第25話 父の試練、娘の答え
静寂を破ったのは、デイルの歓声だった。
彼はパチパチと小さな手を叩き、クロと一緒に飛び跳ねている。
その声につられるように、母が震える声で言った。
「エルシア……今の魔法、あなたが作ったの?」
「はい、お母様。私の魔力は少ないですから、無駄な爆発はさせません。必要な場所に、必要な熱だけを届ける。これなら、少ない魔力でも戦えます」
私は胸を張って答えた。
だが、父の表情はまだ晴れなかった。
彼はスタスタと的の前に歩み寄り、空いた穴を指でなぞり、それから私に向き直った。
「……見事だ。技術に関しては、文句のつけようがない。私の知る騎士団の専属魔導師たちよりも遥かに上だ」
「では!」
「だが……ダメだ」
父は短く、しかし冷徹に告げた。
「え……?」
「戦場は的当てではない。魔物は動く。殺意を持って襲ってくる。一度外せば、次はない。それに、今の魔法を一発撃っただけで、お前の顔色は少し青ざめているではないか」
図星だった。
精密誘導は魔力消費はなくても、この体では精神力を削る。
額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「その程度の魔法で青ざめているのならば、戦場ではただの案山子だ。そんな危うい状態で、魔物と戦わせるわけにはいかん!」
父の声には、確固たる拒絶があった。
それは領主としての判断であり、何より、娘を死なせたくないという父親としての叫びでもあった。
母も心配そうに私を見つめている。
アミナも、痛ましげに顔を伏せた。
ここで引き下がるのは簡単だ。
「はい、分かりました」と言えば、私は安全な屋敷の中で、蝶よ花よと育てられるだろう。
でも、それでは守れない。
あの熊が言っていた「襲撃」は、もうそこまで迫っているのだ。
「……反対されるのは、分かっていました」
私は一歩前に出た。
父の威圧感にも、怯まずに見上げ返す。
「確かに、私の魔力は少ないです。お父様の言う通り、持久戦になれば負けます。でも……だからこそ、工夫したのです」
私は指を一本立てた。
「魔力が足りないなら、正面から勝てないなら、弱点を突けばいい。私は自分の弱さを知っています。知っているからこそ、誰よりも慎重に、誰よりも効率的に戦えるのです」
私は父の目を真っ直ぐに見つめた。
大魔女の魂を、瞳に宿して。
「お父様。貴方は、私を守りたいと言ってくれます。それはとても嬉しい。でも……私だって、守りたいのです」
「守る、だと?」
「はい。お父様を、お母様を、デイルを。そして、この領地に暮らす人々を。……ただ守られるだけの存在でいたくはありません。私も、アシュレイン家の娘ですから」
風が吹き抜け、私の黒髪を揺らした。
父はハッとしたように息を呑んだ。
私の瞳に、かつて自分が戦場で見せたものと同じ「覚悟」を見たのかもしれない。
長い、長い沈黙があった。
やがて、父は大きなため息をつき、ガシガシと頭を掻いた。
「……まったく。誰に似たのやら」
「あなたそっくりですよ」
母がクスクスと笑いながら近づいてきた。
彼女の目には、もう不安の色はなく、頼もしい娘を見る誇らしさが宿っていた。
「頑固で、一度言い出したら聞かないところなんて、瓜二つだわ」
「う……痛いところを突くな」
父は苦笑いし、私の前に片膝をついて目線を合わせた。
そして、そのゴツゴツとした大きな手を、私の頭にポンと置いた。
「……分かった。お前の覚悟、そしてその技術。認めてやろう」
「お父様!」
「ただし! 単独行動は禁止だ。必ず私の、あるいは信頼できる騎士の許可を得てから動くこと。そして、決して無理はしないこと。……約束できるか?」
「はい! 約束します!」
私が大きく頷くと、父はいつもの豪快な笑顔を見せて、私の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「よし! ならば、これからはアシュレイン家の切り札として期待しているぞ、エルシア!」
「父様、髪がボサボサになります!」
「わはは! いいじゃないか!」
父の笑い声につられて、周りのメイドたちからも拍手が起こった。
アミナも、いつもの澄ました顔を崩して、目元を緩ませている。
「おねえちゃん、すごい! ぼくもまほうつかいたい!」
「ミャ~!」
デイルがクロと一緒に飛びついてきた。
私はよろけながらも、二人を受け止める。
「デイルはまだ早いわよ。もう少し大きくなったら、お姉ちゃんが教えてあげる」
「ほんと? やくそく?」
「ええ、約束よ」
指切りをする。
温かい。
父の大きな手、母の優しい眼差し、デイルの無邪気な笑顔、そしてクロのフワフワした感触。
アミナやメイドたちの信頼。
これが、私が守りたかったものだ。
千年の孤独の果てに見つけた、私の居場所。
この輪の中にいられることが、何よりも幸せで、そして力をくれる。
「さあ、そうと決まれば祝いだ! 今日の昼食は豪華にするぞ!」
「あらあら、朝ごはんを食べたばかりですよ?」
「いいんだ! エルシアの魔法デビュー戦だからな!」
父が立ち上がり、高らかに宣言する。
平和で、騒がしくて、愛おしい時間。
この幸せな時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思った、矢先のことだった。
ダダダダダッ!!
練兵場の入り口から、尋常ではない速度で駆けてくる馬の蹄音が響いた。
砂煙を上げて飛び込んできたのは、一人の伝令騎士だ。
その鎧は汚れ、顔は蒼白で、馬から転がり落ちるようにして父の前に膝をついた。
「ほ、報告します!! 緊急事態です!!」
騎士の悲痛な叫び声が、家族の笑い声を切り裂いた。
父の表情が、瞬時に凍りつく。
領主の顔へ、戦士の顔へと戻る。
「何があった! 報告せよ!」
騎士は息も絶え絶えに、しかしハッキリと告げた。
「グ、グレイル村より狼煙が上がりました! 魔物の大群です! その数、数百……いえ、もっとです! 村が……村が包囲されています!!」
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