第18話 魔力の軌道を操る者
「そこまでよ、デカブツ。その子を離しなさい」
私は隠れていた茂みから、堂々と姿を現した。
朝霧が立ち込める森の中、六歳の少女の声は、場違いなほど凛と響いた。
その声に、戦熊――戦熊はピタリと動きを止めた。
ゆっくりと、錆びついた扉が開くような音を立てて首を巡らせる。
その充血した凶悪な瞳が、足元にいる豆粒のような私を捉えた。
「あぁ……?」
巨熊は瞬きを数回繰り返し、状況が理解できないといった風に鼻を鳴らした。
「なんだテメェは……人間の、ガキか? なんでこんな森の奥にいやがる」
「通りすがりの、ただの淑女よ。散歩をしていたら、随分と品のない騒ぎ声が聞こえたものだから」
私はドレスの裾を摘んで、優雅にカーテシーを見せた。
もちろん、皮肉だ。
だが、戦熊にはその余裕が癇に障ったらしい。
「淑女ぉ? ケッ、迷子のガキが粋がってんじゃねぇぞ!」
戦熊は手に持っていた巨大な戦斧を、片手で軽々と振り回した。
ブンッ、という風切り音が、その腕力の凄まじさを物語る。
「よく聞け、クソガキ。俺様の名はベアロス様だ! この『嘆きの森』で最強にして、泣く子も黙る魔王軍の幹部候補様だぞ! テメェのようなチビが口をきいていい相手じゃねぇ!」
ベアロスと名乗った熊は、ふんぞり返って鼻息を荒げた。
……幹部候補、ね。
私はこっそりため息をつく。
魔王軍なんて、昔からいる。
私が魔法研究に没頭していた頃、何度かちょっかいをかけに来た連中だ。
そもそも、こんな辺境の森で弱い魔物をいじめて威張っているような輩が、幹部になれるはずがない。
せいぜい――自称・地元の番長。
その程度だ。
「そう、それは凄いわね。でもベアロスさん、その子は私が貰うわ」
「あぁん? ナメてんのかコラァ!!」
ベアロスのこめかみに青筋が浮かんだ。
「朝飯前の運動だ! ミンチにしてやるよォ!」
ドォォン!!
ベアロスが地面を蹴った。
巨体に見合わぬ爆発的な加速。
三メートル近い巨躯が、砲弾のように突っ込んでくる。
振り上げられた戦斧が、私の脳天めがけてギロチンのように落下してくる。
物理的な質量攻撃。
まともに受ければ防御魔法ごと粉砕される。
私は即座に反応した。
「風よ、弾けろ! 《ウィンド・バックステップ》!」
足元に圧縮した空気を炸裂させ、その反動で体を真後ろへと弾き飛ばす。
コンマ一秒遅れて、私のいた場所に斧が突き刺さった。
ズドォォォォンッ!!
土煙が舞い上がり、衝撃波が私の頬を打つ。
着地と同時に、私は小さくよろめいた。
「ぐっ……」
肺が痛い。
たった一度のバックステップ魔法。
それだけで、魔力が軋むような感覚が走った。
やはり、まだこの体は戦闘に慣れていない。
魔力の燃費が悪すぎる。
「オラオラァ! 逃げてばかりかぁ!?」
「……逃げないわよ、ここからが本番だわ」
私は呼吸を整え、右手を前に突き出した。
あの熊は、力任せだが反応速度は速い。
普通の魔法では避けられるか、あの分厚い毛皮で弾かれる。
なら、あの騎士と練習した「アレ」を使うしかない。
私は意識を集中させる。
詠唱は短く、明確に。
「酸素よ集え、赤熱の弾丸となれ――《ヒート・バレット》!」
空気中の酸素を一点に収束させ、魔力の種火で着火。
私の指先から、赤い閃光が放たれた。
「ハンッ! そんなトロい火の玉が当たるかよォ!」
ベアロスは嘲笑った。
そして、避けるどころか、振り下ろした斧を盾のように掲げ、火玉を斬り払おうとする。
魔力を纏った鋼鉄の刃。
あれなら、通常のファイアボール程度なら霧散させられるという自信があるのだろう。
実際、熱弾は真っ直ぐに斧の刃へと吸い込まれていく。
このままでは切断されて終わりだ。
――普通の魔法使いならば。
私はニヤリと笑い、突き出した人差し指をクイッと横に払った。
クライブとの特訓で、何百回と繰り返した指先の感覚。
魔力の糸を引くように、軌道を書き換える。
「――ッ!?」
ベアロスの目が点になった。
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