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小奇譚

作者: スコ休ミ
掲載日:2025/11/23

けいりんさん主催の同人誌「らじおことば・参」に寄稿したものです。

完売したのと、発表から一年が経過しましたのでこちらに載せます。

肆にはこちらの続編というか完結編を寄稿しましたので、よろしければそちらもどうぞ。

三天女

 春、作家の森澤先生のお宅にお邪魔した時のことである。

 編集の海堂君とわたし、いつものように座敷に通され、先生と奥方、海堂君とわたしの四人で話に花を咲かせていた。

 ふと、卓に出された湯呑みが、先生だけ別の種類であることに気付く。

 家長の湯呑みを別にしている家ではない。以前お邪魔した時には、先生も我々も揃いの湯呑みが出てきたのだから。

「それがねぇ」

 わたしの視線に気付いた奥方が、困ったように話し出したことにはこうである。

「お客様もよくいらっしゃる家ですから、湯呑みもお椀も揃いのものを用意しているのよ。それが最近、立て続けに割れてしまって。今年に入ってもう三度も新しくしたのに、この通りなんですよ」

「不思議なことに必ず三つは残るんだよ。こんな風にね」

 先生が奥方の後に続けた。海堂君とわたしは互いの湯呑みと奥方の湯呑みを見て、そしてひとつだけ色も形も異なる先生の湯呑みを見た。

「番長皿屋敷よりだいぶ多いですねぇ」

 海堂君がとぼけた返しをして笑われている間に、わたしは床の間に掛けられた一幅の掛け軸を見やった。

 天女の絵である。三人の天女が舞うように天へと昇っていく、おめでたい掛け軸だ。

 その天女と目があった。

 わたしは掛け軸について先生に聞いてみた。

「ああ、それは去年いただいたものだよ。せっかくだから、今年の正月にそこに掛けたのだ」

 揃いの食器が割れるようになったのも今年に入ってから。わたしは、思いつきですが、と前置きしてからこう提案した。

 揃いの食器を、床の間の天女に献上してみては、と。

 先生と奥方は考えもしなかった、という顔をした。奥方が「善は急げ」と台所に姿を消して、ややあってガチャガチャと重そうな音を立てて食器の山がやってきた。海堂君がさっと立ち上がって受け取る。

 角皿に丸皿、菓子皿、椀に湯呑みにおちょこまで。一組ずつきれいに重ねて床の間に置けば、なかなか見応えのある供え物となった。

 海堂君が、道行きに摘んできたノアザミ(子供っぽいことをする)をきちんと三つに分け、それぞれの湯呑みに差してゆく。華道のたしなみがあるわけでもなかろうに、これがまたなかなか絵になっている。四人でしばしその景色を眺めた。

 以来、先生の家の食器は割れなくなったそうである。


ノック

 ドン、ドン、ドン。

 春も終わり、夏の気配が見え始めた頃のこと。三浦君の店で話し込んでいると、戸が三度叩かれた。すりガラスの向こうに小さな人影が見えた気がしたが、三浦君は立ち上がる気配もない。

「ああ、気にしないでくれたまえ」

 腰を浮かしかけたわたしを制して、三浦君は手を振った。どういうことかと尋ねると、次のようなことを話してくれた。

「あれは何なのだろうなあ。毎日このくらいの時間に来て、戸を三度叩いていくのだ。

 いや、物の怪や狐狸の類ではない。近所の少年だよ」

 いたずら少年なのだろうか。しかし三浦君は困った様子も怒った様子もなく、むしろほっとしたような、穏やかな表情をしている。

「八歳くらいだったかな。何かの病気なのかは知れないが、まだ一度もしゃべったことがないのだよ。

 学校へはちゃんと行っているようだし、成績も悪くはないようだけれど」

 その少年――渉君は、ここら一帯の戸を、毎日叩いて回っているのだという。

「もう二年くらいになるかな。そりゃ最初はみんな驚いたり、怒ったりしたさ。親御さんも毎日あちこちに謝りっぱなしで、気の毒なほどだった。渉君も、何度も怒鳴られてひっぱたかれて、それでも家を抜け出しては戸を叩いてゆくのだ。

 そのうちみんな気味が悪くなってきてね、そんな折だよ。一軒だけ、戸を叩かなかったことがあるんだ」

 その家は、翌日火が出て全焼したという。

「みんな益々気味悪がってね。でも叩かれなかったら悪いことが起こるんじゃないかと思うと、来てくれたらほっとする。そのうち来るのが待ち遠しくなる。今では玄関先に、もろこしやらきゅうりやらを置いておく家もあるほどだ」

