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第50話 偽りの癒やし、本物の嘆き

色は、どす黒く濁った深緑色。


 瓶の底には、何やら泥のような沈殿物が溜まっている。


 蓋の隙間からは、薬草特有の清涼感など微塵もない、


 焦げ臭いような、腐葉土のような異臭が漏れ出していた。


 これを……飲ませているの? これを傷口にかけているの?


 私の前世の知識――魔女としての知識が、警鐘を鳴らしまくっている。


 ポーションというのは本来、薬草の持つ有効成分を液体という媒体に転写・固定化させたものだ。


 適切な手順で作られたポーションは、澄んだエメラルドグリーンか、あるいは淡い青色をしている。


 光にかざせば透き通って輝くものなのだ。


 だが、ここにあるのは「薬草の煮汁」だ。


 しかも、煮込みすぎて成分が変質し、灰汁も不純物も全部一緒くたになっている。


 これでは治癒効果は期待できないどころか、最悪の場合、不純物が原因で中毒症状を起こしたり、傷口を悪化させたりしかねない。


 私は衝撃を隠しつつ、背伸びをして一番端の瓶を指差した。


「ねえ、ハンク先生。これ、なあに?」


 私の問いかけに、ハンク医師が重い足取りで近づいてきた。


「ああ、それはポーションですよ。傷を治す薬です」


「……なんか、色が汚いね。泥んこ遊びの水みたい」


 私は子供特有の残酷な素直さを装って言った。


 アミナが「お嬢様、そのようなことは!」と慌てて嗜めるが、ハンク医師は怒らなかった。


 むしろ、深く、深くため息をついたのだ。


 その肩が、ガクリと落ちる。


「……おっしゃる通りです、お嬢様。これは、ひどい代物だ」


 彼は自嘲気味に笑った。


「本来のポーションは、もっと澄んだ色をしていると聞いています。王都の錬金術師が作るような高級品は、キラキラと輝いているとも」


「じゃあ、なんでこれは泥んこなの?」


「……ないんですよ」


 ハンク医師は、瓶を一本手に取り、悔しそうに見つめた。


「材料が、圧倒的に足りないんです。本来なら『ヒールグラス』の葉だけを使い、綺麗な湧き水で時間をかけて抽出しなきゃならん。だが、この辺りの森は魔物のせいで荒らされ、良質な薬草は手に入りにくくなった」


 彼は瓶を振った。


 中の濁った液体がちゃぷんと揺れる。


「それに、私たちには技術がない。見様見真似で、書物の端っこに書いてあるようなやり方を真似るしかないんです。茎も根も一緒くたに煮込んで、少しでも量をごまかすしかない……」


 それが、辺境の現実だった。


 錬金術師などという高度な職人は、こんな田舎にはいない。


 ポーションギルドから買い付けるには、予算も輸送手段も限られている。


 だから、現地調達でなんとかするしかないのだが、その結果がこれだ。


「これでも……ないよりはマシなんです。痛みに苦しむあいつらに、気休めでも何かしてやりたい。たとえ泥水みたいな薬でも、飲めば少しは痛みが引く……そう信じさせてやるしかないんです」


 ハンク医師の声は震えていた。


 それは、患者を救えない無力感と、医師としての矜持がぶつかり合った、悲痛な叫びだった。


 彼は拳を握りしめ、棚に拳を押し当てた。


「材料も不足しているし、製法も……我々にはこれが限界だ」


 その言葉は、重く、暗く、診療所の床に落ちた。


 周りの看護をしている女性たちも、俯いてしまっている。


 アミナも、かける言葉が見つからないようで、沈痛な面持ちで口を結んでいた。


 限界。


 そう、今の彼らの知識と環境では、これが限界なのだ。


 誰も悪くない。


 悪いのは、知識が断絶されているこの世界の歪な構造と、理不尽な魔物の脅威だ。


 私はハンク医師の嘆きを聞きながら、心の中で静かに炎を燃やしていた。


 クロが私の足元で、心配そうに見上げている。


 私はクロの頭をそっと撫でながら、改めてその濁ったポーションを見据えた。

 

 この老医師の嘆きは、希望に変わるだろうか。


 いや、変えなければならない。

 

 かつて「深森の魔女」と呼ばれた、私の知識だけだ。

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