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第55話 絵本が紡ぐ特産品

「え? 絵本だよ? 『薬草さんとお水のダンス』だもん!」


 私はあくまでシラを切る。


 ハンク医師は、乾いた笑いを漏らした。


「言葉は子供向けだ。絵も……可愛らしい。だが、ここに書かれている工程は、無駄が一切ない。王都のギルドが出している分厚い専門書よりも、よほど核心を突いている……」


 彼は絵本を宝物のように胸に抱いた。


「すごい……。これなら、私のような凡人でも、そして文字の読めない村の若者でも、あのポーションに近いものが作れるかもしれない。……まさに、国宝級の技術書だ」


 看破されてしまった。


 さすがは長年現場で戦ってきた医師だ。


 でも、私が「えへへ」と笑ってクレヨンで汚れた手を見せれば、彼はそれ以上深くは追求しなかった。


 追求してはいけないと、本能で悟ったのかもしれない。


 それからの展開は早かった。


 ハンク医師はすぐに村の若者たち――手先の器用そうな数人を集め、即席の「ポーション作り講習会」を開いた。


 教科書は、もちろん私の絵本だ。


「いいか、みんな! この本に書いてある通りにやるんだ! お嬢様が描いてくださった、魔法の絵本だぞ!」


「へえ、可愛い絵だなあ」


「右に三回、左に一回……」


 最初は半信半疑だった若者たちも、絵本の通りに作業を進めるうちに、その変化に気づき始めた。


 鍋から立ち上る香りが、いつもの青臭いものではなく、爽やかなものに変わっていく。


 色が、濁った泥色ではなく、透き通った薄緑色になっていく。


「すげえ……! 本当に綺麗な色になったぞ!」


「俺にもできた! 先生、これ見てくれ!」


 完成したポーションは、最高品質には及ばないものの、十分に実用レベルのポーションだ。


 少なくとも、以前のポーションとは雲泥の差。


「よし、これならいける! 量産だ! みんな、どんどん作れ!」


 診療所が、活気ある工房へと変わった瞬間だった。


 私はその様子を部屋の隅で見守りながら、アミナと顔を見合わせてガッツポーズをした。


 ◇ ◇ ◇


 夕方。


 私は完成した『アシュレイン式ポーション(量産型)』の試作品を数本携え、アミナと共に父の元を訪れた。


 父は村の村長室で、復興予算の計算に頭を抱えていた。


 机の上には請求書の山。


 眉間のシワが深すぎて、戻らなくなっているんじゃないかと心配になるレベルだ。


「お父様、お仕事お疲れ様!」


「ん? おお、エルシアか。……どうした、そんなに嬉しそうな顔をして」


 父は私を見ると、疲れた顔を崩して優しく微笑んだ。


 私はトコトコと机に歩み寄り、持ってきたポーションの瓶をドン、と置いた。


「これ、プレゼント!」


「これは……ポーションか? だが、色がずいぶん綺麗だな。王都から取り寄せたものか?」


 父が瓶を手に取り、まじまじと見る。


 そこで、控えていたアミナが一歩前に出て説明を始めた。


「旦那様。それは本日、村の診療所で作られたものです。エルシアお嬢様が製法をご提案され、ハンク医師たちが作成しました」


「な……なんだって?」


 父が目を丸くする。


「これが、村で作られたものだと? 以前のものとは似ても似つかないぞ」


「はい。材料は森で採れたヒールグラスと水だけ。ですが、お嬢様の……その、工夫によって、品質が劇的に向上しました。ハンク医師によれば、市場に出回っている中級ポーションと同等か、それ以上の効果があるとのことです」


 アミナの説明に、父はゴクリと喉を鳴らした。


 領主である彼には、その意味が即座に理解できたはずだ。


 材料費はタダ同然。


 なのに、完成品は高値で取引される中級ポーション並み。


 つまり――。


「これを街で売れば、復興資金になるよ!」


 私は無邪気に、しかし確信を持って提案した。


 ズバリ、核心を突く。


「村のみんなも、これを作れば体も治るし、お金も稼げる。アシュレイン領の特産品にできるよ!」


「特産品……そうか、その手があったか……!」


 父は椅子から立ち上がり、興奮した様子で部屋の中を歩き回った。


「ポーションは消耗品だ。需要は常にある。しかもこの品質なら、行商人たちが喜んで買い付けるだろう。……これがあれば、復興予算の赤字を埋めるどころか、領の財政を立て直せるかもしれない!」


 アシュレイン領に差した一筋の光明。


 それが、六歳の娘のお絵かきから生まれたとは、誰も思うまい。


 父は私の前に戻ってくると、感極まった様子で膝をつき、私を力強く抱き上げた。


「エルシア……! お前は、本当になんという子だ!」


 高い高いをされながら、父の潤んだ瞳と目が合う。


「魔人から領地を守っただけでなく、今度は財政まで救ってくれるとは……。お前は我が家の、いや、アシュレインの救世主だ!」


 父の声は震えていた。


 その腕からは、娘への深い愛情と、領主としての重圧から解放された安堵が伝わってくる。


 アミナも、誇らしげに目を潤ませてこちらを見ている。


 私は父の首に腕を回し、あくまで子供らしく、にっこりと笑って答えた。


「ううん、違うよお父様。私は救世主じゃないよ」


 首を振る。


「ただのお手伝いだよ」


 そう、お手伝い。


 ちょっと前世の知識を使って、変えちゃっただけ。


 でも、内心では私はニヤリと舌を出していた。


 よし、これで領地の資金難は解消!


 復興が進めば、美味しいお菓子も輸入できるし、いざという時のための軍資金も確保できる。


 現金なことを考えながら、私は父の広い胸の中で、これからの明るい未来を夢見て目を細めるのだった。

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