 戸口の横に、お供え物よろしく飴玉が置いてあったのはそのためか。

 もっとも渉君は、そのお供えに手を付けることはないらしい。

「大抵そのままだけど、ごく稀に、少しだけ持っていくこともある。するとその家は何かしらのいいことがあるのだ。子供が産まれたり、商売が繁盛したりね」

 残念ながら三浦君の店のお供えは、まだ数を減らしたことはないらしい。

 まるで福の神のようになった渉君だが、十になる前には、ぴたりとその奇行はおさまった。

 今では立派な大学生になった渉君に会う機会があったが、その奇行のあった三年間、本人は全く記憶がないとのことだった。


三本脚

 父の友人の沼田氏は、大層立派な貿易商である。

 大きな家には珍しい舶来の品々が並び、尽きることのない異国の話でいつもわたしたちを楽しませてくれる。父が氏を訪ねる際には、何かと理由をつけてわたしも付いていったものである。

 そんな沼田氏の家には、三本脚の猫がいる。

「車にでも轢かれたのか知れない。見つけた時にはもう前足が片方なくてね。長雨の中、ひょこひょこと器用に歩いていたよ」

 かわいそうな野良猫を拾って育てるなぞ、さぞ猫好きなのかというとそうではない。

「わたしも家族も、どちらかというと猫は苦手でね。犬はいたが、猫を飼う日が来るなんて、誰も想像していなかったよ」

 不思議なことに氏も家族も、そして先住の犬でさえも、その猫を一目見たときから何の抵抗もなく受け入れたと言う。

 不思議は続く。その日から氏の事業は次々成功を収め、業績はうなぎのぼり。長く患っていた母は元気になり、失くしたと思っていた父の形見が見つかり家族で大喜び。以前に金を貸した男が大成して、その金を何倍にもして返してくれたこともある。

 大きなことから些細なことまで、数えあげればキリがないほどの幸運が舞い込んできたという。

「異国では三本脚の豚が幸福を招くというね。三本脚のカエル、という所もあったかな。我が家に幸せを運んできてくれたのは、三本脚の猫だ」

 そう言って氏は猫を撫でる。年老いた猫は幸せそうに彼の膝の上で「にゃあ」と鳴いた。窓を梅雨の雨が叩いている。


三回目

 海堂君の娘さんが倒れたというので見舞いに行った。

 なんでも学校で朝礼の時に倒れたのだそうだ。訪ねてゆくと、もうすっかり元気なのですよ、と海堂君がちょっと恐縮したように出迎えてくれた。娘さん――沙夜子さんも、その傍らで会釈をする。大したものではないが、暑いので、と水ようかんを差し出すと、嬉しそうに受け取って台所の方へ消えた。

「夏バテですかね。最近少し食も細かったし。でももうすっかりよくなりました。お騒がせしまして」

 ひとつ興味深い話があるというので、麦茶と水ようかんを盆に載せて戻ってきた沙夜子さんに聞かせてもらうことにする。

「気がついたらとてもきれいな場所にいたんです」

 沙夜子さんは記憶の中の景色をそこに見ているかのように、目を伏せがちに話しだした。

「白や黄色や赤のお花がたくさん咲いていて。ダリヤとか、菊とか、ユリとか。季節もバラバラですけど、きれいなお花が一面で。聞いたことがない、とても心地のいい音楽も聞こえてくるんです。ああ、とても素敵な所だな、ずっとここにいたいな、と思ったんですけど……」

 沙夜子さん、と自分を呼ぶ声がする。

「はじめは無視してしまいました。とても気分がよかったので、邪魔されたくなくて。そうしたらもう一度呼ばれて、それでも返事をしませんでした。何度もうるさいなあ、なんて思って。

 三度目に強く呼ばれた時に、仕方ない、一度わけを話してから、また戻ってこようと思いました。それで声のする方へ振り返ったら、保健室の天井が見えました」

 思い出したかのように蝉の声がした。

 それは……よかったですね、とわたしは言った。

「三回目も無視していたら、今頃どうなっていたことやら」

 海堂君は心底ほっとしたような眼差しで娘を見た。やさしい父親の目だった。


付喪神

 家に帰ってすぐ、わたしは三脚とカメラを下ろして手入れを始めた。

 夏の終わりの渓谷が撮りたくて、先日から泊りがけで県北の山まで行ってきたのだった。盛夏の緑とも、秋の紅葉とも違う、初秋の少し沈んだような色が欲しかったのだ。大満足、とはいかないが、まあ及第点のものが撮れたと思う。

