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第30話 禁断の治癒魔法、命を繋ぐために

私たちの姿を見て、村人の一人が声を上げた。


 一斉に視線が集まる。


 だが、入ってきたのが不真面目そうな騎士一人と、小さな子供だと分かると、期待の光はすぐに失望へと変わった。


「なんだ……たった一人か……」


「もうダメだ、私たちは殺されるんだ……」


「神様……」


 絶望が伝染していく。


 パニックが起きる寸前だ。


 このままでは、外の魔物に殺される前に、恐怖で内部崩壊してしまう。


 私が、やらなきゃ。


 私は大きく息を吸い込んだ。


 ドレスの泥を払い、背筋を伸ばす。


 六歳の子供ではない。


 辺境伯家の長女として、そしてかつて世界を識っていた大魔女として。


「皆様、お静かに!!」


 私の声が、集会所の高い天井に反響した。


 その響きは、騒然としていた人々の耳を打ち、強制的に静まらせた。


 私は集会所の演台――普段は村長が立つ場所へと、カツカツと足音を立てて歩み寄った。


 クライブが驚いたように私を見ているが、今は構っていられない。


「私は、辺境伯ローウェン・アシュレインが娘、エルシアです!」


 私は集まった村人たちを真っ直ぐに見据えた。


「恐れることはありません! 現在、父ローウェン率いる精鋭騎士団が、外の魔物を食い止めています。王都でも最強と謳われた父が、そう簡単に遅れを取ることはありません!」


 ハッタリでもいい。


 力強い言葉が必要だ。


「この集会所は、堅牢な石造りです。入り口さえ固めれば、魔物は入ってこられません。私が連れてきたこの騎士、クライブ・ヴォルンも、一騎当千の腕前を持つ強者です。彼がいる限り、皆様に指一本触れさせません!」


「えっ、俺!? ハードル上げすぎじゃないっすか!?」


 クライブが小声で悲鳴を上げたが、私は無視して続けた。


「ですから、どうか落ち着いてください。取り乱せば、それこそ魔物の思う壺です。女子供は奥へ。動ける男性は入り口の補強と、怪我人の搬送を手伝ってください! 我々は、必ず生き残ります!」


 私の演説に、村人たちの目に少しずつ理性の光が戻ってきた。


 領主の娘が、こんな最前線にいて、気丈に振る舞っている。


 その事実は、何よりも彼らを勇気づけたようだ。


「……そうだ、お嬢様の言う通りだ」


「領主様が戦ってくれているんだ!」


「俺たちもしっかりしなきゃ!」


 村人たちが動き始めた。


 水を用意する者、布を裂いて包帯を作る者。


 絶望的な停滞が、生存への活動へと変わる。


「……すげぇな。お嬢様、役者になれるっすよ」


 クライブが感心したように呟いた。


「伊達に貴族やってないわよ。……それに、ここからが正念場だわ」


 私は演台を降り、クライブの元へ戻った。


 場の空気は落ち着かせた。


 だが、現実は待ってくれない。


 バンッ!!


 集会所の扉が乱暴に開かれた。


 血相を変えた村の男たちと、数名の騎士が飛び込んでくる。


 彼らが抱えているのは、担架に乗せられた血まみれの人々だった。


「け、怪我人だ! 場所を開けろ!」


「酷い出血だ……誰か! 医者はいないか!」


 運び込まれたのは、前線で戦っていた自警団の若者や、逃げ遅れた村人たちだった。


 その惨状に、私は息を呑んだ。


 魔物の爪で裂かれた深い傷。


 骨が見えるほどの裂傷。


 意識を失い、顔面蒼白になっている者。


「……ひっ」


 近くにいた女性が悲鳴を上げて口元を覆う。


 集会所が再びパニックになりかける。


「ここへ! 清潔な布を持ってきて!」


 私は駆け寄った。


 一番重傷なのは、腹部を大きく裂かれた中年の男性だ。


 自警団のリーダーだろうか。


 傷口からはどす黒い血が溢れ出し、布で圧迫しても止まる気配がない。


「だ、ダメだ……傷が深すぎる……」


「おい、しっかりしろ! 死ぬな!」


 仲間たちが必死に呼びかけるが、男性の呼吸は浅く、速くなっている。


 失血性ショック。


 このままでは、数分と持たない。


「医者は!? 神父様はいないのか!?」


「神父様は隣村へ出かけていて……医者も怪我をして動けないんだ!」


 絶望的な報告。


 この世界において、深い傷を治せるのはポーションか魔法だけだ。


 だが、貧しい開拓村に高価なポーションの備蓄は少なく、すでに使い切ってしまったのだろう。


 目の前で、命の灯火が消えようとしている。


 やるしかない。


 私は震える自分の手を見つめた。


 魔力欠乏の体。


 まだ一度も成功させたことのない、理論だけの治癒魔法。


 失敗すれば、私は死ぬかもしれない。


 でも。


 ここで見捨てたら、私は何のためにここに来たのか。


 何のために、父の反対を押し切って、クライブを巻き込んでまで来たのか。


 守るためだ。


 私の大切な人たちが暮らす、この領地を守るためだ。


 魔女として積み上げてきた知識も力も、全部――今この瞬間のためにある。


「……クライブ、周囲を警戒して」


 私は静かに告げた。


 クライブがハッとして私を見る。


「お嬢様、まさか……」


「やるわ。この人を助ける」


 私は重傷の男性の横に膝をついた。


 血の匂いが鼻をつく。手が震える。


 前世で何度も死線をくぐり抜けてきた私でも、他人の命を背負う重圧には慣れない。


「ミャウ」


 肩の上で、クロが鳴いた。


 私の頬に、ふわふわの頭を擦り付けてくる。


 『大丈夫、僕がいるよ』と、そう言っている気がした。


 その温もりが、震えを止めてくれる。


「……どいてください!」


 私は圧迫止血をしていた村人たちに声をかけた。


「お、お嬢様? 何を……」


「私が診ます。離れて!」


 私の気迫に押され、村人たちが道を空ける。


 私は血に染まった男性の腹部に、小さな両手をかざした。


 イチかバチか。


 失敗は許されない。


 魔女の知識と、クロの未知なる魔力、そして私の覚悟。


 私は静かに目を閉じ、禁断の治癒魔法へと足を踏み入れた。

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