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第1話 終わりの寒さと、始まりの温もり

「師匠……さようなら」


 その声は、驚くほど軽く、そして残酷に響いた。


 ドサリ、と私の身体が冷たい石畳に崩れ落ちる音が、静寂な研究室に虚しく反響する。


 腹部から広がる熱さと、手足から急速に失われていく感覚。


 視界の端で、私の血が古びた絨毯を赤黒く染めていくのが見えた。


 ああ……油断した。


 私は、死ぬのか。


 千年生きた大魔女の最期にしては、あまりにも呆気ない幕切れだった。


 薄れゆく視界の中、背を向けて去っていく青年の姿が映る。


 寒い……。


 身体の芯まで凍えるような孤独が、死の寒さと混じり合う。


 愛とは、温もりとは何なのだろう。


 知識だけは膨大にあるのに、私は「幸せ」の定義ひとつ知らないまま死んでいく。


 もしも。


 もしも、もう一度やり直せるなら。


 私は……家族を、知りたい。


 その切実な願いと共に、千年生きた魔女の意識は、深い闇の底へと沈んでいった。


 ◇ ◇ ◇


「なんだ、ここは……」


 次に瞬きをした瞬間、世界は一変していた。


 先ほどまでの血の匂いも、石畳の冷たさもない。


 上下左右の感覚すら曖昧な、果てしなく続く純白の空間。


 私は呆然と立ち尽くし、キョロキョロと辺りを見回す。


「どうも、新たな転生者さん」


 不意に背後から、鈴を転がしたような涼やかな声が掛かった。


 驚いて振り返ると、そこには豪奢な椅子に足を組んで座る、一人の女性がいた。


 透き通るような金髪に、黄金の瞳。


 そして何より、その背中には白く輝く翼が広がっている。


「……女神、か?」


「ええ、そうです。正解」


 彼女は悪戯っぽく微笑むと、空中に紅茶のカップを出して一口啜った。


「私は女神のルメア。あなたは死に、そして生まれ変わりたいと強く願いましたね? その魂の叫び、確かに届きましたよ」


 私はゴクリと唾を飲み込む。


 あの最期の瞬間の願い。


 それが聞き入れられたというのか。


 期待と不安でソワソワする私を見て、ルメアはカップをソーサーに置くと、ニッコリと笑った。


「では、あなたの願望を叶える代わりに――条件を提示させていただきます」


「じょ、条件?」

 

「はい。タダで転生、というわけにはいきませんので。ビジネスライクにいきましょう」


「……随分と世知辛い女神だな」


 ルメアは人差し指を立て、ビシッと私に向けた。


「あなたは次の人生でも、その蓄えた莫大な『魔法知識』と『記憶』を保持したまま転生してもらいます。そして、我々の依頼をこなして欲しいのです」


「依頼だと? 全知全能の女神が、私に何を求めている」


「人手不足なんですよ、天界も」


 ルメアは急に疲れた顔になり、深いため息をついた。


「実はですね……あなたが死んでから、下界の時間で約三年が経過しているのですが、あなたのあのお弟子さん、やってくれましたよ。あなたが管理していた『禁忌の魔法書』を、あろうことかばら撒いたんです」


「なに!?」


 私は思わず叫び声を上げ、自分の頭を抱えた。


 あろうことか、魔法書をばら撒いているなんて。


 私が手を叩いて悔しがると、ルメアは頷く。


「その結果、強力な古代魔法が各地の悪党や魔族の手に渡りましてね。魔王軍が急激に力をつけ、世界のバランスが崩壊寸前なんです」


「……なんと」


「私たち女神も管理調整を行っていますが、現場で直接動ける実力者が必要です。そこで、あなたに白羽の矢が立ったというわけです」


 ルメアは真剣な眼差しで私を見据える。


「新しい人生を楽しみながらで構いません。いずれ成長した暁には、魔王、そして暴走したあなたの弟子の後始末をお願いしたいのです」


弟子の後始末……か。


魔法書が悪用されているのなら、それを作った私にも責任の一端はある。


「……良いだろう。その条件、飲もう」


「交渉成立ですね!」


ルメアがパッと表情を明るくする。


「その代わり、私の条件も忘れるないでくれ」


「もちろんです」


「私は、家族を知りたい。ずっと、私は温もりを知らずに生きてきた。ただそれだけが心残りなんだ」


 私の言葉に、ルメアは少しだけ同情的な、しかしどこか揶揄うような瞳を向けた。


「確かに……あなたの人生記録を見ましたけど、見事なまでに『ぼっち』でしたもんね。クリスマスの予定も千年間ずっと空白でしたし」


「おい、余計なデータを見るな」


「すみません、つい。ふふっ」


ルメアは笑いながら立ち上がり、優雅に手をかざした。


視界が光の粒子に包まれ始め、身体がふわりと浮き上がる感覚がする。


「では、良い第二の人生を。今度はちゃんと周りを頼って、幸せになってくださいね。――あと、二度と『ぼっち』にならないように!」


「ちょ……お前、最後まで……!」


言いたいことは山ほどあったが、私の意識は急速に遠のいていった。


光の渦に飲み込まれながら、私は強く念じる。


もう一度やり直せるなら。


今度こそ、誰かと共に生きる人生を――。


 ◇ ◇ ◇

 

「……はぁ、はぁ……ッ」

 

 まどろみの中で、私はゆっくりと意識を取り戻した。

 

 だが、目覚めの感覚は、先ほどの白い空間での浮遊感とはあまりにかけ離れていた。

 

 重い。とにかく体が鉛のように重いのだ。

 

 全身の血管を熱湯が巡っているような不快な熱さと、呼吸をするたびに肺が軋むような痛み。

 

 額からは止めどなく脂汗が流れ落ち、視界がチカチカと明滅している。

 

「こ、ここは……?」

 

 掠れた声で呟き、私は必死に瞼を持ち上げた。

 

 霞む視界に映ったのは、豪奢だが散らかり放題の部屋だった。

 

 床一面に分厚いハードカバーの本が散乱している。

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