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第6話 私の楽しい魔法

昼食を終え、私は自室へと戻ってきた。


 重厚な扉を閉めると、フウと一息つく。


 お腹は満たされ、家族の温かさで心も満たされている。


 だが、現実から目を逸らすわけにはいかない。


 私は部屋の中央にある椅子に座り、自分の手のひらを見つめた。


 あどけない、小さくて柔らかい手。


 だが、この内側にある魔力は、私の知る限り最低ランクの小ささだ。


「さて……どうするか」


 魔力の容量というのは、生まれ持った器の大きさに依存する。


 もちろん、長い年月をかけて鍛錬すれば多少は広がるが、それは筋肉を鍛えるようなもので、一朝一夕に劇的な変化は望めない。


 無理に広げようとすれば、この幼い体が耐えきれずに壊れてしまうだろう。


「まずは現状把握。私の魔力がどれくらいなのか、正確に知る必要があるわね」


 私は目を閉じ、静かに呼吸を整えた。


 魔力を放出するのではなく、体内で循環させる。


 魔法を発動するための予備動作、いわゆる詠唱のプロセスに入る。


「……内なる源よ、脈動せよ」


 小さく言葉を紡ぐ。


 言葉はただのスイッチだ。


 重要なのはイメージ。


 丹田の奥にある小さな泉から、水を汲み上げるような感覚。


 ――ズキリ。


 眉をひそめる。


 細い。あまりにも魔力回路が細い。


 まるで詰まりかけた水道管に水を流しているような、不快な抵抗感がある。


 千年前の私の体が「大河」だとすれば、今のこの体は「小川」ですらない。


 雨上がりの地面を流れる、細い水筋のようだ。


 魔力を指先に集めようとするだけで、体力が削がれていくのがわかる。


 おそらく、今の私が一日で安全に使える魔力量は、初級魔法を一回、無理をして二回が限度だろう。


 三回撃てば気絶。四回撃てば命に関わる。


 普通なら、ここで絶望して泣き崩れるところだ。


 前のエルシアがそうだったように。


 魔力がなければ、魔法使いにはなれない。


 それがこの世界の常識だからだ。


「でも……」


 私は目を開き、ニヤリと口角を上げた。


 前世の私は、千年間も魔法と向き合い続けてきた魔女だ。


 常識なんてものは、打ち破るためにある。


「増やせないなら、減らせばいい。簡単な理屈だ」


 魔法は、強ければ強いほど魔力を消費する。


 巨大な炎、大地を割る衝撃、天候を操る奇跡。


 それらは等価交換として、莫大な魔力を要求する。


 だからこそ、魔力量の多い者が強者とされる。


 だが、それは本当に「得策」なのだろうか?


 例えば、目の前のコップを倒すのに、台風を起こす必要があるだろうか?


 指先でつつくだけでいいはずだ。


「省エネ、コストダウン、効率化。……ふふ、燃えてきた」


 私は立ち上がり、部屋の中をウロウロと歩き始めた。


 思考が加速する。


 既存の魔法は、万人が使えるように一般化されている分、無駄が多い。


 燃費の悪いクラシックカーのようなものだ。


 今の私に必要なのは、私のためだけに調整された、私だけの魔法。


「一から考えるしかないわね。エルシア専用の魔法を」


 ターゲットは決まった。


 まずは、攻撃魔法の基本中の基本、『ファイアボール(火球)』だ。


 通常、ファイアボールの詠唱はこうだ。


 『赤き炎よ、球となりて敵を討て』


 このプロセスでは、魔力で火種を作り、球状に維持し飛ばして、爆発させるという工程を全て魔力で賄っている。


 だから、燃費が悪い。


「ファイアボールの本質は熱量の塊をぶつけること。でも、今の私の魔力で普通のファイアボールを作ろうとすれば、マッチの火程度にしかならない」


 ブツブツと独り言を呟きながら、私は思考の海に潜っていく。


 アレンジが必要だ。


 ただ小さくするだけじゃ意味がない。


 威力を維持しつつ、消費魔力だけを極限まで削ぎ落とすアレンジが。


 例えば……酸素か。


 火が燃えるには酸素が必要だ。


 通常の魔法は、酸素の供給すら魔力で補うことが多いが、空気中には酸素が溢れている。


 術式に「周囲の空気を取り込む」という工程を組み込めばどうなる?


 自分で燃料を用意しなくても、現地の空気を借りて燃やせばいい。


「消費魔力を十分の一以下に抑えつつ、普通のファイアボールと同等、いやそれ以上の熱量を生み出せるかもしれない」


 脳内でパズルが組み合わさっていく。


 複雑な魔法式を分解し、不要なパーツを捨て、新たな理論で繋ぎ合わせる。


 この作業は、とてつもなく大変だ。


 一つの魔法を再構築するのに、何百という計算が必要になる。


 けれど。


「……楽しいっ!」


 私は思わず声を上げていた。


 たまらない。この知的好奇心が満たされる感覚。


 困難な課題であればあるほど、それを解き明かした時の快感は大きい。


 塔の中で一人、世界の真理を探究していたあの頃と同じ。


 いや、今は「家族を守る」という明確な目的がある分、あの頃よりもずっと熱量が高い。


 魔力が少ない? 体が弱い?


 それがどうした。


 その不自由さこそが、新たな発明の母となるのだ。


「忘れないうちに書き留めないと!」


 脳内から溢れ出しそうなアイデアを捕まえるため、私は視線をベッドに向けた。


 そこには、朝方散らかしたままの羊皮紙とインク壺がある。


 私は勢いよく、ベッドに向かってダイビングした。


 ボフッ、という音と共に、ふかふかのマットレスが小さな体を受け止める。


 シーツのひんやりとした感触が心地いい。


 私はすぐに体勢を整え、うつ伏せになって羊皮紙を引き寄せた。


 羽ペンをインク壺に突っ込み、サラサラと猛烈な勢いで書き始める。


『――改変ファイアボール案――』


 羊皮紙の上に、幾何学模様と数式が躍る。


 まずは酸素供給の術式を書き換え。


 次に、魔力放出のタイミングを遅延させる制御式の導入。


 さらに、安全装置として、自分の手元では熱を持たないように断熱結界を薄く張る計算式も必要だ。


「燃焼効率を上げるなら、風魔法の理論も少し混ぜて……」


 ペンの音が、静かな部屋に響く。


 窓の外では、日が傾き始めている。


 夕日が差し込み、羊皮紙をオレンジ色に染めていく。


 この理論が完成すれば、私はまた一歩、強くなれる。


 家族の役に立てる。デイルを守れる。


 探究の海は深く、そしてどこまでも自由だ。


 私は時間を忘れて、魔法という名の無限の遊び場に没頭するのだった。

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