 早く現像したかったが、まずは道具の片付けである。師匠はその辺り厳しい人だったので、わたしもすっかりそれが習い性になっている。

 まずは三脚についた泥を落とす。

 この三脚、脚が一本、途中で折れ曲がっている。沼田氏の猫のようだが、別に幸運のお守りというわけではない。渓谷だの山の斜面だのでの撮影では、一本だけ短い脚というのも、存外使い勝手が良いのである。

 もちろん「あいつは新しい三脚を買う金もないのか」と勘繰られても困るので、仕事では別の三脚を使っている。

 泥を落としてから、雑巾で拭く。

 薄暗い玄関でひとり下を向いていると、何かしらの気配を感じる。ひんやりとした秋の空気が戸口から流れてくるのとは、また別の何か。不快ではないが、

 ――折れているのにどうして

 ――どうして

 ――知らないのか

 ――ないのか

 ざわざわとして少し落ち着かない。声が聞こえるわけではないし、言葉となっているわけでもない。なんとなく、そのような内容を頭が直接理解するような、不思議な感覚である。

 古い家だからだろうか。誰もいないのに誰かの気配がする。物音がする。今のように何者かの思念が漂ってくる。わたしは慣れてしまっているが、果たして慣れてよいものだろうか。

 ――あれは師匠の形見だ

 ――形見だ

 ――捨てられないよ

 ――捨てられるわけがない

 きれいになったので、三脚とカメラを部屋に運ぶ。次はカメラだ。ケースから出して、ボディを乾拭きする。ブロアでレンズを吹いてから、クロスで拭う。

 ――くすぐったいのう

 ――たいのう

 気配が微かに震えた。笑ったのだろうか。カメラを棚に戻して、ケースも逆さにしてほこりを払う。

「山岸さぁん、お帰りですか」

 玄関から声がかかると、ざわざわとしていた部屋がぴたりと静かになった。

 はい、と返事をして戸を開けると、大家さんが梨を持ってにこにこと立っていた。

「たくさんいただいたので、お裾分けです」

 これはどうも、とずっしり重い梨を受け取る。少し世間話をして、大家さんは帰っていった。わたしは梨を台所に置き、部屋に戻る。部屋はすっかり静かになって、ざわざわした気配は戻ってこない。ぽつんと斜めに三脚が立っている。それを畳んで、部屋の隅に立てかけておく。

 この三脚は、どんなに足場が悪い所でも、決して倒れたことはない。


餡三つ

 食欲の秋。ふと甘いものが食いたくなったので、森澤先生に教えてもらった喫茶店に行くことにした。駅から少し歩いた川の近くに、カフェ・流という小さな看板が出ていた。

「いらっしゃいませ」

 色ガラスのはまった飴色の戸を押し開くと、りんと澄んだ音が鳴った。わたしより少し年かさの男性が一人、カウンターの中に立っていた。奥の席には老夫婦が一組、幸せそうな笑みを浮かべて話をしている。小さな店である。

 カウンターに座って、あんみつとコーヒーを注文する。店主は注文を聞くと、

「うちのあんみつはちょっと変わっていますが、ご存じですか」

 と尋ねてきた。森澤先生の紹介で、と言うと店主は、ああ、先生にはよく来ていただいております、と目を細めた。

 しばらくしてから、先にあんみつが目の前に置かれた。寒天に、赤エンドウ豆、そして、三種類の餡。それだけのシンプルなあんみつである。

「餡が三つで『あんみつ』。まあ、駄洒落です」

 店主はそう笑って、豆を挽きに戻った。

 あんこは小倉、白餡、そして季節の餡。今は秋なのでさつまいも餡だそうである。

 冷たすぎない寒天に、季節を慮る店主の心遣いを感じる。まずはあんみつには珍しい白餡をひとさじすくう。寒天と合わせると、上生菓子のようである。

 そこでコーヒーが差し出される。コーヒーと小倉が合うというのも、わたしにとっては発見であった。さつまいも餡も他の二つと全く違う味わいで、うまい。

 思わず夢中で食べてしまった。あんみつを褒めると、店主はこれほど嬉しいことはない、というように笑った。

「実はわたし、元和菓子職人でして。餡を褒められるのは、嬉しいですね」

 和菓子からコーヒーの世界への転身。興味深い半生を、店主は語ってくれた。

「親父が和菓子屋をやってまして。自分もその跡を継ぐもんだと、何の疑問も持たずにおりました。ですが二十歳くらいの頃に、街で初めてコーヒーを飲んで、すっかり虜になってしまった」

