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第7話 庭で魔法の練習

 あれから、数日が経過した。


 私は自室のベッドの上で、自分の小さな手のひらをじっと見つめながら、ここ数日の成果を反芻していた。


 結論から言えば、状況は「悪くない」。


 倒れて以来、家族やメイドたちの監視――もとい、過保護なほどのケアを受けながら、私は密かに魔力回復のトレーニングを続けていた。


 もちろん、無理は禁物だ。


 この六歳の体にある魔力は、例えるならヒビの入ったガラス細工のようなもの。


 急激に魔力を流し込めば、パリンと砕け散って、私の二度目の人生はそこでジ・エンドだ。


 だから私は、慎重に慎重を期した。


 一滴の水滴を垂らすように、少しずつ魔力を通し、詰まりを取り除き、血管を広げるイメージで循環させる。


 その地味な作業の甲斐あって、どうにか魔力の流れは安定してきた。


 もちろん、オーバーヒートしない程度の微弱な出力に限った話だが。


「……さて、理論は完成した」


 私は枕元に隠しておいた数枚の羊皮紙を取り出した。


 そこには、ミミズがのたうち回るような悪筆で、びっしりと魔法式が書き込まれている。


 これこそが、この数日間、私が寝る間も惜しんで構築した、エルシア専用――『省エネ式・改変ファイアボール』の設計図だ。


 通常の『ファイアボール』は、魔力消費が激しすぎる。


 あれは、「無」から「有」を生み出し、さらにそれを維持し、飛ばして爆発させるという、非常に燃費の悪い魔法だ。


 だから、私は発想を転換した。


 ない袖は振れないなら、あるものを使えばいい。


 空気中には『酸素』という素晴らしい燃焼剤が漂っている。


 これを術式に取り込み、魔力を「燃料」ではなく「着火剤」と「制御」のみに集中させるのだ。


「理論上は、抑えられるはず……」


 私はゴクリと唾を飲み込んだ。


 机上の空論ではない。千年の経験が、この式は正しいと告げている。


 だが、やはり恐怖はある。


 もし計算が間違っていて、魔力が逆流したら?


 あるいは制御に失敗して暴発したら?


 今の貧弱な体では、ちょっとした火傷でも致命傷になりかねない。


「……でも、やるしかないわね」


 私は窓の外へと視線を投げた。


 父、ローウェンは笑って「大丈夫だ」と言った。


 けれど、屋敷の使用人たちのヒソヒソ話や、日に日に増える騎士たちの慌ただしい出入りを見れば、状況が悪化しているのは明白だ。


 辺境伯領は、魔物の脅威に晒されている。


 私が動かなければ。


 あの温かい食卓を、可愛い弟のデイルを、守ることはできない。


「よし、やりましょう」


 私は決意を固め、ベッドから飛び降りた。


 魔法を使うにしても、室内では危険すぎる。


 万が一ボヤ騒ぎでも起こせば、一生魔法禁止令が出されかねない。


 やるなら外――庭の片隅だ。


 私は羊皮紙を小さく折りたたみ、ポケットにねじ込んだ。


 そして、部屋の扉の前に立つ。ここからが第一の難関だ。


 そっとドアノブに手をかけ、数ミリだけ開く。


 隙間から廊下を覗き見る。


 よし、クリア。


 廊下に人影はない。


 だが、油断はできない。


 この屋敷には、魔物よりも恐ろしい存在がいるからだ。


 メイド長のアミナである。


 黒髪ショートのクールビューティー。


 若くしてメイド長に抜擢された彼女は、有能すぎて怖い。


 気配を消して歩く技術はアサシン並みだし、私のちょっとした顔色の変化から体調を見抜く洞察力は医者以上だ。


 彼女に見つかれば、「お嬢様、お散歩ですか? お供いたします」と笑顔で拘束され、実験どころではなくなる。


 私は忍び足で廊下に出た。


 床板がきしまないよう、端の方を歩く。


 心臓がトクトクと早鐘を打つ。


 前世ではドラゴンが巣食う山脈に単身乗り込んだこともあるというのに、自宅の廊下を歩くのにこれほど緊張するとは。


 なんとも情けない話だ。


 角を曲がるたびに壁に張り付き、前方確認。


 階段を降りる時は、手すりの影に隠れて。


「……あら、ここの埃、まだ取れてないわよ」


 不意に、階下から声が聞こえた。


 アミナの声だ。


 私はビクリと体を硬直させ、手すりの陰にうずくまる。


「申し訳ありません、メイド長!」

 

「掃除の基本は上から下へ。やり直し」


 「はいっ!」


 若いメイドが慌ただしく走り去る音。


 そして、アミナの足音が遠ざかっていく。


 ……助かった。どうやら反対側の回廊へ行ったようだ。


 私はホッと息を吐き、その隙をついて玄関ホールを抜け、勝手口へと走った。


 ギィィ……。  重い木製の扉を押し開けると、そこには光の世界が広がっていた。


「……ふぅ」


 外に出た瞬間、全身を包み込む開放感。


 屋敷の中の澱んだ空気とは違う、若草の香りを孕んだ風が頬を撫でる。


 空気が美味しい。


 肺いっぱいに吸い込むと、体内の魔力も喜んで活性化するのがわかる。


 私は周囲を見渡した。


 この前行ったメインの庭園では、庭師たちが作業をしている可能性がある。


 私は建物の影に沿って移動し、屋敷の裏手、誰も寄り付かない資材置き場の奥にある、鬱蒼とした木立の方へと向かった。


 ここなら、多少の騒音や光が出てもバレないはずだ。


 適当な切り株を見つけ、そこを実験台とする。


 ポケットから折りたたんだ羊皮紙を取り出し、広げて置いた。


 風で飛ばないように小石で四隅を押さえる。


「さて……始めようか」

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