第46話 瓦礫の村と、温かい昼ごはん
屋敷から村へ向かう道中、私はアミナが御者を務める荷馬車の荷台に揺られていた。
荷台には、炊き出し用の食材や水樽、そして毛布などが積まれている。
クロも私の隣でちょこんと座り、流れる景色を眺めている。
屋敷を出てすぐは、いつもの平和な並木道だった。
しかし、村に近づくにつれて、景色は一変した。
地面が抉れ、木々がなぎ倒されている。焦げた跡があちこちに残り、戦闘の激しさを物語っていた。
「……ひどい」
思わず声が漏れる。
村の入り口に差し掛かると、その惨状はさらに鮮明になった。
魔物によって吹き飛ばされた家屋。
屋根が崩れ落ち、壁に大きな穴が開いた納屋。
道端には瓦礫の山が築かれ、のどかな村の姿は見る影もない。
けれど、そこには絶望だけが漂っているわけではなかった。
「おーい! こっちの木材を運んでくれ!」
「屋根の補修、急ぐぞ! 雨が降る前に終わらせるんだ!」
活気のある声が響き渡っている。
村人たちが総出で、復興作業に汗を流していたのだ。
大人も子供も、男も女も関係ない。
皆が協力し合い、自分たちの生活を取り戻そうと必死に動いている。
カーン、カーン、という槌音が、復興への鼓動のようにリズミカルに響いていた。
アミナが広場の一角に馬車を停める。
「お嬢様、着きましたよ。……足元にお気をつけて」
アミナの手を借りて荷台から降りると、土埃の匂いが鼻をついた。
その時、広場の中心で指示を出していた父がこちらに気づいた。
「ん? あれは……エルシア!?」
父が目を丸くして駆け寄ってくる。
そばにいたクライブも驚いた顔でついてきた。
父の顔は煤で汚れ、服も汗まみれだ。
「お前、どうしてここに……体はもういいのか?」
「うん! もう元気になったから、手伝いに来たの!」
私が胸を張って答えると、父は困ったように眉を下げた。
「気持ちは嬉しいが、ここは子供の遊び場じゃないぞ。危ないし……それに、お前は……」
父は言葉を濁したが、言いたいことはわかっている。
『お前は安静にしていなきゃいけないし、目立ってはいけない』ということだ。
「大丈夫だよ、お父様。私、お母様と約束したもん。魔法は絶対に使わないし、無理もしない。ただ、みんなにお水を配ったり、軽い物を運んだりするだけ」
私がそう言うと、アミナも助け舟を出してくれた。
「私が責任を持って監督いたします、旦那様。お嬢様はどうしても、領民の皆様のために何かしたいとおっしゃって……屋敷でじっとしているのは辛いと」
アミナの言葉に、父はほだされたように表情を緩めた。
「……そうか。お前は本当に、優しい子だな」
父は泥だらけの手をズボンで拭ってから、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「わかった。だが、絶対にアミナのそばを離れるなよ。それと、少しでも疲れたらすぐに休むこと。いいな?」
「はーい!」
許可が出た。
すると、周りで作業をしていた村人たちが、私の存在に気づいて集まってきた。
「おや、領主様のお嬢様じゃないか」
「エルシア様だ! ご無事だったんですね!」
日焼けした肌の男たちや、エプロン姿の女性たちが、私を見て顔をほころばせる。
彼らの視線には、単なる領主の娘への敬意以上のものが含まれていた。
温かく、そしてどこか感謝に満ちた眼差し。
公式には騎士が倒したことになっているが、彼らはあの時、私が命がけで戦っていたことを直感的に理解しているのかもしれない。
「エルシア様、よく来てくださいましたねえ」
「お体は大丈夫ですか? 顔色が良くなって安心しました」
老婆が拝むように手を合わせてくるので、私はなんだかむず痒くなってしまった。
