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第8話 描かれた魔法陣

私は自分に言い聞かせるように呟き、両手を前に突き出した。


 深呼吸を一つ。


 意識のスイッチを切り替える。


 今の私は、六歳の少女エルシアではない。千年の叡智を持つ大魔女だ。

 

 小さく詠唱を開始する。


 丹田の奥にある魔力コアを意識する。


 以前のように無理やり引きずり出すのではない。


 ポンプで井戸水を汲み上げるように、慎重に、一定のリズムで魔力を吸い上げる。


 じわり。腕の血管に、熱いものが流れる感覚。


 少しの痛みと、熱。


 体の疲労感も、まだ許容範囲内だ。


 よし、ここからだ。


 私は羊皮紙に描かれた魔法陣を脳内に投影し、構築していく。


 右手の手のひらを上に向ける。


 シュォォ……。


 微かな風切り音と共に、私の手のひらの上に空気が渦巻くのがわかる。


 目には見えないが、そこには高濃度に圧縮された酸素の球ができているはずだ。


 いいぞ、順調だ。


 額に玉のような汗が浮かぶ。


 集中力を切らせば、圧縮された空気が散散してしまう。


 私は震える手を左手で支え、次の工程へと進んだ。


 ここが一番の難所だ。


 魔力を出しすぎれば暴発する。少なすぎれば火がつかない。


 必要なのは、ほんの一滴。火花一粒分の魔力。


「……宿れ」


 私の指先から、赤い光の粒子が漏れ出す。


 それが、渦巻く空気の中心へと吸い込まれていく。


 ボッ。


 小さな破裂音と共に、手のひらの上に赤い光が灯った。


 それは揺らめく焚き火のような炎ではない。


 完全な球体をした、ルビーのように赤く澄んだ、高密度のプラズマの塊。


 大きさはピンポン玉ほどだが、その内包する熱量は普通のファイアボールに匹敵する。


「……で、できた」


 私は目を見開いた。美しい。


 何かに触れれば一瞬で高熱を解放し、焼き尽くすだろう。


 これこそが、私が目指した省エネファイアボール。


 心拍数が上がる。恐怖からではない。


 純粋な歓喜からだ。


 自分の体が、この魔法に耐えられている。


 魔力消費量も少ない。


 これなら、あと五発は撃てる。


「やった……! 私専用の魔法、成功だわ!」


 私は小さくガッツポーズをした。


 この感覚があれば、応用はいくらでも効く。


 全属性の魔法も、理論を応用すれば省エネ化が可能だ。


 これなら戦える。この場所を、守れる。


 希望の光が、私の未来を照らした――その時だった。


 ガサッ。


 すぐ近くの茂みから、枯れ枝を踏み砕くような、無骨な音が響いた。


「――ッ!?」


 私の思考が凍りつく。


 心臓が早鐘を打つのを止め、一瞬にして冷水浴びせられたように体温が下がる。


 誰か、いる。


 こんな屋敷の裏手の、誰も来ないはずの場所に。


 アミナか? それとも他のメイド? まさかお父様?  いや、この重たい足音は、もっと硬く、重い、金属を含んだ響き。


 私は慌てて手のひらの炎を握りつぶし、霧散させた。


 そして、恐る恐る音のした方へと首を巡らせる。


 そこにいたのは、予想外の人物だった。


 揺れる木の枝の向こう、深緑色の騎士服に身を包んだ、背の高い男。


 腰には剣を下げ、胸には辺境伯家の紋章が入った軽鎧を着けている。


 黒髪を無造作にかき上げ、少し眠たげな瞳をした青年騎士。


 目が、合った。


「……あ」


 男は私を見て、間の抜けた声を上げた。


 その手には、半分ほど食べかけのリンゴが握られている。


 どう見ても、巡回中というよりは、仕事をサボって隠れていた風情だ。


 沈黙。鳥のさえずりだけが、やけに大きく聞こえる。


 彼が見ていたのは私か?


 それとも、今私が消したばかりの魔法か?


 もし魔法を見られていたとしたら、言い逃れはできない。


 六歳の、魔力がほとんどないはずの令嬢が、魔法を使っていたなどと知れれば、大騒ぎになる。


 私の額から、魔法の実験中よりも大量の冷や汗が流れ落ちた。


 その男は、リンゴを齧る手を止め、ゆっくりと口を開いた。


「お嬢様、今のって……」

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