 店主――山川さんは、コーヒーの勉強を始める決心をしたそうだ。そこで問題になるのが、家業である。

「やっと店に出せるものが作れるようになった矢先です。こりゃ大喧嘩だ、勘当される、いや望むところだ、なんて思いながら、親父に話しました」

 親父さんは、何も言わなかったそうである。ただ、好きにしろと言って背を向けて、餡を炊いていたそうだ。

「呆れられたんだと思いました。そのまま家を出て、師匠に頼み込んで、店で働きながらコーヒーの勉強をしました。おかげさまで今ではこうして店も持てて、幸せな人生です。でも」

 両親が亡くなって何年も経ってから、実家の餡を思い出したのだという。

「色々あったでしょうに。好きにさせてくれた両親に、急に申し訳なくなって。今更ですよね。あの味を残したいと思ってしまって」

 久しぶりの餡子炊きに、納得するまでだいぶ時間がかかったそうだ。山川さんは苦労してこの「餡三つ」をメニューに加えたそうである。

 ずいぶんと話し込んでしまって、気付けば日が傾いていた。他のお客に申し訳ない、と席を立とうとすると

「いいんですよ。暇していたところです」

 おやと店の奥に顔を向けると、老夫婦の姿はなかった。そういえば老夫婦には、どこか店主の面影があったように思う。

 カフェ・流は餡とコーヒーの店として、今も繁盛している。


年の順

 松江君がようやく目を覚ましたというので、病院に行くことにした。風が冷たくなってきた季節。ろくな花がなかったので、本人は食えぬかもしれぬが菓子折りを持ってゆく。

 交通事故である。ひどい事故で、しばらく面会謝絶だったのだ。乳飲み子を抱えた奥方が真っ青になっていたのを覚えている。その奥方が、疲れは見えるが笑顔で出迎えてくれた。

 包帯だらけで痛々しかったが、松江君は思いのほか元気な声で「すまねえなあ」と言った。まだ起き上がれないのだ。

 松江君は小さな建築会社をやっている。図面も引けば現場を監督もする忙しい日々を送っていたが、ある現場の帰り道に事故に遭った。

「急に目の前に車が飛び出してきて、正面衝突よ」

 彼が運転する車には、ベテラン大工の丸山さん、そして見習いの早乙女さんという同乗者がいたそうだ。早乙女さんは軽傷で済んだそうだが、丸山さんは亡くなっている。

「あと少し車がずれていたら、この人も死んでいたと言われました」

 奥方がぞっとする、といった風に言い添えた。

「それが少し不思議でよ。丸さんは、いつもは後ろに座ってたんだ。なのにあの日は助手席に座ってて、俺も早乙女もおや、と思ったんだが。先に座ってんのにそこどけってわけにもいかないだろう? おとなしく早乙女は後ろに座って、そうしたらこの事故だよ」