「えへへ……。あの、私、お手伝いしに来たの。何か私にできること、ある?」
私がそう尋ねると、村人たちは顔を見合わせ、ドッと笑った。
「ははは! こりゃ頼もしい援軍だ!」
「じゃあ、エルシア様。向こうの女性陣のところに、水を運んでもらえねえかな。みんな喉が渇いてるんだ」
「わかった! 任せて!」
私は元気よく返事をした。
それから私は、有言実行で働きまわった。
魔法を使えば、瓦礫の撤去など一瞬で終わるだろう。
『土魔法』で地面を隆起させて瓦礫をまとめたり、『風魔法』で木材を運んだり。
だが、それは厳禁だ。
私はただの六歳児として振る舞わなければならない。
小さな手桶に水を汲み、作業をしている人たちに配って回る。
それだけでも、「ありがとう、生き返るよ」「エルシア様からもらう水は格別だ」と喜ばれた。
次に、瓦礫の片付けを手伝うことにした。
大きな石や柱は無理だが、散らばった木片や小さな石なら私でも運べる。
「よいしょ、よいしょ」
軍手代わりの手袋をして、木片を拾い集める。
地味な作業だ。
前世の知識も、魔法の力も関係ない、純粋な肉体労働。
だけど、不思議と嫌ではなかった。
一つ拾えば、その分だけ村が綺麗になる。
その実感が嬉しかった。
「エルシア様、あまり重いものは持たないでくださいね。私が持ちますから」
アミナが心配そうに隣で手伝ってくれる。
クロも負けじと、口に木の枝をくわえて運んでいる。
その姿が愛らしくて、村の子供たちが「わあ、すげえ!」と集まってきたりもした。
一時間も働くと、額には汗がにじみ、息が上がってきた。
服の裾は汚れ、手袋も真っ黒だ。
でも、心地よい疲労感だった。
自分が役に立っている。
その感覚が、私の心を満たしていた。
「――おーい! みんな、昼飯だぞー!」
誰かの大きな声が響いた。
それを合図に、作業の手が止まる。
お昼休憩の時間だ。
「ふう、お腹すいたあ」
私が額の汗をぬぐうと、お腹がグゥと可愛くない音を立てた。
アミナがくすりと笑う。
村の広場に、即席の食事スペースが作られていた。
大鍋には温かいスープが湯気を立てており、籠には山盛りのおにぎりが積まれている。
「さあさあ、エルシア様もどうぞ。働いた後の飯はうまいですよ」
恰幅のいいおばさんが、私の小さな手に、握りたてのおにぎりを乗せてくれた。
塩をまぶしただけの、シンプルなおにぎりだ。
具なんて入っていないかもしれない。
けれど、炊きたての米の香りが食欲をそそる。
まだ温かい。
「ありがとうございます!」
私はアミナと一緒に、適当な木箱に腰を下ろした。
青空の下、周りは瓦礫だらけだけど、みんなの顔は明るい。
私はおにぎりを両手で持ち、大きく口を開けてかぶりついた。
パクッ。
口いっぱいに広がる、お米の甘みと、程よい塩気。
ただそれだけなのに、信じられないほど美味しかった。
「……んん~っ! おいしい!」
私が声を上げると、周りの大人たちが目を細めて笑った。
アミナも隣で同じおにぎりを頬張りながら、満足そうに頷いている。
高級な料理ではない。
宮廷で出るような繊細な味付けでもない。
これは、みんなの頑張りと、優しさが詰まった味だ。
労働の後の塩分が、体に染み渡っていく。
私は夢中で二口、三口と食べ進めた。
クロもお皿に乗せてもらった小さなおにぎりを、器用に食べている。
空を見上げれば、雲ひとつない快晴。
復興への道のりはまだ遠いけれど、このおにぎりがあれば、きっと大丈夫。
そんな予感と共に、私は最後の一口を口に放り込み、幸せな満腹感に包まれるのだった。
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