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第37話 凍りついた前線

オークを消滅させた熱気が、嘘のように冷え込んでいく。


私とクライブは、崩壊した前線へと急いだ。


村の入り口から数百メートル。


本来なら、そこは激しい剣戟の音と、魔物の咆哮が響き渡る熱狂の渦であるはずだった。


 だが。


「……なんだ、これ?」


 隣を走るクライブが、剣を握る手に力を込めながら呟いた。


 静かすぎる。


 いや、ただの静寂ではない。


 空気が凍りついているのだ。物理的な気温の低下ではない。


 生物としての本能が、絶対的な捕食者の気配を感じ取り、萎縮しているような、そんな寒気。


 肩に乗っているクロが、毛を逆立てて低く唸る。


 そのアメジスト色の瞳は、前方の一点を凝視して動かない。


「……おいおい、嘘だろ」


 前方の霧が晴れ、その異様な光景が露わになった。


 そこには、数百匹はいるであろうオークやゴブリンの群れがいた。


 しかし、彼らは人間を襲っていなかった。


 それどころか、武器を下ろし、ガタガタと震えながら左右に割れ、まるで王の通り道を空けるようにひれ伏していたのだ。


 あの凶暴な魔物たちが、恐怖に支配されている。


 その「道」の先に、一人の男が立っていた。


「……人間?」


 いや、違う。


 漆黒のローブを纏い、フードを目深に被ったその姿。


 隙間から覗く肌は、死人のように青白く、血の気が通っていない。


 彼が歩くたびに、足元の草が枯れ、黒い瘴気が揺らめく。


 男は、足元に転がっていた手負いのオーク――まだ息があり、助けを求めるように手を伸ばしていた自分の配下を、無造作に見下ろした。


「……役立たずめ」


 氷の刃のような声。


 男は汚らわしいものを見るように鼻を鳴らすと、オークの頭を革靴で踏み砕いた。


 グチャリ、という湿った音が、静寂な戦場に響き渡る。


「ひっ……!」


「あ、悪魔だ……」


 周囲を取り囲んでいた騎士たちが、後ずさる。


 無理もない。


 味方を平然と踏み殺す残虐性もさることながら、あの男から立ち昇る魔力の質が、あまりにも禍々しく、そして桁違いだからだ。


「貴様ァッ!!」


 その凍りついた空気を切り裂いたのは、烈火のごとき怒号だった。


 父、ローウェンだ。


 父は全身に返り血を浴び、鎧の一部が砕けながらも、その瞳には決して消えない闘志を宿していた。


「よくも我が兵を、我が領土を蹂躙したな! その命で償ってもらうぞ!」


 父が愛馬を駆り、疾風のように突撃する。


 その手に握られた長剣には、全霊の闘気と魔力が込められ、白銀の輝きを放っている。


 領主としての意地を込めた、必殺の一撃。


「おおおおおおっ!!」


 剣閃が走る。


 速い。


 クライブの剣速をも凌駕する、神速の斬撃。


 誰の目にも、男の首が飛ぶ瞬間が映ったはずだった。


 しかし。


「……騒々しい」


 男は、剣が首に届く寸前で、煩わしそうに左手の人差し指を一本、スッと立てただけだった。


 キィィィィィンッ!!


 甲高い金属音が響き、火花が散る。


 父の剣が、男の指の一センチ手前で静止していた。


 否、止められたのだ。


 男の指先から展開された、半透明な幾何学模様の壁――『障壁バリア』によって。


「な、に……ッ!?」


 父が驚愕に目を見開く。


 全力の斬撃が、指一本の魔法で完全に防がれたのだ。


 「消えろ」


 男が指を軽く弾く。


 ドォォォォンッ!!


 ただそれだけの動作で、爆発的な衝撃波が発生した。


 父の体は、まるで玩具のように弾き飛ばされ、数十メートル後方の地面に叩きつけられた。


「ぐ、がぁッ……!」


「ローウェン様ッ!!」

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