第40話 奪われた魔法書、汚された叡智
カィィィィンッ!!
甲高い音が戦場に響き渡った。
爆発も、衝撃も起きない。
私の目の前に展開された、六角形を幾重にも組み合わせたハニカム構造の光の壁。
ナードルの放った闇の砲弾は、その壁に触れた瞬間、水が霧になるように拡散し、無効化された。
「何……ッ!?」
ナードルの目が、限界まで見開かれた。
自分の最強の攻撃が、幼女の、しかも無詠唱の魔法に防がれたのだ。
驚愕はそれだけではない。
「ば、馬鹿な……!? その魔法は……貴様、なぜその魔法を知っている!?」
「なぜって……」
私は結界を維持したまま、小首を傾げてみせた。
「これ、私が作ったんだもん」
「はあ!? ふざけたことを抜かすなガキがァ!」
ナードルが激昂した。
プライドを傷つけられたのか、顔を朱色に染め、両手から次々と魔法を放ち始める。
「これはなぁ! あの方から賜った、失われた魔法なんだよ! 人間ごときが、しかもガキが扱える代物じゃねえんだッ!」
ドォン! ドォン! ドガァァン!
闇の槍、炎の球、雷撃。
次々と放たれる魔法の雨あられ。
しかし、そのすべてが私の『イージス・ヘキサ』に弾かれ、空しく火花を散らす。
私は結界の内側から、冷静に敵の魔法を観察していた。
……やっぱり。間違いないわ。
ナードルが使っている魔法。
特に、最初に父を弾き飛ばした障壁や、今放っている闇魔法。
それは、かつて私が開発し、魔書に書き残したものと酷似している。
だが――汚い。
美しくないのだ。
威力を上げるために無理やり魔法をねじ曲げ、禍々しい呪いを付与し、効率を度外視した改造が施されている。
まるで名画の上から、子供がクレヨンで落書きをしたような惨状。
「素晴らしいだろう!? この圧倒的な破壊力! あの偉大な『大魔導師』の叡智から得た、神の力だぁ!」
ナードルは狂喜しながら、懐から一冊の本を取り出した。
ボロボロになった、古い羊皮紙の束。
間違いない。
あれは、私の魔法書の一部。
「……返して」
私の口から、低い声が漏れた。
「あぁん? なんだと?」
「その本は……汚い手で触っていいものじゃないわよ」
私の怒りに呼応するように、結界が青白く輝きを増した。
弾かれたナードルの魔法が、逆に彼の方へと跳ね返る。
「ぐわっ!?」
ナードルは慌てて自身の障壁を展開し、跳弾を防いだ。
彼は信じられないという顔で、自分の障壁と、私の結界を見比べる。
「な、なんでだ……!? 俺の障壁と同じ魔法のはずだ! なのに、なぜ俺の魔法だけが弾かれる!?」
「同じ? 一緒にしないでくれ」
私は鼻で笑った。
「私の結界魔法と、お前のその劣化じゃ、精度が月とスッポンほど違うのよ。当たり前でしょう? 作った本人が一番構造を知っているんだから」
「き、貴様……もしや……」
「それと」
私は指を一本立て、チッチッと振った。
「その闇魔法の使い方、間違ってるわよ。魔力配列の第三節、充填率の計算が甘いから拡散してる。あと、呪いの付与なんて無駄な装飾するから速度が落ちてるの」
私は冷徹な教師のように、彼を見下ろした。
「採点するなら――0点ね。やり直し」
ピキッ。
ナードルの額で、何かが切れる音がした。
「き、貴様ァァァァァァッ!! 舐めるなぁぁぁッ!!」
ナードルが発狂した。
全身からどす黒いオーラが噴出し、周囲の空間が歪む。
理性を失った怪物が、ただ殺意の塊となって膨れ上がる。
「殺す! 殺す! ミンチにしてやる! その減らず口、引き裂いてやるぅぅッ!」
周囲にいたオークたちが、その恐怖の波動に耐えきれず、泡を吹いて気絶していく。
ナードルの魔力が、先ほどまでとは桁違いに跳ね上がっている。
怒りによってリミッターが外れたか、それとも成長しているのか。
私は冷や汗をかいた。
魔力はクロのおかげで多少持つが、私の体の反応速度が追いつかないかもしれない。
次の一撃は、さっきのような手加減はない全力だ。
私が身構え、クロの力を借りて再度魔法を発動しようとした、その時。
ヒュンッ!
一陣の風が、私の横を駆け抜けた。
深緑の騎士服を翻し、一人の男が私の前に躍り出る。
「お嬢様! 下がって!」
クライブだ。
彼は剣を構え、暴走するナードルと私の間に割って入った。
その背中は、もはや「サボり魔」のものではない。
一人の頼れる騎士の背中だった。
「クライブ……」
「話は後っす! あいつ、ヤバいっすよ! 俺一人じゃ受けきれない!」
クライブは冷や汗を流しながらも、剣先をブラさずにナードルを見据えている。
そして、叫んだ。
「俺が前衛で突っ込みます! お嬢様は魔法で援護をお願いします!」
その言葉に、私は目を見開いた。
彼は、私を守る対象としてではなく、共に戦う「戦友」として認めたのだ。
六歳の子供に背中を預けるという、狂気にも似た信頼。
「ええ、分かったわ」
私はニヤリと笑い、クライブの背中に声をかけた。
「死なないでよ、クライブ。私のサポートは、ちょっと手荒いから」
「へっ、望むところっすよ! 頼みますよ、ボス!」
もう少し、このナードルから「大魔導師」の話や、本の出処について聞きたかったが、生憎と時間はなさそうだ。
ナードルの周りの空間が、黒い雷光を帯びてバチバチと鳴り始めている。
敵は成長している。悠長に構えていれば、飲み込まれる。
クライブが重心を低くし、地面を蹴る準備をする。
最弱の令嬢と、最強の騎士。
異色コンビによる、対魔人戦が幕を開けた。
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