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第59話 守られるだけじゃ、嫌なんです

「私、守られるだけじゃ嫌なんです」


 その言葉に、父がハッとした顔をした。  


 私は胸に手を当て、自分の想いを紡ぐ。  


 隣でデイルが、心配そうに私の服の裾をぎゅっと掴んできた。


 私はその小さな手を握り返しながら言った。


「デイルも、お母様も、領地のみんなも……私が守りたいの」


 私は父の目を、真っ直ぐに見つめ続けた。  


「私は強くなりたいんです。ただ守られるお姫様じゃなくて、自分の力で、この平穏を守れるようになりたい。そのためには、王都も見ないといけない気がします」


 部屋の空気が変わった。  


 母が息を呑む気配がする。  


 そして、父は――長い沈黙の後、深く、重いため息をついた。


「……頑固なところは、私に似たか」


 父は苦笑交じりに呟くと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。  


 その瞬間、父の纏う空気が一変した。  


 さっきまでの「優しいパパ」ではない。  


 かつて王国の四大騎士の一人と謳われ、戦場を駆けた「猛将ローウェン」の覇気が、部屋中に満ちたのだ。


 ビリリ、と肌が粟立つような威圧感。  


 アミナでさえ、思わず背筋を正している。  


 デイルが「パパ、こわい……」と私の後ろに隠れた。


「エルシア。お前の覚悟はわかった」


 父は私を見下ろした。


 その瞳は厳しく、冷徹な光を帯びていた。


「だが、口で言うのは簡単だ。『自分の力で守る』? 王都の荒波は、生半可な覚悟で渡れるものじゃない。ましてやお前はまだ七歳だ」


「……」


 私は威圧に押し潰されそうになりながらも、一歩も引かずに父を見上げた。


 ここで目を逸らせば、二度と認めてはもらえない。


「言葉だけでなく、力で示してみせろ」


 父は低い声で告げた。


「明日、早朝。練兵場に来い」


「練兵場……?」


「私と立ち合うのだ」


 その言葉に、母が「あなたっ!?」と悲鳴を上げた。  


 アミナも目を見開いている。  


 だが、父は手を挙げてそれを制した。


「殺し合いをするわけではない。模擬戦だ。……条件を出そう」


 父はニヤリと、獰猛な笑みを浮かべた。


「私から一本でも取れたら、王都への受験を認めてやる。剣でも魔法でも、何を使っても構わん。私に攻撃を当てるか、隙を作らせて一本と認めさせるか……それができれば、お前の『守れるようになりたい』という言葉を信じよう」


 相手は元・四大騎士。  


 腐っても歴戦の英雄だ。  


 まともに戦って勝てる相手ではない。  


 常識的に考えれば、これは体好い「拒絶」だ。


 実力差を見せつけ、諦めさせるための無理難題。


 だが。  


 私は父の目を見て、その奥にあるものを感じ取った。  


 これは拒絶じゃない。試練だ。  


 父もまた、私の異常な早熟さと、秘められた才能に薄々気づいている。  


 だからこそ、親としてではなく、一人の戦士として、私の「資格」を問うているのだ。


 一本、ね……。

 

 魔人ナードルと父が戦ったあのとき、父はすでに何十体もの魔物を斬り伏せた後だった。


 疲労で足取りも重く、まともな勝負にならなかった。

 

 けれど――今回は違う。


 父は万全。


 むしろ、あのナードルより強いかもしれない。

 

 正面からぶつかれば、勝ち目なんて万に一つもない。

 

 体力も、リーチも、経験も、全部が違いすぎる。

 

 だが、クロと一緒に磨き続けてきた魔力があるのだ。

 

 本当なら、ナードル戦で使ったあの魔法は使いたくない。


 広範囲すぎて、練兵場じゃ被害が出る。

 

 王都に行けば、こういう狭い戦いもきっと増えるだろう。

 

 だからこそ――工夫と奇策、そして意地。

 

 なんとか……一本くらいなら、もぎ取れるかもしれない。


 私は口元を引き締め、力強く頷いた。


「わかりました。その条件、受けます」


「ほう、言うな」


 父は満足げに頷いた。


「逃げるなら今のうちだぞ? 明日の私は、手加減など知らんからな」


「逃げません。……お父様こそ、油断してると痛い目見ますよ?」


 私が挑発的に返すと、父は「ハッ!」と短く笑った。  


 それは、対等な敵に向けるような、好戦的な笑みだった。


「いい度胸だ。楽しみにしているぞ、エルシア」


「はい!」


 ◇ ◇ ◇


 その夜、私は自室の窓辺に立ち、月を見上げていた。  


 部屋の明かりは消している。  


 ベッドでは、遊び疲れたデイルがすやすやと寝息を立てていた。


 今日は私の部屋で一緒に寝ると言って聞かなかったのだ。  


 その寝顔を見ていると、絶対に負けられないという思いが強くなる。


「……やっちゃった」


 冷静になって考えると、とんでもない約束をしてしまったものだ。  


 相手はあの父なのだ。


 本気を出されたら、練兵場ごと吹き飛ばされかねない。  


 足元にはクロがいて、私の足に頭を乗せている。


 お父様は強い。でも、今の私なら……。


 私は右手を掲げ、小さく魔力を練り上げる。  


 指先に、淡い光が灯る。  


 クロがそれを見て、「キュゥ」と応援するように鳴いた。  


 大丈夫。


 ただ遊んでいたわけじゃない。  


 クロのおかげで、魔力の通り道は太くなった。


 身体強化の魔法も、無詠唱での発動速度も、格段に上がっている。


「クロ、明日は君の力も借りるよ」


「キュッ!」


 クロが力強く頷く。  


 この小さな相棒がいれば、百人力だ。


 私は窓の外に広がる、夜の練兵場へと視線を移した。  


 明日の朝、あそこで私の運命が決まる。  


 アシュレイン領の箱入り娘で終わるか、世界へと飛び出す魔女となるか。


「……王都か」


 月に向かって、もう一度誓う。  


 緊張と興奮で、今夜は眠れそうになかった。  


 私はデイルを起こさないようにそっとベッドに入り、隣で丸くなるクロを抱きしめた。  


 そして、まだ見ぬ戦いのシミュレーションを頭の中で繰り返しながら、翌日の朝の約束を待つのだった。

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