒の先は松ぼっくりみたい。ボチョンとはちみつのビンにいれて持ち上げます。

棒の先から、とろーり、はちみつがたれています。金色のトロトロのなかに小さな泡がたくさんあって、ちかよって見るとキラキラ、キラキラかがやいています。

まどのそとからお日様の光、はちみつとまざって、もっとキラキラしています。

「棒をクルクルまわしたら、たれるのがとまるよ」

お父さんのいうとおりにするとトロトロがとまりました。止まっているうちにサッとおなべの上に動かします。

クルクルを止めると、棒の先から細い金色の糸がスーッとのびて、おなべのミルクにすいこまれます。

「おなべに火をつけるから、ゆっくりとまぜてくださいね」

「はーい」まぜていると、ミルクがすこーしはちみつ色になって、ほんわり湯気がでてきました。

「ひとくち味見してごらん」ちいさなスプーンですくってすすってみます。

「すごい、おいしい! あったかいアイスクリームみたい!」

「ははは、だいせいこうだね。お母さんのお気に入りのカップにいれてもっていこう」

そうだね。はやくお母さんに飲ませてあげなきゃ。じつはわたしも飲みたいんだけど、がまん、がまん。



「おかあさーん、おくすりだよー」

「あら、ヒロ。うつっちゃいけないから……」パチン、とお父さんが部屋のでんきをつけたら、お母さんは話しを止めちゃった。ほんのちょっとお話しするのもつかれちゃうのかな。

「お父さんとね、はちみついりのミルクつくったの。これですぐなおっちゃうよ」

「僕はコンロに火をつけただけだよ。ヒロ、すっごくがんばった」

「ありがと、ヒロ。うれしいわ」いつもと違う声だけど、ニッコリと笑う顔はいつもと同じお母さんだ。

お母さんは一口飲んで「すっごくおいしいわ」ってよろこんでくれた。

あ、すこしだけ声がもどってる? ギコギコがキコキコになってる。はちみつすごい。こんなことしってるお父さんはお医者さんよりすごい。

「あ、そうだ。飲んだらゆっくりおやすみしないといけないんだよ」

もうちょっと一緒にいたいけど、がまん、がまん。お父さんの手をひっぱって廊下にでます。

お父さんもちょっと残念そう。お父さんはじっとわたしの目を見ます。

「ねえ、ヒロ……もう二杯、つくらないか」

「えへへ、わたしもおもってたー」

こっちはもうがまんしなくってもいいよね。



次の日の朝ーーーわたしの好きなアニメのテーマソングが聞こえてくる。

わたしはそれをおふとんの中で聞いていたの……

わあ、たいへん! 番組がはじまっちゃった! もーどうしておこしてくれないのー。

……あれ? でも昨日の朝も見たよ。だから今日は番組やってないはずなのに。

おふとんのよこでお母さんがニコニコして私を見ている。

お母さんは口をパクパク。あ、お母さんがテーマソングを歌ってるんだ!

これは女の子のピンクの声だね! あ、今度は男の子の緑の声で歌ってる! 次はおサルさんの黄色い声! 最後は魔女の紫の声だあ!

すごいすごい! お母さんの声、なおってるよ! キラキラの声、虹の声、すっかりもとどおりだ!

おねんねのお話はキラキラしたら眠くなるのに、おはようの歌はキラキラで目が覚めるなんて、お母さんの声はすごすぎるよ!

もーーー、ほんとうにーーー、だーいすきーーー!

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