第31話 崩れゆく前線と命の選別所
イチかバチか。
失敗は許されない。
魔女の知識と、クロの未知なる魔力、そして私の覚悟。
私は静かに目を閉じ、禁断の治癒魔法へと足を踏み入れた。
意識を集中し、体内の魔力を開放する。
指先に神経を研ぎ澄まし、術式を編み上げようとした――まさに、その刹那だった。
バンッ!!
集会所の重厚な扉が、乱暴に押し開かれた。
同時に、冷たい風と濃密な血の匂いが、室内になだれ込んでくる。
「――報告ッ!!」
悲痛な叫び声が、私の集中を強制的に断ち切った。
私はハッとして目を開き、術式を霧散させた。
転がり込んできたのは、鎧を朱色に染めた一人の伝令騎士だった。
肩で息をし、足を引きずりながら、クライブの元へと駆け寄る。
その形相は、絶望に歪んでいた。
「ど、どうした! 前線で何があった!?」
クライブが駆け寄り、倒れそうになる騎士を支える。
騎士は震える声で、信じがたい戦況を告げた。
「せ、戦況が悪化しました……! 魔物の動きが……変わったのです!」
「変わった? どういうことだ?」
「先ほどまでは、ただの本能に従った暴走した群れでした。ローウェン様の獅子奮迅の働きにより、我々が押し返していたのです。しかし……」
騎士は恐怖を吐き出すように叫んだ。
「突如として、奴らが『統率』され始めました! まるで全体を見渡す『指揮官』がいるかのように! 盾を持ったオークが前衛に出て、背後からゴブリンが石を投げ、側面から狼が奇襲をかけてくる……! 組織的な軍隊の動きです!」
「なんだと……!?」
クライブが絶句する。
私も息を呑んだ。
単なる獣の暴力ではなく、知性を持った軍略が牙を剥いたのだ。
「ローウェン様が前線を支えていますが、騎士たちの被害が甚大です! もう、支えきれません!」
その言葉を裏付けるように、伝令騎士の後ろから、次々と新たな担架が運び込まれてきた。
先ほどとは比較にならない数だ。
自警団の男たちや、前線で盾となっていた騎士たちが、血まみれになって運ばれてくる。
「衛生兵! 誰か! 早く手当てを!」
「腕が! 俺の腕がぁ!」
「目が開かない! 助けてくれぇ!」
阿鼻叫喚。
集会所は一瞬にして地獄絵図と化した。
運ばれてきたのは、魔物の爪で肉を抉られた者、毒を受けて全身が紫色に変色している者、火傷で皮膚がただれている者。
村の小さな診療スペースは、瞬く間にパンク状態に陥った。
村の老医師が、血に濡れた手で頭を抱え、へたり込む。
「だ、ダメだ……もう包帯がない!」
「先生! こっちの人が息をしてねぇ!」
「薬草は!? ポーションはまだ来ないのか!」
「ない……もう何もないんじゃ……! わしのような田舎医者には、もうどうすることもできん……!」
絶望的な叫び。
回復魔法を使える神官は、この辺境には常駐していない。
頼みの綱のポーションも、すでに底をついている。
目の前で、守ると誓った人々が死んでいく。
父の部下たちが、村人たちが、苦痛に顔を歪めている。
逃げ場はない。
ここが最前線よりも過酷な、命の選別所だ。
私は唇を噛み締め、鉄の味を感じながら再度決意した。
先ほどの中断は、神様が「本当に覚悟はあるか」と問うてきた時間だったのかもしれない。
答えは決まっている。
私はドレスの袖をまくり上げ、混乱する戦場の真ん中へと進み出た。
「クライブ、その人をベッドへ! 軽傷者は壁際に寄せて!」
私の凛とした声が響く。
呆然としていた村人たちが、ハッとして私を見た。
「お、お嬢様? 何を……」
「私が診ます。全員、助けます」
私は断言し、一番重傷の騎士――腹部を裂かれ、内臓が見えかけている若者の元へ膝をついた。
だが、問題は山積みだ。
通常の『回復魔法』は、魔力を物質化させて欠損した肉体を埋める魔法。
言わば、魔力で粘土細工をするようなもの。
これには莫大なエネルギーを消費する。
今の私の魔力では、この若者一人を治しただけで空っぽになるだろう。
それでは意味がない。
ここにいる数十人の怪我人すべてを救うには、圧倒的にリソースが足りない。
知恵を絞りなさい、エルシア。
知識を総動員するのよ。
私は脳内で高速演算を開始した。
魔力で傷を「塞ぐ」から消費が激しいのだ。
ならば、魔力を使わずに、人間が本来持っている機能を極限まで引き出せばいい。
細胞分裂の加速。血小板の凝固促進。代謝の爆発的活性化。
これなら――消費魔力は多少抑えられる。
「……どいてください!」
「お、お嬢様!?」
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