 いつもの席順で座っていたら、早乙女さんが亡くなっていたということだ。

「虫の知らせっていうのとは違うが、何かあったんだろうね。まだ若い早乙女を死なせちゃなんねえっていう、何かがよ」

 松江君はもう歩けないかもしれぬと言われていたが、翌年には松葉杖をつきながら現場を飛び回っていた。もうじき杖も必要なくなるそうだ。元気な男である。


狸三匹

 夢を見た。

 子供が泣いている。憐れを誘う物悲しい声を上げ、涙をぽろぽろとこぼしながら泣いている。

 傍らでそれをなだめているのは母親だろうか。おおよしよし、泣くでないよと子供の背をさする女性の顔も、今にも決壊しそうな哀しみの表情だ。

「おとうちゃんに会いたい、おとうちゃんに会いたい」

 子供はそう言って、泣き止むどころかより一層声を上げて涙をこぼす。それにつられて、母親もとうとう堪えきれなくなって顔を伏せた。

 そこで目が覚めた。

 わたしは布団の中で頭を抱えた。

 昨日、わたしは年の瀬の掃除の際に置物をひとつ、落として割ってしまった。それは大中小と三つ揃いのたぬきの置物であった。それの一番大きいのを割ってしまったのだ。

 まあ仕方ない、残り二つでも親子たぬきでよかろうと思っていたのだが、置物たちにとってはそうはいかなかったようである。

 割れた大たぬきはまだ庭の隅に放置してあるが、果たして直せるものだろうか。わたしはこういうことは不得手なので、海堂君に相談してみることにする。

「見事に割れましたね」

 海堂君は大たぬきの残骸を見て、開口一番そう言った。

 どうにかなるかね、と聞くと、素人には難しいですねと返ってきた。

「大事なものでしたら、職人に繋ぎますけど。結構かかりますよ」

 わたしは今朝の夢の一件を話した。海堂君はなるほどそういうことなら、とごそごそと納戸を漁って、何やら箱を出してきた。それはわたしが割った大たぬきと似たような大きさの、しかし全く違うたぬきの置物であった。

「この辺りでどうでしょう」

 どうも何も、全くの別物である。そう言うと、

「何、はじめは馴染まんでしょうが、そのうちいい塩梅になるものです」

 とにこにこと箱を叩いた。何だか狐につままれたような気分で、箱を手に海堂君の家を辞した。

 家に帰り、母子たぬきの傍らにもらってきたたぬきを置いてみた。が、やはりこいつだけ異質だ。心なしか母子たぬきも緊張しているような気配がする。何だこいつは、とでも言いたげである。

 明日にでも返そうか、と思っていたのだが、すっかり失念してそのまま数日が過ぎた。ふと気付くと最初の違和感は失せ、ちぐはぐではあるが景色に馴染みつつある三匹のたぬきがそこにいた。

 いい塩梅になってきた、ということであろうか。


 夢を見た。

 まだ少し他人行儀な笑顔ながらも、家族三人が仲良く歩いている。子供が父親に肩車をせがむ。父親は嬉しそうに腰をかがめ、子供を肩に乗せて立ち上がる。母親も嬉しそうだ。ふとこちらに気付いた夫婦が軽く会釈をして、わたしも軽く頭を下げた。

 そこで目が覚めた。

 そういえば、海堂君も奥方とその連れ子の三人家族であったと思い出す。

 たぬきのお礼もしていないし、年が明けたらまた訪ねてみようと思う。


三段目

 今年は暖かくなるのが早い。梅があっという間に咲き終わり、桜はまだかという陽気である。

 そんな折、伯母が亡くなった。癌である。冬が明ける前からだいぶ具合が悪くなっていた。年も年だし覚悟はあったので、知らせを受けた時はああ、そう、という薄情極まりない返答しかできなかった。

 遠方故に通夜には間に合わず、告別式から参加した。久しぶりの親類縁者との会話も、当然だが葬式ではあまりはずまない。しばらく、元気でやってるか、ちゃんと食べているの、仕事はどうだ。故人の思い出話の合間に、そんなことをぽつぽつと話した。

 火葬場で従姉たちがこんなことを話していた。

「亡くなった日の夜、お棺に入れてあげるものを探してたんよ」

 先だって亡くなった夫や、子供や孫の写真。思い出のハンカチ。そんなものを引き出しから引っ張り出しながら選別していたそうである。

「大事にしていた柘の櫛があったから、それも入れようと思ったんよ。でもどこを探しても見つからんの」

 姉妹総出で、衣装箪笥やら鏡台やら仏壇やら、あちこち探したがその櫛は見つからなかったそうだ。これだけ探しても見つからないということは、知らぬうちに失くしたのでは。そんな話をして、その日は諦めて眠ったそうだ。

 そして朝、従姉は目覚めるなりこう言った。

「衣装箪笥の上から三段目」

 果たして櫛はそこにあった。昨日何度も探したはずの場所である。忽然と現れたとしか思えなかったという。

「ゆうべと同じように、みんなで櫛を探してる夢を見たんよ。そしたらおかあちゃんが出てきて『ここに入れたじゃないの』って三段目の引き出しを開けて。みんなで、なんだそこかぁって。そこで目が覚めたんよ」

 従姉たちは小さく笑いながら語り合った。

「見つけてもらわなきゃ困るって、夢に出てきたんかね」

「でも引き出しは何度も確かめて、なかったよね? おかあちゃん、変なところにしまい込んでたのを、慌てて出してきたんじゃない?」

 火葬を終えてみなで家に帰ると、庭の桜の木に、つぼみがひとつふくれていた。

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